『癒しの森』へ戻った一同は、リビングに集まった。
「キレイな羽根だねえ…触っても熱くないけど、見た目は燃えてるみたい」
フィンリーは天井に翳してみて、しみじみと見つめていた。
「これを手に入れるために、すったもんだ、あっちこっち飛び回って大変だったね」
「ぴよ」
フィンリーの肩に座って一緒に『フェニックスの羽根』を眺め、メイブは色々と思い返していた。
(レオンしゃんを森で拾ってから、全てが始まったのです。
ここひと月あまり程度の出来事でしたが、本当に濃厚でした)
「ロッティの魔力の蓄えは、もう大丈夫なのですか?」
レオンがふと思いついたように言うと、ロッティは頷いた。
「もう大丈夫。『フェニックスの羽根』と『癒しの森』の力を借りれば十分だわ」
「では、すぐに始めますか?」
「いいえ」
ロッティはゆるゆると頭を横に振る。
「三日後の満月の晩を待つわ。満月の光は魔力と、『癒しの森』の力も活性化させていつもより効果を高めてくれるから」
「判りました。では、私は姫様を見舞ってきますね」
「うん」
レオンがリビングを出ていくと、モンクリーフが身を乗り出した。
「おねーさま、時間も出来たことだし、レオン卿に思い切って告っちゃえば?」
「は?」
「いいねえそれ。さんせーさんせー!」
「ぴよぴよ!」
フィンリーとメイブも賛成する。
「な、な、なんでそんな、告るとかいう話になるのよ!?」
「そのほうが気持ちもすっきりして、治療に集中できるじゃない」
「絶対良い結果が出ると思う」
畳みかけられて、ロッティは顔を真っ赤にさせて怒鳴る。
「別に気持ちがどうのなんて関係ないわよ!儀式は成功しかしないって決まってるんだから!」
今にも噛みつきそうな顔をするロッティに、モンクリーフはくすくすと笑う。
「こういうのは早いほうが良いわよ。気持ちは熟成させるものじゃないし、フレッシュなウチに爆砕しちゃいましょうよ」
「いや”霊剣の魔女”殿…爆砕しちゃダメっしょ…」
「だって、レオン卿は断らないもの」
「まあ、団長は”イエス”しか言わないね」
2人は「うん、うん」と頷き合う。
「もし断られたら、儀式に集中できなくて失敗するわよ!」
ロッティは叫ぶように言って、リビングを出て行った。
去り行くロッティの後ろ姿を見送って、メイブはフィンリーの頬をぺちぺち叩いた。
「ぴよぴよ」
訳:[フィンリーしゃん、お願いがあるのです]
「なんだい?」
「ぴよぴよぴよ」
訳:[あのままじゃ、告白するしないで悩みすぎて、実行する前にご主人様がパンクしちゃうのです。ちょっと相談にのってあげてほしいのですよ]
「俺なんかでいいの?」
「ぴよ」
メイブ自身は人語が喋れないし、モンクリーフは焚き付け専門で相談に不向きだ。
「よし、では行ってくるか」
「ぴよぴよ」
訳:[お願いなのです]
* * *
「レオンは誠実だし優しいし、でも人間だし…。私は今は10歳児だけど、中身はもう900歳。この激しい年の差をレオンはどう思ってるのかな」
呟いてみて、自分が年の差を実は気にしていることに気付く。
「レオンは25歳で、私は900歳でしょ。その差875歳。…もはや年の差って気にするレベルを、遥かに超えてるわね…。
ここまでくると、もう気にするのは、見た目の年齢の方でいいのかしら?
古物商が扱う骨董品も、磨いておけば新品みたいに見えてるんだし…って、私は骨董品じゃないのよ!」
両手で頭を押さえ、ロッティはセルフツッコミで暴れた。
「うだうだ悩んだところで、年齢のことはどうしようもないんだし、もう勢いで告白して玉砕しちゃえば、頭もすっきりするんじゃないかしら!
いえ、それはダメダメ、玉砕したら儀式に集中できなくて失敗する!
