夕食後、みんなと別れて、メイブは1人コテージに戻っていた。
(フィンリーしゃんとばかりいると、疲れてしまうのです…)
ティーテーブルの上にハンカチを敷きながら、メイブはため息交じりに心の中でぼやく。
愛しているや大好きだと猛烈アピールをしてくるフィンリーに対し、メイブ的にはそこまでの感情は湧いてこない。むしろ疲労感さえ漂ってしまっている。
少しだけ気持ちが進歩したと思えるのは、友誼が芽生え始めていることくらいだろうか。
(わたくしめはご主人様にお仕えする使い魔。それ以前にヒヨコなのです。魔女と人間が恋に落ちるとかなら理解できます。しかし、ヒヨコと人間が……。ああ、コイン禿げが出来そうです!)
頭部を両翼でなでなでし、メイブは皿からクッキーを一枚とった。
(ブルーリーフ島名物ココナッツ入りクッキー!果たしてお味のほどは如何でしょう)
ツクツクっと啄む。
(香ばしくて甘さ控えめ、これは中々に美味なのです。贅沢を言えば、砕いたアーモンドやナッツ類を混ぜ込んでいれば、もっと美味になると思います)
勢いよく啄み、クッキーをあっという間に平らげた。そして2枚目を取って啄む。
南国料理の数々は、あまりメイブの舌には合わず食べなかった。それでお腹がすいてすいて、フィンリーのデートの誘いも断りコテージに飛んで帰ってきた。
(ご主人様へ無礼な質問をしたこともありますが、お腹のほうが大合唱していたのですよ…)
心の中で色々思いつつも、忙しく嘴を動かしているとロッティが戻ってきた。
「ぴよ!」
訳:[おかえりなさい!]
「あらメイブ、戻っていたのね」
「ぴよ!」
「フィンリーがデート断られたって嘆いていたわよ」
ロッティの言葉に、メイブは露骨に渋面を作って頭上の双葉を萎れさせた。
(夜空を見上げることより、お腹を満たすほうが重要だったのです…)
心の中でぼやいてため息をつく。
メイブが載っているテーブルまでくると、ロッティは複雑な表情を浮かべながら席に座った。
クッキーを啄むメイブを見つめながらロッティは話しかける。
「レオンが『癒しの森』に来てから、まだ一週間も経ってないのに、色んな事があったね」
「ぴよ、ぴよ」
訳:[そうでございますね]
「…400年前にも『フェニックスの羽根』を探したけどなくって、今回もあまり期待出来そうもなくて。ホント困っちゃうね」
「ぴよ…」
(ご主人様が弱音を…葛藤が…相当激しいのですね)
ロッティの心中を察して、メイブは言葉に詰まる。
「レオンにドキドキしたり、チェルシー王女を森に入れたり、人間たちと旅をして、アデリナが聴いたらビックリしちゃうだろうね」
ココナッツ入りクッキーをつまんで、裏表に返しながら微笑む。そしてクッキーを皿に戻して、テーブルの上で腕を組んで顔を伏せた。
「アデリナが『魔女の呪い』を受けて500年、私は必死に魔力を溜めてきた。でも、人間の王女を助けるためにアデリナを後回しにしている…。
ねえメイブ、アデリナは怒るかしら?親友を後回しにしたって、私を責めるかしら?」
「ぴよぴよぴよ!」
訳:[そんなことありません!むしろアデリナ様は「よくやったわ!」って褒めてくださいます!]
弱気になっているロッティに、メイブは必死に訴えた。
(ご主人様は『魔女の誓約』の為だけじゃない、チェルシー王女自身に深く同情しておられる。だからこそアデリナ様のことを後回しにしてまで、お助けしようとしているのです。それにレオンしゃんへのお気持ちもあるでしょう…。ままならないことが一番堪えているのが伝わってきます。色々なことに雁字搦めになって、ご主人様のお心が悲鳴をあげていらっしゃいます。
ああ…、こういう時に”言葉”として伝えられないことが、どうしようもなく歯痒くて仕方がないのです!)
