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25話:ロッティの胸中

 夕食後、みんなと別れて、メイブは1人コテージに戻っていた。


(フィンリーしゃんとばかりいると、疲れてしまうのです…)


 ティーテーブルの上にハンカチを敷きながら、メイブはため息交じりに心の中でぼやく。

 愛しているや大好きだと猛烈アピールをしてくるフィンリーに対し、メイブ的にはそこまでの感情は湧いてこない。むしろ疲労感さえ漂ってしまっている。

 少しだけ気持ちが進歩したと思えるのは、友誼が芽生え始めていることくらいだろうか。


(わたくしめはご主人様にお仕えする使い魔。それ以前にヒヨコなのです。魔女と人間が恋に落ちるとかなら理解できます。しかし、ヒヨコと人間が……。ああ、コイン禿げが出来そうです!)


 頭部を両翼でなでなでし、メイブは皿からクッキーを一枚とった。


(ブルーリーフ島名物ココナッツ入りクッキー!果たしてお味のほどは如何でしょう)


 ツクツクっと啄む。


(香ばしくて甘さ控えめ、これは中々に美味なのです。贅沢を言えば、砕いたアーモンドやナッツ類を混ぜ込んでいれば、もっと美味になると思います)


 勢いよく啄み、クッキーをあっという間に平らげた。そして2枚目を取って啄む。

 南国料理の数々は、あまりメイブの舌には合わず食べなかった。それでお腹がすいてすいて、フィンリーのデートの誘いも断りコテージに飛んで帰ってきた。


(ご主人様へ無礼な質問をしたこともありますが、お腹のほうが大合唱していたのですよ…)


 心の中で色々思いつつも、忙しく嘴を動かしているとロッティが戻ってきた。


「ぴよ!」

訳:[おかえりなさい!]

「あらメイブ、戻っていたのね」

「ぴよ!」

「フィンリーがデート断られたって嘆いていたわよ」


 ロッティの言葉に、メイブは露骨に渋面を作って頭上の双葉を萎れさせた。


(夜空を見上げることより、お腹を満たすほうが重要だったのです…)


 心の中でぼやいてため息をつく。

 メイブが載っているテーブルまでくると、ロッティは複雑な表情を浮かべながら席に座った。

 クッキーを啄むメイブを見つめながらロッティは話しかける。


「レオンが『癒しの森』に来てから、まだ一週間も経ってないのに、色んな事があったね」

「ぴよ、ぴよ」

訳:[そうでございますね]

「…400年前にも『フェニックスの羽根』を探したけどなくって、今回もあまり期待出来そうもなくて。ホント困っちゃうね」

「ぴよ…」


(ご主人様が弱音を…葛藤が…相当激しいのですね)


 ロッティの心中を察して、メイブは言葉に詰まる。


「レオンにドキドキしたり、チェルシー王女を森に入れたり、人間たちと旅をして、アデリナが聴いたらビックリしちゃうだろうね」


 ココナッツ入りクッキーをつまんで、裏表に返しながら微笑む。そしてクッキーを皿に戻して、テーブルの上で腕を組んで顔を伏せた。


「アデリナが『魔女の呪い』を受けて500年、私は必死に魔力を溜めてきた。でも、人間の王女を助けるためにアデリナを後回しにしている…。

ねえメイブ、アデリナは怒るかしら?親友を後回しにしたって、私を責めるかしら?」

「ぴよぴよぴよ!」

訳:[そんなことありません!むしろアデリナ様は「よくやったわ!」って褒めてくださいます!]


 弱気になっているロッティに、メイブは必死に訴えた。


(ご主人様は『魔女の誓約』の為だけじゃない、チェルシー王女自身に深く同情しておられる。だからこそアデリナ様のことを後回しにしてまで、お助けしようとしているのです。それにレオンしゃんへのお気持ちもあるでしょう…。ままならないことが一番堪えているのが伝わってきます。色々なことに雁字搦めになって、ご主人様のお心が悲鳴をあげていらっしゃいます。

 ああ…、こういう時に”言葉”として伝えられないことが、どうしようもなく歯痒くて仕方がないのです!)


