目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
22話:魔女の秘密

 グリゼルダがコテージタイプの宿を2軒借りてくれて、ロッティたちはありがたく使わせてもらうことになった。

 断れば、何をされるか判らない。


「グリゼルダちゃんは?」


 夕食を食べに宿の大食堂にきて、フィンリーはきょろきょろと見渡す。賑わう客たちの中には居なかった。


「もう、ご自分のお城へ帰ったわよ」

「ありゃ、一緒にご飯食べたかったのになあ」


 席に着いたフィンリーは、残念そうに肩を落とす。


「色々と面白い話が聞けそうだったのにな」

「そうよね。アタシも訊きたいこといっぱいあったのに。

 それにしてもビックリしたわよ。まさかこんなところで、グリゼルダ様にお会いするなんて。さすがの威厳と風格が滲みまくっていたわ」


 モンクリーフは両肘をテーブルについて、両手を顎の下で組む。

 残念そうな2人の顔を見て、ロッティは苦笑した。


「神出鬼没なの。色んな所に現れるわ。メイブとも仲良しなのよね。まあ正確にはグリゼルダ様の使い魔の方と、だけど」

「ぴよ~」

「それはどんな使い魔なのですか?」


 運ばれてきた皿を店員から受け取り、テーブルに置きながらレオンが訊ねる。


「昨日行ったレッドホット火山くらいある、大きい身体のドラゴンよ」

「ええっ!」


 ドラゴンは絵画に描かれたものしかレオンは知らなかった。

 翼の生えたトカゲにも似た容姿を持つ、伝説上の怪物。

 見た目が儚げなあのグリゼルダが、そんな怪物を従えている姿など想像出来ない。しかも火山並みの大きさだ。


「ちなみに、ドラゴンも魔女の生み出した魔法生物。フェニックスと同じね。生みの親は当然グリゼルダ様だから、すっごーく最強よ」

「そ…それは…想像を絶します」


 レオンは途方もない世界に天を仰ぐ。もはや人間の感覚では持て余すレベルだ。


「ぴよぴよぴよぴよ」

訳:[カイザーしゃんと言って、滅茶苦茶のんびりドラゴンさんなのです]

「ほうほう」


 メイブはフィンリーの席のテーブルに座り込み、”カイザーしゃん”について説明する。


「ぴよぴよぴよぴよ」

訳:[まるでプラチナのような白銀色の鱗を持っていて、グリゼルダ様のお城の地下にある、水晶の洞窟に住んでいるのです。ほとんど寝てばっかりなのですよ]

「そうなの~?じゃあ、俺のライバルには程遠いな!」

「ぴよ?」


 メイブの口調だと、仲は良くても心配するほどではない、とフィンリーは確信して勝手に納得してしまった。

 そんなフィンリーのドヤ顔を見上げ、メイブは小さく頭を傾げた。


「今回の件が片付いたら、カイザーの健診へ行かないと。その時はメイブも一緒に行きましょうね」

「ぴよ!」

訳:[やったのです!]

「ロッティちゃん、俺も一緒に連れてって!」

「な、なぜ…」

「メイブたんのカレシは俺だということを、カイザーしゃんに念押しするため!」


 握り拳を掲げ、フィンリーは鼻息荒くきっぱりと言い切った。


「……容姿が良いだけに、なんだか残念ね、あなた」


 ロッティの幼い顔に、薄い笑いが過っていった。



* * *



 ロッティやレオンたちは、普段はあまり食べない南国風の甘辛い味付けの料理を、満腹になるまで満喫した。

 デザートには色とりどりのフルーツとアイスが山盛りで、みんなでシェアしながら皿の中身を減らしていく。

「もう何もお腹に入らない!」となったところで、フィンリーがとんでもない質問を投げかけた。


「ロッティちゃんも、”霊剣の魔女”殿も、そしてあのグリゼルダちゃんも、魔女ってみんな見た目バラバラだけど、自分の好きな年齢で外見を止めてるの?」


 ロッティとモンクリーフの目が点になり、気配を察して慌てたレオンが身を乗り出した。


「フィ、フィンリー失礼だぞ!」

「いやまあ、そうなんっすけどね。”霊剣の魔女”殿は数年前王城で見かけたときはもっと若かったし、ロッティちゃんなんて特に、10歳児で中身しっかりしすぎてるから気になっちゃって」

「ぴよぴよ!」

訳:[フィンリーしゃん!]