人語が話せないことが悔しくて、メイブは小さな身体を震わせた。
(ご主人様が今欲している言葉を、わたくしめは伝えてあげられない…情けない使い魔なのです!)
顔を伏せたままのロッティを見つめ、メイブは己の不甲斐なさに忸怩たる思いに悲しくなっていた。そして必死に考えた。
(ご主人様…)
メイブはロッティの腕の傍に座り直し、そっと囀り始めた。
(わたくしめにはこんなことしかできません。でも、少しでもご主人様のお心が慰められるなら…)
低く、そして高く。旋律を変えながら、聴く者の心を安心させる優しい囀りが部屋に満ちる。
伏せていた顔を少し浮かせ、腕の傍に座っているメイブを見る。穏やかで優しい
言葉は通じずとも、メイブの優しい心が滲みるように伝わってくる。
心の中の焦りや葛藤が、ゆっくりと静まっていき、ロッティは笑顔を浮かべた。
「ありがとう、メイブ」
* * *
翌日、ロッティたちは一旦『癒しの森』へ戻った。本当はもう数日ブルーリーフ島に滞在する予定だったが、ロッティがそれを切り上げた。
モンクリーフの魔力はもう回復しているし、何より焦るレオンの気持ちを慮ってのことだった。
「次に行くのは砂漠の国ムーンサンド。名前の通り砂漠がいっぱいの場所だから、日除けのローブと水筒を忘れずにね」
ロッティはダイニングテーブルの上に、人数分のローブと水筒を用意した。
「メイブには特製ローブよ」
背中の翼が覆われないように、メイブの体型に合わせて切込みが入っている。丸い頭がすっぽりとフードに包まれた。
ロッティに着せてもらい、メイブは嬉しさに飛び跳ねた。
「ぴよぴよ!」
訳:[素敵なローブなのです!]
若草色のローブ姿が愛らしく、それを見ていたフィンリーは、
「もうメロンメロン!」
そう言って掌にメイブを乗せる。
「ぴ…ぴよ…」
訳:[た…食べないでくださいね…]
「自信ない!」
「……」
2人の様子を目の端に捉えつつ、レオンはテーブルの上の地図を覗き込む。
「目撃ポイントはこの集落ですね。火山の時の班分けで探しますか?」
「そうしようか。まず集落の中を探して、住民にも訊いてみる。それでなければ周辺を手分けして探すしかないわね」
「そうですね」
地図を眺めていたモンクリーフは、首を傾げながらレオンを見る。
「もし住民が持っていたとして、大金を要求されたら陛下に相談する?結構辺境にある集落だし、ガッつかれそうじゃない?」
「そういうこともあるのか…。金額によりますが、あまりにも破格だったら陛下にお願いするしかないですね。何としても手に入れなければなりませんし」
真剣に唸る2人を見て、ロッティは不思議そうな
「そんなにがめついモン?」
「がめついわよ!」
「人にもよりけりですが、貧しい暮らしをしている者が持っているなら、お金の覚悟はしておいたほうがいいでしょう」
「そういうものなんだ…」
「ンもーおねーさまったら」
お手上げのポーズをしながら、モンクリーフはロッティをジロリとねめつける。
「人とよく関わる割に、おねーさまったら妙に世間知らずなところあるわよね。よほどの善人か聖人でもない限り、お金を要求してくるものよ。貧乏だろうと裕福だろうとネ」
「そっ…そうかしら…」
心外、と顔に書いてロッティは口を尖らせた。ロッティの関わってきた人間たちに、そういう卑しさを出す人々はいなかった。
ロッティを見てレオンは苦笑を浮かべる。
「住民の誰かが『フェニックスの羽根』を持っていれば、こちらから大金を申し出て買い取っても安いものです。おそらく陛下も躊躇しないでしょう。――あるといいですね」
「うん、そうだね」
一同は鞄に荷物を詰め込み、モンクリーフの移動用魔法で砂漠の国ムーンサンドへ飛んだ。