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21話:グリゼルダの正体

 蚊帳の外状態に置かれていたレオンは、魔女たちの会話を見守りつつ、『フェニックスの羽根』がどうなるのか不安を募らせていた。


(急げば見つかるものじゃないことは判っているつもりだが、姫様のことを思うと気が急いてしまう。心にゆとりも持てないし、落ち着かない…)


 出発前にチェルシー王女の様子を伺いに行った。

 顔色は相変わらず芳しくなかったが、呼吸も落ち着いていてぐっすり眠っていた。

 『癒しの森』の効果でふた月は延命されたらしいが、一分一秒でも早く『魔女の呪い』から解放してあげたかった。


(元々は”霊剣の魔女”殿の悪戯から端を発し、このような事態を引き起こしてしまった。そして今はロッティに全てを頼らざるを得ない。我々人間は、超常の力を持つ魔女たちに振り回されている…。

 そもそも魔女たちが居なければこんなことには)


 そこまで胸中で呟き、レオンは慌ててかぶりを振った。


(いかん…私はなんてことを考えているのだ!情けない…くそっ)


 チェルシー王女もレオンたちも、2人の魔女の迷惑行為が原因で酷い目に遭っている。そして無力で何もできない自分たちに、無償で救いの手を差し伸べてくれているのも魔女だ。

 少なくともロッティに対しては、心から感謝しなくてはならない。

 フィンリーにメイブからのメッセージを伝えられた。ロッティを急かしてはならない、信じろと。そうして念押しされても尚、早くしなければと急く心を抑えられない。それなのに、自分にはチェルシー王女を救う手立てがないのだ。


(何もできない私は、本当に情けないな…)



* * *



 肩の上に戻ってきたメイブに、フィンリーはちょっと拗ねた表情かおで声を顰める。


「メイブたん、このレディは一体どんな魔女さんなの?」

「ぴよぴよぴよぴよ」

訳:[”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリング様。一番最初に”発生”した魔女の始祖なのですよ]

「”発生”?”誕生”じゃなく?」


 不思議そうに眉間に皺を刻んだフィンリーに、メイブはピコンと気が付いた。


「ぴよぴよ、ぴよぴよ」

訳:[魔女という存在は、人間のように生まれてくるのではなく、ある時そこ・・に突然”発生”するのです]

「ほ…ほう…」


 なんだかよく判らない、と顔に書いてフィンリーは唸る。


「ぴよぴよぴよよ」

訳:[例えば、何もないところに突如出現しているキノコみたいなものです]


 メイブは努めて判り易く言ったつもりだったが、


「メイブ、魔女をキノコにたとえないでくれるかしら?」


 グリゼルダがじろりとメイブを睨んだ。


「ぴよおおおおおおお!」

訳:[すみませんなのですグリゼルダ様っ!]


 メイブは飛び跳ねてフィンリーの背中に隠れた。


「人間には想像しにくいでしょう。本当に魔女は突然この世界に現れるの。それを私たちは”発生”すると言っているわ。そう表現するのが正しいと思うし」


 隠れてしまったメイブに代わり、グリゼルダが説明を引き継ぐ。


「この世界に人間が誕生したのと同じに、私も”発生”したの。人間と違って魔女は私だけしかいなかったから、とても寂しかった。でも、次々と魔女たちが”発生”し始めて、魔女人口もちょっとずつ増えた。けっして多いとは言えないけど、魔女は世界の中に溶け込んでいるわ」

「なるほど。人間の誕生と同じ…あなたは一体どんくらい前に”発生”されたんですか?」


 率直なフィンリーの直球を、グリゼルダは冷たい視線で受け取る。


「レディに年齢を訊いては失礼なのよ」

「すんません!」

「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよ!!」

訳:[フィンリーしゃんの恐れ知らずおバカバカバカなのですよ!!]

