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23話:メイブ誕生秘話

 シンッ、と静まり返る。

 急に食堂の喧騒が、みんなの耳を突いてきた。


「…それってなんか、唐突にそう思っちゃうんだ?」


 戸惑ったような表情を浮かべフィンリーは訊く。


「2000年近く生きた”微笑みの魔女”エリアーヌ・バリエという魔女がいたんだけど、ある日突然「もういいわ」って一言呟いた後、跡形もなく消え去ってしまったの。つい最近の話よ」

「あー!それ知ってる!『魔女の回覧板』に出てた」


 思わず腰を浮かせてモンクリーフは勢い込んだ。


「居合わせたのが”壮麗の魔女”ブランディーヌ・ケクランだったんだけど、生きていくことをもう止めたいと思った瞬間、ああなるんですって」

「アタシはまだ全然消えたくないわあ…」

「あんたはまだ300歳だもんね」

「そうよ、一番若いもん!」


 握り拳をして明後日の方向へ気合を入れるモンクリーフに、ロッティは愉快そうに笑った。


「ロッティは、その、大丈夫ですか…?」


 心配そうに言うレオンに、ロッティは大きく頷く。


「私は今8回目の人生を生きていて、あなたたちに出会った。『フェニックスの羽根』を探して、チェルシー王女を助けようと旅をしている。

 不謹慎だけど、退屈はしてないわね」



* * *



 大食堂での夕食が終わると、各々解散となった。

 フィンリーはメイブを星空を眺めながらの散歩に誘ったが、「ご主人様に失礼な質問をしたからダメなのです!」と応じてもらえなかった。それで一人寂しく桟橋に座って夜空を眺めている。


「はあ…、メイブたんがいないとつまらん」


 煙のように長いため息が、虚しく波音に飲み込まれていく。


「あら、ここにもいない。ねえフィンリー、メイブどこか知らない?」


 辺りを見回しながらロッティが歩いてきた。


「メイブたんなら、俺のデートの誘いを断って、どっか飛んでっちゃった」

「あらまあ」


 苦笑しながら、ロッティはフィンリーの隣に座った。

 2人は暫く無言で夜空を見上げていた。月明りを弾いて煌めくスパンコールのような星々。互いを牽制し合いながら、濃紺色のビロードの上で輝きを強め合っていた。

 時折光の尾を引きながら、小さな星が流れていく。


「ロッティちゃん、今日はもう無礼講ってことで、訊いちゃってもイイ?」


 沈黙を破って、フィンリーはいつもの陽気な口調で切り出す。

 それに対し、ロッティは「やれやれ」といった表情かおで頷いた。色々訊きたそうにしているオーラが、発散しまくっていることに気づいていたからだ。


「どうしてメイブたんは話すことが出来ないの? ロッティちゃんが作った使い魔なんだよね?話せるように作ったら、意思疎通が便利だったろうに。メイブたん、言葉が通じないことをすごく悲しんでたんだ」


 ロッティは海を見つめたまま、ちょっと困ったように笑った。


「さすが、未来の旦那様候補は容赦がナイなあ…。そうね、話しちゃってもいっか。メイブと言葉かわせるんだし」


 脚を抱えると、膝の上に顎をのせ、ロッティは小さく息をついた。脳裏に昔の光景がフラッシュバックされていく。


「メイブはね、素体にしたのは鳥の卵なの。『癒しの森』に作られた巣の中に放置されていた、命の火が消えかかった卵」

「それ…育児放棄?」


 ロッティは悲し気に頷いた。

 小枝や藁で組まれた小さな巣の中に、たった一つ取り残されていた小さな卵。


「そうだね。温めることを止めた親鳥に見捨てられた、小さな小さないのち

 森がね、消えかかっている命があるから、助けてあげてって訴えてきたの。見に行くと、陽も差さない葉っぱの中に埋もれた巣の中に、取り残されていた卵。温めても手遅れの状態だった」


 命の火が消えかかっていた卵は、酷薄な様相を呈していた。薄っすらと青みを帯びていて、それが卵の状態を表しているかのように。

 卵を掌に掬い上げたとき、心に冷や水を浴びせられたほどの衝撃を受けた。温度は殆どなく、鼓動すら風前の灯火。

 なんとしても、いのちを救わなければと決意した。


「救うためには使い魔として誕生させるしかなかったの。いくら癒しの魔法とはいえ、魔法を受け止めるには、卵の中身はあまりにも弱弱しくなっていて。逆にトドメの一撃になってしまうくらいに。

