実家到着した初日のこと。
『キエエエエエ――――ッ!』
私は奇声を発せざるを得なかった。
物。物。物。
ミーアの部屋は物だらけ!
「はあ? なんなの! この汚部屋は!」
私のシャウトに、申し訳なさそうな顔で頭を下げるセバスが気の毒でならない。
ああ~……。
レオン君を宿屋に放り込んで、実家で作業を始めた途端このザマよ。
事件の真相を探るため、わざわざ実家に戻ってミーアの部屋のガサ入れをしに来たんだけど……。
他人に荷物を触らせたがらないミーアの悪癖のおかげで、大量の物が未整理で部屋のそこかしこに山積み状態!
開始一秒で心が砕け散って、サラサラのパウダーサンドになっちゃったわ。
ふざけんな! あーもー、なにこれ!
ってられっかよ! クソッタレ!
だけど、二秒目でセメントと混合して魂の硬化に成功した私は、自室に戻り、セバスチャンに作業用の服を用意させた。
なにせこの世界にはジャージはないし、私の私服は頭おかしい開発陣のせいで全部真っ黒のドレスばっか。
さすがに下着姿で仕分け作業をするわけにいかないから、使用人の服を借りることになったわ。メイド服だと作業しにくいから、農業用とか軽作業用が適切だわね。
用意を命じて10分ほどでセバスが戻ってきた。
「お待たせいたしました、お嬢様。こちらの服はいかがでしょうか」
見なくても分かる。
セバスは出来る子。
的確な服をチョイスしたに決まってるわ。
でも、期待せずに見てびっくりした体を装ってあげる。
それがご褒美だと知ってるから。
「ええと……。これはすばらしい選択だわ。袖も細く、ボトムはズボンタイプ。男性用の作業服ね。今日の作業にうってつけの衣装よ! さすがセバスチャンね!」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様。ですが……」
「なに?」
「何もお嬢様がご自身で汚れ仕事をなさらなくても……。
ご命令を頂ければ私共で整理整頓を致しますのに……」
「セバス、これはあくまで捜査のための整理なの。勝手の分からない人間にかき回されたり、証拠を破壊、廃棄されたら困るのよ」
「ですが……」
「検分の終わった品物の整理や力仕事はお願いするから安心して。貴方も屋敷の仕事があるでしょう? 数日駆り出してしまったから、用事が溜まっているのではなくて?」
「ありがとうございます。ですがご心配には及びません。お嬢様の一大事ですから、全て片付けておきました」
「さすがセバスチャンね! 出来る男は素敵よ!」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様。私に出来ることがあれば何なりとお申し付けください。お近くに控えておりますゆえ」
「そうね。ある程度の作業が進むまで、ミーアの部屋には貴方以外、誰も入れないでちょうだい。内通者が証拠品を隠蔽したら元も子もないのだから」
「御意。作業に必要なものがございましたら、そちらもご用意致しますが」
「そうね。じゃあ、欲しいものをリストアップするから、先に向こうで待ってて」
「かしこまりました。では」
セバスが出ていったあと、私は服を着替え、自分の部屋に何か細工されていないか調べ始めた。悪いやつらが部屋のどこに何を仕掛けるか、さんざん見て来たからだいたい分かる。この世界にはハイテク機器はないけど魔法はあるから、注意するに越したことはないわね。
元々綺麗に整理された部屋だから、調べる場所は多くはなかったわね。
結局、めぼしいものは見つからなかった。
……でも違うものは出て来た。
それは、第三王子・レオンからの手紙。
もちろんそれは、翔くんのことじゃなく、NPCだった頃の第三王子。
ヴィクトリアへの愛が、遠慮がちに綴られている。
いつか権力争いのために自分が死ぬかもしれないって恐れも。
そして、それに巻き込んで済まない、とも。
一体だれがこんなテキスト書いたのかしら。
こんなにも、切ない手紙を。
RPGでもないのに、コンテンツをここまで分厚くする必要ないでしょうが。
やっぱりあの会社、頭おかしいわ。
◇
結局、今日は何の成果も得られませんでした。
っていうか、体のあちこちが痛いし凝ったしむくんだし。
ミーアの部屋の片づけで一日終わってしまったわよ。
あんなの一人でやる分量じゃないわよ、絶対!
かといって初動で人を入れるわけにもいかず……。
なにやってんだろ、私。
でもこれは捜査のためよ! そうよ! そう思うことにする!
「あ~~~~、つかれたあああ~~~~」
労働の後の冷たいビールでもあれば……。
ああ~、寮なら晩酌セットで一杯飲めるのにぃ!
