「私には一人だけ親友と呼べる魔女がいるの。”覆しの魔女”アデリナ・オルネラス。”発生”したのは大体同じくらい。アデリナのほうが数ヵ月だけお姉さんかな。
ちょっと変わったところがあって、彼女は艶々した奇麗な黒髪なんだけど、肩から下へは絶対に伸ばさないって徹底してるの。ちょっとでも伸びたら即切ってたわ」
その時の様子を思い出し、ロッティの顔に自然と笑みが広がる。
「そして私以上に人間のことが大好きで、人間たちと同じ街に住んでいた。『癒しの森』に近いところにある都市国家アウストラリスよ。そこの繁華街で占い屋を開いていたの」
「占い師をするのですか?魔女が」
「うん。というより、占い師イコール魔女、って覚えておくと良いわよ。だって、人間に占いなんて出来ないもの」
「なんと…」
王都リベロウェルにも占い師がいた。怪しげな老婆で、寂れた裏通りで路上営業していた姿を何度か目撃している。それを言うと、
「ああ、それは偽物ね。魔女ならちゃんと店を構えるから」
「…良いことを聞きました」
(確かフィンリーが何度か占ってもらっていたな。当たらないくせに金貨をぼったくられたと怒っていたが…フィンリーに教えるべきか?)
レオンは内心唸る。
「アデリナの固有魔法は”負の運命を正の運命に軌道修正出来る”というものよ」
「運命を変えられるんですか!?それは凄い魔法だ…」
ギョッとしてレオンは思わず身を乗り出し驚く。
「勝手に運命を変えたら、その人にかかわる人たちや事象に多大な影響が出るでしょ。でもね、アデリナの魔法で変えられた運命は、そうした影響を他に及ぼさないという神業なの」
「…それは…」
驚きに固まるレオンを見て、ロッティの
「アデリナはいつものようにお客としてきた人の運命を占い、そして軌道修正してあげた。でも、たまたまその客が”不平等を愛する魔女”と何かの繋がりがあったみたいで、アデリナは”不平等を愛する魔女”の怒りを買って、そして戦い『魔女の呪い』をかけられてしまったの」
「”不平等を愛する魔女”?」
ロッティは小さく頷く。
「厄介な魔女よ。”不平等を愛する魔女”リリー・キャボット。グリゼルダ様とほぼ同期でね、超古参。不平等が何よりも大好きで、目についた平等をあえて不平等に変えてまわるくらい。面識は殆どないかな。あの魔女はあまり他の魔女と交流をもたないからね。
…まさか”不平等を愛する魔女”が『魔女の呪い』を使ってまでアデリナのことを徹底的に攻撃するとは、誰も思わなかったの」
アデリナの店を訪れていた”壮麗の魔女”から連絡を受けて急いで駆けつけたが、アデリナは『魔女の呪い』を受けて倒れていた。
「よほど気に入らなかったのね…。本来魔女同士でやり合うなんて滅多に起こらないんだけど、”不平等を愛する魔女”は性格が好戦的でね。アデリナも助けた客がまさか”不平等を愛する魔女”に関係する人間だとは気づかなかったようで、後の祭りになってしまった」
カップの中の紅茶はすでに冷めている。琥珀色の中身を見つめて、ロッティはため息をついた。
床に仰向けに倒れていたアデリナの姿を思い出し、悲しみに唇がワナッと震えた。
「『魔女の呪い』はね、人間に使うと命をどんどん吸い上げていっちゃうの。痛みと苦しみを与えながら、使った魔女の持つ固有魔法の効果もプラスされて。身体にも心にも効果が広がる。魔女に対しては再構築と”消滅”を阻み、痛みと苦しみを与えながら眠りの世界へと閉じ込めてしまう。アデリナはもう500年もの長きにわたって眠りの世界へ縛られているわ」
小さな肩が堪えるように震える。
「前にブルーリーフ島で魔女の成り立ちについて話したでしょ。寿命がきたら棺に籠って肉体がぐちゃぐちゃになりながら再構築するって」
「ええ」
「アデリナはね、再構築できず肉体がぐちゃぐちゃのままなの」
「そ…んな…」
「肉体はぐちゃぐちゃ、意識は眠りの世界に繋がれながら、痛みと苦しみは眠りの世界で味わわされ続けてる。人間以上に惨い状態なのよ…」
片手で額を抑え、呻きながら俯いた。
「500年も苦しみ続けているの。ずっと、苦しんでいるの」
嗚咽が漏れて、ロッティは涙をぽろぽろ零した。
「アデリナにはなんでも話せた。なんでも相談できた。困ってるときは助けてくれるし、一緒に居ると安心できた。だから早く助けてあげたい、呪いを祓って苦しみから解放してあげたいの。でもね、当時『魔女の呪い』を解呪する方法がなかったの。魔女に使ったのはリリーが初めてだったから。前例がなかったから、誰も方法を見つけてなかったのよ」
小さな手の甲で涙をぬぐって顔を上げた。
「私は呪いを解く方法を必死に探した。ただ厄介なことに、魔女は記録を文書にして残さないの」
「何故…」
「例えば固有魔法について、これはもう他の魔女に扱えるものじゃないから残しても無駄ね。生活魔法や強化魔法など誰でも使える魔法は口頭で教えていくの。魔女や使い魔は一度で覚えてしまうから、記録に残す必要もない。
研究や実験も固有魔法に関するものが中心だから、自身が覚えていればいいから記録に残さない」
「形に残さないことを徹底しているんですね」
「探し物をしている時には、この魔女の習性がホント面倒だと思うわ…」
はぁ、と疲れた溜息を吐きだす。
「私やモンクリーフのように人生を生き直す魔女も、”発生”したときのまま生きる魔女も、記憶が薄れるなんてことはないし、消えることもほぼナイから、形に残すことなんて考えにないのよ」
「それなら、書物に残しても見る必要がないし、そもそも残すだけ無駄ってことですか」
「うん。場所は取るし荷物になるしね。それに他の魔女たちと共有したい情報は、『魔女の回覧板』に残しておけば、誰でも閲覧できるし」
「なんですか?『魔女の回覧板』とは」
ロッティは手ぶりで宙に丸い円を描く。
「グリゼルダ様が作ったもので、特殊な水晶球なんだけど、離れていても魔女同士連絡が取れるの。そしてみんなで共有したい情報は録音して、好きな時に聞いたり見たり出来るのよ」
「とても便利ですね」
「魔女たちにとっては大事なものよ」
少し長めのため息が口をつく。
「だから世界中に散らばる魔女たちのもとへ直接出向いて、方法を探ったの。魔女たちの記憶が頼りだったから。
そしてようやく”修学の魔女”トロータ・アストーリから、ヒントになる情報を教えてもらえた。彼女はあらゆる知識を貯め込むのが大好きだから。
方法自体はとても簡単。でも簡単そうに思えて、実はとっても大変な方法だった」