花のベッドのほうへ向かいながら、ロッティはつま先を食い入るように見ていた。しかし頭の中では、レオンにどう告白を切り出すかぐるぐるしていた。
告白する勇気はメイブがくれた。
(フィンリーとなにかしていたのは、文字の練習だったんだね。魔法を使えば簡単に書けるのに、そうしないで自分の翼で書いてくれた。
大変だったと思う。身体が小さいから、軽いエンピツでも動かすの難儀しただろうに。
メイブのおかげで勇気が湧いたわ。
でもね…)
その場に立ち止まり、ロッティは「はぁ…」と情けなくため息をつく。
(肝心の告白、なんて言えばいいんだろう…。ダイレクトに「好きです!」と言えばいいのか、雰囲気作りして遠回しに匂わせながら言うとか?ああん、こんなことなら恋愛小説くらい読んでおけばよかった!)
頭を抱えたところで、
「ロッティ」
花のベッドのある方からレオンが歩いてきた。
「レオン…」
どっきん、どっきん、心臓がありえない程鳴りまくる。
「ロッティも姫様のお見舞いですか?」
「えっと…その…」
まともにレオンの顔を見ることが出来ず、魚のように目が泳ぐ。
(よ…よし、言うぞ、好きだ!って、言うぞ!)
「お…おなかすいてないかしら?」
「そうですね、朝食を食べてから何も食べていませんし」
(ちっがあああう!)
その場に壁があったら、穴をあけたいほど殴りたい衝動にロッティは襲われる。
「そ、そうじゃなくって…」
「はい?」
ロッティは俯き、いきなりレオンの胴に両腕を回して背中のあたりの服を掴んだ。そして真っ赤な顔を上に向け、
「わ、私…あなたのことが…す…すき…好きです!」
怒鳴りつけるような勢いで、ようやく言い放った。
(ああ、ついに言ってしまった…)
途端全身から力が抜けてしまい、その場にずり落ちそうになった。気付いたレオンが素早く抱き留める。
ロッティは恐る恐る見上げると、レオンはとても穏やかで嬉しそうな
「ロッティ、私と同じ気持ちで嬉しく思います。そして面目ない…告白を先にされてしまって」
「レオン…?」
「姫様の儀式が終わったら、私から言おうと思っていたんです。だから先に言われてしまって、ちょっと悔しいです」
にっこり笑うレオンの顔を、ロッティは呆けたように見つめた。
「じゃあ、言うの我慢すればよかったな。もう頭…てんぱって、てんぱって…。でも、メイブがね、背中を押してくれたの、文字を書いて「がんばれ」って応援してくれたの」
「それは強力な応援でしたね。羨ましい程に」
「うん。だから、言うぞ、言わないと!って、1人で盛り上がっちゃって……」
安堵で完全に立つ力が失せてしまった。
レオンに支えられながら、ロッティはレオンの腹部に顔を埋めた。
(なんだか表現に困る気持ち…。嬉しいんだけど、あれだけぐるぐる悩んだから、ホッとしたって言うか安心したって言うか)
告白が成功したら、飛び上がるほどの喜びに包まれるんだと思っていた。実際は、気が抜けまくった感じである。
「まだ大事な儀式が残っているのに、なんか全身から力抜けちゃったわ」
「それだけ緊張していたということですね。私のために、ありがとうございます」
レオンは力の抜けたロッティを支えながら、ふと困ったような
「ロッティ、一つ提案というか、その、お願いと言うか…」
「うん?」
ロッティが顔をあげると、レオンが明後日のほうへ視線をさまよわせながら、妙に照れ始めた。
「ロッティ、あなたの実年齢はこの際置いといて――まだ10歳です。正式なお付き合いは、あなたが16歳になったら、にしませんか?」
一瞬きょとーんとして、ロッティは目を瞬かせた。
「その、今のままだと普通に親子に見えてしまうというか」
「ああ…そ、そうね、そうかもしれない」
レオンの言わんとしていることに、ロッティは「あれ?」という気持ちになった。
