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52話:trickster

 暗いダンスルームに、オレンジ色の小さな燈が無数に灯る。

 ゆらり、ゆらりと燈は揺らめき、花柄の壁紙の上に多くの影を映し出した。

 人型のジンジャークッキーが手を繋いで踊り、オーナメントのスノーマンやトナカイも踊っている。


「こ、これは一体、なんなんだ!」


 壮年の男の引き攣れた声が、ダンスルームに木霊する。そして女子供の悲鳴が続いた。

 愉悦に浸る甲高い笑い声が起こる。楽し気なメロディを刻む音楽が高らかに鳴る。

 明暗が狂ったようにダンスホールを回る。

 ぐるぐると回る。


「私だけ不平等なのは、イヤ…」


 痛々しい程痩せ細った、枯れ木のような腕を少女は上げる。そして、枯れ枝のような人差し指で、黒々と固まる人々を示した。


「あなたたち、もうイラナイ」


 その瞬間、ジンジャークッキーが鋭い剣を振り上げた。スノーマンが長い槍を構えた。トナカイが尖った角の切っ先を定めた。


 ギャアアアアアアアアアアアッ!


 断末魔の悲鳴と共に、愉快で軽快な笑い声が大きく跳ね上がる。

 一層高らかに鳴る音楽と共に、ダンスホールに血飛沫がキラキラ舞い上がった。


 グシュ、グシュ、グシュッ


 肉塊はピクピクと痙攣を幾度かして動かなくなった。ダンスルームに満ちていた陽気がスッと失せる。燈も一つ一つ消えた。ジンジャークッキーもスノーマンもトナカイもいない。

 暗闇と静寂が帳を下ろした。

 傍に寄って少女は冷めた目で肉塊を見下ろす。その痩せこけた顔からは、なんの感情も伺えない。そして少女はしゃがみ込むと、血の海に小さな手を浸した。

 少女は壁や床に、沢山の”aequalitas”を血で書く。部屋中はどす黒く変色した血の”aequalitas”で埋め尽くされた。


「上出来!パーフェクトッ!」


 カーテンの影から、この季節には寒そうな大胆な服を着た少女が現れた。ニヤケ表情かおを顔に貼り付け拍手を贈る。


「あなたが不幸を願った相手には、あなたが思いつく限りの不幸が具現して襲い掛かる。人間にしては珍しい特殊能力。名前は…そうねえ…『いたずらっ子の脅威トリックスター』よ!

 いいことダーシー・スライ、あなたは今日からわたくしと一緒に『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力を世界中の人々に配ってあげるの。だって、あなただけが不平等。偏った不平等はよくないわ。公平にしなくっちゃ。

 世界もあなたと同じく不平等になるために、『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力を存分にふるいましょうね」


 光の消え失せた暗い瞳で、ダーシーは頷いた。そして血の付いた掌で、亜麻色の髪の毛をそっと撫でる。

 適当にハサミで切ったのが判るほど、無残に短く刈られた髪の毛。

 ダーシーの仕草を見て、少女はより笑みを強めた。


「うふふっ、わたくしたちは正しいことをして、『ヴォルプリエの夜』に世界中を不平等で埋め尽くすのよ!」


 ”不平等を愛する魔女”、リリー・キャボットは高らかに笑った。



* * *



 アルスキールスキン大陸の北に位置する大国、アディンセル王国。

 冬の祭典『六花の聖夜りっかのせいや』発祥の地と言われている。

 一年の大半を雪に覆われた国土が殆どで、丈夫で美しい建築や、工芸などの美術品が発展していることで有名な国だ。

 王都カーレンの郊外にある町ソフレティオは、ロナガン伯爵家が治める町だ。

 その伯爵家の屋敷で、『六花の聖夜りっかのせいや』を控えた吹雪く朝、一家の惨殺死体が発見された。

 それが、人の死体だと認識するのが遅れるほど、血と肉の塊と化していた。

 屋敷に仕える使用人たちが、朝の掃除で入ったダンスホールで見つけたのだ。

 そして部屋中に書かれた”aequalitas”の血文字の異様さ。

 殺人と”平等”は、一体何を意味しているのか?

 この猟奇的な殺人事件は、瞬く間にアディンセル王国を賑わせた。

 ロナガン伯爵は特筆すべき点のない、ごく普通の貴族だ。しかし使用人たちは知っている。

 伯爵と妻子たちの、残酷な仕打ちの数々を。

 使用人たちに辛く当たり、家畜同然としか思っていない傲慢さ。

 最も酷い仕打ちを受けていたのは、伯爵とメイドとの間に生まれた不義の子ダーシー・スライ。

 認知されず亡き母親の姓を名乗る、不憫な少女。

 伯爵家の慰み者になっていた、可哀想なダックリング。

 死体が発見されたその日、ダーシー・スライの姿は消えていた。



* * *



「なーんて怖ろしい力」


 リリーは神の家の煙突に座り、吹雪の中に落とし込まれたソフレティオの町を眺める。

 ぷらーん、ぷらーんと脚を交互に揺らし、人差し指を立てて、くるり、くるりと回す。


「時々人間の中に、変わった能力を持つ者が現れるのよね。割と長生きしているけど、あんな凄い力はこれまで見たことがないわ。ヘタすると、グリゼルダ並みの力かもしれない…。

 人間が魔女みたいな力を持つなんて生意気だけど、わたくしの計画を成功させるためには、欠かせない子」


 ダーシー・スライの顔を思い浮かべ、リリーは「くすっ」と笑う。

 本人は今一つ自らの力について理解していなかったが、それはこれから教えていけばいい。


「そしてもう一つ。

 アルスキールスキン大陸全土、隅々まで『いたずらっ子の脅威トリックスター』の力を行き渡らせるためには、もう一つ必要なモノがある。

 精霊の力だと効果が分散しちゃうけど、『小夜啼鳥ピロメラ』を使えば万遍なく広げられるわ。

 長いこと探していたけど、絶滅種だったのか見つからなかった。でも、まさかの盲点。あの”癒しの魔女”の使い魔がそうだったなんてね~」


 ククッとリリーはほくそ笑む。


「”癒しの魔女”は『魔女の呪い』を祓った儀式の影響で、この数年あまり動けないって聞く。グッドタイミングね。なら、使い魔を捕らえるのも簡単。

 1000年に一度来る『ヴォルプリエの夜』に、わたくしの長年の望みが叶い、世界は不平等で埋め尽くされるの!」


 計画の成功を想像して、嘲笑と共にリリーは高らかに吠えた。

 両手を広げ、天に向かって凄む。


「わたくしにこんなふざけた魔法を授けた世界に、目にもの見せてくれる。わたくしだけがこんな不平等を享受しなきゃいけないなんて許せない!

 あは、あはは、あははははははははは」


 腹を抱えて、リリーは大笑いした。

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