薬屋を後にした僕たちは、次の目的地のお茶屋に向かった。
そこでは茶葉や茶器の販売をしていて、試飲を兼ねた喫茶コーナーもあるそうな。ちょっとした街の憩いの場所にもなっているというから、ウワサをバラ撒くにはうってつけのお店だね。
僕は、お茶屋への道すがら、ジゼルさんに訊いてみた。
「ところで、さっき薬局で何を買ったの? ヴィクトリアは特に具合は悪くなさそうだったのだけど」
「ああ、別にお薬を買ったわけじゃないんですよ。ご入浴で使う海綿とか香油とか石鹸、それから歯磨き用の粉とか、かかとのお手入れに使うヘチマですとか……」
「そういうやつね。なるほど」
現代なら、ドラッグストアや100均で揃う品物だな。
これから行くのが、お茶屋、靴屋、下着屋、それから文具屋なんだけど、デパートってすごい発明だったのかもしれないな。一か所で欲しいもの全部買えるんだもの。
一つ一つお店を周るのも楽しいだろうけど、さっさと買い物を済ませたい人にとっては、店がバラバラに建ってるのは不便だよね。
結局、全部のお店で同じように、買い物をしながらウワサをバラ撒いていたら、そのうち『その話、聞いたことある』って人が出始めた。これは拡散の効果があったってことだよね。
継続的にウワサを流すんなら、どこでその話を聞いたのか確かめた方がいいのだろうけど、今回限りだろうからスルーした。
どうせ一晩もすれば、街の全員が知ってることだろうからさ。
◇
ひととおり買い物を終えた僕らの最終目的地、宝飾店に到着した。
ジゼルさんの妹さんがバイトしてる店だ。妹さんを利用するみたいで気が引けるけど、遥香さんの立てた作戦だもの、やるしかないんだよね。
ジゼルさんと一緒に店に入ると、妹さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! あ、お姉ちゃん、……とこの間のお客さん。どうして二人が?」
「さっきそこで顔を合わせたから、一緒に来ただけよ」
「そうなんだ~」
とても仲の良さそうな姉妹ってカンジ。妹さんもお姉さんが来て嬉しそうだ。
「こんにちは、店員さん。この間はどうもありがとう。助かったよ」
「いえいえ。プレゼント気に入ってもらえました?」
「うん。すごく喜んでくれたよ」
「良かった~」
「君の見立てどおり、とっても似合ってた。どうもありがとう」
「お役に立ててなによりです。……それで今日は?」
「えっとね、そろそろ次の街に出発するから、お礼を言いに来たんだ」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
「うん。またこの街に来たら、寄らせてもらうね」
「お待ちしていますね!」
妹さんはニコニコしながらそう言った。
「ところでお姉ちゃんは何しに来たの?」
「何って、買い物のついでに貴女の顔を見に来たのよ。でも……せっかくだから、お嬢様に口紅入れでも買っていこうかしら」
「お嬢様って、ヴィクトリア様のこと?」
「ええ。急な話なんだけどね、実はお嬢様の侍女に抜擢されて、あす首都の学園に発つことになったのよ……」
「す、すごい! お姉ちゃん! 超出世じゃない! おめでとう!」
超喜んでる妹さんの横で、ちょっと微妙な顔になってるジゼルさん。
まあ、この状況、分からなくはないよ。うん。
「ところで、お屋敷で怖いウワサを聞いちゃったんだけど、聞いてくれる?」
「うん! 聞くよ、お姉ちゃん!」
ジゼルさんは僕の方を見てうなづくと、例のウワサ話を始めた。
すると、みるみる青くなる妹さん。
それもそのはず、彼女はヴィクトリア様のファンだから、推しのピンチに冷静でいられる訳ないよね。
「お嬢様のお傍仕えになったからには、きっとお嬢様を御守りするわ」
「きっとだよ、お姉ちゃん!」
「ええ。大丈夫よ!」
その根拠はよくわかんないけど、きっと彼女たちの家庭では、ジゼルさんは頼もしい大黒柱的な存在なのかもしれないね。お姉ちゃん、すごい。
◇
そして、宝飾店からの帰り道。
さっきジゼルさんが言ってた『老獪』って意味、わかんなかったから隊長さんに聞いたらムカついちゃった。僕の遥香さんのこと、あんな風に言うなんて。
「ねえ、ジゼルさん」
「なんですか? 坊っちゃん」
「さっきヴィクトリアのこと『老獪』って言ってたけど、それって彼女のこと褒めてないよね? ……まあ、知恵が回るのは確かだけどさ。でも悪だくみなんかしないよ。自分と僕を護るために知恵を使ってるだけさ」
「そうなんですか? 殺されかけたくらいだから、何かやましい事でもしてるのかと」
「それじゃあ、常日頃から何十回も暗殺されかけてる僕は、君からは、やましい事してるように見えるの?」
「え……そんなに? よく平気でしたね……」ジゼルさんが青くなってる。
「一応、王位継承権を持つ身だから、僕にいなくなって欲しい人がたくさんいるんだよ。それを、お父さん……いや、護衛騎士たちが体を張って護ってくれてる。
そして、ヴィクトリアもね。――だから僕は今、ここにいる」
「王子様はそうかもしれないけど、ご令嬢は……」
「まだ彼女を疑ってるの? 身内に殺されても当然なことをしてる女性だと」
「そこまでは……」
「言ってるのも同然じゃないか。……いいかい? ここではっきりさせておくけど、姉の方はずっと妹に迷惑をかけられ続けてきたんだ。
僕はあの家で実際に妹の嫌がらせを見てきたし、学園でも姉は妹に殺されかけてる。落馬から復活しちゃったから」
「が、学園でも……ですか」
「妹は、姉を殺して僕と結婚しようとしたんだよ。王族に連なりたいってのは、姉を殺す動機としては十分だろうね。
でも僕は、絶対にイヤだ。妹が僕の耳元で囁いた、あの気持ちの悪い声が頭にこびりついて離れないんだよ。姉なんかやめて、自分と結婚しなよって」
ジゼルさんは絶句してしまった。
「あの妹に何を吹き込まれたのか知らないけど、僕の婚約者は別段悪事を働いていたこともなければ、妹に嫌がらせをしたこともない。
というか、そんな下らないことをする暇があれば、チェスでもするか、本のひとつも読んでいた方がマシって女だよ。頭が良すぎて正直イヤミなくらいだけど、殺意を抱かれるほど家族をいじめ抜いたりしない。
あの家に何度も出入りして二人を見て来た僕の言葉は、君にとってまだ、信じるには不足かい?」
ここまで一気に畳みかけてしまってから、当の遥香さんに無線で筒抜けだったことを思い出し、顔から火が出そうになった。
「いいえ、十分でございます。大変申し訳ございませんでした、殿下。貴方にそこまで言わしめる程のお方とは梅雨知らず、主人の言葉をうのみにしてしまいました。お嬢様には誠心誠意、お仕え申し上げます」
そう言ってジゼルさんは僕に深々と頭を下げた。
信じて……くれたのかな。だったらいいのだけど。
「僕のこと、信じてくれるんだね」
「もちろんですとも。王族でありながら、会ったばかりの平民の妹のことを、あんなに気遣って下さったうえに、私たちの減刑までお口添え頂いたのですから……」
「よかった。明日からは学園で働いてもらうけど、正直メイドの仕事じゃないこともお願いすると思う。だから、いろいろ大変かもしれないけど、よろしくね」
「はい! お任せ下さい、殿下!」
元気に返事をするジゼルさんの顔は、なんだかスッキリしてるように見えた。