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第40話 ハウスキーパー・遥香

実家到着した初日のこと。


『キエエエエエ――――ッ!』

私は奇声を発せざるを得なかった。


物。物。物。

ミーアの部屋は物だらけ!


「はあ? なんなの! この汚部屋は!」


私のシャウトに、申し訳なさそうな顔で頭を下げるセバスが気の毒でならない。

ああ~……。

レオン君を宿屋に放り込んで、実家で作業を始めた途端このザマよ。


事件の真相を探るため、わざわざ実家に戻ってミーアの部屋のガサ入れをしに来たんだけど……。


他人に荷物を触らせたがらないミーアの悪癖のおかげで、大量の物が未整理で部屋のそこかしこに山積み状態!


開始一秒で心が砕け散って、サラサラのパウダーサンドになっちゃったわ。


ふざけんな! あーもー、なにこれ!

ってられっかよ! クソッタレ!


だけど、二秒目でセメントと混合して魂の硬化に成功した私は、自室に戻り、セバスチャンに作業用の服を用意させた。


なにせこの世界にはジャージはないし、私の私服は頭おかしい開発陣のせいで全部真っ黒のドレスばっか。

さすがに下着姿で仕分け作業をするわけにいかないから、使用人の服を借りることになったわ。メイド服だと作業しにくいから、農業用とか軽作業用が適切だわね。


用意を命じて10分ほどでセバスが戻ってきた。

「お待たせいたしました、お嬢様。こちらの服はいかがでしょうか」


見なくても分かる。

セバスは出来る子。

的確な服をチョイスしたに決まってるわ。


でも、期待せずに見てびっくりした体を装ってあげる。

それがご褒美だと知ってるから。


「ええと……。これはすばらしい選択だわ。袖も細く、ボトムはズボンタイプ。男性用の作業服ね。今日の作業にうってつけの衣装よ! さすがセバスチャンね!」


「お褒めに預かり光栄です、お嬢様。ですが……」

「なに?」


「何もお嬢様がご自身で汚れ仕事をなさらなくても……。

ご命令を頂ければ私共で整理整頓を致しますのに……」


「セバス、これはあくまで捜査のための整理なの。勝手の分からない人間にかき回されたり、証拠を破壊、廃棄されたら困るのよ」


「ですが……」


「検分の終わった品物の整理や力仕事はお願いするから安心して。貴方も屋敷の仕事があるでしょう? 数日駆り出してしまったから、用事が溜まっているのではなくて?」


「ありがとうございます。ですがご心配には及びません。お嬢様の一大事ですから、全て片付けておきました」


「さすがセバスチャンね! 出来る男は素敵よ!」


「お褒めに預かり光栄です、お嬢様。私に出来ることがあれば何なりとお申し付けください。お近くに控えておりますゆえ」


「そうね。ある程度の作業が進むまで、ミーアの部屋には貴方以外、誰も入れないでちょうだい。内通者が証拠品を隠蔽したら元も子もないのだから」


「御意。作業に必要なものがございましたら、そちらもご用意致しますが」

「そうね。じゃあ、欲しいものをリストアップするから、先に向こうで待ってて」

「かしこまりました。では」


セバスが出ていったあと、私は服を着替え、自分の部屋に何か細工されていないか調べ始めた。悪いやつらが部屋のどこに何を仕掛けるか、さんざん見て来たからだいたい分かる。この世界にはハイテク機器はないけど魔法はあるから、注意するに越したことはないわね。


元々綺麗に整理された部屋だから、調べる場所は多くはなかったわね。

結局、めぼしいものは見つからなかった。


……でも違うものは出て来た。

それは、第三王子・レオンからの手紙。

もちろんそれは、翔くんのことじゃなく、NPCだった頃の第三王子。


ヴィクトリアへの愛が、遠慮がちに綴られている。

いつか権力争いのために自分が死ぬかもしれないって恐れも。

そして、それに巻き込んで済まない、とも。


一体だれがこんなテキスト書いたのかしら。

こんなにも、切ない手紙を。

RPGでもないのに、コンテンツをここまで分厚くする必要ないでしょうが。

やっぱりあの会社、頭おかしいわ。



     ◇



結局、今日は何の成果も得られませんでした。

っていうか、体のあちこちが痛いし凝ったしむくんだし。

ミーアの部屋の片づけで一日終わってしまったわよ。


あんなの一人でやる分量じゃないわよ、絶対!

かといって初動で人を入れるわけにもいかず……。


なにやってんだろ、私。

でもこれは捜査のためよ! そうよ! そう思うことにする!


「あ~~~~、つかれたあああ~~~~」


労働の後の冷たいビールでもあれば……。

ああ~、寮なら晩酌セットで一杯飲めるのにぃ!


