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38話:”幻想使いの魔女”

 水気を含まない乾いた砂が、風にあおられて辺りを薄っすらと茶色に染める。


「…寂しい町だね」

「ええ。活気もなく閑散としています」


 町の入り口に立ち、ロッティとレオンは見たままの感想を漏らした。

 デスロック山を臨むことができる、山に比較的近い場所にある鉱山の町・イグナシア。

 かつては賑わっていただろう残滓を漂わせつつ、昼近い時間にもかかわらず人の往来も少ない。


「よし、作戦開始ね」

「はい」



* * *



 一週間ほど『癒しの森』でモンクリーフの魔力全回復を待った一行は、朝に『癒しの森』を発った。


「出来るだけ被害者は出したくない。ただこちらも怪我をするのはご免被るから、陽動を使って山の戦力を薄めようと思う」


 リビングに集まった面々の顔を見ながら、ロッティは地図を広げる。


「デスロック山の近いところに、イグナシアっていう鉱山の町があるの。この町はマグノ盗賊団のかしらクラーク・ペッパーの住処がある。仲間たちもこの町の出身が結構加わってるって話」

「おねーさま、その情報ってスピオンから?」

「それが…」


 急にロッティは顔を俯かせ、ちょっと怯えた声になり、


「グリゼルダ様からの情報なのよ…」

「ひっ」


 モンクリーフはタジっと後ろによろめいた。魔女たちにとって最強の名前。


「なんか、色々裏で動いてくださっているようよ…」

「お優しいのね?”原初の大魔女”様って」

「というより、退屈していたんでしょうね」


 ロッティとモンクリーフは顔を見合わせて「あはは…」と薄笑った。


「まあそんなわけで、グリゼルダ様情報によると、イグナシアの町でちょっとした騒動なんか起こすと、すぐにデスロック山に伝わって、場合によっては戦闘員が派遣されるらしいわ」

「では、派手に暴れられる”霊剣の魔女”殿が適任でしょうか」

「いえ」


 レオンに首を横に振り、


「イグナシアに行くのは私とレオン。モンクリーフ、メイブ、フィンリーの3人はデスロック山へ向かってもらう」

「でもおねーさま、派手に見せるならアタシのほうが向いてない?」

「町民に被害を及ぼす気はないわよ。イリュージョンマスターが手伝ってくれることになってるから」

「え!?あの”幻想使いの魔女イリュージョンマスター”ベリンダ・ネバレスが?」

「うん。昨日不眠症の薬をもらいにきたときにね、話をしてたら協力してくれるっていうからお願いしたの」

「わお」


 モンクリーフは目をぱちくりさせながら驚いていた。


「”幻想使いの魔女”ベリンダ・ネバレスって魔女がいるんだけどね、彼女の固有魔法は”まぼろしを見せる”っていうものなの。

 これが結構エグくてね…ベリンダのまぼろしを見たら、本物と錯覚しちゃうの。内容次第ではえげつないコトになるから、今回適任なわけ」

「事前に”まぼろし”であると判っていてもですか?」

「判っていても。レオンは現地で直に見ることができるわね」

「…楽しみ?です」


 困った表情かおをするレオンに、ロッティは苦笑いした。


「ベリンダのまぼろしに戦力を割いてきたら、モンクリーフ、メイブ、フィンリーはアジトに侵入して『フェニックスの羽根』を探してちょうだい。モンクリーフは2人の護衛、フィンリーは風の上級精霊ホリー・シルヴェストルの力を使って『フェニックスの羽根』探しができるかしら?」

「うん、多分できる。やり方はロッティちゃんに教わったしね!」

「えー!だったら最初っから風の上級精霊ホリー・シルヴェストル使いなさいよ!」


 モンクリーフはフィンリーにつかみかかった。


「い、いや、風の上級精霊ホリー・シルヴェストルにそんな便利な使い方出来るって、俺知らなかったから…」

風の上級精霊ホリー・シルヴェストルのことはムーンサンドに行くまでみんな知らなかったしね。風の上級精霊ホリー・シルヴェストルはフィンリーに憑いてるだけで、フィンリーは精霊使いでもなんでもないんだから、つかみかかるのヤメナサイ」

