水気を含まない乾いた砂が、風にあおられて辺りを薄っすらと茶色に染める。
「…寂しい町だね」
「ええ。活気もなく閑散としています」
町の入り口に立ち、ロッティとレオンは見たままの感想を漏らした。
デスロック山を臨むことができる、山に比較的近い場所にある鉱山の町・イグナシア。
かつては賑わっていただろう残滓を漂わせつつ、昼近い時間にもかかわらず人の往来も少ない。
「よし、作戦開始ね」
「はい」
* * *
一週間ほど『癒しの森』でモンクリーフの魔力全回復を待った一行は、朝に『癒しの森』を発った。
「出来るだけ被害者は出したくない。ただこちらも怪我をするのはご免被るから、陽動を使って山の戦力を薄めようと思う」
リビングに集まった面々の顔を見ながら、ロッティは地図を広げる。
「デスロック山の近いところに、イグナシアっていう鉱山の町があるの。この町はマグノ盗賊団の
「おねーさま、その情報ってスピオンから?」
「それが…」
急にロッティは顔を俯かせ、ちょっと怯えた声になり、
「グリゼルダ様からの情報なのよ…」
「ひっ」
モンクリーフはタジっと後ろによろめいた。魔女たちにとって最強の名前。
「なんか、色々裏で動いてくださっているようよ…」
「お優しいのね?”原初の大魔女”様って」
「というより、退屈していたんでしょうね」
ロッティとモンクリーフは顔を見合わせて「あはは…」と薄笑った。
「まあそんなわけで、グリゼルダ様情報によると、イグナシアの町でちょっとした騒動なんか起こすと、すぐにデスロック山に伝わって、場合によっては戦闘員が派遣されるらしいわ」
「では、派手に暴れられる”霊剣の魔女”殿が適任でしょうか」
「いえ」
レオンに首を横に振り、
「イグナシアに行くのは私とレオン。モンクリーフ、メイブ、フィンリーの3人はデスロック山へ向かってもらう」
「でもおねーさま、派手に見せるならアタシのほうが向いてない?」
「町民に被害を及ぼす気はないわよ。イリュージョンマスターが手伝ってくれることになってるから」
「え!?あの”
「うん。昨日不眠症の薬をもらいにきたときにね、話をしてたら協力してくれるっていうからお願いしたの」
「わお」
モンクリーフは目をぱちくりさせながら驚いていた。
「”幻想使いの魔女”ベリンダ・ネバレスって魔女がいるんだけどね、彼女の固有魔法は”まぼろしを見せる”っていうものなの。
これが結構エグくてね…ベリンダのまぼろしを見たら、本物と錯覚しちゃうの。内容次第ではえげつないコトになるから、今回適任なわけ」
「事前に”まぼろし”であると判っていてもですか?」
「判っていても。レオンは現地で直に見ることができるわね」
「…楽しみ?です」
困った
「ベリンダのまぼろしに戦力を割いてきたら、モンクリーフ、メイブ、フィンリーはアジトに侵入して『フェニックスの羽根』を探してちょうだい。モンクリーフは2人の護衛、フィンリーは
「うん、多分できる。やり方はロッティちゃんに教わったしね!」
「えー!だったら最初っから
モンクリーフはフィンリーにつかみかかった。
「い、いや、
「
「ぶー」
唇をこれでもかと尖らせ、モンクリーフはフィンリーから離れた。
「メイブは2人の補助をお願いね」
「ぴよ!」
メイブは胸を張った。
「やむを得ずの戦闘は仕方がないけど、出来るだけ戦闘を避けてね。『フェニックスの羽根』が手に入れば、それでいいんだから」
* * *
「ベリンダ・ネバレス!」
叫んだロッティが前方に手を振った。
くすんだ薄紫色のローブを頭からすっぽりとかぶり、異様に腰の曲がった小柄な老女が、手にしていた木の杖を振り返した。
「お待たせ。早いわね」
「まあ……ね…。ね……むれ……て…ないか…ら」
「薬飲まなかったの?」
「…の…む…と…おき……れ…なさ…そ…うだか…ら」
「そう…」
ローブの影で表情が見えなかったが、薄く笑っているようだ。レオンはなるべく興味本位でベリンダを見ないように気を付けた。
「さて…どん…な…まぼろ…しをみ……せよ…う…か?」
「そうだなあ…、二重でお願いしていいかしら。町の中に居る人々にはまぼろしが見えないように、外部からはドッカン肝が冷えて、急いで駆けつけたくなるくらい派手な演出で」
「ほ…ほ…ほ…」
ベリンダは愉快そうに笑い声をあげた。
「あたしゃ…もうじ…き…棺に…こも…る。今生…でみせ…る最…後の…イリュー…ジョン…だ」
嬉しそうに呟いたベリンダは、杖を額にかざす。
「夢とまぼろしの開演だ!」
一括するようにベリンダは叫んだが、特に何もアクションは起こらなかった。
シン…と辺りは静まり返ったままで、レオンは首をかしげて怪訝そうに辺りを見回す。そんなレオンを見て、ロッティは小さく笑った。
「レオン、ちょっと町の外に出てみて。物凄いモノが見れるから」
「あ、はい。ではちょっと…」
ベリンダの魔法がどんなものか興味でうずうずしていたレオンは、ロッティに促されてそそくさと町の外に出てみた。
そして驚愕のあまり大きく目を見開いて呆気にとられた。
「!?」
砲弾の雨で吹き飛ぶ石の塀や木造家屋、むき出しの地面も土や砂を撒き散らして吹っ飛び、木々は劫火で巨大なローソクと化し、人々や家畜が真っ黒になって宙を舞っている。
「…これ…は…」
爆発の火炎の光が踊り、轟音が耳をつんざく。空に吸い込まれていく黒煙が凄みを与えていて、大惨事なんてものじゃない。同じようなシーンが何度も繰り返される。
つま先からゾワッとした恐怖がせり上がってきて、下腹部に不快感が溜まる。
「町民を助けなければ」という思いに駆られ、レオンは町の中に慌てて戻った。
その瞬間、
「あっ」
町の中に入ると、そこには何も変化が起こっていない、寂れた平和な町の様子だった。
ロッティが笑顔でこちらに手を振っている。
レオンは町の外を見て、そしてもう一度ロッティを見る。
頭を激しく振ってから、ロッティの元へ戻った。
「物凄かったでしょ?」
「はい…。現実なのだと思ってしまいました」
まぼろしだと判っていたはずなのに、焦燥感や恐怖が瞬時にこみ上がってきた。今も目に焼き付いている凄惨な光景。
「ベリンダの魔法は凄いのよ。盗賊たち、肝を冷やしてすっ飛んでくるでしょうね。私とベリンダの護衛はレオン、あなたに任せるから頑張ってね!」
レオンは深く息をついて、そしてにっこりと笑った。
「お任せください」