「そうだわ。晩酌すればイイジャナイ!」
夕食を手早く済ませた私は、自分の部屋で晩酌を楽しんでいた。
ワインのボトルをおつまみと一緒にセバスに持ってこさせたわ。
未成年が酒? って言われると困るからゲーム中での飲酒シーンはなかったものの、ぶっちゃけワインなんて水の代わりよ。
「ん~……。それにしても、薄いわね。こんなんじゃ酔えないわよ」
<遥香さん、聞こえる? 僕だよ>
ぶつくさ言いながら晩酌を楽しんでいると、レオン君からの定時連絡が。
そういえばもうそんな時間ね。
<こっちは大変よ~荷物が>
<荷物???>
<あー……えっと、ミーアの部屋のガサ入れしてたのよ。何か物証が出てくるかもしれないと思ってね>
<なるほど。ガサ入れ……ですか>
ホントは荷物整理を手伝ってもらいたいんだけど、ああ言った手前、彼を呼びつけることは出来ないわね。
ヨハンに手伝ってもらってもいいんだけど、力仕事が必要になるのは、もうちょっと先になりそうだし。
かといってセバスに作業させると、なんでメイドにやらせないんだってモメる原因になりそうだし。
それにメイドを入れるのは現状では避けたいし。
う~ん、悩ましいわあ~。
<うん。でね、とにかくあの子の部屋は物が多くて多くても~~~、ぐっちゃぐちゃなのよ>
<はあ……。そんなとこまでゲームって作り込むもんなの?>
<どうかしらね>
「よっこらしょ」
私は、寝そべっていたソファから起き上がり、酒のグラスをローテーブルに置くと、ベッドに移動してドスンと座った。
多分、話が長くなりそうだし。
<遥香さん、ところでちょっと質問があるんだけど>
<なにかしら?>
<昼間入ったお店の壁に、君の肖像画が掛けられていたんだ。あちこちに飾ってあるらしくて、街のアイドルみたいで驚いたよ。そんな設定あったの?>
<は? 私がアイドル? 聞いたことないわね……。ふうん>
へんな作り込みしてるじゃない。
ま、王族みたいで悪い気はしないわ。
<ヴィクトリア様はこの領地のお姫様で、街の女の子の憧れで、首都の学園に通ってることも、落馬のことも、街の人はみんな知ってるという>
<ふうん……。追加設定かしら>
<だけど君の役って悪役令嬢だったじゃない? いくらストーリー上とはいえ、みんなのアイドルを陥れるのってマズいんじゃないかな……>
レオン君もいろいろ考えるようになってきたわね。
いい傾向だわ。
頭は多すぎると迷走するけど、1つしかないのも疲れるから。
<私も街でデートしたいわ~。荷物整理で潰れるなんていやよお~>
レオン君が『うぐっ』ってうめいてる。
遊んでるのを咎められてると思ったのかしら。
そんなことないのに……。
<貴方もゆっくり休んでね>
<ありがと。愛してるよ、遥香さん。おやすみなさい>
<ええ、私もよ、レオン君。じゃ>
レオン君もなかなか言うようになったじゃない。
愛してる、なんて。
可愛くて愛おしい、お人形みたいな王子様。
血で汚れた私を愛してくれる、弟みたいな王子様。
どうしたら貴方を護れるの?
もっと強く、賢くなりたいわ……。
◇◇◇
そして翌日。
前日から引き続きミーアの部屋を整理……じゃなくて捜索している私。
肩とか腰とか痛くて、そろそろギブアップしたくなってきたわ。
いいかげん、そろそろ証拠品が出てきてもいいと思うんだけど……。
「お嬢様、昼食のご用意が出来ました。一服なさってはいかがでしょうか」
「そうね、セバスチャン。お昼休憩にしましょうか」
正直、この作業にだんだん虚しさを覚えていたところだったから、セバスが呼びにきてくれて丁度良かったわ。
◇
そして食後。
「あーもー働きたくなーい……」
テラスのテーブルでぐったりする私に、セバスチャンがお茶を淹れてくれた。
だからいわんこっちゃない、って顔で私の前にカップを置いたその時、
<遥香さん! 今いい?>
レオン君の緊迫した声が、耳に飛び込んできた。
<どうしたの!? 何かあった?>
<す、すごい重要情報をゲットしちゃったかも!>
<重要情報?>
<えっと、昨日と今日行ったお店の――――>
レオン君の情報は、確かにドえらい情報だったわ!
ふらふら遊んでると思ったら、ちゃんと仕事してるじゃない!
<レオン君えらい! ちょーえらい!>
<やったあ! あとでいっぱいほめて~~>
<もちろんよ>
まさか、店員さんのお姉さんが、最近入ったうちのメイドで馬番と恋仲って……疑うなって方が無理よね。
「セバスチャン、最近うちで雇ったメイドについての情報を持ってきて」
「御意」
老執事は、腰をパキっと折って、深々と礼をした。
かっこいいわよ! セバスチャン!
頼りにしてるわよ! セバスチャン!