<じゃ、今日はよろしくね、レオン君>
<がんばります!>
遥香さんと朝の定時連絡を終えた僕は、寝間着から平民の服に着替えてる。ボタンとかファスナーとかないから、あっちこっち紐で結ばないといけないのが面倒だ。
なのに学園の制服とか正装は見えないところにボタンとかファスナーとかスナップとかホックとか仕込んであって、まるでコスプレ衣装だなと思う。
それもそうだよね。
だってゲームの衣装なんだもん、確かにコスプレ衣装と言えるだろう。デザインだってアニメキャラみたいに現実離れしてる。特に僕の服なんて。
だから、昔ながらの方法で着るのは不可能なんだよね。
これ、動画職人さんのような人、いや神が作ってるんだろうな。
裁縫職人さん、かな。それとも現実世界のコスプレ衣装屋にでも発注してたりして。
あの連中のやることなんて、何があっても何をやっても、僕はもう驚かないぞ。
それにしても、昨日酒場であんなに飲まされたのに二日酔いにならなかったのは、きっとファンタジー世界のアルコールって度数が低いんだと思う。そういえば昔のお酒って度数がかなり低いと聞いたことがある。
いや、これは超回復のギフトで、肝臓が高速で解毒したという可能性も……。
だからって、そんなにお酒は好きじゃないから飲まないけど。
あ、でも遥香さんは飲むの好きみたいだから、いくらでも晩酌に付き合えるってことだよね。だったら、これはこれでプラスなのかな。あはは。
◇
さっき遥香さんからの指示で、例のメイドと一緒に街をまわるように言われたんだ。それで、騎士のみんなとの朝食後、今は宿屋の共有スペースで彼女を待っているところ。スマホどころかテレビもマンガもないから、ヒマだな~。
「こんにちは、ショーン坊っちゃん」
あ、メイドさんが来た。今の僕の仮の名がコレ。
本名に近い方が聞き洩らさないだろうと思って自分でつけた。
「こんにちは、ジゼルさん。じゃあ、行きましょうか」
僕はメイドのジゼルさん、そしてお父さん(仮)と一緒に宿屋を出た。
「ジゼルさん、今日はどこを回るんですか?」
「お嬢様の身の回りのものを買いに、化粧品屋と薬局とお茶屋、靴屋と下着屋と、それから文具屋と……宝飾店です、坊っちゃん」
「け、けっこうあるね。荷物はうちの父さんに持ってもらうといいよ。ね?」
「え? おう。俺に任せてくれ、お嬢さん」
「は、はあ、よろしくお願いします」
ジゼルさんは、騎士様に荷物持ちをさせるのが気が引けるのか、微妙な顔をしてた。
気持ちは分からなくもないけどね。
自分を逮捕した刑事さんに荷物を持たせるようなカンジだろうから。
三人でぞろぞろと街を歩き、最初の目的地である化粧品屋さんに到着した。
お父さん(仮)は店の中をちらと見たあと、店の外に出て行った。まあ警戒しつつ待機、ってやつね。
前からそうだけど、隊長さんは商人のくせに高そうな剣を帯びてるのはどうなのって気もする。だけど、道中は危険も多いし、護衛を雇うのも安くはないから自衛派ですよってことでいいのかな。
とくに街の人も怪しく思ってないところを見ると、これって普通なのかもしれない。まあ、護衛が丸腰では不安この上ないからいいんだけどね。
ジゼルさんは、買い物カゴの中にポイポイと品物を入れていく。
正直なんに使うのかよく分からない小瓶や小箱が並んでるけど、こうして見ると、レトロで綺麗なパッケージだなって思う。
印刷もアールヌーヴォーぽい多色刷りで、とてもシックで素敵だな。瓶に至っては、手作りとは思えないような細かい細工が施されていて、貴族のお嬢様でもなければ、きっと買えないような値段なのだろう。
会計を終えたジゼルさんが僕にアイコンタクトを取って来た。
そろそろ本来の仕事を始めるのだろう。
「そういえばご主人、お聞きになりまして?」
「何かしら?」
「私がご奉公しているお屋敷のことなんですが……」
「ベルフォート様の?」
