僕が店を出ると、もう隊長さんは向かいのカフェを出てこちらに向かってた。
さすがは護衛騎士、なんて。
「プレゼントは買えたのか?」と、お父さん(仮)。
「気に入ったのがなくて。でも、明日新しい商品が入荷するっていうから、また来ようかと。……いい?」
僕はおねだりするように、隊長さんの顔色を伺った。
警護対象の自分が好き勝手出来るわけじゃない、って理解はしているから。
彼はすぐ快諾してくれた。
「わかった。他に見たい店はあるか?」
何かないかな、と考えていたら、盛大におなかの虫が鳴いた。
『ぐぐ~~~~っ』
「……おなかすいた」
隊長さんは、僕の頭をぽんぽんとやさしく叩いて、
「よしよし。じゃ、飯屋にでも行くか」
「うん。僕、学園の外でご飯食べるの久しぶりだな~」
「ははは、学園じゃ出ないような旨いもん食わせてやる。父さんに任せろ」
「やった~!」
「はっはっは」
親子の振りしてるだけなのに、隊長さん何だか嬉しそうだな。
僕のこと、本当の息子みたいに思ってるのかな……。
だったら少し嬉しいな。
◇
夕食は、待機中の騎士さんたちと合流して、宿の近くの酒場で食べることに。
この世界では、酒場といっても食堂を兼ねているところが多いらしい。
お食事歓迎な居酒屋みたいだね。
僕だけ知らない仲なのに、みんな兄弟みたいに優しくしてくれる。
そうか……。第三王子のホントの家族って、この人たちだったんだな。
じゃあ、僕のせいでこの人たちを犠牲にしちゃいけない。
彼らに何かあったら、
だから、ヴィクトリアが全ての敵を屠るまで、僕は何度だって死んでやる。
◇
夜も更けて、定時連絡の時間になった。
僕は宿屋のベッドに寝転んで、遥香さんを呼び出した。
<遥香さん、聞こえる? 僕だよ>
イヤリングから衣擦れの音が聞こえる。
着替えてるのか、それとも、ベッドの中……?
<お疲れ様、レオン君。感度良好よ。今日は特に問題はなかったかしら?>
<ああ、騎士さんたちと街を散歩してたんだ。みんなとても良くしてくれる>
<あら良かったわね! こっちは大変よ~荷物が>
<荷物???>
なんのこっちゃ?
<あー……えっと、ミーアの部屋と私の部屋のガサ入れしてたのよ。何か物証が出てくるかもしれないと思ってね>
<なるほど。ガサ入れ……ですか>
遥香さんがガサ入れしてるとこ、なんとなく想像できる。
<うん。でね、とにかくあの子の部屋は物が多くて多くても~~~、ぐっちゃぐちゃなのよ。まあ姉のヴィクトリアも物がとんでもなく多いから、やっぱ姉妹かしらね>
<はあ……。そんなとこまでゲームって作り込むもんなの?>
<どうかしらね>
遥香さんは、よっこらしょと言いながら、多分ベッドにドスンと腰かけたっぽい。
<この調子だと明日も荷物整理で終わっちゃいそうだわ>
<お、お疲れ様です。ところでちょっと質問があるんだけど>
<なにかしら?>
<昼間入ったお店の壁に、君の肖像画が掛けられていたんだ。あちこちに飾ってあるらしくて、街のアイドルみたいで驚いたよ。そんな設定あったの?>
<は? 私がアイドル? 聞いたことないわね……。ふうん>
<ヴィクトリア様はこの領地のお姫様で、街の女の子の憧れで、首都の学園に通ってることも、落馬のことも、街の人はみんな知ってるという>
<ふうん……。追加設定かしら>
<だけど君の役って悪役令嬢だったじゃない? いくらストーリー上とはいえ、みんなのアイドルを陥れるのってマズいんじゃないかな……>
<あはは、まあ、そうね。でもあのメーカーなら何やっても驚かないわ>
<どんだけ信用ないんだメーカー、いやむしろあるのか?>
<私も街でデートしたいわ~。荷物整理で潰れるなんていやよお~>
デ、デート! ああ、二人で散策したらデートだよね!
そうだよ、僕らデートしたことないじゃん! っていうか学園からほとんど外に出てないじゃん! ううう、気づきたくなかった……。
<そもそも、ミーアの部屋ってメイドが片付けてるんじゃないの?>
<他人に触らせたくなかったみたい。……ますます怪しいじゃない?>
<あやしい……>
<というわけで、明日も捜査という名の荷物整理を続行よ。ふ~。じゃあこれからお風呂入るから、何かあったら連絡ちょうだい>
<お、お風呂! ああ……僕も遥香さんと一緒に入りたいなあ。僕一緒にお風呂入ったのってユノスくんだけだよ>
<そういえば……。すっかり忘れてたわね>
<留守番で寂しがってるかな、ユノスくん。あ、ごめん、じゃあ、おやすみなさい>
<おやすみなさい。貴方もゆっくり休んでね>
<ありがと。愛してるよ、遥香さん。おやすみなさい>
<ええ、私もよ、レオン君。じゃ>
おやすみなさい、遥香さん。
貴女はずっと、僕のこと、レオンって呼ぶんですね。
当たり前なんだろうけど……でも……。
僕の中では、レオンというのは僕じゃあない。
あの第三王子のこと。
彼には人格もあれば、仲間の記憶の中でちゃんと生きていた。
その人生を上書きするように僕が生きているのは、なんだか申し訳ないのと同時に、彼の無念を晴らしてあげたい気持ちもある。
きっと彼のままじゃ、ヴィクトリアも、彼自身も護ることは出来なかっただろうから。
だから。
◇◇◇
翌朝。
遥香さんのモーニングコールで起きる。
彼女の指示で、セーブポイントを解除、再設定を行う。
この神アイテムの名前、リセットボタンなのかセーブボタンなのか、いまだによくわからない。
なんとなくリセットボタンって呼んでるけど、本当は違うのかもしれない。こんど神か動画職人さんにでも会った時に聞いてみよう。
身支度をしてから、宿屋の一階で騎士さんたちと朝食を取っていると、途中で騎士さんが一人、食卓に加わった。
そういえば、一人欠けてるのに気づかなかった。
まだ寝ぼけてるのかな。いかんいかん。
「おはようございます。どこか行ってたんですか?」
僕の問いに、今しがた戻ってきた騎士さんが、
「坊ちゃんおはよう。さっきヨハンに差し入れ持っていったんすよ。あいつ体に似合わず食いしん坊っすから」
なるほど、連絡係ってことか。差し入れとは上手い表現だな。
「そっかあ。ヨハンも喜んでたろうね。お疲れ様」
「ありがとう、あー俺も腹減った。すいませーん、飯くださーい」
給仕係のおばちゃんに声をかける騎士さん。
なんかこういうのいいな。アットホームな雰囲気っていうか。
普段の僕は、券売機のある外食チェーンや、コンビニ弁当で食事を取ってたから、こういうあったかい雰囲気が、とてもありがたく感じる。
実の家庭ですら、ギスギスした空気の中で食べるか、みんなバラバラで食べるか、ってカンジだったから……。
やっぱり、死んでよかったな。いや、ここに来れてよかった。ずっとそう思えるように、がんばらないとな。