 消えかかった命を核にして、使い魔として作り変えた。そうしてメイブは生まれたの。でもね、生まれたメイブは話せなかった。ちゃんと人語を理解できているのに、「ぴよぴよ」って鳴くだけで。使い魔なら生まれた瞬間喋るものだけど、メイブはそれからずっと今に至るまで「ぴよぴよ」なの」


 最初の数年は、必死にメイブに人語を教えた。メイブはそれに応えようと頑張って学んだ。しかし「ぴよぴよ」しか話せなかった。

 教え込むたびにメイブの心が悲鳴を上げてしまって、無理強いは出来なかった。


「ま、まさか…作るの、し、失敗したとか?」

「ナイわ!」


 ドンッと桟橋の板を拳で叩き、ロッティはお怒りの形相をフィンリーに向ける。


「すんませんっ!」


 フィンリーはビビって仰け反った。


「それにね、メイブの身体は成長しないの。本当なら誕生して1年くらいで成鳥になるはずなのに、800年もあの姿よ」

「ホントに800歳だったのか…」

「ふふり」


 冗談半分で聞いていた年齢が、実は本当に800歳だと判ってフィンリーは絶句する。


「「ぴよぴよ」の原因は判ってる。メイブはね、生まれながらに心に深い深い傷を負っているの。私でも癒してあげられない程の傷。人間に失語症ってあるでしょ、メイブもそうなんだよ。「ぴよぴよ」は鳴けるけどね。人語を喋れないのはそのせいなの」

「メイブたん…」


 フィンリーはうるっときて涙を浮かべた。


(あんなに明るく振舞っているのに、本当は心が傷ついているなんて)


「親鳥に捨てられたことを、卵だった頃のメイブは理解していたの。命の火が小さくなっていく中、とてもとても悲しかったんだと思う。だからね、メイブは人の悲しみや辛い気持ちが判るの。

 心が泣き声を上げていたり、痛がっていることも判っちゃう。傷つかないように、悲しくないように、癒してあげよう、癒してあげたいって常に思っているの。だからメイブは心を癒せる魔法が使えるのよ」


 目には見えない心の痛みを理解できる優しい心。

 言葉には出来ない苦しみや悲しみを見通せる真っ直ぐな瞳。

 相手を受け入れて包み込める度量の深さ。


「メイブたん、なんてイイ子なんだああああ」


 フィンリーは顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。まるで小さな子供のようだと、ロッティは口の端を引きつらせる。昨夜泣いていたメイブを思い出し、微かに哀愁が目元を過った。

 あまりにもガン泣きするので、その広い背中をトントンっと優しく叩いてやった。


「フィンリーは人間にしては珍しく、メイブの言ってることが判ってるみたいね?」

「うん、不思議だよね。初めて会ったときから「ぴよぴよ」言ってる鳥語と、可愛い女の子声で話す人語の2つが耳に聞こえてきたんだ」

「へえ…凄いね。私は800年も一緒に居るのに、全然聞こえてこないわ…」


 夜の闇よりも深く落ち込む。


「でも、気持ちは通じ合ってるじゃない」

「まあ…ね」


(メイブの心の問題もあるけど、私自身に、メイブの声が聴きとれない問題があるのかなあ。人間のフィンリーに聴き取れて、私はダメとかちょっと納得いかないというか…。現にグリゼルダ様はメイブの言葉を理解しているもんね…結構ショックだわ)


 フィンリーが現れるまで、メイブと言葉をかわせないことに、なるべく目を向けないできていた。心で通じ合っているから大丈夫だと。いつかは話せるようになる、そう思っていた。しかし、会話をしているメイブとフィンリーを見ていると、心に不安と寂しさが湧いてしまうのだ。


「はあ、チェエルシー王女を助けたら、次はフィンリーを研究しようかな。メイブと言葉がかわせるその謎を」

「えー?メイブたんと一緒にいられるなら喜んで!」


 夜空の元、白い歯がくっきりと光る。それを見たロッティはよく判らない虚脱感に、膝に顔を撃沈させた。

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