すっかり陽も落ちた頃、3人はペコソ集落に着いた。
「焚火の燈がチラホラ見えるね。集落の人達、元気になったのかな」
夕闇の中に火の燈が集落のいたるところに灯っている。フィンリーは急激に寒くなった外気に身を震わせると、暖を求めて焚火に駆け寄った。
「おねーさまはどこかしら?」
モンクリーフも焚火に駆け寄って、揺らめく炎に手をかざした。
「すみません、おさげの小さな女の子がどこにいるか知りませんか?左目のところに赤い丸ボタンを貼り付けた」
焚火に当たっていた中年の女性に、レオンは手ぶりを交えて話しかけた。
「小さな魔女様かな?魔女様だったら、あっちの池のほとりのヤシの木のほうにいらしたが」
「ありがとうございます」
3人は焚火の前から離れると、ヤシの木へと急いだ。
遠巻きに人々が群がる中、ヤシの木の根元に座り込んで、大声で泣きわめいているロッティがいた。それを遠目に見て3人は仰天する。
「ロッティ!?」
驚いたレオンは慌てて駆け寄って、膝をついてロッティの両肩を掴む。
「どうしたんですかロッティ?何があったんですか?」
しかしロッティはわんわん泣きわめくばかりで、言葉もまともに発せないでいる。
「ヤダわ、おねーさま!一体どうしたっていうの!?」
モンクリーフはロッティの前に座り込んで、あたふたした様子で顔を覗き込んだ。
(こんなおねーさまは初めて見るわよ!?)
フィンリーも腰をかがめて、ロッティの顔を覗き込む。
「誰かに苛められたの?」
「うっうっ…メイ…ブと…喧嘩…しちゃったの…」
「え?」
「ううっ」
それ以上言葉にならず、ロッティは更に声を張り上げ泣いた。
「ロッティちゃんが落ち着くまで待とう。今のままじゃ会話にならないし。メイブたんドコいったんだろ?」
これだけロッティが泣きわめていたら、心配してそばにいそうなものだ。それなのにメイブの姿はどこにもなかった。
小一時間も泣くに泣いて、ようやくロッティは落ち着きを取り戻し始めた。
「ロッティ、一体何があったんですか?」
レオンは小さな子供に語りかけるように、努めて穏やかな声で話しかけた。
何度かしゃくり上げながら、ロッティは涙を拭く。
「私が悪いの…メイブに八つ当たりしちゃったの…酷いこと言っちゃったの」
「メイブ殿に?」
「住民たちの怪我が結構酷くて、治してあげなきゃいけない人がいっぱいで…でも今の私は魔法を控えているから治療がはかどらなかったの。だって魔法をセーブするのを止めたら、王女の解呪に魔力が足りなくなるかもしれない。だから治療に魔法が使えなくて。それで薬品もフルに使ってなんとかしてたけど、住民たち全員をすぐには治してあげられなくって、それで、それで…ヒクッ」
その時のことを思い出したのか、再び涙がポロポロとこぼれ始めた。
「メイブに沢山手伝ってもらおうと思ったけど、メイブもいっぱいいっぱいで。なのに私、メイブにキツイこと言っちゃったの」
* * *
「思ってる以上に怪我人が多すぎね…。先に止血だけでもしておかないと、夜になったらここいらの気温が一気に下がる…。体温が下がると軽傷でも危ないわ」
必死に手を動かし、手当をしながらごちる。
ロッティの近くには、怪我をした住民たちが丁寧に整列して寝かされている。
メイブが砂の下から掘り起こしたり、散らばって倒れている住民たちを連れてきてくれていた。
「メイブ、みんなに毛布でもなんでもかけてあげて。まだまだ治療に時間がかかりそうなの。体温を下げないようにしなきゃ」
「ぴよ!」
訳:[判りました、ご主人様!]
(毛布毛布…ああ…砂に埋もれてしまって…)
殆どの家屋も砂に飲み込まれており、目につくところに毛布がなかった。
魔法で風を起こして砂を払いたかったが、それをすると他の場所が砂で埋もれてしまう。更に風の衝撃で倒壊しかかっている家屋に影響が出そうで危険だった。
メイブは小さな風を起こして砂を払いながら、なんとか毛布を見つけ出してロッティの元へ急いだ。
強化魔法で身体を強化しているものの、メイブの小さな身体では限界がある。
(フィンリーしゃんたちがいたら、掘り起こしてもらえそうなのですが……いや!甘えたことを考えている場合ではないのです!自分でなんとかしなくちゃなのです)
住民たちを掘り出して、運んで寝かせる作業をずっとやっている。たくさん往復していて、そのせいでメイブも疲れていた。
「メイブ早く!」
ロッティの苛立った声に、メイブはビクっと身体を震わせた。普段はあんな声を出さないだけに、メイブは一瞬怖さを感じて焦る。
(かけるもの、なにか…)
倒壊した家屋の辺りを必死に探す。そして掘り出して運んで怪我人にかける。
(みんな大丈夫ですよ、ご主人様がちゃんと治してくれますからね。心の痛みだけでも先に癒してあげますから、頑張るのですよ!)
毛布やシーツをかけながら、『心を癒す』魔法も惜しまず使った。
「まだなのメイブ!早くして!」
「ぴよぴよ」
訳:[ごめんなさいご主人様、急いでますっ]
陽が落ち始めてきて、気温が徐々に下がっていく。毛布やシーツはまだまだ足りていない。
そしてロッティの治療もはかどっていない。
癒しの魔法が使えないせいだ。
(これだけの怪我人、魔法を使って治療をするとなると、相当量の魔力を持っていかれてしまいます。だからご主人様は魔法を一切使わずに治療していらっしゃいます…。
住民たちも気がかりですが、ご主人様のストレスのほうも心配なのです)
チェルシー王女を助ける使命、親友を差し置いてまでしていること、中々見つからない『フェニックスの羽根』、魔力確保のために魔法使用セーブ、そしてこの大勢の怪我人たち。
今のロッティは何重にも雁字搦め状態だ。
「メイブ!いつまでかかってるの!?みんな苦しんでいるじゃない!癒してあげてよもう!」
僅か物思いにふけっていると、ロッティの金切り声が耳をつんざいた。
「なんでもかんでも私がしなくちゃいけないの?何のための使い魔なのよ!」
「ぴ…ぴよ…」
「ちゃんと言葉で話してよ!何言ってるか判らない!」
「ぴよお!」
訳:[酷い!ご主人様!]
「あ…」
メイブは悲しみに表情を歪めると、集落を飛び出してしまった。
* * *