「もしかして、子供姿の私と一緒だと、恥ずかしいのかしら…?」
「違います!」
レオンは慌てた様子で声を荒げた。
「言い方が悪くてすみません。恥ずかしいとかそういうことではないんです」
「そう…なの?」
「はい。正式に、というのはその…」
「その?」
「……キスをしたりとか…堂々と出来るかな…と…」
髪の色と遜色ない程顔を真っ赤にさせて、レオンはもごもごと言った。
「今はロッティが幼い姿なので、は…憚られます」
そして「ハア…」と息をついた。
一方ロッティは、暫く呆けたような顔をしていたが、意味が全て繋がって、レオン以上に顔を真っ赤にさせて口をパクパクさせた。
「キ…キス…そ、そうよね!ウン、そうよウン」
(キスっ!もうだめ、今日は思考が停止する)
ロッティの頭は完全にショートしてしまった。
* * *
「くん、くん、ねえメイブたん、この匂いってチキンソテー?」
「ぴよ」
訳:[そうですよ]
オーブンのほうから香ばしい肉の焼ける匂いが台所に満ちている。しかしどう嗅いでもこれは鶏肉の焼ける匂い。
「メ、メイブたんも鳥…だよね?鶏肉料理とか作っちゃうんだ…」
ドレッシングを作っていたメイブは、フィンリーに「にたぁ…」と恐怖の笑みをを向けた。
「メイブたんその
フィンリーは両手で目を隠して喚いた。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[お肉屋さんで買ってきたものだから、大丈夫なのですよ。どのみちわたくしめは食べませんし、鶏肉といっても別に同情なんてわかないのです」
「え、そうなの?」
「ぴよぴよ」
訳:[いちいち同情していては、何も食べられなくなってしまいます。食物連鎖なのですよ]
メイブは淡々と言った。
「ぴよぴよ」
訳:[ポトフのお鍋を運んでおいてください]
「らじゃー!」
鍋の取っ手を鍋つかみで掴んで、フィンリーはリビングへ運んだ。
「お腹空いたわー」
「もうすぐ出来るよ」
フィンリーは鍋敷きの上に鍋をそっと置く。
「ポトフねその匂いは」
「うん。野菜とソーセージとベーコンがたっぷり入ってるよ」
「あのヒヨコ、料理は上手いから」
「さすが、俺のレディ」
得意げな
「ホントに、おねーさまと弟子契約するんだ?」
「うん!ロッティちゃんから許可ももらったよ」
「マジぃ…」
「マジ」
モンクリーフはテーブルに片頬をついて「そっか…」と呟いた。
「じゃあ、これから先もずっと、フィンリー卿とは顔なじみになるわけね」
「へへっ」
同じ
「おねーさまをよろしくね」
「お任せあれ!」
そこへ、ロッティを腕に抱えたレオンが戻ってきた。
「あれ、ロッティちゃんどうしたの?」
「おねーさま!」
「ええっとその」
レオンは物凄く言いづらそうに、顔を赤くしながらフィンリーとモンクリーフの顔を交互に見る。
「ロッティに告白されて、それで色々話しているうちに…ダウンしたようだ」
フィンリーとモンクリーフは顔を見合わせ、
「キスしちゃったとか?」
「まさか、不意打ち!?」
「してないしてない!」
レオンは慌てて首を横に振った。
「キスの話をしていて、こうなってしまったんだ…」
「ほう…、ロッティちゃん初心だねえ」
「さすが、おねーさま」
「ぴよぴよ~」
訳:[ご飯の用意が出来たのですよ~]
パンを入れた籠を掴んで運んできたメイブは、レオンに抱えられたロッティに気付いて仰天した。
「ぴよおおおお!」
訳:[ご主人様ああああ!]
「ああ、メイブたん大丈夫だよっ」
フィンリーが慌てて説明をする。
「ぴよ」
説明を聞き終わり、メイブは頷いた。
「ぴよ、ぴよぴよ」
訳:[じゃあ、ご飯食べちゃいましょう]
「え、起きるの待たないの?」
「ぴよぴよ」
訳:[こうなったらもう、ご主人様は朝まで起きません]
「お…おう…」