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49話:『魔女の呪い』解呪

 『フェニックスの羽根』を手に入れてから三日経ち、天空には大きな丸い月が、白く儚げな光を放っていた。

 『癒しの森』の天井は、殆どの部分が枝葉に覆われて空が隠されている。しかし今日だけは特別に、天井が開けて夜空を映し出していた。

 濃紺の空に満天の星。その煌めきは地上にも降り注いでいる。


「準備よし、だね」


 姿見の鏡の前に立ち、ロッティは表情を引き締めた。

 ロッティの斜め後ろに立ち、フィンリーは不思議そうに眼を瞬かせた。


「神官服?に似ているねえ」

「うん。殆ど似たデザインかな」


 真っ白なケープに、真っ白なローブ。袖口や裾には、金糸で装飾模様が刺繍されている。

 髪はいつもの三つ編みではなく、おろしていた。


「この服は、満月の光を吸収して、私の魔力を増幅してくれるの。大きな魔法を使う時は、必ず着用しているわ」

「ほうほう」

「今日は失敗できない儀式だしね、月の力も思いっきり借りなきゃ」


 窓の外からでも、大きな満月は見えていた。

 ロッティはフィンリーのほうへ身体ごと向いた。そして右掌を差し出す。

 赤い、小さな丸い球が載っていた。


「弟子の契約は簡単。これをゴクッと丸呑みしちゃって」

「ほむ。なにこれ?」

「私の血を固めたものよ」

「わお…」


 フィンリーは恐る恐る赤い球に手を伸ばす。そして指でつまみ上げた。


「それを飲んだ瞬間から、もう外見は年をとることはなくなる。人間としての時間が終わって、私たち魔女や使い魔と同じ時間に入るの。そしてやり直しは出来ないし、私が生きることを止めない限り、フィンリーも同じ時間を生きる。

 逆に、私が生きることを止めたら、一蓮托生よ。

 ちなみに、不死ではないからそこは気を付けないさいね」

「うん」

「本当にそれでいいか、もう一度考えて、そして飲むなり返すなりしなさい」


 無表情とさえ思えるほど、ロッティの表情かおは何の感情も浮かべていなかった。

 幼い魔女の顔を見つめ、そしてフィンリーはにっこりと笑う。


「迷いはないよ。俺はメイブたんと一緒に生きる!」


 そう言って、赤い球を飲み込んだ。


「…ホント、思い切りが良いって言うか」

「ふひひ。……んー、なんもリアクションないなあ?」

「特別なことはナイわよ。でも、もうフィンリーは人間卒業しちゃったわね」

「そっかそっか」


 掌を握ったり広げたりして、フィンリーはにんまりと笑んだ。そしてロッティの前に片膝をつく。


「改めて、よろしくお願いします、師匠」

「よろしくね。じゃあ、師匠として最初の言いつけをするわ」

「なんなりと」

「儀式が終わった後のことよ」



* * *



 花のベッドの傍には、レオン、モンクリーフ、メイブの3人がすでに控えて待っていた。

 ずっとチェルシー王女の世話をしていた魔法生物ゴーレムたちも、花のベッドの傍でじっとしていた。

 静かな空間に、草を踏む足音が2つ。


「みんなお待たせ」


 いつになく神妙な表情かおをするフィンリーを従えて、ロッティはゆっくりと歩いてきた。

 花のベッドの傍に膝立ちになる。


「殿下、長いことお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。でも、苦しみも今日で終わります。あと少しだけ、耐えてくださいね」


 意識なく眠るチェルシー王女に優しく微笑み、ロッティは立ち上がった。

 フィンリーは手にしていた銀のトレイを、ロッティに差し出す。

 『フェニックスの羽根』とメイブのうんちを乾燥させた『森の種』が一粒載っていた。

 ロッティは2つを手に取り、チェルシー王女の胸の上に置いた。


「始めるね」


 4人が見守る中、ロッティは左目を覆う赤い丸ボタンにそっと触れた。


「”リベラティオ”」


 一言呟くと、ボタンを縫い付けていた糸がスルリと抜けて、宙を踊りながら空気に溶けた。そして剥がすようにボタンを取る。

 その瞬間、強烈な銀色の光が、瞬時に森を照らした。


「くっ…、なんて膨大な魔力」


 ゾワッとした表情かおで、モンクリーフは生唾を飲み込んだ。


「ぴよ…」

訳:[500年溜め続けた魔力ですもの…]


 メイブも怯えを含んだ表情かおで主を見つめる。

 ロッティの左目から溢れる魔力で、木々がザワザワと揺れた。


「万物を癒す大いなる力を秘める『癒しの森』、夜の闇を照らす偉大なる力を持つ月の精霊、魔女に呪われたこの憐れな人間に被せし死の息吹を祓いのけ、生の喜びと祝福を授け、今一度大地を舞い踊らせよ!」