「ぶー」


 唇をこれでもかと尖らせ、モンクリーフはフィンリーから離れた。


「メイブは2人の補助をお願いね」

「ぴよ!」


 メイブは胸を張った。


「やむを得ずの戦闘は仕方がないけど、出来るだけ戦闘を避けてね。『フェニックスの羽根』が手に入れば、それでいいんだから」



* * *



「ベリンダ・ネバレス!」


 叫んだロッティが前方に手を振った。

 くすんだ薄紫色のローブを頭からすっぽりとかぶり、異様に腰の曲がった小柄な老女が、手にしていた木の杖を振り返した。


「お待たせ。早いわね」

「まあ……ね…。ね……むれ……て…ないか…ら」

「薬飲まなかったの?」

「…の…む…と…おき……れ…なさ…そ…うだか…ら」

「そう…」


 ローブの影で表情が見えなかったが、薄く笑っているようだ。レオンはなるべく興味本位でベリンダを見ないように気を付けた。


「さて…どん…な…まぼろ…しをみ……せよ…う…か?」

「そうだなあ…、二重でお願いしていいかしら。町の中に居る人々にはまぼろしが見えないように、外部からはドッカン肝が冷えて、急いで駆けつけたくなるくらい派手な演出で」

「ほ…ほ…ほ…」


 ベリンダは愉快そうに笑い声をあげた。


「あたしゃ…もうじ…き…棺に…こも…る。今生…でみせ…る最…後の…イリュー…ジョン…だ」


 嬉しそうに呟いたベリンダは、杖を額にかざす。


「夢とまぼろしの開演だ!」




 一括するようにベリンダは叫んだが、特に何もアクションは起こらなかった。

 シン…と辺りは静まり返ったままで、レオンは首をかしげて怪訝そうに辺りを見回す。そんなレオンを見て、ロッティは小さく笑った。


「レオン、ちょっと町の外に出てみて。物凄いモノが見れるから」

「あ、はい。ではちょっと…」


 ベリンダの魔法がどんなものか興味でうずうずしていたレオンは、ロッティに促されてそそくさと町の外に出てみた。

 そして驚愕のあまり大きく目を見開いて呆気にとられた。


「!?」


 砲弾の雨で吹き飛ぶ石の塀や木造家屋、むき出しの地面も土や砂を撒き散らして吹っ飛び、木々は劫火で巨大なローソクと化し、人々や家畜が真っ黒になって宙を舞っている。


「…これ…は…」


 爆発の火炎の光が踊り、轟音が耳をつんざく。空に吸い込まれていく黒煙が凄みを与えていて、大惨事なんてものじゃない。同じようなシーンが何度も繰り返される。

 つま先からゾワッとした恐怖がせり上がってきて、下腹部に不快感が溜まる。

「町民を助けなければ」という思いに駆られ、レオンは町の中に慌てて戻った。

 その瞬間、


「あっ」


 町の中に入ると、そこには何も変化が起こっていない、寂れた平和な町の様子だった。

 ロッティが笑顔でこちらに手を振っている。

 レオンは町の外を見て、そしてもう一度ロッティを見る。

 頭を激しく振ってから、ロッティの元へ戻った。


「物凄かったでしょ?」

「はい…。現実なのだと思ってしまいました」


 まぼろしだと判っていたはずなのに、焦燥感や恐怖が瞬時にこみ上がってきた。今も目に焼き付いている凄惨な光景。


「ベリンダの魔法は凄いのよ。盗賊たち、肝を冷やしてすっ飛んでくるでしょうね。私とベリンダの護衛はレオン、あなたに任せるから頑張ってね!」


 レオンは深く息をついて、そしてにっこりと笑った。


「お任せください」

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