”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングと連絡を取るためには、『魔女の回覧板』を使う決まりになっていた。
『魔女の回覧板』を使えば、確実に連絡がつく。
ロッティの小屋から急いで『魔女の回覧板』を持ってきたモンクリーフは、「早く、早く」とロッティを急かす。
チェルシー王女を救いたいモンクリーフにとっても、これは無視できない案件だ。
「”サルウェ”」
グリゼルダを直接呼び出すための言葉を言うと、『魔女の回覧板』の水晶球がボワッと光って、そしていきなり消えた。
「あれ?通信がつながらなかったの?」
すぐに光が消えて、ロッティとモンクリーフは首を傾げた。すると、
「呼んだかしら?ロッティ」
小屋の外から声がした。
ロッティたちは慌てて小屋の外を見ると、そこにはグリゼルダと見慣れない男が宙に浮いていた。
(わーお…)
まるで「ずっと居ましたけど?」と言いたげな自然さでそこ居る。
「ぴよぴよ!」
訳:[カイザーしゃん!]
メイブはロッティの掌から飛び立ち、男の方へと飛んで行った。
「やあメイブ、元気そうだね」
男――カイザーは、ほっぺにペタっと貼り付いたメイブに柔らかく微笑む。
真っ白な髪の毛先が鮮明な青色をしていて、瞳もまた鮮明な青色をしている。華奢な長身を包むのは、白と青色のグラデーションのタキシードだ。
「お前がカイザーしゃんか!」
肩を怒らせてフィンリーは小屋を飛び出し、怒りに震える人差し指をカイザーに突き付けた。
「うん、拙がカイザーです」
メイブをほっぺに貼り付けたまま、カイザーは小さく首を傾げた。
「山みたいにデカイドラゴンって聞いてたぞ!」
「あー、うん。でも外出する時は、だいたいこのような人間の姿を取るんだ。そうしろってゼルダが五月蠅くて」
「だって、お前がそのままだと私がミヂンコにしか見えないじゃない。それに、レディをエスコートする男は見た目も大事なのだから」
「ゼルダがデカく創ったんじゃないかー」
「あの頃はまだコントロールが上手ではなかったから、勝手にデカくなっただけよ。恨みがましくいつまでも言わないで頂戴」
「へいへい」
カイザーは肩をすくめて、フィンリーにお手上げのポーズをしてみせた。
想像を絶するレベルの内容を、なんだか微笑ましく見せられて、フィンリーの勢いが完全に殺げてしまった。
「グリゼルダ様!」
埒が明かないと思ったロッティが小屋から出てきた。
「お願いがあるのです」
「言ってごらんなさい」
グリゼルダはその位置で宙に腰を掛けて、優雅に脚を組んだ。
背後に控えていたカイザーは、日傘をポンッと出現させると、
「ようやく『フェニックスの羽根』を見つけ出せました。グリゼルダ様の情報のおかげでもあります。しかし、この『フェニックスの羽根』は”不平等を愛する魔女”の持ち物なのだそうで…」
ロッティは悔しさを滲ませ、着ているつなぎを両手でギュッと握りしめた。
「勝手に持ち出せば、”不平等を愛する魔女”の報復を、盗賊団とこの一帯に住む人々が受けることになってしまいます」
「かまわないじゃない」
「えっ」
光の加減で透明にも見えるグリゼルダのアイスブルーの瞳が、冷たい輝きを放ってロッティを見下ろす。
「所詮は盗賊。悪党だわ。そして悪事で得た富を享受している住人達も同罪。リリーにちょちょいっと掃除してもらえば、被害を被る人たちが減って平和になるでしょう」
素っ気ないグリゼルダの物言いに、ロッティは凄むような眼差しを突き付けた。
「一理ありますが、横暴すぎます。”不平等を愛する魔女”が干渉しなければ、彼らもここまで大きくはできなかったでしょう。それに、ここいら一帯は不作の地。人間たちのしていることに、魔女が関わるべきじゃない」
白か黒じゃダメなのだ。
「魔女が人間の恐怖の対象になってはいけない、そうおっしゃったのはグリゼルダ様ですよ」
「そうね…そう」
「自分の発言には責任持たないとね、ゼルダ」
「お黙り」
グリゼルダは不愉快そうに目を細めた。
その時、カイザーのほっぺに貼りついて黙っていたメイブが、グリゼルダの膝の上に降り立った。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[お願いしますグリゼルダ様、どうか”不平等を愛する魔女”を説得してください]
「まあメイブ…」
見上げてくるメイブのうるうるとした瞳を見て、グリゼルダは困ったように口を曲げた。
離すまいとメイブが大事に抱えている『フェニックスの羽根』を見て、グリゼルダは小さく肩を落とした。
「ちょっと待っていなさいね」
「ぴよ!」
後ろからカイザーがメイブをつまみ上げると、下に居るフィンリーに思いっきり投げつけた。
「ぴよおおおお」
「あわわわわ」
なるべく優しくキャッチして、フィンリーはぷんぷん怒ってカイザーに怒鳴り散らした。
「雑に扱うんじゃねえ!メイブたんは物じゃないぞごるぁあああ!」
「ははは。ナイスキャッチ坊主。メイブは頑丈だから問題ない」
両手を腰に当ててカイザーは笑った。
「カイザーも待ってなさい」
そう言いおいて、グリゼルダは瞬時に姿を消した。
「大丈夫かい?メイブたん」
「ぴ…ぴよおお…」
訳:[目が回りましたが…大丈夫なのです…]
フィンリーの掌の上で伸びながら、メイブはぐるぐると目を回していた。
「ゼルダは数分で戻ってくるよ。なに、心配ない。ゼルダはロッティとメイブが好きだから」
「はぁ…。そうだと良いけどね」
ロッティは露骨に頬を膨らませた。
「基本的にゼルダはリリーが嫌いなんだ。昔っから言うことを訊かないし、人間に対して残酷だしね」
「そうなんだ」
「そうだよ。拙も嫌いだ、あの跳ねっ返りは」
カイザーはロッティの前に降り立ち、肩をそびやかした。
「昔何度かゼルダの命令で半殺しにしてやったけど、ちっとも懲りないんだ。性格の悪さに磨きがかかってるね」
「…半殺しって…」
その時の様子を想像して、ロッティの顔がげんなりと沈んだ。
「よいしょ」
「うわっ」
突然レオンの目の前にグリゼルダが現れた。
「戻ったわ」
「お帰りゼルダ」
「あら、あなた随分とすっきりした
レオンに小さく微笑んで、グリゼルダはロッティに振り向いた。
「羽根はあなたに差し上げるって。自由にお使いなさい」
「…えええええっ!?」
ロッティは仰天してグリゼルダの顔を凝視した。
「一体何の魔法を使って脅したんですか」
「魔法なんて使ってないわ。それに、脅してないわよ。ただ、事情を説明して、礼儀正しくお願いをしたの」
その場がシンっと静まり返る。当然誰も「礼儀正しくお願いをした」の部分を信じていない。
「なんてお願いしたんだい?」
沈黙を破り、カイザーが確信を突く。
「最近血を見てないから、あなたの血で満足しようかしら?って言っただけよ」
「あーあ、それは脅しって言うんだよゼルダ」
「まあ失礼ね、野蛮な行為は好まなくってよ」
本気で心外だと
(グリゼルダ様の固有魔法は『通らない攻撃はなく突破できない強固な守り』、略して『無敵』。そりゃ”不平等を愛する魔女”だって、否とは言えないわよ…)
ロッティは疲れたように薄笑った。