 『フェニックスの羽根』と『森の種』の上に掌をかざす。

 ロッティの全身から魔力のオーラが立ち上り、途端魔力は『フェニックスの羽根』と『森の種』に吸い込まれていく。

 轟轟と怖ろしい音を轟かせ、周囲は突風に煽られた。

 チェルシー王女の全身を、銀色の光が包み込んだ。


「くぅ…」


 意識はないが、王女の小さな口から呻き声が上がる。苦悶の表情を浮かべ始めた。


「姫様!」


 モンクリーフは両手を握り締め、涙目になってその場で踏み堪えた。


「アタシのせいで…」


 普段は気にも留めない程度の悪戯だったはずが、大好きなチェルシー王女を苦しめている。目の前のチェルシー王女の苦しむ表情かおは、モンクリーフの心を深く抉った。後悔と自己嫌悪が心臓を鷲掴む。

 儀式の渦中に置かれたチェルシー王女の苦しみを目の当たりにし、身体中を締め付けられるような息苦しさを強く感じだ。


「姫様…ああ…お可哀想…」


 傍に行って手を取り励ましたいが、儀式を邪魔してしまうので我慢する。

 レオンもフィンリーも同じ気持ちだったが、歯を食いしばり駆け寄ることを耐えた。

 今、チェルシー王女の中で、『魔女の呪い』とロッティの力が拮抗している。想像を絶するほどの力が荒れ狂い、チェルシー王女を苦しめた。


「なんて…力なのよこの呪い…」


 抵抗力が強い。『魔女の呪い』はロッティの力を押し返してくる。少しでも気を緩めれば、簡単に弾かれ失敗しそうだった。


(これが、『魔女の呪い』なのか…)


 自らも『魔女の呪い』を使うことはできる。しかし使おうと思ったことはないし、これほどまでに強烈な力だとは知らなかった。更に”曲解の魔女”コンセプシオン・ルベルティの”全てを曲げることのできる”固有魔法の力も加わっている。祓うための魔力と”癒しの力”を捻じ曲げ跳ね返してくる。厄介な状況になっていた。


(くうう!コンセプシオンのバカ!無双したらアンタの固有魔法は最上位級ハイレベルの攻撃魔法になるんだからね!っとにもうバカバカ!)


 体内で呪いの力とロッティが注ぐ魔力がせめぎ合い、受け止めるチェルシー王女はとても苦しいだろう。青ざめるチェルシー王女の表情かおを見て、ロッティの心が焦り始めた。


(長引かせることはできない、もっともっと力を…)




 ロッティの様子を見て、メイブはフィンリーの肩の上で固唾をのんだ。


(ご主人様のほうが、多少分が悪い感じがします…『フェニックスの羽根』を通しても、あんなに抵抗力が激しいなんて…


 緊迫した状況を見つめながら、メイブは意識を凝らした。


(『魔女の呪い』の力が予想よりもかなり強力です。大量の魔力を有していても、このままだとさすがのご主人様も危ないかもしれません)


 ロッティの使い魔であるメイブは、ロッティの魂と直接結びついている。だから主の危機を敏感に感じ取ってしまう。

 現在ロッティのほうが、不利に傾き、呪いに圧され気味だ。


(ご主人様をお支えして守る!わたくしめもご主人様に加勢するのです!――わたくしめのお願いに応えてください!『癒しの森』あなたの娘でもある”癒しの魔女”ロッティ・リントンのために、頑固な呪いを打ち祓える、もっともっと大きな力を貸してください!)


 目を瞑り、眉間に力を込めながら、『癒しの森』に強く強く願った。

 想いの強さに反応し、頭上の双葉が淡い緑の光を滲ませる。


(ご主人様のために!王女を助けるために!)


 少しすると、とても穏やかに揺れる葉音が耳に流れてきた。サワサワと葉が擦れ合う心落ち着く音。心も身体も優しく癒す気配。

 メイブの願いに、『癒しの森』が応えた。


(ありがとうございます『癒しの森』!あともう一息なのです!頑張れご主人様!)




「ハッ、『癒しの森』の力が強まった…、これなら!」


 全身に温かで強い力を感じ、ロッティは歯を食いしばって更に意識を集中させる。癒しの魔法効果が一気に跳ね上がった。

 黒いタールのようにチェルシー王女に貼りつく呪いが、徐々に引き剥がされれていく。


「観念しなさいな忌まわしい呪いの力…、剥がれて消えちゃいなさいっ!」


 振り絞る様に、ありったけの魔力を叩きつけた。


「はうっ!」


 チェルシー王女は身体を大きく反らせると、目を見開き大きく息を吐きだした。

 闇色の呪いが、チェルシー王女の身体から剥がされた。


「姫様!」


 モンクリーフ、レオン、フィンリーが同時に叫ぶ。

 強烈な銀色の光が炸裂して、声なき呪いが消え去っていく。

 そして光は収束して、辺りに静けさが戻った。

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