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36話:メイブとフィンリーの秘密の練習

「ぴよぴよ、ぴよ」

訳:[具体的に、どんな文字を覚えるのですか?]


 メイブはまな板の傍に立ち、生活魔法を駆使して包丁を操作しながら、オレンジの皮をするすると剥いていく。

 まな板の前に立ち、フィンリーはレタスの葉を一枚一枚剥いていた。


「まずは意思表示する文を覚えようか」

「ぴよ」

「メイブたんはどんな時に文字で表したいと思う?」

「ぴよ…」

訳:[どんな時…ですか…]


 思いつく限り思い浮かべるが、


「ぴよぴよ…」

訳:[多すぎて見当もつきません…]

「ダヨネー」


 あははーと笑ってフィンリーは考え込んだ。

 人語を話すことができないメイブのために、文字を使って意思を表現しようとフィンリーは提案した。

 魔女や使い魔は魔法や知識は口頭で教わる。その為字を覚える必要があまりないという。特にメイブは、街で看板に書いてある文字が読める程度で困ることがない。

 ロッティが薬を卸している薬屋は、『癒しの森』に近い都市国家アウストラリスに店を構えている。ロッティや使い魔のメイブはアウストラリスの繁華街では有名なのもあり、メイブが1人で出向いても安心だし安全だ。


「いざ教えよう、って思っても何から教えればいいのか、意外と悩ましいもんだな」


 教師ではないし、誰かに勉強を教えたことがないフィンリーは悩んだ。


「ぴよぴよ」

訳:[フィンリーしゃん]

「うん?」

「ぴよぴよぴよ」

訳:[字を覚えたら、どんな時に使えばいいのですか?]

「そうだねえ…」


 レタスの葉でパタパタ顔を扇ぎながら、フィンリーは天井へ視線を向ける。


「劇的なシーンで使うと効果的よね。そこでまず、メイブたんは字を覚えたのだ!を大アッピール。以降は必要な時に字で意思表示したり、伝えたりするとイイかも」

「ぴよ」

訳:[なるほど]


 思っていることを正確に伝えられる。ロッティの驚き喜ぶ顔を想像して、メイブは頬をぷっくりさせて微笑んだ。

 ロッティが喜ぶ姿を見るのは、メイブにとっても喜びなのだ。


「ぴよ、ぴよぴよ」

訳:[文字を覚えたら、文字はどうするのですか?]

「紙に書いてみようか」

「ぴよ?」

訳:[書くんですか?]

「うん。メイブたん生活魔法で色々操作できるでしょ。ペンを操作して覚えた文字を紙に書くんだ。多分簡単なことでしょ」


 紙に文字を書いているところを想像して、メイブの眉間に皺が寄る。


「ぴよぴよ」

訳:[それは却下なのです]

「え!?何故却下なの!」


 サクッと反対されて、フィンリーは驚いてメイブの顔を覗き込んだ。


「ぴよぴよぴよ、ぴよ」

訳:[紙に書いて表すのは良いのです。ただ、魔法を使って書きたくはないのです」

「ほほう?」

「ぴよ…」

訳:[心がこもってない気がするのです…]


 記憶力がいい使い魔だから、一度教われば例文だってすぐ覚えてしまう。そして魔法を使ってスラスラ書けばあっという間だ。


「魔法が使える使い魔だから、魔法を使うのは手足を動かすことと同じで、しごく普通のことだし。そこは深く考えすぎじゃない?」

「ぴよ」

訳:[そうかもしれませんね]


(これは、個人の好みというか、こだわりみたいなものなのです。だから、魔法は使わずに紙に書いてみたいのです)


 嘴を噤んだメイブを見て、フィンリーはメイブの気持ちがナントナク理解出来ていた。


(カワイイなあメイブたん。きっと手書きしたいんだね。ラクをして書くんじゃなく、頑張って心を込めた字を見せたいんだ。そのほうが気持ちがずっと伝わりやすくなるし。

 うーん、エンピツに振り回されるメイブたんを想像するだけで俺、し・あ・わ・せ!)


 レタスの芯を握り締めて内心ドヤる。

 フィンリーの様子を見上げ、メイブは思いっきり訝しんだ。


「よーし!食事諸々が終わったら、部屋で練習しよう、メイブたん」

「ぴよ!」



* * *



 夕食の片付けが済んだ後、メイブとフィンリーはメイブの部屋に籠った。ドアには『立ち入り禁止』の札もかけておく。ロッティには内緒の練習タイムだからだ。

 メイブのベッドなどが置かれているティーテーブルの空いているところに、白い紙の束を置く。


「まずはこの例文を覚えて書いてみよう」

「ぴよ」


 フィンリーが書いた例文を見て、メイブはすぐ記憶に刻んだ。そして削ってあるエンピツを左右の翼で掴み、紙の上に立った。


「頑張って、メイブたん!」

「ぴよ!」


 用意してくれた例文は、難しい文字の羅列ではなかった。しかし、初めて自分の翼で動かすエンピツは言うことをきかず、力加減が難しくてうまく書けない。エンピツの動きに振り回されて、紙の上で何度も踊る。思わず転んで、エンピツが逃げ出すこともあった。その度にフィンリーが拾っていた。


「うーん、蛇がのたうちまくってる感じだねえ~」


 書けた文字を見て朗らかに言うフィンリーを、メイブはキッと睨みつけた。


「ぴよぴよぴよ!」

訳:[エンピツが言うことをきかないのです!]


 ぷんぷん怒りながら、メイブは必死に練習を続ける。


(ご主人様の喜ぶ顔が見たいのです。そしてわたくしめも、これを機にステップアップするのです!)


 ロッティはもちろんのこと、都市国家アウストラリスで薬屋を営むおじさん、スイーツを買いに行くお店の店員さん、買い物をする市場のおじさんおばさん、文字で感謝を伝えたい人たちがいる。

 いつも優しく接してくれて「ありがとう」と。




 2時間もの猛練習の末、メイブは紙束の上に倒れた。


「ぴよぉ…」

「おつかれちゃん!」


 フィンリーはメイブを優しくつまみあげ、ベッドに寝かせてやる。


「さすがメイブたんだね。だいぶ読める形に整ってきたじゃない」

「ぴよぴよ…」

訳:[ふふり…伊達に800年生きてはいないのです…]

「デスロック山へ行く前には、マスターしそうだね」

「ぴよ~」


(そうだと良いのです…)


 全力で頑張ったメイブは、力尽きてコテッと眠った。

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