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第42話 王子の召喚

私は、容疑者との面通しのためにレオン君を実家に召喚したの。

彼が宝飾店で見たという男女カップルが、私の殺害容疑のかかっている男女であるかどうかを、実際に見て確認してもらうのが目的よ。


こっそり顔を見るために、セバスチャンに準備をしてもらってから、レオン君を連れていったの。まずはメイドの方から。


セバスがレオン君を手招きして、

「殿下、こちらの隙間からご覧ください」


「あ、はい……」


庭から使用人室の中がバッチリ見える位置があって、そこの植え込みの陰から、私とレオン君とセバスの三人で、そっと例のメイドを見たの。


「間違いないです、遥香さん……」

「やっぱりそうなのね」

「ハルカというのは、殿下がお付けになったお嬢様の愛称でございましょうか」

「ま、まあ、そんなところかな」

「して、どのような意味があるのでしょうか」

「い、意味? えーっと……」


「それはね、セバスチャン。ヤシマの言葉で、はるか遠くから香ってくる花のかおり、という意味よ。とっても素敵でしょう?」


「おお、なんと雅やかな意味なのでしょう。バラの花のように艶やかで美しいヴィクトリアお嬢様にぴったりの愛称でございますね。このセバス、殿下の博識とセンスに脱帽いたしました」