 人語が話せないことが悔しくて、メイブは小さな身体を震わせた。


(ご主人様が今欲している言葉を、わたくしめは伝えてあげられない…情けない使い魔なのです!)


 顔を伏せたままのロッティを見つめ、メイブは己の不甲斐なさに忸怩たる思いに悲しくなっていた。そして必死に考えた。


(ご主人様…)


 メイブはロッティの腕の傍に座り直し、そっと囀り始めた。


(わたくしめにはこんなことしかできません。でも、少しでもご主人様のお心が慰められるなら…)


 低く、そして高く。旋律を変えながら、聴く者の心を安心させる優しい囀りが部屋に満ちる。

 伏せていた顔を少し浮かせ、腕の傍に座っているメイブを見る。穏やかで優しい表情かおで囀っていた。

 言葉は通じずとも、メイブの優しい心が滲みるように伝わってくる。

 心の中の焦りや葛藤が、ゆっくりと静まっていき、ロッティは笑顔を浮かべた。


「ありがとう、メイブ」



* * *



 翌日、ロッティたちは一旦『癒しの森』へ戻った。本当はもう数日ブルーリーフ島に滞在する予定だったが、ロッティがそれを切り上げた。

 モンクリーフの魔力はもう回復しているし、何より焦るレオンの気持ちを慮ってのことだった。


「次に行くのは砂漠の国ムーンサンド。名前の通り砂漠がいっぱいの場所だから、日除けのローブと水筒を忘れずにね」


 ロッティはダイニングテーブルの上に、人数分のローブと水筒を用意した。


「メイブには特製ローブよ」


 背中の翼が覆われないように、メイブの体型に合わせて切込みが入っている。丸い頭がすっぽりとフードに包まれた。

 ロッティに着せてもらい、メイブは嬉しさに飛び跳ねた。


「ぴよぴよ!」

訳:[素敵なローブなのです!]


 若草色のローブ姿が愛らしく、それを見ていたフィンリーは、


「もうメロンメロン!」


 そう言って掌にメイブを乗せる。


「ぴ…ぴよ…」

訳:[た…食べないでくださいね…]

「自信ない!」

「……」


 2人の様子を目の端に捉えつつ、レオンはテーブルの上の地図を覗き込む。


「目撃ポイントはこの集落ですね。火山の時の班分けで探しますか?」

「そうしようか。まず集落の中を探して、住民にも訊いてみる。それでなければ周辺を手分けして探すしかないわね」

「そうですね」


 地図を眺めていたモンクリーフは、首を傾げながらレオンを見る。


「もし住民が持っていたとして、大金を要求されたら陛下に相談する?結構辺境にある集落だし、ガッつかれそうじゃない?」

「そういうこともあるのか…。金額によりますが、あまりにも破格だったら陛下にお願いするしかないですね。何としても手に入れなければなりませんし」


 真剣に唸る2人を見て、ロッティは不思議そうな表情かおを浮かべた。


「そんなにがめついモン?」

「がめついわよ!」

「人にもよりけりですが、貧しい暮らしをしている者が持っているなら、お金の覚悟はしておいたほうがいいでしょう」

「そういうものなんだ…」

「ンもーおねーさまったら」


 お手上げのポーズをしながら、モンクリーフはロッティをジロリとねめつける。


「人とよく関わる割に、おねーさまったら妙に世間知らずなところあるわよね。よほどの善人か聖人でもない限り、お金を要求してくるものよ。貧乏だろうと裕福だろうとネ」

「そっ…そうかしら…」


 心外、と顔に書いてロッティは口を尖らせた。ロッティの関わってきた人間たちに、そういう卑しさを出す人々はいなかった。

 ロッティを見てレオンは苦笑を浮かべる。


「住民の誰かが『フェニックスの羽根』を持っていれば、こちらから大金を申し出て買い取っても安いものです。おそらく陛下も躊躇しないでしょう。――あるといいですね」

「うん、そうだね」


 一同は鞄に荷物を詰め込み、モンクリーフの移動用魔法で砂漠の国ムーンサンドへ飛んだ。

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