夕食が終わって解散した後、レオンは泊っているコテージ近くのベンチに腰掛けて、夜風にあたっていた。宵の口なのもあり、まだまだ界隈は賑やかだ。
(凄い話を聞かされてしまったな…)
先ほど聞かされた魔女の成り立ちなど、レオンの常識の範疇を蹴とばす勢いで、突拍子もない内容だった。
にわかには信じられない内容だが、数々の魔法や魔女などを目にしてきている。現実にあることなのだと頭では理解しているが、気持ちがまだ素直についてこない。
(せめてフィンリーくらい柔軟に受け入れられるといいんだが、どうも私は頑固でいけない)
出身は平民で鍛冶屋を営む父を持つ。頑固で気難しい父親だったが、どうもその血をしっかり継いでいるらしい。
柔軟さに掛ける自分の性分が、とことん恨めしく思うのはこんな時だ。
「レオン卿、お一人で何をしているのかしら?」
片手にトロピカルジュースのグラスを持ったモンクリーフが、夜風にドレスの裾をなびかせ立っていた。
「風にあたって涼んでいました」
「ふーん」
モンクリーフはレオンの横にストンッと座ると、ジュースを一口啜る。
「あの…レオン卿」
「はい?」
なんだか言いづらそうに、もじもじとしながらモンクリーフは眉間に皺を寄せる。
「今回のことなんだけど…そのお…、姫様に言っちゃう?姫様が『魔女の呪い』を受ける羽目になった原因を…」
レオンはチラッとモンクリーフを見て、そして表情を動かさず正面に視線を戻す。
「私からは何も言う気はありません。”霊剣の魔女”殿がご自身の口から、姫様にお話しになることだと思っています」
「…デスヨネー」
目に見えてモンクリーフは落ち込んでいる。
眼尻が少しつり上がっているせいで勝気に見える顔立ちをしているが、今はとてもしょげていた。
本人なりに責任を感じているようだとレオンは思った。
「姫様に怒られると、そう思っていますか?」
レオンの返しに、モンクリーフは肩を落とす。
「姫様は怒ってくれないと思う。いつもみたいに「しょうがないわね」って笑うわ、きっと…」
「そうですね」
包容力のある笑顔で、全てを理解し、そして許してくれる。チェルシー王女のそんな姿を、何度見たことだろう。
モンクリーフもレオンも、いつも身近でその姿を見てきたのだ。
「アタシ、”曲解の魔女”のペットには別に何とも思ってないけど、私のせいで姫様があんなことになって、今もずっと苦しんでいて、胸のところが凄っくモヤモヤするの」
「そういう感情など、魔女も人間と変わらないんですね」
「え?」
レオンは端整な顔を穏やかな色に染めて、自分の靴の先をジッと見つめた。
「”霊剣の魔女”殿とは時々城ですれ違うくらいで、こうして話をしたことがロクにありませんよね。だからあなたのことはよく判らないし、魔女という存在もよく知りませんでした。しかしあなた方と一緒に行動し、話をしていると、考え方や行動の端々が、人間と変わらないんだなあと思った次第です」
「そうね、魔女は長生き、魔法を使う、そのくらいの違いよ。おねーさまのように人間に献身的だったり、”曲解の魔女”みたいに人間嫌いだったり。個人差、性格よ性格」
魔法という超常の力を使う魔女たち。しかし、そこを抜かせば、人間と殆ど違いがない。
何も知らずに、思い込みで相手を見てしまうことの恐ろしさは、レオンにも判っているつもりだ。
「ロッティは凄いですね。まだ小さいのに知識も豊富で行動力もある。何より分け隔てなく優しい」
「一応、おねーさまは900歳ね。あとあのナマイキなヒヨコは800歳よ」
「……見た目と実年齢が、どうしても噛み合わないというか。あなたは300歳でしたね…。でも目に映る姿の年相応に見えてしまいます、3人とも」
人間としての常識が邪魔をして、レオンは軽い眩暈を覚えた。そんなレオンに不満を覚え、モンクリーフは目を細める。
「ちょっとー、私が子供っぽいっていうの?」
「ロッティと一緒に居る時は特に」
レオンはそんなモンクリーフにクスッと笑う。モンクリーフはぷくーっと頬を膨らませた。
「まあ、おねーさまはアタシにとって姉、母親、そんな感じかもしれない」
「母親、ですか?」
「例えね。でもタブン、そうなんだと思う」
モンクリーフはジッと夜空を見つめ、昔の記憶に思いをはせた。
(アタシはメルボーン王国内の森に”発生”した魔女。
固有魔法は”あらゆる
アタシは魔法で短剣を作り出して、短剣に
アタシはそれが面白くて楽しかった。正直それ以外のことはどうでもよくって。そこへ『魔女の回覧板』に使う水晶を届けにおねーさまが現れた。アタシにとって、初めて他の魔女に出会った瞬間よ。その時のおねーさまは、30歳くらいの外見をしていたわね。
攻撃するしか興味のないアタシに、おねーさまは『癒しの森』に連れてって、色々なことを教えてくれた。
人間社会と魔女の関係、仕組み、1人で生きていくための知識。他にも魔女として固有魔法以外にも使える魔法の数々。
おねーさまは厳しくて優しくて、そしてあったかかった。小言も説教も、全部アタシのためを思ってのこと。新しいことを覚えたり出来たりすると褒めてくれるし、悪戯したり悪さすると本気で叱ってくれた。…あのヒヨコもね!)