「あ、ありがとう……あはは」

レオン君が頭をかきながら苦笑いしてる。なんなのこの茶番。


「さて、次は厩舎に行くわよ。馬番の方も殿下に見てもらわないと」

「左様でございますな。今の時間は蹄の手入れをしておるところでしょう」


というわけで、念のために途中でヨハンと合流して四人でぞろぞろと厩舎に向かったわ。


「どう、レオン殿下?」

「ああ……ビンゴだよ」


「ヨハンは彼を監視してちょうだい。セバスはメイドの方を。

二人とも、動きがあれば私に知らせて」


「了解です、お嬢様」

「かしこまりました、お嬢様」


「レオン殿下には作戦を隊長さんに連絡する役があります。これから内容を説明するから私の部屋に来てくださいませ」


「了解だ、ヴィクトリア!」

なんか楽しそうなレオン君。お役目が出来て嬉しいのね。



     ◇



……と思ったらそうじゃなかった。


「遥香さん~~~~~、寂しかったよおお~~~~~」

部屋に入るなり、レオン君が私に抱き着いてきた。


「ちょ、まって、まだ用事が」

「ヤダ!」

「せめて鍵かけて、もっと部屋の奥に行かせて」

「……わかった」


彼は渋々私を解放すると、さっさとベッドまで歩いていって、へりに腰かけると、自分の隣をぽんぽん叩いた。


「はーやーくー」

「大人しく出来ないなら部屋から放り出すわよ!」

「うッ……わかった。まってる」


私は急いで便箋に指示書を書くと、それを持ってレオン君の隣に座った。


「これ読んで」

「……読んだ」


私は指示書を四つ折りにすると、レオン君の上着のポケットに仕舞い込んだ。


「これ持って帰って、騎士さんたちに説明してちょうだい。これ一番大事なとこなの。自分の立場と役割の自覚を持ってくれないと私たち破滅しちゃうのよ? 分かってる?」


「……ごめん、遥香さん」

「分かってくれたならいい」


しょんぼりしてるレオン君の頭を優しくナデナデしてあげた。


「むふん……。寂しかった」

「ごめんなさいね」

「分かってるけど……会いたかった」

「つらかったのね」

「うん……。苦しい……」

「そうね。いらっしゃい」


私は手を広げてレオン君を迎えると、彼は抱き着いてきて私の胸に顔をうずめた。

吐息を漏らしながら、頬を擦り寄せてる。


愛おしさと、淋しがらせてしまった罪悪感がいっぺんに私を襲う……。


「遥香さん……早く学園に帰りたい」

「もう少しの我慢よ」

「遥香さんともっとイチャイチャしたい」

「今は非常時でしょ」

「犯人見つけたの僕じゃん。ご褒美」

「ご褒美、か……。わかったわ。夕方には街に戻るのよ。いい?」


お許しが出たレオン君は、返事の代わりに私をベッドに勢いよく押し倒した。

そして彼は、私の手首をベッドに縫い付けると、ひどく切ない顔で私を見下ろした。


「夕方まで……遥香さんは僕のもの……」

「夕方まででいいの?」


「すぐそうやって冷静にメタ発言する。嫌いだ」

上気したまま怒る彼。真っ白な肌は、ほっぺただけピンクに染まってる。


「ごめん。夕方まで私を好きにして」

「そのつもりだよ、遥香」


あ……。呼び捨て。

彼に男を感じて、キュンとする。

普段は、ペットか弟みたいだから、かな。


「余計なこと考えてるでしょ。僕だけ見てて」

「ええ……」

「僕だけこんなに苦しいの、不公平だよ……ずるい」

「んんん……」


何か言おうとしたら、唇を塞がれてしまったわ。

こないだの意趣返しね、きっと。


レオン君が、私の口の中をねっとりと隅々まで舌でなぞっていく。

混ざり合った二人の唾液を仕方なく飲み込んだの。


そしたらレオン君が感極まった顔で、

「んん……あ、ああ……遥香さん、僕もう……」

ってうわ言のように呟いたの。

よほど嬉しかったのかしら……。


そして私の服を脱がせ始めたわ。

でも昔の服だから要領を得なくて……。

私、自分で脱ぐって言いたいのを、じっとがまんしてた。


しばらく格闘して疲れたのか、レオン君が、

「ごめん、遥香さん……手伝って」

と、ギブアップ宣言をしたわ。


「ええ」

私はあちこち結んだ紐をほどいて、下着だけになった。

「ここまでくればレオン君でも……大丈夫よね」


「うん……ありがと」

レオン君は私のおでこに優しくキスをして、ポケットから神にもらった革の小箱を取り出した。


「夕方までよ。忘れないでね」

「分かってる……」


そう言う彼の目は泳いでた。



     ◇



「そろそろ時間ね」


窓から斜めに差し込む光が、赤みを帯びてきた。

陽が落ちる前には宿に戻らせなくちゃ。


ベッドの中で私にしがみついている彼は、やっぱり帰りたくないって目で訴えてる。

でもダメだからね。


「ん~~~……。一緒にいたい……」

「約束したでしょ? いい子だから騎士さんたちの所にお帰りなさい」

「うう……やだ」


も~、手間かけさせないでよ~。


「やだじゃないの。いうこときかない子は隊長さんにお仕置きしてもらうわよ?」

「そ、それはやめて! いうこときくから!」

「じゃ、いそいで服を着て」

「はあい……」


遥香、なんて呼び捨てするから、ちょっとお兄さんになったかと思ったけど、まだまだ弟は卒業できなさそうね。レオン君。


身支度を終えると、レオン君がモジモジしはじめちゃった。

もう何か恥ずかしがるような関係でもなさそうなのに。

……って思ってるの私だけかしら?


「どうしたの? レオン君」

「あ、あの、あのね……えっと……」


モゴモゴしながら、彼は上着のポケットから小さな包みを取り出したの。

そして、両手のひらに乗っけて、私に差し出したの。


「これ! あの! 遥香さんに……気に入ってもらえたら……いいんだけど……」

「私にプレゼント? ありがとう。嬉しいわ、レオン君」


綺麗に包装された小さな包みを受け取ると、レオン君が『開けてみて』って言うの。

リボンを解いて中身を見てみると……。


「まあ……綺麗! 素敵な髪飾りね」

「う、うん……似合うかなって……」


私は早速、アメジストのような石で作られた髪飾りを着けてみたの。

鏡を見ながら着けたかったけど、こういうのはその場で着けてみせるのが礼儀よね。


「どうかしら」


「わあ……。遥香さんのツヤツヤの髪にすごく合ってる!

ああ……写真撮りたいなあ」


「この世界にカメラは……あ、動画職人さんなら持ってたわね」

「サムネの撮影用でしたね」

「今度見掛けたら撮ってもらいましょう」

「うん! 焼き増ししてもらうんだ」

「焼き増し、なのかしら。ああいうのって。あんがいデジカメだったりして」

「うっ、確かに……。もしプリントしてもらえたら家宝にします!」

「家宝はヤメテ……」


「僕、この髪飾りを買うために、街のアクセサリーショップに入ったんだ。そこでメイドと馬番に会って……」


「うふふ。運がいいのね、レオン君」

「どうだろ、わかんない。でも」


レオン君は私の手を握って、言葉を続けた。


「でも、遥香さんに出会えたのは僕の最高の幸運だよ」

「レオン君……」



幸運なら、いいんだけどね……。

それが幸運だったのかは、最後になるまで分からないわ。


だけど、私は彼を何度も地獄に落とすって自覚があるの。

これまでだって、私は彼を――

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