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20話:フェニックスの行方

 真っ青な空に吸い込まれていくロッティの絶叫。その場にいた全員が思わず耳を塞いでしまうほどの声量だ。


「そっ、そんな処をどうやって探せばいいんですか!」


 砂浜を小さな拳で勢いよく叩き、グリゼルダに吠える。


「お、おねーさま…」

「いくら私たち魔女でも、さすがに無理よね」


 ロッティの剣幕も意に介さないほど、グリゼルダは落ち着き払っていた。むしろこの状況を愉しんでいる表情かおだ。

 モンクリーフはいつもの図々しい態度が、鳴りを潜めるほど恐縮していた。


「まあまあ、落ち着いてロッティ」


 グリゼルダはソファに深く座り直し、肘掛けにもたれた。


「初期の魔女たちは自分の能力ちからを試すように、様々な生物を生み出したの。その過程で生まれたのがフェニックス。

 誰が作ったのかもう忘れてしまったけど、生まれた当初はこの世界を自由に飛び回っていたわ。数も多くね。

 ところがフェニックスの美しい姿に目を付けて、捕まえようとする人間たちが後を絶たなくなった。フェニックスは炎を纏って光り輝いていたから、とても珍しい見た目だものね。それに、人間たちは気付いていなかったけど、フェニックスは”不死”と”再生”の象徴でもあった。羽根にその力が宿っていることが判れば、乱獲はもっと酷かったでしょう。

 人間に追いかけまわされてフェニックスは逃げ続け、ついにはこの世界に逃げ場がなくなって、そして狭間へ逃れてしまったのよ」


 切なげにため息をつき、グリゼルダはエメラルドグリーンの海に視線を向ける。


「檻に閉じ込め、見世物にし、羽根を毟り取って売りに出す。欲深で野蛮、意地汚い人間の餌食になったフェニックス。狭間に逃げてくれて、心から安堵したものよ」

「では、羽根も狭間に…」


 砂を凝視しながら、ロッティは歯ぎしりした。


(『フェニックスの羽根』を得られなければ、王女は救えない。王女どころか…)


 昂ぶる気持ちを抑えるために、ロッティは息を吐きだす。腹の底に燻りかけた熱が弱まった。


「羽根が抜け落ちれば、狭間の壁を通り抜けて、稀にこちらの世界に落ちることもある。だからドコを探せばいいかは、曖昧で難しいわ」

「じゃあ、羽根を得る望みがナイわけじゃないんですね?」

「ええ」

「なら、しらみつぶしに探すしかないわけか…」


 この世界、アルスキールスキン大陸を隅々まで。

 そこまで思ってロッティは項垂れる。


「現実的じゃないわ…」


 すぐガックリと肩を落とした。

 一喜一憂するロッティをジッと見つめ、グリゼルダは眉を顰める。


「ロッティ、あなた何やら魔力を溜めているようね。左目に物凄い魔力量を感じるわ。それに魔力の循環も偏ってる。そしてモンクリーフは随分魔力が減っているわね、一体どんな事態なの?」

「はあ、実は…」


 頭がぐるぐるしだしたロッティに代わり、モンクリーフが仔細を説明する。


「あらあら、”曲解の魔女”が人間の王女に『魔女の呪い』を使ったの?しょうのない子ねえ。『魔女の呪い』はロッティにしか解けないから、それで補助に『フェニックスの羽根』が必要なのね」

「はい」


 目を細め、グリゼルダは少し考えるそぶりをする。そして己の髪の毛を一本抜き取った。

 金糸のような髪の毛は、光を放ちながら一本の杖に姿を変える。

 ロッティやモンクリーフが使うタクトのような杖とは違い、黄金に輝く長い杖だ。


「魔女と人間は共存するもの。魔女は怖ろしい存在だと人間に思われたら、いずれ共存できなくなってしまう」


 淡々と語るグリゼルダの顔から感情が消えた。


「フェニックスは人間を攻撃して倒すだけの力が備わっていたのに、それを使わなかった。そしてフェニックスが下した選択は、この世界から消えること。私たち魔女が同じ選択を迫られるのはご免被るわ」


 グリゼルダは脚を組んで水平線を見つめる。


「いいでしょう、ここでの『フェニックスの羽根』探しを手伝ってあげましょう。普段、人間たちと親交を温めているロッティの為だもの」


 ロッティは顔を上げ、そして頭を下げた。


「ありがとうございます、グリゼルダ様!」


 グリゼルダは黄金の杖の先で、砂浜を軽く叩く。すると、ロッティたちも取り込むほどの大きな魔法陣が光りながら浮かび上がった。

 精霊召喚用の魔法陣だ。

 丸い小石、大粒の雫、ユラユラと空気が揺れる。膨大な数の精霊たちが、一瞬にしてグリゼルダの周囲に集結する。


「”原初の大魔女”グリゼルダ・バルリングが命じる。大地、海、空気の精霊たち、『フェニックスの羽根』がないか、この海域全ての場所を探してきなさい」


 辺りに満ちた精霊たちの気配が一瞬強まり、そして姿を消した。


「少し待っていてちょうだいね」


 再び穏やかな表情に戻ったグリゼルダが、ロッティににっこりと笑いかけた。


(あ…相変わらず光速発動に凄い魔力…)


 ロッティは胸中でボソっと呟いた。

 呪文と魔法陣を描く作業を、ワンタッチで同時発動するように黄金の杖に仕込んであるのだ。大がかりな魔法ほど手順をすっ飛ばして発動させることは難しい。それに、レッドホット火山で呼び出した精霊の数など、足元にも及ばない数を召喚していた。

 消費する魔力量だけでも途方もないレベルなのに、何事もなかったようにケロっとしている。それをやってのけてしまうあたり、魔女の始祖、”原初の大魔女”の通り名は伊達じゃなかった。


「ぴよぴよ」


 それまで口を挟まず成り行きを見守っていたメイブが、グリゼルダのソファの肘掛けに飛び移った。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[グリゼルダ様、カイザーしゃんはお元気ですか?]

「ええ、とても元気よ。ちょっと大きいから城に残してきているけど。また会いに来てやってね、喜ぶから」

「ぴよ~」


 笑顔のメイブに、グリゼルダもにっこり微笑む。

 その様子を見て、フィンリーは眉を顰めた。


(”カイザーしゃん”とは……ドコの男だ!)


 それが何者かは判らないが、”男”ということだけは、フィンリーの直感が確信している。


(ライバルになる”男”なのか?)


 謎の”カイザーしゃん”に嫉妬心をメラメラ燃え立たせるフィンリーだった。

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