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44話:”原初の大魔女”再び

 ”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングと連絡を取るためには、『魔女の回覧板』を使う決まりになっていた。

 『魔女の回覧板』を使えば、確実に連絡がつく。

 ロッティの小屋から急いで『魔女の回覧板』を持ってきたモンクリーフは、「早く、早く」とロッティを急かす。

 チェルシー王女を救いたいモンクリーフにとっても、これは無視できない案件だ。


「”サルウェ”」


 グリゼルダを直接呼び出すための言葉を言うと、『魔女の回覧板』の水晶球がボワッと光って、そしていきなり消えた。


「あれ?通信がつながらなかったの?」


 すぐに光が消えて、ロッティとモンクリーフは首を傾げた。すると、


「呼んだかしら?ロッティ」


 小屋の外から声がした。

 ロッティたちは慌てて小屋の外を見ると、そこにはグリゼルダと見慣れない男が宙に浮いていた。


(わーお…)


 まるで「ずっと居ましたけど?」と言いたげな自然さでそこ居る。


「ぴよぴよ!」

訳:[カイザーしゃん!]


 メイブはロッティの掌から飛び立ち、男の方へと飛んで行った。


「やあメイブ、元気そうだね」


 男――カイザーは、ほっぺにペタっと貼り付いたメイブに柔らかく微笑む。

 真っ白な髪の毛先が鮮明な青色をしていて、瞳もまた鮮明な青色をしている。華奢な長身を包むのは、白と青色のグラデーションのタキシードだ。


「お前がカイザーしゃんか!」


 肩を怒らせてフィンリーは小屋を飛び出し、怒りに震える人差し指をカイザーに突き付けた。


「うん、拙がカイザーです」


 メイブをほっぺに貼り付けたまま、カイザーは小さく首を傾げた。


「山みたいにデカイドラゴンって聞いてたぞ!」

「あー、うん。でも外出する時は、だいたいこのような人間の姿を取るんだ。そうしろってゼルダが五月蠅くて」

「だって、お前がそのままだと私がミヂンコにしか見えないじゃない。それに、レディをエスコートする男は見た目も大事なのだから」

「ゼルダがデカく創ったんじゃないかー」

「あの頃はまだコントロールが上手ではなかったから、勝手にデカくなっただけよ。恨みがましくいつまでも言わないで頂戴」

「へいへい」


 カイザーは肩をすくめて、フィンリーにお手上げのポーズをしてみせた。

 想像を絶するレベルの内容を、なんだか微笑ましく見せられて、フィンリーの勢いが完全に殺げてしまった。


「グリゼルダ様!」


 埒が明かないと思ったロッティが小屋から出てきた。


「お願いがあるのです」

「言ってごらんなさい」


 グリゼルダはその位置で宙に腰を掛けて、優雅に脚を組んだ。

 背後に控えていたカイザーは、日傘をポンッと出現させると、主人グリゼルダに陽射しがかからないように翳した。


「ようやく『フェニックスの羽根』を見つけ出せました。グリゼルダ様の情報のおかげでもあります。しかし、この『フェニックスの羽根』は”不平等を愛する魔女”の持ち物なのだそうで…」


 ロッティは悔しさを滲ませ、着ているつなぎを両手でギュッと握りしめた。


「勝手に持ち出せば、”不平等を愛する魔女”の報復を、盗賊団とこの一帯に住む人々が受けることになってしまいます」

「かまわないじゃない」

「えっ」


 光の加減で透明にも見えるグリゼルダのアイスブルーの瞳が、冷たい輝きを放ってロッティを見下ろす。


「所詮は盗賊。悪党だわ。そして悪事で得た富を享受している住人達も同罪。リリーにちょちょいっと掃除してもらえば、被害を被る人たちが減って平和になるでしょう」


 素っ気ないグリゼルダの物言いに、ロッティは凄むような眼差しを突き付けた。


「一理ありますが、横暴すぎます。”不平等を愛する魔女”が干渉しなければ、彼らもここまで大きくはできなかったでしょう。それに、ここいら一帯は不作の地。人間たちのしていることに、魔女が関わるべきじゃない」


