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43話:厄介な羽根の所有者

「風の速さって、まあ凄いわね」

「あっという間でしたね。目の前の光景が、紙芝居のようにサッと切り替わったような違和感というかなんというか…」


 デスロック山を飛び立った風の上級精霊ホリー・シルヴェストルは、ものの数分でロッティとレオンを連れて戻ってきた。


「トゲトゲ山の頂上に、こんな立派な見張り小屋を建てるなんて、魔女にでも頼んだのかしら?」

「昇降機も魔女製みたいだよ」


 唸るロッティに、フィンリーは苦笑する。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[フィンリーしゃん、さっきの話をご主人様に]

「ああ、そうだった」


 箱の前からじっと動かないメイブに促されて、フィンリーはロッティに顔を向ける。


「実はね、『フェニックスの羽根』は無事見つかったんだけど、本当の持ち主から預かってるものなんだって」

「預かりもの?盗品じゃなくて?」

「うん。”不平等を愛する魔女”リリー・キャボットって魔女の持ち物だって」


 ロッティとレオンが同時に表情を強張らせた。


「ロッティ…」


 気づかわし気なレオンの声に、ロッティは小さく頷く。


「これはちょっと厄介ね…」


 深々と息を吐きだすと、ロッティはクラークの後ろにしゃがみ込んだ。


「怪我を手当てするわね。上に着ているものを脱いでくれる?」


 クラークは無言で頷き、素直に従った。

 斬られた傷は、縫うほど深くはない。ロッティは提げていた巾着から清潔なタオルを取り出して、傷と傷周りを拭う。


「あなたは一体、”不平等を愛する魔女”とどうかかわっているの?教えてくれるかしら」


 しばし無言だったクラークは、生唾を飲み込んで語り始めた。


「20年ほど前になる…。イグナシアの町に”不平等を愛する魔女”がフラッと立ち寄ったんだ。あの頃はまだ盗賊団と呼ぶにはしょぼい、小さなグループ程度を立ち上げたばかりだった。そんな俺に”不平等を愛する魔女”は言ったんだ、『大盗賊団になって町を豊かにしない?』って。

 なんの冗談だよって思って、テキトーにその話に乗ったんだ。そしたら半月も経たないうちに人数は膨れ上がり、”不平等を愛する魔女”からデスロック山のアジトを提供された。武器も馬も用意されててよ」


 クラークは包帯を巻かれている間、懐かしむように窓の外の空を見つめた。


「役人の屋敷を襲ったり、周辺の大きな街を襲ったりしたが、失敗することは一度もなかった。寄越された役人の部隊も退けて、怖いものなしだ」

「魔女の加護を授かっていたのね」


 ロッティが苦々しく言うと、クラークは苦笑を浮かべた。


「ああ。ものすげー加護だ。

 そして1年経った頃に、また”不平等を愛する魔女”が現れて、あの箱を預かれと言ってきた。絶対に死守しろとな。

 この頂上の見張り小屋はアジトの中心の昇降機を使わないと上がれない。盗みに入られる心配はナイ。まさか、あんたら別の魔女が乗り込んでくるとか想像もしてなかったしなあ。だからここに置いておけば、安全だったはずなんだが」


 ハハッと力なく笑って、クラークは項垂れた。


「ああ、てことは、イグナシアの町の騒動は、あんたらの仕業か」

「うん。でも安心して、あれは全部タダのまぼろしで、実際の町は平和で何も起きていないから」


 クラークは後ろを向くと、くしゃっと顔を歪ませた。


「そっか…そっかあ…。モーリーンは無事なんだな…生きてるんだな、怪我してないんだな」

「怪我人も死人もいないわよ。あ、駆けつけた盗賊たちが、軽傷で寝てるくらいかな」

「あいつらは頑丈だ。軽い怪我程度じゃくたばらん」

「タブンね」


 治療を終えたロッティは立ち上がった。


「魔女の加護の条件は、あなたは山を離れられない、ってことかな」

「そうだ…」

「奥様?がそんなに心配なら、真っ先に駆けつけてきそうなものだし。あなたが山を動けないのは、加護の条件があの箱を守ることも含まれているからなのね」


 頷くクラークを見ながら、ロッティは腕を組んで箱のほうを向いた。


「困ったわね…あの”不平等を愛する魔女”が絡んでくるなんて、さすがに想像もしてなかった案件だわ」

「ぴよぴよ…」


 羽根を大事そうに抱きしめて、メイブはロッティの足元へ歩いてきた。

 ロッティはしゃがみ込むと、メイブを掌に載せて立ち上がる。


「間違いなく『フェニックスの羽根』だね…。やっと見つけたのに」

「ぴよ」


 表情を暗くして、ロッティは『フェニックスの羽根』を見つめた。


(事情を知った以上、強奪して帰るわけにはいかないわね…。これは盗品じゃなく預かりモノだし、よりにもよって”不平等を愛する魔女”の持ち物だなんて…。

 こうして人間に守らせるなんて、如何にも”不平等を愛する魔女”らしい方法を取ったものだわ。おそらく私が見つけ出しても強引に奪えないと見越して、こんなやり方をしてるのよ。私がアデリナの件で『フェニックスの羽根』を探していることは、魔女なら誰でも知ってることだし。

 この男の怖がり方、あの町も人質に取られていそう。裏切れば”不平等を愛する魔女”なら容赦なく実行に移すでしょうね。

 不平等ふこうになっていく人間たちを掻きまわして面白がってる。ホント嫌な奴)


「どうするの?ロッティちゃん」

「せっかく見つけたけど、これを強奪していくわけにはいかないわ」

「そうだね」


 チェルシー王女を救える『フェニックスの羽根』が目の前にある。しかし、その代償は計り知れないものになるだろう。


(”不平等を愛する魔女”は自分の行いが邪魔されることを一番嫌う。その最たる例は、アデリナに『魔女の呪い』を使って報復したことでも判る。クラークやイグナシアの町民、盗賊たち、全員粛清されるわ、間違いなくね)


 シンっと静まり返ったその場に、勢いよく飛び込んできたのはモンクリーフだった。


「おねーさま!”原初の大魔女”様にお願いしましょうよ!」

「えっ」

「魔女たちの頂点に立つ”原初の大魔女”様なら、きっと”不平等を愛する魔女”を説得できるわ!」

「そっか…グリゼルダ様を使えばいいのか」

「ぴよ」


 メイブもハッとして頷いた。


「ぴよぴよ!」

「すぐに連絡してくださいご主人様!だって、メイブたんが」

「うん、そうしよう!モンクリーフ、ちょっと『魔女の回覧板』をウチから取ってきて」

「おっけい!おねーさま!」


 モンクリーフは移動用魔法陣をササッと書いて飛んでいった。

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