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10話:”曲解の魔女”

(相変わらずお化けでも出そうな、暗い館なのです…)


 屋根も壁も窓枠も黒で統一され、壁を覆うツタも枯れてて不気味な雰囲気を漂わせている。

 アルスキールスキン大陸の西の果てコフィンにある、”曲解の魔女”の館だ。

 メイブはロッティの肩にとまり、館を見上げて暗い気分になった。

 ロッティがドアノッカーを叩くと、少しして扉が開かれた。


「お久しぶりね、コンセプシオン・ルベルティ」

「ロッティ・リントン!いきなりなんだってお前が…メイブも久しぶりだね」

「ぴよ!」


(小娘と違って、使い魔にもちゃんと挨拶をしてくれる。オトナの魔女は礼儀からしてチガウのです)


 ロクに挨拶もしてこないモンクリーフを思い浮かべ、メイブは皮肉をつく。


「あんたのペットが怪我をしたって風の噂で聞いたのよ。治してあげるから診せてちょうだい」

「おおお!それはありがたい!こっちよ、こっちに」


 暗い表情を浮かべていたコンセプシオンの顔が、パッと明るくなった。そして2人を急かすようにして、ペットのいる部屋へ案内する。

 天蓋付きの大きなベッドの上に、一頭のコウモリが力なくうずくまっていた。


「ぴよぴよぴよおお」

訳:[ああ…こんなに苦しんでいるなんて…イメルダしゃん]


 メイブはベッドまで急いで飛んでいくと、傷ついたコウモリ――イメルダの傍に寄り添った。イメルダの翼には、見るも無残な穴が開いている。

 さぞ痛く苦しいだろう。メイブの耳にはイメルダの苦痛の声がしっかりと聴こえていた。


「ぴよ…」

「チチッ…」


 いたわるようにメイブに話しかけられて、イメルダは弱弱しく鳴いた。


「ぴよぴよぴよ」

訳:[今ご主人様が治して下さいますからね。もう少しだけ辛抱するのですよ]


 2人の様子を、コンセプシオンは今にも泣き崩れそうな顔で見守った。

 ロッティはベッドに腰を掛けて、イメルダに掌をかざす。


「可哀想に…、今すぐに治してあげるからね」


 ロッティの掌から優しい光が溢れて、イメルダの翼を柔らかく包み込む。

 痛々しい穴はゆっくりと塞がっていき、弱弱しく震えていたイメルダはベッドの上に立ち上がった。


「これを食べて、すぐに元気になるから」


 指の先に小さな黒い粒をのせて、イメルダの口元に差し出した。それをイメルダは素直に食べた。


「もう一晩休んだら、元通り元気に飛び回れるわよ。痛かったのによく頑張ったわね、イイ子」

「ぴよぴよ」

訳:[よかったですね、イメルダしゃん]

「チチチ…」


 イメルダは嬉しそうにメイブとロッティに跳ねて見せた。


「イメルダはもう大丈夫よ」

「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」


 大粒の涙をたくさん流しながら、コンセプシオンは今度こそ泣き崩れた。



* * *



「イメルダはわらわの大事な家族なの。わらわに癒しの魔法は扱えない。だからどうしたらいいか判らなかった」

「癒し魔法専門の私のことを思い出しなさいよ…」


 コンセプシオンとロッティは、向かい合ってソファに座った。

 メイブは子守唄を囀って、イメルダの疲れた心を癒してあげていた。


「頭パニクってて…年は取りたくないわああん」

「1000歳以上だものね…」


 ロッティは薄笑う。


「わらわは人間が嫌いだ。理解できないことには疑心暗鬼になり、昨日まで仲良しだったのに突然背をそむけたり気味悪がってきたり。確かに魔女は魔法を使い、人間とは生態が違う。でも、あの目つきが辛い。あんな疑り深い、思い込んだら譲らないあの考えが好かぬ」

「まあ、人間は弱い生き物だからね…」


(人間には魔女のような特別な力はありません。だから魔女を畏れ、酷いと恐怖の対象として見てくる。どんなに魔女が友好を示そうとも、取り払えない壁が存在するのです)