 白か黒じゃダメなのだ。


「魔女が人間の恐怖の対象になってはいけない、そうおっしゃったのはグリゼルダ様ですよ」

「そうね…そう」

「自分の発言には責任持たないとね、ゼルダ」

「お黙り」


 グリゼルダは不愉快そうに目を細めた。

 その時、カイザーのほっぺに貼りついて黙っていたメイブが、グリゼルダの膝の上に降り立った。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[お願いしますグリゼルダ様、どうか”不平等を愛する魔女”を説得してください]

「まあメイブ…」


 見上げてくるメイブのうるうるとした瞳を見て、グリゼルダは困ったように口を曲げた。

 離すまいとメイブが大事に抱えている『フェニックスの羽根』を見て、グリゼルダは小さく肩を落とした。


「ちょっと待っていなさいね」

「ぴよ!」


 後ろからカイザーがメイブをつまみ上げると、下に居るフィンリーに思いっきり投げつけた。


「ぴよおおおお」

「あわわわわ」


 なるべく優しくキャッチして、フィンリーはぷんぷん怒ってカイザーに怒鳴り散らした。


「雑に扱うんじゃねえ!メイブたんは物じゃないぞごるぁあああ!」

「ははは。ナイスキャッチ坊主。メイブは頑丈だから問題ない」


 両手を腰に当ててカイザーは笑った。


「カイザーも待ってなさい」


 そう言いおいて、グリゼルダは瞬時に姿を消した。


「大丈夫かい?メイブたん」

「ぴ…ぴよおお…」

訳:[目が回りましたが…大丈夫なのです…]


 フィンリーの掌の上で伸びながら、メイブはぐるぐると目を回していた。


「ゼルダは数分で戻ってくるよ。なに、心配ない。ゼルダはロッティとメイブが好きだから」

「はぁ…。そうだと良いけどね」


 ロッティは露骨に頬を膨らませた。


「基本的にゼルダはリリーが嫌いなんだ。昔っから言うことを訊かないし、人間に対して残酷だしね」

「そうなんだ」

「そうだよ。拙も嫌いだ、あの跳ねっ返りは」


 カイザーはロッティの前に降り立ち、肩をそびやかした。


「昔何度かゼルダの命令で半殺しにしてやったけど、ちっとも懲りないんだ。性格の悪さに磨きがかかってるね」

「…半殺しって…」


 その時の様子を想像して、ロッティの顔がげんなりと沈んだ。


「よいしょ」

「うわっ」


 突然レオンの目の前にグリゼルダが現れた。


「戻ったわ」

「お帰りゼルダ」

「あら、あなた随分とすっきりした表情かおをしているわね。以前会ったときは思い詰めていた感じだったけど」


 レオンに小さく微笑んで、グリゼルダはロッティに振り向いた。


「羽根はあなたに差し上げるって。自由にお使いなさい」

「…えええええっ!?」


 ロッティは仰天してグリゼルダの顔を凝視した。


「一体何の魔法を使って脅したんですか」

「魔法なんて使ってないわ。それに、脅してないわよ。ただ、事情を説明して、礼儀正しくお願いをしたの」


 その場がシンっと静まり返る。当然誰も「礼儀正しくお願いをした」の部分を信じていない。


「なんてお願いしたんだい?」


 沈黙を破り、カイザーが確信を突く。


「最近血を見てないから、あなたの血で満足しようかしら?って言っただけよ」

「あーあ、それは脅しって言うんだよゼルダ」

「まあ失礼ね、野蛮な行為は好まなくってよ」


 本気で心外だと表情かおに書いて、グリゼルダは眉をひそめた。


(グリゼルダ様の固有魔法は『通らない攻撃はなく突破できない強固な守り』、略して『無敵』。そりゃ”不平等を愛する魔女”だって、否とは言えないわよ…)


 ロッティは疲れたように薄笑った。

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