ぬうううん!」
「ロッティちゃん悶絶し過ぎ…」
「きゃああ」
ドアから顔を覗かせるフィンリーに、ロッティは盛大に悲鳴を上げた。
「いやあ、セルフツッコミ見てて楽しいんだけど、考え過ぎだってば」
部屋に入ってドアを閉めると、その場に立ったままフィンリーは腕を組んで笑った。
「団長もロッティちゃんのことが好きになってるから、大丈夫だってば」
「…それは、友誼とか知人としてとか、そういう”好き”なんじゃないの?」
「ロッティちゃんみたいに、あからさまじゃないから判りづらいかもだけど、団長がロッティちゃんを見ている目には、恋愛感情がしっかり込められてるよ」
ロッティは顔を赤くしたまま、穏やかに微笑むフィンリーの顔をチラリと見る。
「本当に大丈夫かしら…」
「うん、大丈夫」
保証するようにフィンリーはサムズアップしてみせた。
「フィンリーはさ、メイブにフラれるって思ったことはないの?」
「全然」
「即答か!」
あまりにキッパリと言われてしまい、ロッティは怪訝そうに眉を寄せた。
「その自信はどこから来るの?」
「んー」
頭をカシカシと掻いて、フィンリーはにっこり笑う。
「俺がメイブたんを愛しているから、大好きだから、フラれるとか考えたことはないかな。考えなくてもフラれることは絶対ないし、特に自信なんて必要もない」
「ほう…」
それが自信なんじゃ…と思いつつ、ロッティはフィンリーの自信が羨ましかった。
メイブは使い魔でヒヨコだ。レオンは人間でロッティは魔女。
互いに種族が違う。そして生きてきた年齢もまた大きく違う。
どんなに好きでも、壁を超える勇気がどうしても出せないでいた。
「ぐるぐる悩んでたってしょうがないし、その時間がもったいないよ?だからもう、思い切っちゃって。そうすれば、その直後にはラブラブの時間が待ってるんだからさ」
「そ、そうかしら…」
「そうそう。――ところでさ、ちょっと相談したいんだけど」
「なにかしら?」
フィンリーはロッティの傍まできて、いきなり土下座した。
「俺をロッティちゃんの弟子にして!」
「…はい?」
あまりにもいきなりすぎて、ロッティは思考が停止した。
「魔女の弟子になれば、魔女と魂の契約が出来る。そうすれば、魔女と時間を共有するから、人間だろうと動物だろうと、老いることがない。ただし、使い魔と同じように魔女が”消滅”すれば共倒れするんだってね」
「ちょっと、それ誰に聞いたの!?」
「グリゼルダちゃん」
(――あんの大年増!!)
ロッティは心の中で拳を握って震わせた。
魔女との契約内容については、極秘中の極秘で、本当に弟子の契約を結ぶ決意をした相手にしか話してはいけない。そうグリゼルダが定めた魔女の掟だ。
当然ロッティは決意どころか、フィンリーの申し出は初耳だった。
「メイブたんと同じ
「マジ…なの?」
「大マジの超本気よ」
雰囲気はいつもの軽いノリだが、青い瞳は超真剣そのものだった。
「一度契約を結べば、無かったことには出来ないってことも聞いている?」
「うん」
「そう…」
フィンリーの青い瞳を見つめながら、ロッティはつくづくこの若者の心が羨ましかった。
魔女と魂の契約をした人間は、もう人間ではなくなる。見た目は変わらないが、
(大きすぎる変化が、怖くないのかしら…。
恋は盲目、なんてものじゃないのは見てれば判る。思い切りが良いというか、恐れ知らずというか。
まあ、儀式の後のことを考えたら、メイブの傍に居てくれる人がいれば私も安心だし…)
天井に目を向けて、ロッティは小さく吐息を漏らした。
「判ったわ。弟子の件、引き受けましょう」
「おお!やったあ!」
「準備があるから、今すぐじゃないけどね」
「うんうん。準備出来るまで待ってる!」
フィンリーは輝くような笑顔を貼り付けて、ロッティの両手を握って立ち上がる。
「あとは、ロッティちゃんが団長に告白すれば、俺たち4人家族になるね」
「え、ちょ、え、えええ」
「楽しみ♪」
フィンリーは鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。
「告白…、だからまだ、勇気が出ないんだってば…」