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51話:おはようございます

「ぴよぴよ」


 囀りながらメイブが飛んできた。


「お帰り、メイブ殿」

「ぴよ」


 レオンは本から顔を上げて、メイブににっこりと笑いかけた。

 メイブは花のベッドに降り立つと、ロッティの頬に頭を押し付けた。


「ぴよぴよ」

訳:[アドラムのおじさんに、今日もお薬を納品してきましたよ]


 眠るロッティに報告をする。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[今年は風邪が流行しているとかで、あんずのシロップもいっぱい作りました]


 物言わぬ主に、メイブは一生懸命報告を続けた。

 最初は無反応な状況に涙がいっぱい溢れたが、この2年でなんとか慣れた。

 チェルシー王女の『魔女の呪い』を祓った直後、ロッティは倒れて、そして眠りについてしまった。

 あれからもう2年が過ぎている。

 メイブはレオンのほうへ「ちらり」と視線を向ける。レオンは再び本に顔を戻していた。


「ぴよ、ぴよぴよ」

訳:[ご主人様、あれから色々あったのですよ]




 チェルシー王女と共にメルボーン王国へ戻ったレオンは、チェルシー王女を救った英雄として、『至高の騎士スムスエクエス』という騎士として最高の名誉を与えられた。宰相と同列に置かれる騎士として最高の地位だ。

 更には多額の褒賞金も与えられ、祝賀パーティーの主役の一人として労をねぎらわれていた。

 そこへメイブと”曲解の魔女”を連れてフィンリーが現れた。

 フィンリーもまた、レオン同様『至高の騎士スムスエクエス』の名誉と多額の褒賞金を与えられた。

 周りに祝福される中、フィンリーからロッティのことを聞かされて、レオンは愕然とした。


「どうして…直接私に話してくれなかったのだ」


 その理由も説明したが、


「それでも、大事なことだから、直接話してほしかった…」


 とても落ち込みはしていたが、レオンの行動は早かった。

 レッドディアー近衛騎士団の団長職だけでなく、騎士職も返上したのだ。

 これには国王もチェルシー王女も仰天し、思いとどまらせるために四苦八苦する。けれどもレオンの意志は強く、頑なに辞職の意志を曲げなかった。

 そしてレオンは『癒しの森』に引っ越してきたのだ。




「ぴよぴよぴよ、ぴよぴよ」

訳:[「ロッティの傍に居たい」そう言って、レオンはあれ以来ずっとご主人様のお傍に居続けているんです]


 大量の本を持ち込んで、毎日ロッティの様子を伺いながら傍らで本を読んでいる。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[人間にしては、見どころがあるのですよ]


 レオンの行動を、メイブは好ましく思っていた。

 ご主人様ロッティのことを、とても大事に思っていることが嬉しかった。


「ぴよぴよ」

訳:[さて、お邪魔虫は消えるのですよ]