化粧品屋の女主人が食い気味にカウンターから身を乗り出した。
いよいよ、ジゼルさんがウワサ話を吹き込み始めた。
それにしても店のおばさん、ノリノリで聞いてるぞ。この街の統治者、ベルフォート家の話となれば、食いつきがいいのは当たり前のことか。
こういう手合いのおばさんなら、手あたり次第にウワサを拡散してくれそうだな。
がんばれ、ジゼルさん。
「ね? ショーン君」
「……え? あ、うん。そうだね」
うっかり話を聞き洩らしてしまった。
まあ、てきとうに同意をしておけば大丈夫だろう、きっと。
「こちらの美男子は?」と女主人。
そのエロい目で僕を見るのやめてくれませんか。気色悪いです。
「ベルフォート様のお屋敷に出入りしてる美術商です。父と一緒に数日前からこの街に逗留しておりまして……」
「あらそうなの? 女性向けのいい商品があったら、こんど見せてちょうだい」
「はあ、あとで父に聞いてみます」
用事は終わったので、次の店に行きたいんだけど……ってテレパシーをジゼルさんに送っていたら、なんとか通じたようで、早々に店から出ることができた。
「ふう、助かった~」
「何が助かったんです? 坊っちゃん」
「あれ以上あのおばさんの色目に晒されていたら、おかしくなりそうだったから」
「王子様って結構
「悪いですかっ」プンプン。
「いいえ。ただ、あの老獪な女狐のような令嬢と殿下がねんごろだから、意外に思っただけですよ」
「そっか……」と言いつつ、『老獪』の意味がわかんない。あとで誰かに聞こうっと。
「それじゃあ、次は薬屋に向かいますね」と言って、ジゼルさんは歩き始めた。僕とお父さん(仮)も彼女の後ろにくっついて、二人で並んで歩く。
こうして家族と一緒に歩くのって、なんだか嬉しい。心なしか、お父さん(仮)も楽しそうだ。お城の外で自由に歩いてる僕を見るのが嬉しいのかもしれないね。
全てが終わったら、僕も遥香さんと子供を作って、こんな風に家族で歩けるんだろうな……。そんな未来が本当に来たらいいのにな。
次の目的地、薬屋さんに到着。
ここでも、先に店に入って中の安全を確認するお父さん(仮)。ガタイもいいし腰に剣まで帯びてるわけで、こんなお父さん、かっこよすぎるよなあ……。僕の実の父とは雲泥の差だ。僕、こっちのお父さんの方がいいや。
ジゼルさんは、勝手知ったるなんとやらって感じで、カウンターの薬師の人にあれこれ注文をしてる。
でも、遥香さんは別にどこも悪くないし、一体何の薬を買うのだろう?
薬師さんは一旦店の奥に引っ込むと、十分くらいして戻ってきた。
体感では三十分くらいだけど、懐中時計を見るとそんなに経ってなかった。待つのって、なんだか長く感じるよね。
薬師さんが品物を紙袋に詰めている間、ジゼルさんが世間話を始めた。
最初はジャブでお天気の話、そして近くの農場でオオカミが出た話、等々。
しばらくして場が温まった頃、「ところでご主人、ご存じですか?」と、ジゼルさんのウワサ話が始まった。
「なんです? 何か面白いお話しでも聞かせてくれるんですか?」
薬師さんがワクワク顔で食いついた。
娯楽の少ない世界では、ウワサ話は公然のエンタメだ。
あとはそれを拡散してもらえるかどうか、だ。
内容がつまらなければ、そこで終わり。
だけどこのネタは、この街の人にとっては特大のハズ――。
「まさか……そんなことが……」
「僕も父と一緒にお屋敷で聞きました。この街の方にとって、どちらのお嬢様も大切な方。にわかに信じがたいのはお察しします」
「お屋敷近くの森で、怪しい人物を見たという人もいて……。こわいですね……」
さっきの化粧品屋と同じ段取りで、ウワサ話を仕込んでいく。
二度目だから、僕も彼女も慣れたもの。
相手に合わせてアドリブを入れながら、話を盛っていく。
ウワサに尾ひれが付くのはどこでも同じ……。
あとは彼が拡散してくれることを願って、僕たちは二軒目の店を後にした。