グリゼルダがコテージタイプの宿を2軒借りてくれて、ロッティたちはありがたく使わせてもらうことになった。
断れば、何をされるか判らない。
「グリゼルダちゃんは?」
夕食を食べに宿の大食堂にきて、フィンリーはきょろきょろと見渡す。賑わう客たちの中には居なかった。
「もう、ご自分のお城へ帰ったわよ」
「ありゃ、一緒にご飯食べたかったのになあ」
席に着いたフィンリーは、残念そうに肩を落とす。
「色々と面白い話が聞けそうだったのにな」
「そうよね。アタシも訊きたいこといっぱいあったのに。
それにしてもビックリしたわよ。まさかこんなところで、グリゼルダ様にお会いするなんて。さすがの威厳と風格が滲みまくっていたわ」
モンクリーフは両肘をテーブルについて、両手を顎の下で組む。
残念そうな2人の顔を見て、ロッティは苦笑した。
「神出鬼没なの。色んな所に現れるわ。メイブとも仲良しなのよね。まあ正確にはグリゼルダ様の使い魔の方と、だけど」
「ぴよ~」
「それはどんな使い魔なのですか?」
運ばれてきた皿を店員から受け取り、テーブルに置きながらレオンが訊ねる。
「昨日行ったレッドホット火山くらいある、大きい身体のドラゴンよ」
「ええっ!」
ドラゴンは絵画に描かれたものしかレオンは知らなかった。
翼の生えたトカゲにも似た容姿を持つ、伝説上の怪物。
見た目が儚げなあのグリゼルダが、そんな怪物を従えている姿など想像出来ない。しかも火山並みの大きさだ。
「ちなみに、ドラゴンも魔女の生み出した魔法生物。フェニックスと同じね。生みの親は当然グリゼルダ様だから、すっごーく最強よ」
「そ…それは…想像を絶します」
レオンは途方もない世界に天を仰ぐ。もはや人間の感覚では持て余すレベルだ。
「ぴよぴよぴよぴよ」
訳:[カイザーしゃんと言って、滅茶苦茶のんびりドラゴンさんなのです]
「ほうほう」
メイブはフィンリーの席のテーブルに座り込み、”カイザーしゃん”について説明する。
「ぴよぴよぴよぴよ」
訳:[まるでプラチナのような白銀色の鱗を持っていて、グリゼルダ様のお城の地下にある、水晶の洞窟に住んでいるのです。ほとんど寝てばっかりなのですよ]
「そうなの~?じゃあ、俺のライバルには程遠いな!」
「ぴよ?」
メイブの口調だと、仲は良くても心配するほどではない、とフィンリーは確信して勝手に納得してしまった。
そんなフィンリーのドヤ顔を見上げ、メイブは小さく頭を傾げた。
「今回の件が片付いたら、カイザーの健診へ行かないと。その時はメイブも一緒に行きましょうね」
「ぴよ!」
訳:[やったのです!]
「ロッティちゃん、俺も一緒に連れてって!」
「な、なぜ…」
「メイブたんのカレシは俺だということを、カイザーしゃんに念押しするため!」
握り拳を掲げ、フィンリーは鼻息荒くきっぱりと言い切った。
「……容姿が良いだけに、なんだか残念ね、あなた」
ロッティの幼い顔に、薄い笑いが過っていった。
* * *
ロッティやレオンたちは、普段はあまり食べない南国風の甘辛い味付けの料理を、満腹になるまで満喫した。
デザートには色とりどりのフルーツとアイスが山盛りで、みんなでシェアしながら皿の中身を減らしていく。
「もう何もお腹に入らない!」となったところで、フィンリーがとんでもない質問を投げかけた。
「ロッティちゃんも、”霊剣の魔女”殿も、そしてあのグリゼルダちゃんも、魔女ってみんな見た目バラバラだけど、自分の好きな年齢で外見を止めてるの?」
ロッティとモンクリーフの目が点になり、気配を察して慌てたレオンが身を乗り出した。
「フィ、フィンリー失礼だぞ!」
「いやまあ、そうなんっすけどね。”霊剣の魔女”殿は数年前王城で見かけたときはもっと若かったし、ロッティちゃんなんて特に、10歳児で中身しっかりしすぎてるから気になっちゃって」
「ぴよぴよ!」
訳:[フィンリーしゃん!]
批難の声を上げるメイブに、フィンリーは「判ってます」とウインクする。
「あなたってたいがい恐れ知らずよね。まあいいわ、今更感あるしね」
ロッティはオレンジジュースを一口飲み、テーブルに肩肘をついた。
「私たち魔女は不死に近い長命なんだけどね、人間と同じように成長し、歳を重ね、寿命も同じくらいになるの。でも人間と違うのは、そこからまた赤子にまで戻るの。記憶とか力を持ったままね。そうして魔女たちは人生をまた『生き直す』の」
「赤子まで戻るって、ええっ!?」
「面白いでしょ。寿命がきたら、棺に籠ってまあ…大体1年くらい?肉体がぐちゃぐちゃになって再構築しながら巻き戻っていくのよ。実際その様子を見たら、かな~りホラーよ」
脳内で可能な限り
「メ…メイブたんは、見たことある?その様子」
恐る恐る訊いてみると、”にたぁ”と不気味な
「なんだってそんな、ぐちゃぐちゃになってまで赤子に戻って『生き直す』んだい?好きな年齢で外見を止めときゃいいのに。だって面倒だろ?」
「短命な人間なら、そう考えるよね」
オレンジジュースを見つめながら、ロッティは目を細める。
「魔女も人間も、最大の最悪って何だと思う?」
突如質問を投げられて、フィンリーとレオンは顔を見合わせ首をかしげる。
「貧乏暇なし!」
「死ぬこと、ですか?」
「お互い性格が滲み出るような解答ね」
思わずロッティは声を立てて笑った。
「まあ、どっちもそうね。最大の最悪はね、『退屈すること』よ。退屈は魔女も人間も殺せるの」
「ぴよ…」
心配そうに鳴くメイブに、安心させるようにロッティはにっこりと笑む。
「私たち魔女は生き物で言う”死”が存在しない。魔女にとっての”死”とは、”消滅”することよ。
魔女は突然”発生”する。”発生”当初はね、少女の姿をしているの。今のモンクリーフくらいかな。そして本来は”発生”したときのままの姿で”消滅”するまで生き続ける。
でもね、変化がないっていうのは、最大級の退屈を呼び寄せる。長い時間を生きる中で、変化が起こらないと魔女は退屈に滅ぼされてしまうわ。人間だって退屈にはかなわないでしょう?」
ちょっと考え、フィンリーは「そうだね、うんうん」と頷いた。
「確かに、退屈は苦手」
「そう思います」
「だからね、魔女は人間のように成長し、年を取り、寿命を迎えて、そして赤子からまた『生き直す』という選択をしたの。グリゼルダ様のように”発生”時から姿を変えない魔女もいるけど、大体の魔女は変化を選んでいるわね」
「アタシも変化を選んでる。今3回目の人生よ」
モンクリーフはにっこり笑った。
「赤子からまた新しい人生を歩むの。その時々で、出会う人も違うし、国も何もまた目新しくなっている。ほんの些細なことだけど、ちょっとの変化でも全然感じ方が違うわ。そうやって長い時間を生きていくの」
「じゃあさ、魔女はいつ”消滅”?しちゃうの?」
煤けた天井を見上げ、ロッティは淡々とした
「生きることに”もういいや”って思ったときかな」