夕方になって、ヨハンたちの出発を見送る私とセバス、そしてメイド。
「じゃあ、行ってきます」
「お気をつけて、殿下」
レオン君が私を抱きしめる。ぎゅ~~~~っと。
いつまでも離さない勢いなので、少ししてから背中をバンバン叩く。
名残惜しそうに私を解放するレオン君。
そんな私たちの横で、馬番とメイドも抱き合ってる。
「気をつけてね、あんた」
「ああ。騎士様方もご一緒だから大丈夫さ」
いいわよいいわよ、もっと燃え上がってちょうだいな。
もちろん、その方が都合いいからだけどね。
「いってらっしゃーい!」
留守番組の私たちは、屋敷の門で手を振り彼らを見送った。
人馬の影が、石畳の上に長く伸びる。
ずっと見送る私たち……。
まだ見える。
まだまだ見える。
まだまだまだ見える。
豆粒くらいになって、ようやく見えなくなった。
……にしても、門から街道まで、どんだけ距離あんのよ。
庭すんごい広いんだけど。
その広い広い敷地を呑気に馬で散歩してた、ヴィクトリア。
コロンと落馬するんだけど。なんとも情けない話よね。
ま、私も馬、乗れないんだけど。
というわけで、通信機越しにあちらの様子をモニターするべく、私は自室にこもることにしたわ。やっぱりお部屋が一番静かだし邪魔も入らないし。
食事は全て部屋に運んでもらうことにしたわ。ついでにお茶とお菓子もね。
あ~、ドローンが欲しいわね……。
監視業務を音声だけでするなんて、めんどくさいわ~。
◇◇◇
門から引き揚げて自分の部屋に戻るころには、もうレオン君たちは街に着いたよう。けっこう近いわね。
<遥香さん、いま街に着いたよ。これから宿屋に入るとこ>
<了解。引き続き頑張ってね>
<ラジャ!>
騎士たちの詰所となってる宿屋に入り、ヨハンが隊長さんたちに説明をしてる様子が聞こえてくる。
ゴシップ拡散の片棒を担がされると聞かされて、騎士たちは難色を示していたけど、隊長さんは事情を察して快くOKしてくれた。そして間もなく、今晩の作戦の打ち合わせが始まった。
その後、すっかり日も落ちて。
騎士たちがレオン君と馬番を連れて、宿屋近くの酒場にどやどやと入っていく様子が聞こえてくる。
<いまお店に入ったよ。結構お客さんが入ってるみたい>
<了解>
レオン君がコソコソと様子を教えてくれる。
ウワサを広めるなら客が多い方が良いわけで、そのへん、隊長さんは心得てるのが分かる。さすがは近衛の隊長ってとこかしら。ただの脳筋じゃ務まらないわよね。
飲食を始めてしばらく経ってから、馬番が声をひそめて話し始めた。
これも打ち合わせどおり。
『そういや旦那さんたち、ご存じですか?』
『なんだい?』
『こないだのヴィクトリア様の落馬事故……。ありゃあ、事故じゃあないってウワサでして』
『ほう。おだやかじゃないね。どんなウワサだい?』
『妹のミーア様による暗殺未遂、って話でして……。あ、他言無用ですよ、旦那』
わざとらしく『他言無用』を周りの客にも聞こえるように言う馬番。
おそらく店内の客たちは、一斉に耳をダンボにしてるはず。
このへんの演技指導は、おそらくレオン君によるものね。
そういえばレオン君、宿屋に着いてから騎士たちと打ち合わせしてるとき、なんだかゴチャゴチャやってたような気がするわ。
『でも、どうやって?』
『……手下を使って、馬を驚かせたようですぜ』
『なるほど。でも、何故姉上にそんなマネをしたんだろうな』
『レオン殿下との婚約を嫉妬して、ってことらしいです。だからって……ねえ』
『女の嫉妬は恐ろしいなあ。ささ、どんどん飲んでくれ』
お酒を注ぐ音がする。そして騎士さんたちも楽しそうにおしゃべりしている。
<レオン君も会話に入ってもいいのよ?>
<通信聞き漏らしたら困るから。ここうるさいし>
レオン君が会話に入っていないのは、やっぱり私からの指示を聞き洩らさないようにするためだったのね。多少のアドリブをきかせても良かったのだけれどね。
<種まきは完了したみたいね>
<なんとか。周りの人もヒソヒソ話を始めたよ。多分明日には拡散してるだろうね>
<そう。それじゃ、おなかいっぱい美味しいものを食べてきてね>
<うん、わかった>
酔っ払いの声が大きいのは万国共通のこと。
酒の勢いでウワサ話をした日には、それはみんなの知るところになるわけで……。
◇
酒場の作戦が無事終了したあと、自室に夕食が運ばれてきた。
ワゴンを押して部屋に入ってきたのは、あのメイド。
テーブルの上に皿を並べているメイドに、私は尋ねてみた。
「そういえば、貴方の名前まだ聞いてなかったわね」
「ジゼルと申します」
「そう」
ジゼルという名の意味は、『誓い』とか『約束』。なんとも皮肉な名前よね。
その名のとおり、私に忠誠を誓ってくれると心強いのだけどね……。
「あの……私からも質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか、お嬢様」
食事の用意が終わったタイミングで、ジゼルが言った。
本来は主人に質問なんて無礼なことだけど、別に貴族じゃないから構わない。
それよりも、どんな質問をしてくるのか、とても興味があるわ。
これから『手駒』として働いてもらう『身内』の質問に。
「ええ。何でも聞いてちょうだい。何でも答えられるかは分からないけど」
メイド……ジゼルは、少し躊躇したのち、意を決して口を開いた。
「何故、お嬢様を殺そうとした私を侍女になさったのですか?」
「レオン殿下も言っていたでしょう? 黒幕を捕まえるために協力してくれ、って」
「黒幕……。私にそんなこと出来るのでしょうか」
「協力してくれれば、ね」
「分かりました。お嬢様のお手伝い、させて頂きます」
「頼りにしているわ、ジゼル」
「はい、お嬢様」
本当の敵はミーアなんかじゃない。その後ろにいる奴等よ。
貴女はフローラ、そしてクラリッサへと繋がる貴重な糸。
大事に、愛情をもって、利用してあげるわ。
あいつらを根絶やしにするために。
◇
翌日、私はセバスに命じて、馬番と侍女のジゼルに指令を出した。
馬番には、同業の知人にウワサを流すことを。可愛い馬を暗殺に利用するなんて、けしからんってカンジで話せば、義憤にかられた同業者がさらに言いふらすでしょう。
そしてジゼルには、街でレオン君と合流して、買い物がてら、ウワサをバラ撒いてもらうことを。もちろん妹さんにも吹き込んでもらう算段よ。
レオン君とジゼルの二人セットで行動する利点は、ウワサの信ぴょう性が増すこと。
レオン君は、商人のお父さんと一緒に私の家に行商に来たことにする。
そこでレオン君が聞いた話と、ウチのメイドが聞いた話を合体させた体でウワサを撒く。
これは情報の確度、けっこう高そうに思えるじゃない?
だって、曲がりなりにも内部情報ですもの。
ミーアの暗殺未遂のウワサを聞いた、街の人達は、ヴィクトリア様を愛するあまり、きっと怒りに震えて四方八方に言いふらすに違いないわ。
怒りのパワーは上手く使えば、強さも大きさも早さも得られる。
それだけに扱いには慎重さが必要だけどね。
レオン君は、まだまだね。
優しいところは取り柄だけれど……。