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第41話 探偵令嬢と助手執事

翌日の朝。

体のあちこちが痛い。


昨日の晩、メイドさんにマッサージしてもらったけど、ダメだったみたい。

やはり令嬢のボディだから、力仕事に対応してないのね。

か弱すぎるわ! 鍛えなおさなきゃだわね!


ひぃひぃ言いながら自室で身支度をしていると、セバスチャンがやってきた。

人払いをしてから、彼の報告を受けることにしたわ。


「お待たせいたしました、お嬢様」

「ご苦労様、セバスチャン。それで何か掴めたかしら」


「いまだ不十分かと存じますが……」

と前置きをして、セバスは報告を始めたわ。


「まず、メイドについての情報でございます」


情報は次のとおり。


・新しく雇ったメイドは、ミーアの紹介。

・ミーアにメイドを紹介したのは、彼女の友人である。

・友人とはフローラ。元は彼女の屋敷の使用人だった。

・態度よし、教養よし、仕事は必要十分な質だが早い。


「さすがに紹介で入った人材だから、使えないとお話にもならないわよね」

「左様にございます。さすがはお嬢様、晴眼にございます」

「さすがは貴方の方よ、セバスチャン」

「お褒めに預かり光栄でございます、お嬢様」


毎度毎度このテンプレをやらないといけないのかしら。

ちょっと面倒になってきたわね……。

でもセバスを動かすには必要な儀式と思えば…………やっぱめんどい。


「じゃあ、先を続けて」


「は。次に、馬番の情報でございます。

あまり目ぼしい情報は得られませんでしたが、時間をかければ更に」


「ありがとう、セバスチャン。将は拙速を尊ぶとも言うわ。朝一にひと通りの情報をまとめて報告してくれる貴方の判断を、私は正しいと思います」


「勿体なきお言葉。このセバスチャン、お嬢様のお役に立ちたい一心でお仕えしておりますれば――失礼いたしました。続けます」


空気を呼んだセバスが話を続けた。

メイドと付き合っているという馬番について。


・子供の頃から親と一緒に屋敷で働いている。幼い頃は屋敷の子女の遊び相手をしたり、使用人の子供の面倒を見ていた。成長後は主に馬の世話をしている。

・気弱で人付き合いが苦手なため、付き合っている女性はおらず、友人も少ない。


「馬番については、このくらいでしょうか」

「ありがとう。人となりの情報は、とても参考になるわ」

「お褒めに預かり光栄でございます、お嬢様」


やっぱり定型文は言いたいらしい。


「二人の馴れ初めについて、何か分かったことはあるかしら?」


「は。あるにはあるのですが、なにせ伝聞なので正確性に欠けてございます。それでもよろしければ」


「かまわないわ。続けて」

「かしこまりました、お嬢様」


メイドと馬番の交際のきっかけについて。


・メイドが屋敷に勤め始めてすぐ、彼女は馬番に注目していた。

・彼女の方から『一目ぼれしたので』とアタックし、女慣れしていない馬番は快諾して交際が始まる。


そして一番重要な情報が――


・落馬事故は、メイドと馬番の交際が始まってから間もなく発生した。


「情報は以上でございます、お嬢様」

「上出来よ、セバスチャン!」


私は思わずセバスにサムズアップをした。伝わったかわかんないけど、まあ、グッドって雰囲気だけでも受け取ってくれてると思いたい。



さて。

――少し繋がって来たわね。


フローラの家から、私の休暇を狙い撃ちにして転職。

同じ学園に通っているのだから、休暇の予定は筒抜けね。


そしてハニトラで馬番を手玉に取って実行犯に仕立てあげた、と。

そのメイド、よくここまでやったものだわ。

……まあ、あのメーカーならやりかねない、ってことか。


それにしても相当悪質じゃないのよ。

ミーアも、クラリッサも。

そして、自覚なく悪人に手を貸しているフローラ、あんたも同罪だわ。



「朝食後に使用人たちから聞き込み調査を行います。

