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5話:魔女の誓約

”霊剣の魔女”モンクリーフに案内され、ロッティとメイブはチェルシー王女の部屋に到着した。


「ぴよぴよ」

訳:[ピンクのバラの花に、ピンクの布、お部屋の中はピンク色でいっぱいなのです]


 レオンの肩から離れ、メイブは背中の翼でパタパタ室内を飛び回る。

 チェルシー王女の部屋は淡いピンクの物で溢れ、窓から差し込む光で優しい雰囲気を漂わせていた。しかし豪奢なベッドの上に寝かされたチェルシー王女の周りには、悲しみに打ちひしがれる国王や臣下たちが群がり泣いていた。


「国王陛下、”癒しの魔女”ロッティ・リントン様がお越しくださいましたよ」


 モンクリーフが国王に告げると、俯いていた国王はゆるゆると表を上げた。


「おお…そなたが御高名な”癒しの魔女”殿か?どうか、どうか、不憫な姫をお助け下さい、どうか、どうか…」


 国王は膝立ち歩きでロッティの前まで来ると、その足元に泣き崩れた。

 ロッティはちょっとためらった後、労わるように小さな手を国王の肩に置いた。

 掌から国王の悲しみの感情が伝わってきて、ロッティは目を伏せた。


「お立ち下さい陛下。これから王女様を診ます。陛下や皆様は外へ出ていてくれますか?」

「判り申した…」


 伏していた国王は、臣下達に支えられて部屋を出て行った。

 チェルシー王女の枕元に降り立ったメイブは、部屋を出ていく国王や臣下の背を見送り、


(王女を心配するあまり、威厳も何もないのです…仕方ありませんが)


 なんとも複雑な気持ちになる。そして意識のないチェルシー王女を見つめた。


(可哀想に…。間違いないのです、これは『魔女の呪い』なのです)


 チェルシー王女の鎖骨から胸の辺りにかけて、角を生やした髑髏の刺青のような紋様が浮かび上がっている。

 紋様自体から禍々しい気が発せられていて、見る者全てを暗澹たる気持ちにしてしまう。

 メイブはチェルシー王女の青ざめた頬に、労わるように頭をスリスリした。




「”癒しの魔女”殿、『魔女の呪い』とは具体的に、一体どういうものなのでしょうか?」


 髑髏の紋様を苦々しく睨みながら、レオンは努めて冷静に問う。


「『魔女の呪い』は魔女が使う禁じ手魔法の一つで、時間をかけて死に至らしめる残酷な呪いなの。しかも、かけた魔女の固有魔法効果も乗る。

”曲解の魔女”の固有魔法は”全てを曲げることのできる”というものなんだけど、レオンも受けたように、レオンの攻撃はベクトルを曲げられて返されたのね」

「な…なるほど…」


 ”曲解の魔女”から受けた傷があった辺りに手を当て、レオンはゾッとした。


「人間は誰しも呪いの効果に抵抗をするもの。でもその抵抗力が強ければ強い程、”曲解の魔女”の魔法効果で自身に跳ね返ってしまう。『魔女の呪い』自体の苦しみと、跳ね返ってくる苦しみで、王女は二重に地獄の苦しみを味わっているわ…」

「なんと惨たらしい!そんな苦しみを姫様は――」


 歯噛みしながら、レオンは悔しそうに拳を握り締めた。チェルシー王女の想像を絶する苦しみを思い浮かべ、”曲解の魔女”を仕留められなかったことを激しく後悔した。


「だから『魔女の呪い』は最大の禁じ手として、使ったことのある魔女はあまり多くないわ」

「フンッ!禁じ手を使うとか、さすが老獪なババアらしいわね!腹の立つったら」


 モンクリーフは腕を組み、落ち着かない様子でイライラとつま先で床を叩いた。

 ロッティは左目のところにある赤い丸ボタンにそっと触れる。そして苦悶の表情を浮かべるチェルシー王女と、イライラするモンクリーフを交互に見た。


「おねーさま、助けてよ、姫様を」


 つま先の動きをピタリと止めて、モンクリーフはロッティの隣にしゃがむ。


「姫様はね、10年前に森へピクニックに出かけたときに熊に襲われたの。その時旅をしていたアタシが偶然居合わせてお助けしたわ。姫様とても喜ばれて。「私と同い年なのに強い魔女様ね」って」

「随分とテンプレートな出会いをしたもんねあんた…」

「王道でしょー。でもね、その時アタシはすごく嬉しかったみたい。なんせ当時まだ6歳児だったし。――実年齢は300歳だけど――良いところに落ち着きたかったし、姫様に乞われるままお城に住むことになったわけ♪」


 無邪気に微笑むモンクリーフの顔を、ロッティは天を仰ぎながら呆れ気味に見やった。


「…あんたが人間を気に入るなんてね」

「姫様は特別!だからお願い、姫様を助けて」


 つり目をめいっぱい見開き、モンクリーフはズイッとロッティに勢い込んだ。

 視線を逸らしつつ、ロッティは顔に逡巡の色を浮かべて目を伏せる。


「おねーさまのその左目の魔力、事情は知ってる」


 急に真顔になったモンクリーフの顔を、ロッティは驚きの表情かおで凝視した。


「でもお願い、姫様もアタシにとっては親友よ!どんだけ親友かって説明するの凄く難しいけど、アタシの魔法じゃ助けられないの!姫様は人間だから、このままじゃ死んでしまう!」

「驚いた…、あんた変わったわね。「”曲解の魔女”をやっつけてよ!」くらい言いそうなのに、それが王女の命乞いをするなんて…」


 モンクリーフの性格を知り尽くしているロッティは、モンクリーフの変わり様にとにかく驚いた。

 涙ぐみ始めたモンクリーフの額を、ロッティは強くデコピンする。


「痛っ」

「魔女の誓約、覚えてる?」

「う、うん?」


 額を擦りながら、モンクリーフは記憶を辿る。


「魔女は魔法を使いこなし、人間たちとは別種の生き物。そんな魔女が人間社会で差別されることなく溶け込むためには、人間たちに対して誓約を立てるでしょ。私が立てたのは『人を癒し、治し、助ける』よ。助けを請われれば助ける。治療を望まれれば治療する。癒しを欲してくれば癒す」

「おねーさま…」


 ロッティの幼い顔を見つめ、モンクリーフは目を輝かせた。


「”癒しの魔女”は人間を助ける。心配しなくていいわ」

「おねーさま!」

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