 コンセプシオンの言葉を聴きながら、メイブは残念な気持ちにガッカリする。


「わらわの魔法はそなたのように人間に寄り添ったものではない。それに…」

「ツンデレの更に上を行く面倒な性格だものね」

「自分ではどうにもならないのよおおおおお」


 テーブルに突っ伏してコンセプシオンは嘆いた。


「はあ…。だからこそ、イメルダはわらわにとって、たったひとりの家族なのだ。わらわの気持ちをよく理解してくれる。イメルダは喋れないが、そんなことは気にならぬ。気持ちが通じ合っているからの」

「判る。メイブも喋れないけど、私と気持ちが通じ合ってるもの」

「ぴよぴよぴよー!」

訳:[そうですよご主人様!]


 メイブが嬉しそうに囀る姿を見て、ロッティは微笑んだ。


「イメルダはわらわの魔法で創り出したもの、だからある程度傷を負っても自然に治してしまう。わらわの魔力が宿っているから。だけど、何故傷が塞がらなかったのかが解せぬのだ」

「あーそれね…、犯人は”霊剣の魔女”なのよ」

「………は?」


 瞬時に泣き止み、ロッティを食い入るように見る。

 言うつもりはなかったが、話の流れ上やむを得ないと判断してロッティは暴露した。


「魔女の負わせた傷だから、治癒能力が効かなかったの」

「あの小娘ええええ!」


 床に届くほどの長い黒髪が、怒りのあまり逆立った。


(そのまま小娘にキツイお仕置きをしてやるとイイのです)


 コンセプシオンの憤怒の様子を見て、メイブは「ウンウン」と頷く。


「どーどー、落ち着いて。黙っていようかと思ったけど、それだとあんたは延々チェルシー王女を恨み続けるでしょ。濡れ衣を着せられたまま恨まれ続ける王女があまりにも不憫だから、ちゃんと話しておくわね」

「あの小娘、わらわになんの恨みがあって…」

「そんなものナイわ。目の前にいたコウモリに悪戯した、それだけよ。まさかあんたのペットだなんて気づきもしないし知りもしなかったんだから。幼児の悪戯心が仕出かしたこと。あんたの報復を恐れてビビってるから、許してあげてちょうだい」

「しかし」

「用事が済んだら必ず謝りに連れてこさせるから、今回は大目に見て。イメルダも大丈夫だったし、ね」

「むぅ…」


 苦笑を浮かべるロッティの顔を凝視し、コンセプシオンは何とも言えない表情かおで肩の力を抜いた。そしてベッドのほうを見ると、イメルダは元気にメイブにじゃれついていた。この一週間余りがウソだったと思わせるほど元気な姿だ。


「それより、いくらイメルダのためとはいえ、『魔女の呪い』を王女に使ったのはやりすぎよ。相手は一国の王女なのよ。たとえ王女じゃなくっても、人間相手に禁じ手の『魔女の呪い』を容易く使うなんてどうかしているわ」

「だって…」


 思いっきり気まずそうにコンセプシオンは肩をすくめた。


「ロッティ・リントン、お前は『魔女の呪い』を解くことができるのか?」

「出来るわ」

「本当か!?」

「うん。それを成すために、これからあるものを探す旅に出る」

「あるもの?」

「『フェニックスの羽根』よ」

「ほほう、そんなものが要るのか…」


 『フェニックスの羽根』は珍しいうえに入手難易度がバカ高い。容易に手に入れられるものではないことをコンセプシオンは知っていた。


「私の力を補ってもらうためにね。あんた、『フェニックスの羽根』持ってる?」

「持ってない」

「ダヨネー」



* * *



「『フェニックスの羽根』は、わらわのほうでも探しておこう」

「お願いね。それと王女の解呪が成せたら、王女にちゃんと謝りなさいよ」

「ンぐっ…」

「一緒に謝ってあげるから。あとモンクリーフにも謝らせないと。王女とあんたの双方にね」

「どんな罰を下してやろうか。たっぷり考えておく!」

「はは…」


 ロッティは玄関の扉に『隣人の扉』魔法をかける。


「また怪我したり病気したときは、私を頼りなさいね」

「ああ、そうさせてもらう。世話になった。メイブもありがとう」

「ぴよぴよ」

「んじゃ、またね」

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