 批難の声を上げるメイブに、フィンリーは「判ってます」とウインクする。


「あなたってたいがい恐れ知らずよね。まあいいわ、今更感あるしね」


 ロッティはオレンジジュースを一口飲み、テーブルに肩肘をついた。


「私たち魔女は不死に近い長命なんだけどね、人間と同じように成長し、歳を重ね、寿命も同じくらいになるの。でも人間と違うのは、そこからまた赤子にまで戻るの。記憶とか力を持ったままね。そうして魔女たちは人生をまた『生き直す』の」

「赤子まで戻るって、ええっ!?」

「面白いでしょ。寿命がきたら、棺に籠ってまあ…大体1年くらい?肉体がぐちゃぐちゃになって再構築しながら巻き戻っていくのよ。実際その様子を見たら、かな~りホラーよ」


 脳内で可能な限り想像イメージして、フィンリーはゾゾーっとそそけだった。激しいスプラッタだ。


「メ…メイブたんは、見たことある?その様子」


 恐る恐る訊いてみると、”にたぁ”と不気味な表情かおを向けられた。


「なんだってそんな、ぐちゃぐちゃになってまで赤子に戻って『生き直す』んだい?好きな年齢で外見を止めときゃいいのに。だって面倒だろ?」

「短命な人間なら、そう考えるよね」


 オレンジジュースを見つめながら、ロッティは目を細める。


「魔女も人間も、最大の最悪って何だと思う?」


 突如質問を投げられて、フィンリーとレオンは顔を見合わせ首をかしげる。


「貧乏暇なし!」

「死ぬこと、ですか?」

「お互い性格が滲み出るような解答ね」


 思わずロッティは声を立てて笑った。


「まあ、どっちもそうね。最大の最悪はね、『退屈すること』よ。退屈は魔女も人間も殺せるの」

「ぴよ…」


 心配そうに鳴くメイブに、安心させるようにロッティはにっこりと笑む。


「私たち魔女は生き物で言う”死”が存在しない。魔女にとっての”死”とは、”消滅”することよ。

 魔女は突然”発生”する。”発生”当初はね、少女の姿をしているの。今のモンクリーフくらいかな。そして本来は”発生”したときのままの姿で”消滅”するまで生き続ける。

 でもね、変化がないっていうのは、最大級の退屈を呼び寄せる。長い時間を生きる中で、変化が起こらないと魔女は退屈に滅ぼされてしまうわ。人間だって退屈にはかなわないでしょう?」


 ちょっと考え、フィンリーは「そうだね、うんうん」と頷いた。


「確かに、退屈は苦手」

「そう思います」

「だからね、魔女は人間のように成長し、年を取り、寿命を迎えて、そして赤子からまた『生き直す』という選択をしたの。グリゼルダ様のように”発生”時から姿を変えない魔女もいるけど、大体の魔女は変化を選んでいるわね」

「アタシも変化を選んでる。今3回目の人生よ」


 モンクリーフはにっこり笑った。


「赤子からまた新しい人生を歩むの。その時々で、出会う人も違うし、国も何もまた目新しくなっている。ほんの些細なことだけど、ちょっとの変化でも全然感じ方が違うわ。そうやって長い時間を生きていくの」

「じゃあさ、魔女はいつ”消滅”?しちゃうの?」


 煤けた天井を見上げ、ロッティは淡々とした表情かおになる。


「生きることに”もういいや”って思ったときかな」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?