夜の闇に落とし込まれた集落では、ロッティに治療された人々が、どんどん焚火を起こして明るい色に照らされていた。
いまだ泣き通しなロッティが寒くないように、住民たちが傍に焚火を起こして労ってくれた。必死に怪我を治療してくれたことに、恩義を感じているようだ。
レオンはロッティを抱きしめながら、どう慰めていいか頭を悩ませていた。
(どんな言葉を尽くしても、ロッティの慰めにならないことは判っている…。今のロッティを慰めることが出来るのは、メイブ殿だけなのだから)
傍らで見守るモンクリーフもお手上げである。
「メイブたん見つけてきたよー!」
そこへ大喜びを体現したような声を出すフィンリーが戻ってきた。掌の上にはメイブが載っている。
「ぴよぴよぴよ!」
訳:[ご主人様!ご主人様!!]
メイブの声に、泣いていたロッティは顔を上げた。
「メイブ…メイブ?」
メイブは掌の上から飛び立つと、勢いよくロッティの顔面に飛びついた。
「ぴよ…ぴよ!」
「ごめん、ごめんねメイブ!いっぱい酷いこと言って傷つけてしまって。本当にごめんなさい」
顔にメイブを貼り付けたまま、ロッティはメイブの小さな身体に手を添える。
柔らかな羽毛の感触が、掌にくすぐったい。
「ぴよぴよぴよぴよ!」
訳:[ご主人様のお気持ちも察することが出来ず、わたくしめのほうが申し訳ありませんでした!]
「もうあんな酷いこと言わないから、居なくならないで!メイブが居ないと、私なんにもできない」
「ぴよ…ぴよぴよ!」
訳:[お傍にいます、ご主人様と一緒に居ます!]
あとはもう、ロッティとメイブの号泣合唱になってしまった。
フィンリー、モンクリーフ、レオンはホッと胸を撫で下ろした。
「こうやってみると、ロッティちゃん10歳相応って感じ」
「いつも気丈なのに、あんなおねーさま初めて見るから、かなりびっくりよ…」
「メイブ殿が戻って本当によかった。私では、ロッティを慰めることはできなかったから」
「団長…」
「不甲斐ないな」
自嘲するレオンを見て、フィンリーとモンクリーフは顔を見合わせた。
* * *
ようやくロッティは泣き止むと、みんなの手を借りて住民たちの治療を再開した。
すでに治療を終えた住民たちも手伝いに加わり、レオンとフィンリーは男衆の力仕事に参加した。
「フッ、ようやくアタシの出番って感じ!」
両手を腰に当てて、モンクリーフは池の前でふんぞり返った。
池や集落の中に流れ込んでしまった砂の除去に、モンクリーフの魔法の力が使われることになった。
「アタシの”あらゆる
「おー、それは凄いね”霊剣の魔女”殿」
感心したようにフィンリーが言うと、モンクリーフはますます鼻高々に胸を反らす。
「ちょいお待ち、モンクリーフ」
「おねーさま?」
疲れ切った
「水と地の
「ギクッ」
じとーッとした目のロッティから視線をそらせて、モンクリーフはダラダラと汗をかく。
住民たちに見せつける魂胆で、派手に魔法を使う計画が見透かされていた。
「そんなことしたら、今度は水害に遭って集落が崩壊しちゃうでしょ」
「そ、それは…」
「魔力も無駄に消費して、回復させるのに数日かかる」
「え…えっとぉ」
「お止め」
さっきまでわんわん泣いていたとは思えない程、ロッティの無言の圧にモンクリーフは観念した。
「ふぁぃ…」
しょぼーんと肩を落としてモンクリーフは引き下がった。
「それにしてもフィンリー、
「そーかなあ?ガキの頃から俺の中に居るんだよね。別に悪戯されないし、色々協力してくれるから居てくれて全然おっけーだし」
「
モンクリーフはギョッとしてフィンリーを凝視した。
「ぐぬぬ…風属性の攻撃だけは負けるかも…」
「そんなことで競わない!」
悔しがるモンクリーフの背を、トントンっと叩いてロッティはため息をついた。
「さあ、モンクリーフ出番よ」
「え?」
「精霊召喚を使って『フェニックスの羽根』探しと、集落にある無駄な砂の除去を同時にやるわ」
「えええええっ!」
モンクリーフは及び腰になり、ゲッソリと顔を歪ませる。
かなりの数の精霊を召喚するつもりなのが、にやりと笑むロッティの顔から易々と推察出来た。
「ぴよぴよ~」
「メイブ、魔法陣をお願いね」
「ぴよ!」
* * *
モンクリーフの魔力をたっぷり使って砂の精霊を召喚したロッティは、『フェニックスの羽根』探しを集落からその一帯全てを依頼し、集落の中に入り込んだ無駄な砂の除去を頼んだ。
ブルーリーフ島で”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングが見せた精霊召喚に、負けず劣らずの数の精霊が呼び出された。
そしてモンクリーフは、今度こそ干からびた。
「おほっ、あっという間に砂が片付いた」
集落になだれ込んでいた砂は、奇麗に外に掃き出された。精霊たちが砂粒を動かし、小川のように穏やかに集落の外へと押し出してくれたのだ。
住民たちの安堵する声や喜ぶ声が、集落に明るく満ちていった。
「家屋の再建までは手伝えないけど、砂だけでも掃き出しておけばひとまず安心でしょう」
「うんうん。池も元通りだしね」
「この地域の管理官と連絡がついて、明日には人や物資が届くよう手配できたと、集落の長が言っていました」
「それは良かったわ。フィンリーとレオンもお疲れ様」
そこへ、小さな丸い砂粒がロッティの目の前に浮かんだ。
砂の精霊の代表だ。
「うん、そっか…やっぱ何もなかったんだ」
来る前からある程度は予想していた。グリゼルダの反応がいまいち薄かったので、もしやとロッティは覚悟していた。
「みんなお疲れさまでした。解散していいわよ」
砂の精霊はくるりと宙返りすると、パッと目の前から消えた。
「なかったんですね」
残念そうに呟くレオンに、ロッティは苦笑するにとどめた。
「羽根がないとなると、長居は無用ね。『癒しの森』へ戻って情報収集からやり直しだわ。――モンクリーフは今日はもう魔法は無理か」
ぶっ倒れて白目をむいているモンクリーフを見て肩をすくめる。
ロッティは提げていた巾着袋から杖を取り出した。
「みんな、帰るわよ」
スラスラと移動用魔法陣を描いて、ロッティたちは帰還した。