メイブは飛び跳ねて驚いた。
突如姿を現した
悍ましい姿だが、紛れもなく魔女たちが作った
「ぴ…ぴよ…ぴよぴよ!」
訳:[わ…わたくしめなぞ食べてもおいしくなんてないのですよ!800年モノの薄い鶏肉だし筋張って硬くて軽い骨だし出汁はないし風味も消えてて不味いだけなのですー!]
一気にまくしたて、そして回れ右をした。
「ぴよおおおおおおお!」
訳:[逃げるのですよおおおおお!]
バッと砂地を蹴って飛び上がる。そして背の翼を全力で羽ばたかせて逃げた。
闇夜でも星明りではっきりと映える黄色いヒヨコを、
ぶっとい丸太のような図体を、砂の上を滑らせるように動かしメイブを追いかけた。
胴と同じくらいある大きな丸い口を全開にする。
3重に連なる鋭い牙が無数に咥内に生えていて、辺りに臭気を漂わせた。
(助けてなのです、誰か助けてなのです!ごしゅじんさまああ)
メイブは涙で曇る目を必死に見開き、心の中でロッティに助けを求め叫んだ。
(このままでは追いつかれてしまう。そうしたらわたくしめは、あのでっかな口の中に吸い込まれてしまうのですよ!)
「ぴよ!ぴよ!ぴよ!」
訳:[助けて!誰か!助けてなのです!]
「俺の愛しいレディに何してくれてんだクソ害虫ごときがああああ!」
「ぴよ!?」
訳:[フィンリーしゃん!?]
進行方向からフィンリーが剣を構えて飛び出してきた。
「醜い分際で、俺のレディを追いかけまわすとか、マジナメてんのか?ああ?」
メイブを背に庇い、フィンリーは剣を構える。
(フィ…フィンリーしゃん…)
粗野な言葉遣いと後ろ姿で判る。
(す、すごい怒っているのです…)
陽気であまり貴族の騎士っぽくない振舞い、そしてメイブにメロメロしている姿しか知らない。
こんなに激怒しているフィンリーなど初めて目にした。それが逆にメイブの思考を冷静に戻した。
(フィンリーしゃんの武器は…エストックですか。あれだけ細身の刃だと、
フィンリーは痩身で、体重を乗せても刃が食い込むか疑問だ。
「いいかテメー、俺のレディを追いかけまわし、泣かせた罪は死んでも償いきれないってことをあの世で痛感しやがれ!」
空間を十字に斬る。その瞬間、砂を巻き上げ竜巻が起こり、ゴオッと唸りを上げながら
(風が起こった!?)
フィンリーは跳躍すると、
バキバキっと音を立て、
不気味な唸り声をあげて、
「頑丈だなクソが」
空気がブンッと振動し、突風が生まれて
悍ましい口から唾液を大量に流し、唸りながら
「トドメだ。やれ、ホリー・シルヴェストル!」
フィンリーは刃で宙に素早くバッテンを描く。
するとバッテンの中心に風が逆巻き始め、
風は
身体を無数の輪切りにされた
「メイブたん!」
「ぴよ…」
「無事かい?どこか怪我してない?怖かっただろう、可哀想に可哀想に」
掌にメイブを乗せると、フィンリーはメイブの小さな頭に頬ずりした。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[フィンリーしゃんは風の精霊憑きだったのですね]
(
”ホリー・シルヴェストル”とは風の精霊の上位級を示す敬称です。風の精霊王に次ぐ存在でもあります…)
「風の精霊?ああ…ホリー・シルヴェストルのこと?」
「ぴよ」
「あーなんかあ、昔っから俺の中に居るんだよね。なんでかシラナイケド!」
首を傾げた後、フィンリーは豪快に笑った。
(人間に憑く精霊は滅多にいないのですが…上位級が憑くなんて…)
別になんでもないような様子のフィンリーに、メイブは脱力感を覚えた。
本来精霊は人間に憑いたりしないもの。それがフィンリーに憑いたままなのは、天地がひっくり返るくらい珍しいことだ。
精霊も上位級にもなると、人間のような感情を持つと伝え聞く。フィンリーの何かを気に入って、居ついているということなのだろうか。
(…ふぅ、謎が解けました。だからなのですね、わたくしめの言葉が判るのは)
主人であるロッティですら判らない、メイブの言葉が判った
風の精霊の特徴に”意思伝達”というものがある。風の上位級精霊ホリー・シルヴェストルの力が作用して、メイブの言葉が翻訳されていたのだ。
「そだ、メイブたん!もう安心してイイんだよ。ロッティちゃんね、とてもとても後悔して謝っていたんだ。子供みたいにたくさん大泣きして」
「ぴよ!?」
訳:[え!?ご主人様が大泣き??]
「そうだよ。メイブたんを傷つけちゃったことで、沢山泣いているんだ」
(そんな…ご主人様は泣くような方じゃないのに!特に人前で泣くなんてありえないレベルなのですよ!!)
メイブは心底仰天した。
「ロッティちゃん凄く追い詰められていたんだね。なのに俺たち護衛として一緒に来ていたのに、全部任せっきりでさ。金魚のフンみたいについて回るだけで、何一つ協力できていなくって。
俺たちが頼りないせいで、メイブたんまで傷つけることになっちゃって、どう謝っていいのか判んないよ」
「ぴよぴよ」
訳:[フィンリーしゃん]
「ロッティちゃんを慰められるのは、メイブたんしかない」
その言葉に、メイブは再びポロポロと涙を零しだした。
(ご主人様の言葉には傷つきました。でもあれはご主人様の本心から発せられた言葉ではないのです。様々な状況が言わせてしまったことなのです!)
もっともっと、ロッティの心に気を配ってあげるべきだったのに。
「ぴよ…ぴよ…」
(ごしゅじんさま…ごしゅじんさまあ…)
早く傍に行って、ロッティの心を慰めてあげたかった。
「ぴ…ぴよ…ぴよ…」
「さあ、ロッティちゃんのところへ帰ろう。メイブたんがいないと、みんな心が萎れちゃう!」