目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
16話:お口チャックなのです!

 『癒しの森』へ戻ってきた一同はロッティの小屋へ入り、リビングで各々くつろいだ。そしてメイブが淹れてくれたハーブティーで一息つく。


「明日は、ブルーリーフ島とムーンサンド、どちらから行きますか?」


 ティーカップの中身を見つめながら、ロッティは「そうね…」と小さく首をかしげる。


「レッドホット火山の荒廃した光景を見た後だし、ブルーリーフ島の奇麗な景色で視覚的にリフレッシュしたいわね…」

「リフレッシュ…ですか?」


 何か不謹慎な単語を聞いたような表情かおになり、レオンは声を顰めた。それに気づいてロッティは苦笑する。


「リフレッシュは冗談よ、ごめん。モンクリーフの魔力を戻さなきゃいけないし、軽く休憩を挟みながら探したいの」

「ぴよぴよぴよ!」


 レオンの肩に乗って、メイブは必死に何かを訴えた。


「姫様のためにも急ぎたいけど、”霊剣の魔女”殿の魔力回復と、ロッティちゃんの魔力貯蓄のために、ちょっと探索ペースを落としたいって。そうメイブたんが」


 フィンリーが通訳してくれた。


「ぴよよ」

訳:[ありがとうなのです]

「どういたしまして」


 レオンはハッとなって俯いた。


「すみません、そこまで考えが至らず」

「気持ちは判るつもりだから気にしないで。ただ、私たち魔女も万能じゃないってこと。人間と同じように疲れるし、焦ってどうこうできるわけじゃないの。逸る気持ちは同じだけどね」

「はい」

「王女様は今は苦しみも和らいで、落ち着いて眠っているわ。長引かせるつもりはないけど、焦らなくて大丈夫。森も魔法生物ゴーレムたちもついているから」

「ぴよ」

訳:[そうなのですっ!]


 メイブはレオンの頬に小さく蹴りを見舞い、リビングを出て行った。



* * *



 台所に入ったメイブは、夕食の準備に取り掛かる。

 生活魔法を駆使し、竈に火を点し、鍋に水を入れて竈にかける。そして籠の中にたくさん入っている野菜をまな板の上に転がした。


「メイブたん、ご飯の用意?」

「ぴよぴよ」

訳:[そうですよ]


 左右の翼を指揮するように動かすと、包丁がじゃがいもの皮を剥き四つ切りにする。そして鍋の中に投下した。


「へええ…そうやって料理するんだあ。メイブたんホント器用だねえ」

「ぴよぴよぴよぴよ」

訳:[この程度、使い魔として朝飯前なのです]


 ふふんと胸を張って得意げなメイブは、次々と野菜を切って鍋に投下していった。

 生活魔法は魔女や使い魔が使える基本魔法の一つだ。調理器具や材料を操り、触れなくても料理を作ることができる。メイブのような小さな身体でも、生活魔法を駆使すれば片付けや掃除も同じように出来るのだ。


「よーし!俺も手伝うよ!」

「ぴ…ぴよ…」

訳:[大丈夫なのです…]

「俺は手伝いたいんだ!」


 手伝いたいオーラを噴き出してくるフィンリーに、メイブは気圧される。


「ぴ…ぴよぴよぴよ」

訳:[じゃ…じゃあお鍋をゆっくりと、焦げないように混ぜていてください]

「おっけーい!」


 フィンリーはご機嫌で竈の前に立って、おたまで鍋の中をぐるぐるとかき混ぜる。

 貯蔵庫から大きな肉の塊を持ってきたメイブは、切り分けてボウルの中に入れていった。そして作り置きメイブ作のタレを注ぐ。ニンニクと香草の香りが台所に漂う。


「うーん、いい匂い。ねえメイブたん、”霊剣の魔女”殿の魔力回復ってどのくらいかかるの?」

「ぴよ…」

訳:[そうですね…]


 パン生地をこねこねしながら、メイブはちょっと上目遣いになる。


「ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」

訳:[遠慮なく魔力を搾り取られていたから、2~3日くらいはゆっくりさせたほうがいいでしょう」

「ふんふん」

「ぴよぴよぴよ」

訳:[未熟な小娘ですから]


 こねたパン生地を切り分けて丸く整える。そしてトレイにのせてオーブンの中に入れた。


「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」

訳:[ご主人様たちも急ぎたい気持ちは、皆さんと同じなのです]


 まな板の上に降り立ち、メイブはフィンリーを見つめる。


「ぴよぴよぴよぴよ、ぴよぴよ」

訳:[ご主人様はご自分の大事な目的を後回しにしてまで、今回の件をお引き受けしたのですから]

「え?」

「ぴよ!」


(しまったのです!またお口が滑り台しちゃったのです!)


 慌てて翼で嘴を抑えて後ろを向く。

 フィンリーは手をとめると、メイブの後ろに立って顔を突き出した。


「メイブたーん?」

「ぴよぴよぴよ!」

訳:[お口チャックなのです!]


 フィンリーはメイブをつまみあげ、掌の上にのせて顔を覗き込む。メイブは視線を明後日の方向へと泳がせた。


「それって俺たちのせいで、ロッティちゃんに迷惑をかけてるってことよね?それはとっても心苦しいことよ?理由を知りたいなあ」

「ぴよぴよお…」

訳:[秘密なのです…]

「喋っちゃいなよ~」


(ご主人様に内緒で勝手に喋ることは許されないのです!わたくしめはご主人様の使い魔なのです!)


 メイブは嘴を抑えたまま、言うまいとギュッと目を瞑った。フィンリーの顔を見ていたら、つい喋りたくなる誘惑にかられそうだった。


「メイブ、ちょっと焦げ臭いんだけど?」


 そこへ、鼻をひくつかせてロッティが顔を出した。


「ああ!お鍋焦げてる!」


 メイブは竈のほうを見てギョッと跳ね上がった。


「ぴよ!?」

「あ」


 竈にかけた鍋から、モクモクと黒い煙が上がっていた。


「ぴよおおおおおおおお!」

訳:[クリームシチューが焦げ焦げシチューになってしまうのです!]

「そりゃかんべーん!」


 メイブは浮遊魔法を飛ばし、急いで鍋を竈から引き揚げ、水をたっぷり張った桶に放り込んだ。

 ジュウウウウ…と虚しい音が台所に響く。


「ああ…メイブたんのクリームシチューが…。ごめんよメイブたん。俺が目を離したから」

「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」

訳:[しょうがないのです。火事になったり、フィンリーしゃんが火傷しなかったから良かったのですよ]

「メイブたん…」


 熱い感情の波が腹の底からブワッと噴き上がり、フィンリーはメイブに幸せタックルをかます。


「なんて心優しいレディなんだ!俺、メイブたんを一生大事にするからね!」

「ぴ…ぴよおおおおお」

訳:[ぐお…頭突きが痛いのですうう]


 小さな頭にフィンリーの頭突きが炸裂した。あまりの衝撃に、メイブの目に星が降り落ち眩暈を起こす。


「……なんか楽しそうね、あなたたち」


 頭突きを食らって痛そうなメイブが気になりつつも、なんだか盛り上がる2人を見て、ロッティは疲れたように薄笑った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?