鞄などにチェルシー王女の衣服を詰めていた侍女が振り向く。
チェルシー王女を見ていた国王が振り向く。
声に気づいたロッティとモンクリーフも振り向いた。
「何をしている?フィンリー」
そして跪いていたレオンが、立ち上がりながら黒髪の青年に問うた。
「部屋の外にいたら、すっごく可愛い女の子の声が聴こえてきたんですよ」
黒髪の青年――フィンリーは、にこにこと笑いながら部屋の中に入ってきた。
「姫様を励まして、そして可愛い声で歌っていたんです。どの子かなあ?」
フィンリーは額に手をかざして室内を見回し、そしてチェルシー王女が眠るベッドに顔を向けた。
「キミだね!」
そう言ってベッドに駆け寄ると、チェルシー王女の胸に座っているメイブを両掌で掬うように拾い上げた。
「初めまして俺の可愛いレディ。キミはなんていう名前なんだい?」
「ぴ…ぴよ?」
室内が時間を停止したように固まる。
ドン引きの空気が緩やかに部屋を一周した頃、ロッティが真っ先に立ち直った。
「あ、あの、もしもし?」
「うん?なんだい?」
「この子はメイブっていう、私の使い魔なんだけども…」
「おー、メイブたんって言うんだね!可愛いねえ見た目も名前も」
マイペースを崩さないフィンリーの掌の上で、メイブはすっかり固まってしまっていた。しかし脳内では忙しく自問自答が渦巻いている。
(な、なんなのでしょうこの人間は?まさかわたくしめの言葉が判ると?いえ、人間などに判る筈もありません。人間にわたくしめの言葉が判るくらいなら…)
メイブは切なげに肩を落とす。心にずっと溜め込んできた思い。
(ご主人様にも通じるはずですもの…)
悲しさと困惑で、頭の中がグラグラする。メイブは疑心暗鬼に苛まれつつ、フィンリーが「姫様を励まして」と言っていたことを思い出して首を傾げた。
(ちょっと…試してみましょうか)
メイブは顔を上げてフィンリーを見る。
「ぴよぴよ…?」
訳:[ホントに判っているんですか…?]
訝しみながら言うと、
「もっちろん!」
元気よく返されて、メイブは驚愕のあまり完全に押し黙ってしまった。
「おい…、フィンリー」
「話は聴いてましたよ!団長、俺も旅に同行しまっせ!」
「いや…お前は騎士としての務めがあるだろう?」
「別に俺一人抜けても業務に影響はアリマセンって。俺もレッドディアー近衛騎士の端くれ、姫様をお助けするための旅に協力したいです!それに、俺のレディを守るのに、もう一人騎士がいないとダメでしょう?」
掌の上のメイブをレオンの眼前に突き付ける。
「…その、守るのは、メイブ殿なのか…?」
「当然です!俺のレディですから」
「……」
ひたすら満面の笑顔のフィンリーを、レオンは無言で見つめた。メイブは置物のように固まっている。
「ま、まあいいんじゃない?旅は多いほうが楽しいし」
両腕を広げて、モンクリーフはケラケラと笑った。
「よろしいのですか?”癒しの魔女”殿…?」
「そうね…」
難しい顔をしていたロッティは、やがて表情を緩めて頷いた。
「楽しいかはともかく、解呪するための魔力を多く確保するために、左目に溜める魔力量を増やしたの。だから安全を確保できるくらいの人員があると助かるのは本当」
「なるほど、そういうことなら…」
「やったね!」
「ただし!」
ビシッとレオンに指を突き付ける。
「もうこれ以上は増やさないで。多すぎても肝心の旅の目的に影響が出てしまうから。精鋭が少数いればそれでいいわ」
「滅茶苦茶お役に立ちまっせ!」
ドヤるフィンリーを見上げ、ロッティは目をすがめた。
「あなた名前は?」
「フィンリー・シャフツベリーって言います。よろしくロッティちゃん!」
「なんか軽そうね…」
「堅苦しいのは団長の特権です」
侍女の一人から声がかかる。
「姫様のお支度が出来ました」
「では行きましょうか。レオンは王女様をお願い」
「はい」
レオンはチェルシー王女をそっと腕に抱き上げた。フィンリーは侍女から大きなカバンを受け取る。
「モンクリーフ、移動用魔法陣お願い。私は魔力を極力節約するわ」
「おっけぃ、おねーさま」
モンクリーフは杖を発現させると、魔力でくるくると床に魔法陣を描いた。
「みんな陣の中に入ってね」
魔法陣がボワッと光出す。
「行くわよ!」
杖をシュッと振り上げ、モンクリーフは移動用魔法を発動させた。