「そうだわ。晩酌すればイイジャナイ!」


夕食を手早く済ませた私は、自分の部屋で晩酌を楽しんでいた。

ワインのボトルをおつまみと一緒にセバスに持ってこさせたわ。


未成年が酒? って言われると困るからゲーム中での飲酒シーンはなかったものの、ぶっちゃけワインなんて水の代わりよ。


「ん~……。それにしても、薄いわね。こんなんじゃ酔えないわよ」


<遥香さん、聞こえる? 僕だよ>


ぶつくさ言いながら晩酌を楽しんでいると、レオン君からの定時連絡が。

そういえばもうそんな時間ね。


<こっちは大変よ~荷物が>

<荷物???>


<あー……えっと、ミーアの部屋のガサ入れしてたのよ。何か物証が出てくるかもしれないと思ってね>


<なるほど。ガサ入れ……ですか>


ホントは荷物整理を手伝ってもらいたいんだけど、ああ言った手前、彼を呼びつけることは出来ないわね。


ヨハンに手伝ってもらってもいいんだけど、力仕事が必要になるのは、もうちょっと先になりそうだし。

かといってセバスに作業させると、なんでメイドにやらせないんだってモメる原因になりそうだし。

それにメイドを入れるのは現状では避けたいし。


う~ん、悩ましいわあ~。


<うん。でね、とにかくあの子の部屋は物が多くて多くても~~~、ぐっちゃぐちゃなのよ>


<はあ……。そんなとこまでゲームって作り込むもんなの?>

<どうかしらね>


「よっこらしょ」


私は、寝そべっていたソファから起き上がり、酒のグラスをローテーブルに置くと、ベッドに移動してドスンと座った。

多分、話が長くなりそうだし。


<遥香さん、ところでちょっと質問があるんだけど>

<なにかしら?>


<昼間入ったお店の壁に、君の肖像画が掛けられていたんだ。あちこちに飾ってあるらしくて、街のアイドルみたいで驚いたよ。そんな設定あったの?>


<は? 私がアイドル? 聞いたことないわね……。ふうん>


へんな作り込みしてるじゃない。

ま、王族みたいで悪い気はしないわ。


<ヴィクトリア様はこの領地のお姫様で、街の女の子の憧れで、首都の学園に通ってることも、落馬のことも、街の人はみんな知ってるという>


<ふうん……。追加設定かしら>


<だけど君の役って悪役令嬢だったじゃない? いくらストーリー上とはいえ、みんなのアイドルを陥れるのってマズいんじゃないかな……>


レオン君もいろいろ考えるようになってきたわね。

いい傾向だわ。

頭は多すぎると迷走するけど、1つしかないのも疲れるから。


<私も街でデートしたいわ~。荷物整理で潰れるなんていやよお~>


レオン君が『うぐっ』ってうめいてる。

遊んでるのを咎められてると思ったのかしら。

そんなことないのに……。


<貴方もゆっくり休んでね>

<ありがと。愛してるよ、遥香さん。おやすみなさい>

<ええ、私もよ、レオン君。じゃ>


レオン君もなかなか言うようになったじゃない。

愛してる、なんて。


可愛くて愛おしい、お人形みたいな王子様。

血で汚れた私を愛してくれる、弟みたいな王子様。


どうしたら貴方を護れるの?

もっと強く、賢くなりたいわ……。




     ◇◇◇




そして翌日。


前日から引き続きミーアの部屋を整理……じゃなくて捜索している私。

肩とか腰とか痛くて、そろそろギブアップしたくなってきたわ。

いいかげん、そろそろ証拠品が出てきてもいいと思うんだけど……。


「お嬢様、昼食のご用意が出来ました。一服なさってはいかがでしょうか」

「そうね、セバスチャン。お昼休憩にしましょうか」


正直、この作業にだんだん虚しさを覚えていたところだったから、セバスが呼びにきてくれて丁度良かったわ。



     ◇



そして食後。

「あーもー働きたくなーい……」


テラスのテーブルでぐったりする私に、セバスチャンがお茶を淹れてくれた。

だからいわんこっちゃない、って顔で私の前にカップを置いたその時、


<遥香さん! 今いい?>

レオン君の緊迫した声が、耳に飛び込んできた。


<どうしたの!? 何かあった?>

<す、すごい重要情報をゲットしちゃったかも!>

<重要情報?>

<えっと、昨日と今日行ったお店の――――>


レオン君の情報は、確かにドえらい情報だったわ!

ふらふら遊んでると思ったら、ちゃんと仕事してるじゃない!


<レオン君えらい! ちょーえらい!>

<やったあ! あとでいっぱいほめて~~>

<もちろんよ>


まさか、店員さんのお姉さんが、最近入ったうちのメイドで馬番と恋仲って……疑うなって方が無理よね。


「セバスチャン、最近うちで雇ったメイドについての情報を持ってきて」

「御意」


老執事は、腰をパキっと折って、深々と礼をした。


かっこいいわよ! セバスチャン!

頼りにしてるわよ! セバスチャン!

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