「メイブが喋れないの私のせいなのに、私がちゃんと作ってあげなかったからいけないのに、メイブが悪いみたいに責めちゃって、酷いことを…、メイブは一生懸命やってくれていたのに、私…わた…うわああああ」
再びロッティは大声で泣き出してしまった。
一度”言葉”に出したものは取り返しがつかない。形には残っていなくても、相手の心と記憶に突き刺さっているからだ。
「前言撤回」という言葉があるが、それはただの建前で、発せられた言葉を本当に撤回することなどできない。
相手を傷つける言葉なら尚更だ。
「お、おねーさまは悪くないわ!おねーさまはいっぱい頑張っているじゃない!」
あまりのロッティの嘆く様子に、モンクリーフも涙目になって励ます。つられて泣きたくなるほどの泣きっぷりだからだ。
「ロッティ」
レオンは腕を伸ばし、ロッティを抱きしめた。
「レ…レオン卿」
その行為にモンクリーフはびっくりして目を瞬いた。
「本当にすみません。我が国の姫を助けていただくためにご尽力くださっているのに、なんのお力にもなれず、更にはあなたの心を追い詰めてしまって」
ロッティを抱きしめる手に力がこもる。
「目の前の怪我人を助けることも放置せず、羽根探しも止めず、姫様を助けるための魔力確保も止めず、あなた一人に全て抱え込ませてしまった。それがどれだけ負担になっているのか…。
あなたは弱音を吐かないから、経験豊富だから、大丈夫だと勝手に決めつけ思い込んでいた。すみません。もっともっと配慮すべきところだったのに、自身の逸る気持ちから甘えてしまっていた私の落ち度です」
「うっ…うっ…」
2人の様子を黙って見ていたフィンリーは、拳を強く握ると、踵を返して駆け出した。
「メイブたーん!ドコにいるのー!」
砂漠に飛び出たフィンリーは、腹の底から大声を張り上げ闇雲に走った。
メイブのことが心配で心配で、胸が張り裂けんばかりだ。
「クソッ!ロッティちゃんは悪くないし、メイブたんも当然悪くない。俺たちがあまりに役立たず過ぎたんだ。全部おんぶで抱っこさせちゃって、気を遣うのも気を回すのも全部ロッティちゃんに押し付けてて。
メイブたんが何度も忠告してくれてた。詳細は知らないけど、ロッティちゃんが何かを我慢の上で、姫様を助けるって覚悟してくれていたことを」
足を取られやすく走りづらい砂の上を、フィンリーは難なく走る。
900歳を超える魔女だと言われても、ああして大泣きする姿はどう見ても10歳児にしか見えない。
あんな小さな女の子に、全てを頼り切りだったのだ。
「メイブたんと言葉によるコミュニケーションがとれないことも、ロッティちゃんにとって口に出せないストレスだったんだ。苦労で雁字搦めになってたら、そりゃつい口走っちゃうだろう。
800年我慢させてたことを言わせちゃった、俺たちの責任だ!」
手分する件も配慮できたことだ。
全員でロッティを手伝えば、夜までになんとかなった筈だ。そして翌日に『フェニックスの羽根』探しに精霊召喚魔法を使ってもらう。
そうすればよかったのだ。
「明らかに俺と団長の失態だ。メイブたんも深く傷ついただろうに…。ああ、早く全力で抱きしめてあげないと!」
* * *
集落を飛び出して当てもなく飛び回ったメイブは、砂の上にぽつんと座っていた。
日中必死に働いて、ヘトヘトになっている。
(酷いです…ご主人様…)
つぶらな瞳から、涙がとめどなく零れ落ちる。
悲しくて悲しくて、身体をギュッと鷲掴みされたように心が痛んだ。
(わたくしめが喋れないことは、ご主人様が一番知っているのに…あんな風に言うなんて)
この800年間、喋れないことについてロッティは何も言わなかった。
「でもね、いつかはメイブとたくさんお喋りできるようになる。私はそう信じてるの。メイブはどう?」
先日こう言ってくれたように、ロッティは信じて黙って見守ってくれていた。
今は様々なことで雁字搦めになっていて、追い詰められていたからこその暴言だとメイブにも判っている。
それでもああして言われてしまうと、ショックで涙が止まらない。
星空を見上げ、遠い過去に思いを馳せる。
(わたくしめがまだ卵の中にいた頃、寒くて寒くて心細くて寂しかった。おかあさんの温もりがずっと消えたままで、わたくしめはこのまま消えてしまうのかと不安な日々でした。『癒しの森』がずっと励ましてくれていたけど、わたくしめは誰かに優しく温めてほしかったのです)
遠い遠い記憶。”メイブ”という名を与えられ使い魔になる前の、無名の小さな命だった頃の記憶。
(命の火が消えかかっていたまさにその時、ふわっとあたたかい熱を感じました。それがご主人様との出会い。
ご主人様の癒し魔法を受け止めるだけの体力がもう残ってなくて、消えかかるわたくしめの命を、ご主人様は使い魔として新たに作り変える方法で救ってくださいました)
新たな命として、メイブは殻を破ってこの世に誕生した。
(嬉しかったのです。おかあさんに見捨てられたわたくしめのために、ご主人様は心を砕いてくれました。”メイブ”と名前も下さったのです。そして魔法も使えるようになり、わたくしめはご主人様のために一生懸命働きました。
でもわたくしめは未熟者…、人語を話すことが出来ないのです。それでご主人様と会話も出来ず、わたくしめの考えも伝えられず、誤解もよくあって、その度にご主人様は寂しそうな表情を浮かべることがありました。
ご主人様はわたくしめが喋れなくても、絶対に責めません。早く早くと急かせません。たとえ言葉を交わせなくても、気持ちが通じ合っているから大丈夫だと)
小さな自分の身体を見て、メイブは俯く。
成鳥にもなれず、人語も喋れず、主人を苛立たせてしまった。
(あんなに苛立っているご主人様は初めて見たのです)
ロッティが怒っていた姿を思い出し、メイブは再びシクシク涙を流した。
怖かったし、悲しかった。
(もうわたくしめなんてイラナイのです…。ご主人様のお役に立てない、無能使い魔なのです!)
ギュッと目を瞑り、ヤケクソのように翼を砂に叩きつけた。
その時、
「ぴよおおおおおおおお!?」