「またね」


 挨拶するメイブに、レオンは笑顔で頷いた。

 メイブの言葉が判っているわけじゃないようだが、最近のレオンは的確な言葉を投げかけてくる。

 メイブはそれがちょっと不思議だった。



* * *



 本をパタっと閉じる。


「私にはちょっと、謎めいていて、くすぐったい物語だったな…」


 もう一度本を開いて、パラパラとページをめくる。そして苦笑して肩をすくませた。

 フィンリーに頼んで何冊か恋愛小説を買ってきてもらった。

 世間の女性たちが好んで読んでいるという、近代流行小説だそうだ。

 かつて社交界では貴婦人たちの相手をするのが心底苦手で、洒落た会話の一つも満足に出来なかった。

 いつかロッティが目覚めたときに備えて、色々と知識を蓄えている。

「せめてレディが喜ぶ会話の一つでも出来るように」と。

 別の本を手に取って開こうとしたとき、花のベッドから動く気配がして、レオンは顔をあげた。


「ロッティ?」


 横たわるロッティは、薄っすらと目を開いた。


「ロッティ!」


 何度か瞬きを繰り返し、ロッティは横に顔を向けた。


「…レオン?」

「はい。おはようございます」

「…」


 ロッティはぼんやりとした表情かおをしていたが、やがて緩やかに微笑んだ。


「もう、昼を過ぎてる気がするわよ?」

「では、こんにちは、ですね」


 レオンは涙目になり、そして横たわったままのロッティを抱きしめた。

 この2年でロッティの身体は成長している。もうすぐ13歳を迎える頃だそうだ。初めてロッティを抱きかかえたときとは、明らかに成長を感じられた。


「レオン…」


 ロッティは暫く抱きしめられたままでいたが、次第に顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。


「ちょ、レオン?あのね、心の準備が!」

「観念してください。2年も待たされていたんですから」

「ひええええ!」



* * *



「うーん、これじゃあお邪魔出来ないよねえ~」

「ぴよ…」


 木の陰に身を隠しながら、フィンリーとメイブは2人の様子を伺っていた。

 弟子のフィンリーと、使い魔のメイブは、ロッティが目覚めたことを感知して、慌てて駆けつけてきた。しかし、熱々なシーンになっていて、気を利かせて隠れている。


「この2年で、団長ってば大胆になったなあ…。あんなにアツい抱擁かましちゃって」

「ぴよぴよ」

訳:[ご主人様テンパっているのですよ]

「寝起きにあれじゃあね」


 くすくす笑って、フィンリーは肩に乗るメイブを見る。


「メイブたんも、今すぐロッティちゃんに飛びかかりたいでしょ?」

「ぴ…ぴよ」

訳:[そうですが…]

「この先いくらでも、2人がイチャイチャする機会はあるしさ。遠慮せず、バーンっとイッチャイナヨ!」


 フィンリーに促されて、メイブは眉間を寄せて唸った。

 今すぐにでも、ロッティの目覚めを一緒に喜び合いたい。しかし、テンパリながらも嬉しそうなロッティの邪魔はしたくない。


(悩むのですよ…)


「やれやれ…」


 フィンリーはため息まじりに首を振り、そして肩の上のメイブをつまみ上げた。


「今日はちょっと、大胆にいっくよー!」


 そう声を張り上げて、メイブを掴んでロッティに向かって投げつけた。


「ぴよおおおおおおおおお!?」


 真っ赤な顔のロッティの額にドストライク。


「ぐえっ!」

「ぴよっ!」


 ロッティは額に貼りついたメイブを引きはがす。


「メ、メイブ!?」

「ぴよお…」


 メイブはくるくる目を回していた。


「メイブだいじょうぶ!?って、ちょっとフィンリー!」

「おはようございまっす、師匠!」

「カイザーじゃないんだから、メイブ投げるのヤメナサイよ!」

「てへへ、カイザーしゃん直伝っす!」


 Vサインをしながら小走りに寄ってくる弟子フィンリーを、ロッティはジロリと睨んだ。


「フィンリー、来てたのか」


 抱擁を邪魔されたレオンは、ちょっと不満そうな表情かおをしたが、すぐにいつもの穏やかな表情かおに戻った。


「お邪魔する気はなかったんっすけどね、メイブたんがロッティちゃんと喜び合いたそうだったから」

「そうだな」


 にししっと笑うフィンリーに、レオンは苦笑した。


「メイブ…」


 伸びているメイブの額を、ロッティは癒し魔法をかけながら、指先で優しく撫でた。


「ぴよ…」


 やがて意識を取り戻すと、メイブはうるうると目を潤ませ、ロッティの頬に飛びついた。


「ぴよ、ぴよ、ぴよ」

訳:[ご主人様、ご主人様、ご主人様]

「心配かけてごめんね、メイブ」

「ぴよぴよ」

訳:[おはようございます]

「うん、おはようメイブ」

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