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40話:イグナシアの町で待ち伏せ

 ロッティとベリンダは、町の中央にあるパブに入ってくつろいでいた。

 レオンと共に盗賊を出迎えようとしたが、


「安全のために、どこかに隠れていてください」


 そうレオンに言われてパブにいる。

 紅茶を注文したがないらしく、出されたのは濃いコーヒー。


「私はコーヒー嫌いなのよね…」


 匂いを嗅いでうんざりしたようにロッティは顔をしかめた。


「ほ…ほ…ほ…。葉っぱ…ば…かり…飲…ん…でい…るか…ら」

「ベリンダ…その言い方、捉え方によっては激しい誤解を生むからヤメテ」

「ふひ…」


 冷めてぬるくなったコーヒーのカップを腕で押しのけ、ロッティはテーブルに肘を突いた。


「馬がたくさん駆けてくるわ。ザっと50頭くらいかしら」

「ああ…」


 ベリンダは目を閉じて耳を澄ませた。


「あ…の若者…は大…丈夫…なのか…い?」

「大丈夫よ」


 断言するように言って、やや俯きロッティは頬を染める。


「私が惚れたんだもの。問題ないわ」


 ぶっきらぼうに言うその姿に、ベリンダはびっくりして目を丸くした。

 ロッティは突然、ほんわかと優しくやわらかな、恋する乙女のオーラを滲みだしているのだ。


「おや…お…や…再構…築前に…面白…いも…のが見れ…た。…良い夢…が見れそ…う…じゃ…な…いか」


 ベリンダは肩を震わせ「クククッ」と笑った。


(真面目な”癒しの魔女”が、まさか恋とはな)


 ”発生”当初から不眠症持ちだったベリンダは、ロッティの作る薬の世話になりっぱなしだ。なので会う度色々な話をするから、ロッティのことは大体知っている。


(こんな風に恋をする魔女ではなかった。”覆しの魔女”が倒れてからは、どこか余裕がなくなっていたし。

 魔女は女しかいないから、異性に恋をするなら人間に、となるが…魔女は人間と同じ時間ときを生きられないから、”癒しの魔女”はどうするのかねえ…。ヘンに傷つかないといいのだが。

 まあ、次の生になったとき、どうなっているかが楽しみだ。――ああ、そうそう、”愛を説く魔女”にこのことを、棺に入る前に伝えておこう)



* * *



 盗賊たちを迎え撃って町の中を荒らさないように、レオンは町の外に出ていた。

 相変わらず”幻想使いの魔女”のイリュージョンショーが続いているが、さすがに眼にも耳にもこの幻想イリュージョンに慣れてきていた。


「本当に起こっていることだと判るように、私も慌てたほうがイイんだろうか…。待ち構えているだけだと違和感あるし。いや、でもわざとらしい気もするか」


 ため息が漏れる。


「早く来てくれないかな、盗賊」


 物騒なことを生真面目に考えていると、願い通りに砂煙が目視できるところまで迫っていた。


「おお、本当に来てくれた」


 にっこりと笑顔になり、背負っていた大剣セオドアを抜き放つ。

 陽の光を弾いて刃金が鋭く光る。

 血抜き溝だけが金で塗装されていて、刃金とは別の輝きを放っていた。

 養父エリアルから受け継いだ、グローヴァー男爵家当主の証。


「”曲解の魔女”の館前以来の戦闘だな」


 不敵に笑むと、レオンは柄を固く握りしめた。



* * *



 先頭を走っていた救援部隊の部隊長バイロンは、イグナシアの町の入り口前に立つ騎士に目を止めた。


「なんだあいつ、あれだけ町が酷い状況にあっていて、何冷静に剣を構えてる?」


 今も大惨事の様相を呈している町を背に、騎士は剣を構えたまま立ち尽くしている。

 違和感が激しかった。


「おい、あの騎士をとっ捕まえておけ!俺たちは町民を助けるぞ!」

「おう!」


 バイロンは騎士を無視して町に駆け込もうとした。

 しかし、


「うわああ!」


 突如見えない風に馬の足を煽られて、馬上から吹っ飛ばされた。

 地面に身体を打ち付け目を瞑った。呼吸が一瞬止まりそうになり、バイロンは手で宙を掻いてあえぐ。


「町の中へ通すわけにはいかない。全員馬から降りろ」


 大剣の切っ先を鼻っ面に突き付けられ、バイロンは「ひっ」と首をすくめた。



* * *



「レオンが盗賊たちと接触したわ。幻想イリュージョンを解いて、ベリンダ」

「あい…よ」


 ロッティは椅子から立ち上がると、コーヒー代を2人分テーブルに置いて、小走りに店を出て行った。




 急いで町の入り口に駆けていくと、目の前には黒々とした山が築かれていた。


「レオン!」


 大声でレオンの名を呼ぶと、山の前に立っていたレオンがにっこりと振り向いた。


「大体50名くらいでしょうか。積み上げておきました」

「…あはは」


 盗賊たちは土埃まみれになって意識を失っていたが、大怪我をしている様子はなかった。


「ありがとう、怪我人は…いなさそうね?」

「擦り傷、打ち身、捻挫はいそうですが、慌てるほどの怪我人はおそらくいないと思います。手加減はしましたから」


 背負い直した大剣セオドアの刃を見る限り、血脂はついていないし、拭き取った様子もない。


(これだけの人数を、目立った怪我をさせずに黙らせるのは、相当な技術うでまえね…)


 ロッティはおみそれして肩をすくめた。

 剣を振り回して斬る方がまだラクだ。


(私のことを気遣って、それで手加減してくれたのよね…。きっと)


 怪我人を見れば、ロッティは誰であろうと治療する。しかし今は魔法をセーブしているので、人間のように技術を駆使して治療しなければならない。時間もかかるし労力もかかる。

 ペコソ集落での大変さを思い返し、ロッティはこっそりとため息をついた。


「山へ戻らないように、縛り上げておきましょうか?」

「そうねえ…」


 意識を失っている盗賊たちを眺め渡し、ロッティはその近くにウロウロする馬たちを見た。


「馬たちを集めて、水場に繋いでおいて。盗賊たちには今日一日ぐっすり眠る薬をかがせるから。それでいいわ」


 盗賊とは言っても、彼らには彼らの事情がある。


「私たちは正義の味方でも治安部隊でもないから、余計なことはしないでおきましょう。メイブたちが仕事出来れば、それでいいしね」

「判りました。馬を集めてきます」

「うん、お願い」


 レオンは頓着せずに、すぐに手近な馬たちから回収を始めた。

 この土地にかかわりを持たないロッティたちが、一時的な正義感を振りかざすことは、お門違いだろう。

 そもそもクラーク・ペッパーが持っているかもしれない『フェニックスの羽根』を、泥棒しようとしているのは自分たちなのだから。


「さてあなたたちには、気持ちよく、ぐーっすり眠れるお薬を嗅がせてあげるわね」


 ロッティは提げていた巾着袋から、薬の瓶を取り出した。

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