魔女たちの会話にすっかり置いてけぼりだったクラークは、目の前にしゃがみこんだロッティの顔をぼんやりと見つめた。
「明日には魔女の加護はなくなって、”不平等を愛する魔女”からの預かりものも回収されるわ」
「……そうか」
「魔女の加護を失えば、この先どうなるかは何も保証されない。どうしていくかは、あなたたちが考えて決めるのよ」
クラークの顔に苦いものが広がった。
「ララハ地方は不作の地って知ってるかい?」
「ええ」
「まともな収入を得る手段が本当になくってな。畑を耕しても作物は育たないし、樹木を植えてもすぐ枯れちまう。根付かないんだ。雨もほとんど降らないし、鉱物は採り尽くしちまっている。
盗賊行為に正当性なんざねえが、生きていくためだった。だが、そうだな、加護がないならもう、好き勝手無茶は出来ねえ。この先を考える時が来たんだな」
どこかホッとしたように、クラークは小さく笑った。
「もう長いことモーリーンに会えてないんだ。モーリーンは山に来るのを怖がっててな。部下を通して手紙のやり取りはしていたんだが…。だから、やっと傍に居てやれる。もっとも、愛想つかされてるかもしれねーけどな」
汚れた顔をくしゃりとさせて笑うクラークに、ロッティは優しい笑みを向けた。
「これはお節介で一つ忠告しておくわね」
「ぬ?」
「町へ帰る前に、全員お風呂に入って身ぎれいにしてからにしなさい。服も洗濯して、歯も磨きなさいよ」
クラークはしばしロッティを見つめ、そして豪快に笑った。
「おう!」
* * *
「『フェニックスの羽根』が手に入りましたね。戻りますか?」
レオンが嬉しそうな笑みを浮かべているのを見て、ロッティも自然と表情が和らぐ。
「そうしたいところだけどね…、モンクリーフ」
「はーい!」
「生存者いるの?下」
モンクリーフは瞬時にダラダラと汗を流し、緊張で
「た…たぶん…いる?」
ロッティは拳をグーにして握ると、ジャンプしてモンクリーフの頭をポカッと殴った。
「あーん」
「下へ降りて、手当てしてからイグナシアの町へ寄り道するわよ」
「忘れ物ですか?」
レオンが首をかしげると、ロッティは小さく頷く。
「やり忘れたことがね、あるの」
昇降機で下りると、そこは酷い惨状だった。低いうめき声が充満し、広間の隅々まで倒れた盗賊たちで埋め尽くされていた。
「こりゃ酷い…」
「ぴよ…」
ロッティの眉間とこめかみに筋が走りまくる。
「レオンとフィンリーは、死人と怪我人を仕分けてちょうだい。モンクリーフは怪我人の血を丁寧に拭っておいて。メイブは一緒に手当を手伝ってね」
「ぴよ!」
パパッと指示を出し、ロッティは袖をまくり上げた。
夕刻に差し掛かるころ、ようやく広間に居る盗賊たちの手当てが済んだ。瀕死者はいたが、幸い死者はいなかった。
「魔法使えないと、ホント不便だわ…」
あらかじめこういう事態を想定して、薬も包帯も万全の準備をしてきていた。しかし今回も用意した薬は、全て使い果たしてしまった。
「お疲れ様です、ロッティ」
「ホント疲れたわ…。さて、日が暮れる前にイグナシアの町へ行くわよ。モンクリーフ」
「はーい…」
こってり絞られたモンクリーフは、元気の失せた顔で移動用魔法陣を描く。
「とびまーす」
* * *
陽が落ち始め、閑散とする町から生気を奪うようにして闇色の影がかかっていった。
町の入り口に立ち、ロッティは緑を付けていない木々を見つめる。
「ララハ地方の大地には、緑を育む意志が薄いの。鉱物が多く眠っているせいね。
人間の手の届かない処には、とくにギッシリ詰まってる。逆に手の届く範囲にあるものは採り尽くしてる感じね。
せめて作物が育てば自給自足も可能だけど、生憎作物が育たない。ここはそういうとこ」
ロッティは提げている巾着から、白い小さな袋を取り出した。
「それはなに?ロッティちゃん」
「盗賊たちを厚生させられるかもしれないモノ」
「ほほう?」
小さな袋を広げると、中には黒い小さな種がギッシリ詰まっていた。
「種?」
「そう。正確にはメイブのうんちを乾燥させたものよ」
「ぴよおおおおおおおおおおおおおおお!」
訳:[ぎゃあああごしゅじんさまあああああああ!]
フィンリーの肩の上でメイブが絶叫した。
「…メイブたんの…うんち?」
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよ!」
訳:[見ちゃだめなのですフィンリーしゃん!訊いちゃダメなのですよ!]
顔を真っ赤にしてメイブは喚いた。
「メイブ殿のうんちですか…」
レオンも不思議そうに袋の中を覗き込む。
「秋桜の種に似ていますね」
「団長詳しいっすね」
「昔住んでいた実家の庭に、よく咲いていたんだ、秋桜」
「へええ」
ロッティは一粒取り出した。
「メイブはね、生まれながらに『癒しの森』と繋がっているの。そう作ったわけでもないのに。不思議でしょ。メイブの頭上の双葉は、『癒しの森』の力や意志を受信できてて、それだからなのか、うんちにも『癒しの森』の力が宿ってるのよ」
「さすが俺のレディ、うんちにまで惜しみなく癒しのパワーが」
「ぴよおおおおお」
訳:[恥ずかしいのです]
荒ぶるメイブは、フィンリーの頬をバシバシ叩いた。
「イグナシアの町に『癒しの森』の種を蒔くわ。ここがオアシスになるように。盗賊たちの心が癒されて、前を向いてやり直せるように」
袋から数粒追加で取り出し、ロッティは町に向かって種を蒔いた。
種は風に乗り、あちこちに散らばり地面に落ちる。
「ぴよ」
するとメイブの頭上の双葉が、青緑色の光を放ち始めた。
「『癒しの森』の主、”癒しの魔女”ロッティ・リントンがここに願う。イグナシアの大地に緑を、心を安らぎに満たす緑の絨毯を敷いておくれ」
メイブの頭上の双葉が更に強く光り、町中に光が万遍なく照らされた。
赤茶けた大地に、小さな芽がいくつも顔を出し、あっという間に大地を覆い尽くす。そしてありえない程のスピードで成長し、草になり、木々になり、花を咲かせ始めた。
「これは凄いな…」
レオンは瞬く間に目の前に広がった緑の空間に、感嘆の吐息をもらした。
『癒しの森』の一角を見ているようだ。
建物に籠っていた人々が、異変に気付いて外に出てきて驚いていた。
「『癒しの森』の植物だから、生命力は半端じゃないよ。不毛な大地に根を張り広がって、この辺り一帯を緑の大地に生まれ変わらせてくれる。大地は緑に適応して、作物も育つようになるから、開墾するとイイかな。地下水も奇麗になる。
”癒しの魔女”から、これは『フェニックスの羽根』のお礼と、魔女のもたらした不誠実な行いのお詫びよ」
ロッティは小さく微笑んだ。