『癒しの森』へ戻ってきた一同はロッティの小屋へ入り、リビングで各々くつろいだ。そしてメイブが淹れてくれたハーブティーで一息つく。
「明日は、ブルーリーフ島とムーンサンド、どちらから行きますか?」
ティーカップの中身を見つめながら、ロッティは「そうね…」と小さく首をかしげる。
「レッドホット火山の荒廃した光景を見た後だし、ブルーリーフ島の奇麗な景色で視覚的にリフレッシュしたいわね…」
「リフレッシュ…ですか?」
何か不謹慎な単語を聞いたような
「リフレッシュは冗談よ、ごめん。モンクリーフの魔力を戻さなきゃいけないし、軽く休憩を挟みながら探したいの」
「ぴよぴよぴよ!」
レオンの肩に乗って、メイブは必死に何かを訴えた。
「姫様のためにも急ぎたいけど、”霊剣の魔女”殿の魔力回復と、ロッティちゃんの魔力貯蓄のために、ちょっと探索ペースを落としたいって。そうメイブたんが」
フィンリーが通訳してくれた。
「ぴよよ」
訳:[ありがとうなのです]
「どういたしまして」
レオンはハッとなって俯いた。
「すみません、そこまで考えが至らず」
「気持ちは判るつもりだから気にしないで。ただ、私たち魔女も万能じゃないってこと。人間と同じように疲れるし、焦ってどうこうできるわけじゃないの。逸る気持ちは同じだけどね」
「はい」
「王女様は今は苦しみも和らいで、落ち着いて眠っているわ。長引かせるつもりはないけど、焦らなくて大丈夫。森も
「ぴよ」
訳:[そうなのですっ!]
メイブはレオンの頬に小さく蹴りを見舞い、リビングを出て行った。
* * *
台所に入ったメイブは、夕食の準備に取り掛かる。
生活魔法を駆使し、竈に火を点し、鍋に水を入れて竈にかける。そして籠の中にたくさん入っている野菜をまな板の上に転がした。
「メイブたん、ご飯の用意?」
「ぴよぴよ」
訳:[そうですよ]
左右の翼を指揮するように動かすと、包丁がじゃがいもの皮を剥き四つ切りにする。そして鍋の中に投下した。
「へええ…そうやって料理するんだあ。メイブたんホント器用だねえ」
「ぴよぴよぴよぴよ」
訳:[この程度、使い魔として朝飯前なのです]
ふふんと胸を張って得意げなメイブは、次々と野菜を切って鍋に投下していった。
生活魔法は魔女や使い魔が使える基本魔法の一つだ。調理器具や材料を操り、触れなくても料理を作ることができる。メイブのような小さな身体でも、生活魔法を駆使すれば片付けや掃除も同じように出来るのだ。
「よーし!俺も手伝うよ!」
「ぴ…ぴよ…」
訳:[大丈夫なのです…]
「俺は手伝いたいんだ!」
手伝いたいオーラを噴き出してくるフィンリーに、メイブは気圧される。
「ぴ…ぴよぴよぴよ」
訳:[じゃ…じゃあお鍋をゆっくりと、焦げないように混ぜていてください]
「おっけーい!」
フィンリーはご機嫌で竈の前に立って、おたまで鍋の中をぐるぐるとかき混ぜる。
貯蔵庫から大きな肉の塊を持ってきたメイブは、切り分けてボウルの中に入れていった。そして作り置きメイブ作のタレを注ぐ。ニンニクと香草の香りが台所に漂う。
「うーん、いい匂い。ねえメイブたん、”霊剣の魔女”殿の魔力回復ってどのくらいかかるの?」
「ぴよ…」
訳:[そうですね…]
パン生地をこねこねしながら、メイブはちょっと上目遣いになる。
「ぴよぴよぴよ、ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」
訳:[遠慮なく魔力を搾り取られていたから、2~3日くらいはゆっくりさせたほうがいいでしょう」
「ふんふん」
「ぴよぴよぴよ」
訳:[未熟な小娘ですから]
こねたパン生地を切り分けて丸く整える。そしてトレイにのせてオーブンの中に入れた。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」
訳:[ご主人様たちも急ぎたい気持ちは、皆さんと同じなのです]
まな板の上に降り立ち、メイブはフィンリーを見つめる。
「ぴよぴよぴよぴよ、ぴよぴよ」
訳:[ご主人様はご自分の大事な目的を後回しにしてまで、今回の件をお引き受けしたのですから]
「え?」
「ぴよ!」
(しまったのです!またお口が滑り台しちゃったのです!)
慌てて翼で嘴を抑えて後ろを向く。
フィンリーは手をとめると、メイブの後ろに立って顔を突き出した。
「メイブたーん?」
「ぴよぴよぴよ!」
訳:[お口チャックなのです!]
フィンリーはメイブをつまみあげ、掌の上にのせて顔を覗き込む。メイブは視線を明後日の方向へと泳がせた。
「それって俺たちのせいで、ロッティちゃんに迷惑をかけてるってことよね?それはとっても心苦しいことよ?理由を知りたいなあ」
「ぴよぴよお…」
訳:[秘密なのです…]
「喋っちゃいなよ~」
(ご主人様に内緒で勝手に喋ることは許されないのです!わたくしめはご主人様の使い魔なのです!)
メイブは嘴を抑えたまま、言うまいとギュッと目を瞑った。フィンリーの顔を見ていたら、つい喋りたくなる誘惑にかられそうだった。
「メイブ、ちょっと焦げ臭いんだけど?」
そこへ、鼻をひくつかせてロッティが顔を出した。
「ああ!お鍋焦げてる!」
メイブは竈のほうを見てギョッと跳ね上がった。
「ぴよ!?」
「あ」
竈にかけた鍋から、モクモクと黒い煙が上がっていた。
「ぴよおおおおおおおお!」
訳:[クリームシチューが焦げ焦げシチューになってしまうのです!]
「そりゃかんべーん!」
メイブは浮遊魔法を飛ばし、急いで鍋を竈から引き揚げ、水をたっぷり張った桶に放り込んだ。
ジュウウウウ…と虚しい音が台所に響く。
「ああ…メイブたんのクリームシチューが…。ごめんよメイブたん。俺が目を離したから」
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」
訳:[しょうがないのです。火事になったり、フィンリーしゃんが火傷しなかったから良かったのですよ]
「メイブたん…」
熱い感情の波が腹の底からブワッと噴き上がり、フィンリーはメイブに幸せタックルをかます。
「なんて心優しいレディなんだ!俺、メイブたんを一生大事にするからね!」
「ぴ…ぴよおおおおお」
訳:[ぐお…頭突きが痛いのですうう]
小さな頭にフィンリーの頭突きが炸裂した。あまりの衝撃に、メイブの目に星が降り落ち眩暈を起こす。
「……なんか楽しそうね、あなたたち」
頭突きを食らって痛そうなメイブが気になりつつも、なんだか盛り上がる2人を見て、ロッティは疲れたように薄笑った。