当該メイドに気づかれないように注意しつつ、あまり目立たぬよう、かつ調査がしやすいよう、使用人が散らばらないように采配してちょうだい。

もちろんあなたなら可能よね、セバスチャン?」


「もちろんでございます、お嬢様!」


なんだか楽しそうなセバスチャン。探偵ごっこに参加出来て嬉しいのね。



     ◇



セバスチャンが新人メイドを屋敷から遠ざけてくれている間に、私は使用人たちに聞き込みをしなければ……。


唐突に帰って来たお嬢様が、使用人の評判を聞いて回るのは、かなり怪しいというか目立つ行動なので、どんな口実がいいか考えたんだけど――


『妹の紹介で雇ったメイドの評判がいいので見に来た。本当に評判どおりなら、侍女にして寮に連れていこうかと思っている』


なんてのはどうかしら。

我ながら、ナチュラルな言い訳が思いついたわ。

家に置いておこうと、寮に置いておこうと、お給金は変らないんだし、何も問題はないはずだわ。


というわけで、さっそく使用人たちに聞き込みを始めたわ。

私が話しかけると最初はギョっとしてたけど、事情を話すと快く協力してくれたわ。


ま、よく働く新入りなんて目の上のたんこぶでしょうから、都に連れ出してもらえれば万々歳って話よね。


話を聞いてみると、たいがいは、言いたいことばかりダラダラ話すか、役に立たない情報ばかり……。

そんな中――


『新人ちゃんは、確かに仕事がよく出来る子だけど、そういえばヴィクトリアお嬢様が学園にお戻りになった頃から、なんだか様子がちょっとヘンだったんですよ』


……とのこと。


恐らく、私が昏睡状態から奇跡的に回復し、学園に戻ってしまったのが原因かしら。

そして真の雇い主から、暗殺失敗を挽回するよう指示を受けて困っていた――。


なんてところかしら。


もし再度暗殺を試みるつもりであれば、私が侍女にしたいって話は渡りに船。だけど、雇い主にその話が届くことはないわ。だって今、この屋敷からは誰一人、出ることは出来ないから。



     ◇



さて、お次は馬番のところにでも行きましょうか。

屋敷の裏側に設けられた厩舎に向かって歩いていると、馬番と思しき若い男性が、厩舎わきの井戸で水を汲んでいた。


「お勤め、ご苦労様」

「ひっ! お、お、お、お嬢様!」


馬番はびっくりして、水の桶を井戸の中に落としてしまったの。


「あら、ごめんなさい。急に声をかけてしまって」

「あ、あ、あ、いえ、だ、大丈夫……です」


この人、とんでもなく挙動不審になってるじゃないの。


「このあいだ落馬したじゃない?」

「あ……、は、はい」


彼の顔がどんどん青くなっていく。

身に覚えがあるのかな?


足も、わずかにガクガクしてきたし……。

やはり、こいつが実行犯かしら。


「それで、馬の方はケガしてなかったかしらって気になって……」

「う! 馬の方は! だ、だだだ、大丈夫、です!」


馬番は完全にキョドって、下を向いている。

殺そうとした相手を目の前にして、平気でいられる方が異常よね。


「それは良かったわ。あなたが心を込めてお世話をしている馬を傷つけてしまっていたら申し訳ないと、そう思って……」


馬番は、はっと顔を上げて私を見た。


そう……。

馬は可愛いのね。貴方にとって。

じゃあ、あんなことしちゃダメじゃない。


「いえ……とんでもねえです……お嬢様…………」


彼の顔がゆがんでいるのは、後悔のせいか、それとも咎を受けるかもしれないという懼れからか――。

後悔の方であってくれればいいのだけど。


「邪魔したわね」

「はい……お嬢様」



私は、厩舎を後にして、レオン君に連絡を入れた。


<レオン君、聞こえる?>

<聞こえるよ、遥香さん!>

<出番よ!>

<了解!!>


ここから先は、貴方の力が必要だわ、レオン君!

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