「いてててっ」


 荒ぶるメイブの嘴ツクツク攻撃を後頭部に受けて、フィンリーは飛び上がった。

 2人を見つめながら、グリゼルダは妖艶に微笑んだ。


「それにしてもロッティ、あなたはいつも人間たちのために走り回っているのね。過労”消滅”したりしないか、本当に心配だわ」

「か…過労”消滅”なんてあるんですかグリゼルダ様…」


 怪訝そうに顔をしかめるロッティに、グリゼルダは困ったように上目遣いになる。


「さあ。魔女は過労するほど労働なんてしないものよ。過労の可能性があるのは、人間相手に労働に励むロッティだけね」

「そんな、過労するほど働いてませんよ」

「そうかしら。なんだか疲れているように見えてよ。あなたは”発生”したときから、使命感に燃えているような子だったし。働き過ぎは良くないわ」


 懐かしそうに笑むグリゼルダに、ロッティはしょげたように肩をすくめた。


「”原初の大魔女”様は、おねーさまの”発生”当初をご存知なんですか?」

「ええ、もちろん。私が『魔女の回覧板』の水晶を届けに行ったのよ」

「うわあ」


 モンクリーフは感動したように目を輝かせる。


「『癒しの森』が望んで”発生”させた稀有な魔女。癒しの魔法をあますことなく使いこなす才能と実力。『癒しの森』に愛されている魔女。存在意義が尊い子。長い歴史のある魔女の中で、ロッティのような貴重な魔女は滅多にいないのよ」

「凄いわ、おねーさま!」

「ぴよぴよお!」

訳:[さすがご主人様なのです!]


 誇らしげに喜ぶモンクリーフとメイブに、ロッティは薄笑いを向ける。


「そんなに持ち上げても、何も出ませんよ、グリゼルダ様」

「あなたの働きがあるから、人間社会における魔女への偏見もあまりナイのも事実。いつもありがとう、ロッティ」

「あんまり褒められると恥ずかしいです」


 白い砂粒を見つめ、ロッティは苦笑った。


「ぴよぴよぴよ♪」

訳:[ご主人様、照れ照れしております♪]



* * *



 1時間ほどで精霊たちは戻ってきた。


「そう、なかったのね。ご苦労様」


 ふよふよと宙に浮く空気の精霊が代表で、グリゼルダに報告をした。

 報告を終えた精霊たちは静かに、そして素早く姿を消した。同時に精霊召喚用魔法陣も砂に溶けるように消えた。

 跪いていたロッティは立ち上がると、神妙な表情かおで腕を組む。


「ブルーリーフ島もハズレかあ…。フェニックスの状況を考えると、結構厳しいわね」

「情報はあと、どこだったかしら?」


 グリゼルダはロッティを見上げる。


「砂漠の国ムーンサンドに、フェニックスの目撃情報があるということです」

「そう」


 ちょっと考え込む風なグリゼルダの顔を見て、ロッティは確信にも似た考えが頭をよぎっていた。


(おそらくムーンサンドにもナイかもしれない。狭間へ逃げたフェニックスの抜け落ちた羽根がこちらの世界に流れてくる保証はないし、あったとしてもドコに落ちるかも不明。スピオンに再度調査させるしかないかしら)


「せっかくだし、2,3日島でゆっくりしていったら?ロッティは働きすぎだもの」

「ぴよ!」

訳:[そうなのです!]

「ほら、メイブも心配しているわ」


 フィンリーの肩にとまるメイブを見て、ロッティは小さく微笑む。


「そうですね…」


 呟きながら、ちらっとレオンを見る。

 口には出さないが、レオンは表情に出易いのだろう。焦りが満面を覆っていて、すぐにでもムーンサンドへ行きたがっているようだ。

 ロッティは休憩することを辞退しようと考えた。しかし、


「少しゆっくりしましょう、ロッティ」


 そうレオンが言って、ロッティは内心驚いた。


「オレもサンセー!」


 笑顔でフィンリーも同意する。それを見て、ロッティは頷いた。


「うん、判った」

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