「ぴよぴよ」
囀りながらメイブが飛んできた。
「お帰り、メイブ殿」
「ぴよ」
レオンは本から顔を上げて、メイブににっこりと笑いかけた。
メイブは花のベッドに降り立つと、ロッティの頬に頭を押し付けた。
「ぴよぴよ」
訳:[アドラムのおじさんに、今日もお薬を納品してきましたよ]
眠るロッティに報告をする。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[今年は風邪が流行しているとかで、あんずのシロップもいっぱい作りました]
物言わぬ主に、メイブは一生懸命報告を続けた。
最初は無反応な状況に涙がいっぱい溢れたが、この2年でなんとか慣れた。
チェルシー王女の『魔女の呪い』を祓った直後、ロッティは倒れて、そして眠りについてしまった。
あれからもう2年が過ぎている。
メイブはレオンのほうへ「ちらり」と視線を向ける。レオンは再び本に顔を戻していた。
「ぴよ、ぴよぴよ」
訳:[ご主人様、あれから色々あったのですよ]
チェルシー王女と共にメルボーン王国へ戻ったレオンは、チェルシー王女を救った英雄として、『
更には多額の褒賞金も与えられ、祝賀パーティーの主役の一人として労をねぎらわれていた。
そこへメイブと”曲解の魔女”を連れてフィンリーが現れた。
フィンリーもまた、レオン同様『
周りに祝福される中、フィンリーからロッティのことを聞かされて、レオンは愕然とした。
「どうして…直接私に話してくれなかったのだ」
その理由も説明したが、
「それでも、大事なことだから、直接話してほしかった…」
とても落ち込みはしていたが、レオンの行動は早かった。
レッドディアー近衛騎士団の団長職だけでなく、騎士職も返上したのだ。
これには国王もチェルシー王女も仰天し、思いとどまらせるために四苦八苦する。けれどもレオンの意志は強く、頑なに辞職の意志を曲げなかった。
そしてレオンは『癒しの森』に引っ越してきたのだ。
「ぴよぴよぴよ、ぴよぴよ」
訳:[「ロッティの傍に居たい」そう言って、レオンはあれ以来ずっとご主人様のお傍に居続けているんです]
大量の本を持ち込んで、毎日ロッティの様子を伺いながら傍らで本を読んでいる。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[人間にしては、見どころがあるのですよ]
レオンの行動を、メイブは好ましく思っていた。
「ぴよぴよ」
訳:[さて、お邪魔虫は消えるのですよ]
「またね」
挨拶するメイブに、レオンは笑顔で頷いた。
メイブの言葉が判っているわけじゃないようだが、最近のレオンは的確な言葉を投げかけてくる。
メイブはそれがちょっと不思議だった。
* * *
本をパタっと閉じる。
「私にはちょっと、謎めいていて、くすぐったい物語だったな…」
もう一度本を開いて、パラパラとページをめくる。そして苦笑して肩をすくませた。
フィンリーに頼んで何冊か恋愛小説を買ってきてもらった。
世間の女性たちが好んで読んでいるという、近代流行小説だそうだ。
かつて社交界では貴婦人たちの相手をするのが心底苦手で、洒落た会話の一つも満足に出来なかった。
いつかロッティが目覚めたときに備えて、色々と知識を蓄えている。
「せめてレディが喜ぶ会話の一つでも出来るように」と。
別の本を手に取って開こうとしたとき、花のベッドから動く気配がして、レオンは顔をあげた。
「ロッティ?」
横たわるロッティは、薄っすらと目を開いた。
「ロッティ!」
何度か瞬きを繰り返し、ロッティは横に顔を向けた。
「…レオン?」
「はい。おはようございます」
「…」
ロッティはぼんやりとした
「もう、昼を過ぎてる気がするわよ?」
「では、こんにちは、ですね」
レオンは涙目になり、そして横たわったままのロッティを抱きしめた。
この2年でロッティの身体は成長している。もうすぐ13歳を迎える頃だそうだ。初めてロッティを抱きかかえたときとは、明らかに成長を感じられた。
「レオン…」
ロッティは暫く抱きしめられたままでいたが、次第に顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。
「ちょ、レオン?あのね、心の準備が!」
「観念してください。2年も待たされていたんですから」
「ひええええ!」
* * *
「うーん、これじゃあお邪魔出来ないよねえ~」
「ぴよ…」
木の陰に身を隠しながら、フィンリーとメイブは2人の様子を伺っていた。
弟子のフィンリーと、使い魔のメイブは、ロッティが目覚めたことを感知して、慌てて駆けつけてきた。しかし、熱々なシーンになっていて、気を利かせて隠れている。
「この2年で、団長ってば大胆になったなあ…。あんなにアツい抱擁かましちゃって」
「ぴよぴよ」
訳:[ご主人様テンパっているのですよ]
「寝起きにあれじゃあね」
くすくす笑って、フィンリーは肩に乗るメイブを見る。
「メイブたんも、今すぐロッティちゃんに飛びかかりたいでしょ?」
「ぴ…ぴよ」
訳:[そうですが…]
「この先いくらでも、2人がイチャイチャする機会はあるしさ。遠慮せず、バーンっとイッチャイナヨ!」
フィンリーに促されて、メイブは眉間を寄せて唸った。
今すぐにでも、ロッティの目覚めを一緒に喜び合いたい。しかし、テンパリながらも嬉しそうなロッティの邪魔はしたくない。
(悩むのですよ…)
「やれやれ…」
フィンリーはため息まじりに首を振り、そして肩の上のメイブをつまみ上げた。
「今日はちょっと、大胆にいっくよー!」
そう声を張り上げて、メイブを掴んでロッティに向かって投げつけた。
「ぴよおおおおおおおおお!?」
真っ赤な顔のロッティの額にドストライク。
「ぐえっ!」
「ぴよっ!」
ロッティは額に貼りついたメイブを引きはがす。
「メ、メイブ!?」
「ぴよお…」
メイブはくるくる目を回していた。
「メイブだいじょうぶ!?って、ちょっとフィンリー!」
「おはようございまっす、師匠!」
「カイザーじゃないんだから、メイブ投げるのヤメナサイよ!」
「てへへ、カイザーしゃん直伝っす!」
Vサインをしながら小走りに寄ってくる
「フィンリー、来てたのか」
抱擁を邪魔されたレオンは、ちょっと不満そうな
「お邪魔する気はなかったんっすけどね、メイブたんがロッティちゃんと喜び合いたそうだったから」
「そうだな」
にししっと笑うフィンリーに、レオンは苦笑した。
「メイブ…」
伸びているメイブの額を、ロッティは癒し魔法をかけながら、指先で優しく撫でた。
「ぴよ…」
やがて意識を取り戻すと、メイブはうるうると目を潤ませ、ロッティの頬に飛びついた。
「ぴよ、ぴよ、ぴよ」
訳:[ご主人様、ご主人様、ご主人様]
「心配かけてごめんね、メイブ」
「ぴよぴよ」
訳:[おはようございます]
「うん、おはようメイブ」