「おねーさまは世界一優しくて、素敵な魔女よ」
「そうですね。私もそう思います」
否定しようがない事実。そうレオンは口元をほころばせる。そして表情を引き締めた。
「私はグローヴァー男爵家に養子に入った平民出身者です。国王陛下と姫様は私に信頼を寄せてくださり、騎士団長としての地位も確固たるものにしてくださった。なのに私は姫様をお守りできず、国王陛下にもご心労をおかけしている。いまだに『フェニックスの羽根』も探し出せず、このようなところで無為な時間を過ごして歯噛みするしかない」
レオンの言葉にモンクリーフは渋面になった。今回の原因を作った身だから言い訳出来ない。
「深い恩義があるのです。言葉で言い尽くせない程の。だから早く姫様をお救いして差し上げたい。それが出来るのはロッティだけだ。だから彼女を急かしてしまう。早く姫様をお救いしてほしいと。
メイブ殿にも急かせるなと釘を刺されているが、私は自分の気持ちがコントロール出来ていないのだ。未熟故に…」
「何度でも言うけど、急かせてどうにかなるなら、おねーさまはとっくに解決してる。みんな気持ちは同じなの。レオン卿、あなた以上におねーさまは相当我慢して事に当たっているわ」
「我慢?」
「あ…」
モンクリーフは慌てて口を塞ぐ。
「何を我慢しているのです?」
「いや、それは、えっと…」
(口が滑り台したっ)
モンクリーフは焦り、そして話題をすり替える。
「おねーさまはレオン卿に一目惚れしているわ!」
身を乗り出したレオンの表情が固まった。一瞬場が静まり返る。そして少し頬を赤らめ、
「なんとなく、気付いていました」
「えっ」
今度はモンクリーフが固まった。
「あれだけ素直に態度に出されると、さすがに…」
視線を泳がせながら、照れ隠しに頬をポリポリと掻く。
本当に素直で、あまりにも判り易い態度だった。あれでは気付かないほうがどうかしているレベル。
「ロッティの気持ちはくすぐったくてありがたいのですが、私には分不相応に思う。私はロッティに相応しくありません」
(魔女の存在に対して、懐疑的なことを思ってしまった…)
「それは、おねーさまが魔女だから?900歳の生きた化石だから?」
「…生きた化石…?」
急に真顔になったモンクリーフにたじろぐ。
「魔女が人間に恋しちゃおかしい?」
「いえ、そんなことありません」
「じゃあ、おねーさまの初恋にちゃんと向き合ってよ!おねーさまは真面目なんだから!」
「”霊剣の魔女”殿…」
モンクリーフは立ち上がると、ビシっとレオンに人差し指を突き付ける。
「と、とにかく!おねーさまの真剣な想いを、相応しくないとか逃げ口上でスルーしないでね!」
ムキになって言い放つと、ドスドスと足音を立ててモンクリーフは去っていった。
モンクリーフの去っていった方を見つめ、彼女が言いかけた言葉を思い出す。
「あなたはどんな我慢をしているのだろうか…」