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13話:メイブとフィンリーサイド

* *


 わたくしめは人語を解しますが、鳥類で雌のヒヨコ。そして魔女の使い魔なのです。

 人間ではありません。

 だから人間であるフィンリー・シャフツベリーの思考回路が理解できません。

 わたくしめに対する感情は、人間の女性に向ける恋愛感情そのもの!

 ド直球で正真正銘の恋愛感情を飛ばしてくるのですよ!

 フィンリー・シャフツベリーの性癖が、ヒヨコに恋愛感情を抱くものであったとしても、わたくしめから見れば異常そのものなのです!

 こんな奇異な状況ではありますが、わたくしめはちょっと「嬉しい」と思ってしまうことがあります。

 そう…、わたくしめの言葉を理解してもらえている、その点だけは嬉しいのです。

 これがご主人様とだったら、どんなに喜ばしく幸せなことだったでしょう。

 しかし何故フィンリー・シャフツベリーは、わたくしめの言葉を理解することができるのでしょうか?

 大いなる謎です。


* *



「こんな辺鄙な場所の山下りを苦にも感じない程、俺はメイブたんと一緒で幸せなんだよ!」

「ぴ…ぴょ…」

訳:[それは…なによりなのです…]


 レッドホット火山は草木一本生えていない禿山で、十数年起きに頻繁に噴火する超活火山である。常に噴火する危険性をはらんでいるため、生命にとっては厳しい処だ。

 辺りは煤けたような黒い冷え固まった溶岩で埋め尽くされ、平らなところはなく足場が悪い。

 そんな地表をスイスイと軽々飛び跳ねるフィンリーを、メイブは驚きのまなざしで見ていた。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[そんなに激しく動いていたら、すぐ疲れちゃうのです]

「ありがとうメイブたん!でも大丈夫、こう見えて体力だけは底なしだから!」


 メイブに向かってガッツポーズをとる。

 2人は『フェニックスの羽根』が落ちていないかくまなく見て動いていたが、生憎『フェニックスの羽根』は見当たらない。これだけ黒々とした地面なら、あれば光って目立つだろう。


「ぴよぴよぴよよ」

訳:[フィンリーしゃん、突然ですが、レオン・グローヴァーとはどのような人物なのですか?]

「メイブたん!」


 急にフィンリーはベソ顔になって、よろめくようにメイブに迫った。


「訊くなら俺のことを訊いてくれないと!俺、泣くよ!!」

「ぴ…ぴよぴよ」

訳:[い…いや、ご主人様のためにです…]

「なんだ、そっかそっか」


 ウンウンとフィンリーは納得して大きく頷く。


「ロッティちゃん、団長にちょっとラブが目覚めた感じだったよね。初級編程度だけど。判りやすく態度に出ちゃってて、ナンカ可愛い」

「ぴよぴよぴよよ」

訳:[ご主人様は恋愛未経験、恋愛免疫ゼロなのです]

「そりゃあ、まだ10歳児ならそんなもんじゃない?」

「ぴよぴよ!」

訳:[ご主人様は10歳児じゃありません!」

「え?」

「ぴよぴよぴよぴよぴよ!」

訳:[ああ見えて立派な900歳なんですのよ!」


 メイブは声を荒げたが、”ハッ”となって嘴を抑えた。


(思わず本当のことを言ってしまったのです!すみませんご主人様!お口が滑り台しちゃいました!)


「…ははっ、冗談キツイよメイブたん。あんな可愛い900歳なんて、俺、見たことないから」


 目にかかる黒髪をかき上げながら、フィンリーは軽く笑い飛ばした。


「ぴよぴよぴよ!」

訳:[冗談なんて言ってません!本当なんです!]


 フィンリーの頬っぺたを小さな足で蹴とばしながら、メイブは必死に抗議する。

 あまりに怒るメイブを見て、フィンリーは目が点になった。


「マジ?」

「ぴよ」

訳:[マジ]


 ガクッとその場にしゃがみこんで、フィンリーは大きく息を吐きだした。


「900歳……想像もつかん」

「ぴよぴよぴよ」

訳:[ご主人様は現在8回目の人生を生きておられます。それで10歳児のお姿なのです」

「あー…、そういえば情報屋スピオンとそんな会話をしていたなあ」


 と思い出し、フィンリーはメイブを見上げた。


「それって生まれ変わり系とか?」

「ぴよぴよ」

訳:[そんなのじゃないですよ」

「ほむ…」

「ぴよぴよぴよ!」

訳:[それよりも、レオンのことを教えるのです!]

「おぅ」


 ひょいっと立ち上がって、フィンリーは空を仰ぐ。


「そうねえ…真面目で我慢強く、責任感の塊。ちょっと頑固なところもあるけど、優しくて思いやりに溢れてるかな。絵に描いたような好い人」

「ぴよよ」

訳:[ほほう]

「団長はさ、グローヴァー男爵家の養子なんだ。元は平民出身で、引退した男爵ようふの後を継いで近衛騎士団の団長になったんだけど、色々苦労したみたい。ほら、近衛騎士団って貴族の子弟で結成されてるじゃん。だから就任当初はアレコレ言われて大変だったみたいよ」


 何かを思い出しているのか、フィンリーは複雑な色の苦笑を口元にはく。


「俺は貧乏男爵家の次男で、家督を継ぐ必要もないからさ、家の体裁のためって理由で騎士団へ入れられちゃったのよ。でも名ばかりの貧乏貴族なモンだから、肩身せまくって。ははっ、それでなんかミョーに団長にシンパシー感じちゃってね。だからってわけでもないけど、団長の誠実なところは好きだよ。ロッティちゃんが団長を好きになっても、安心してって保証できる」

「ぴよ…」


 どこか自嘲気味に笑うフィンリーの顔を見て、メイブは小さく頷いた。

 言葉の中にチラホラ見え隠れするフィンリーの一面に気づいて、メイブは少しだけフィンリーへの猜疑心を緩めた。


(愛してるとか好きだとか言われても、全面的に受け取ることはまだできません。でも、そんなドストレートなフィンリーしゃんにも、悩みとか色々な気持ちがあるのですね)


 一見、頭もノリも軽そうに見えるが、それだけじゃないことにメイブは気付いた。


「俺は家を継ぐ必要がないから、いつだってメイブたんに婿入り出来るから安心して!」


 シャキーンとキメた白い歯が眩しい。

 それをつくづくと眺め、メイブの小さな頭の中には困惑の暗雲が垂れ込めた。


(言葉が判り、会話が成り立つことはあっても、だからといって相手を本当に理解することは難しい。800年生きてきて、こんなことは初めてなのです。相互理解とはハードルが高いものなのですね…)


 明後日の方向に顔を向け、メイブは薄く笑った。

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