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第36話 レオンside 第三王子の親衛隊

「あ~あ……。遥香さん、行っちゃった……」


宿屋の窓から、ベルフォート家の馬車を見送った僕は、遥香さんから預かったペンダントを手のひらの上に乗せて、指先で撫でていた。


このペンダントはさっきまで彼女の肌に触れていた。そう思うと、愛しくて愛しくてたまらない……。


「そういえば、毎朝起きたらセーブのかけ直しをするって言ってたけど……、

そうそう、セーブしていいかどうか連絡が来てから、だったな。

忘れないようにメモしとかなくちゃ。

うっかりセーブしちゃいけなかったりしたら大変だもんな」


僕は荷物の中から筆記用具を取り出すと、大事な事とタイトルをつけて、セーブボタンの使用に関する注意を書いた。

ホントなら、蛍光ペンでアンダーラインでも引いておきたいところだけど、この世界の筆記具はインクを用いるつけペンか筆、そして鉛筆しかない。


まあ、鉛筆があるだけマシなのだけど。だって、液体インクを使うものは乾かさないといけないでしょ。

そう思うと、現代の筆記具はなんて便利なんだろうなって思う。そんなものが百均でたくさん売られているんだから、ぜいたくな話だよね。


「あ~あ、待ってるだけなんて退屈だな~」


そういえば、ここは一応街だからお店とかあるんだろうな。学園と王宮しか行ったことないから見物でもしようかな。でも勝手に行ったら怒られそうだし……。


僕は、遥香さんちの執事さんからもらった平民の服に着替え、隣に泊まっているウチの護衛騎士たちのところに行った。


「ちょっといいかな」

「殿下、なにか御用でしょうか」

「街を散策したいのだが」


隊長さんが、どうしよっかなって顔して少し考えたあと、

「かしこまりました。我らも支度を致しますので、のちほどお迎えにあがります」


「ごめんね、面倒をかけて」

なんて僕が言ったせいか、みんな『えっ?』って顔して僕を見るんだ。

まずかったかな。


「殿下、変わられましたな」と隊長さん。


「あ……どう変わったんだい?」

本来の第三王子はどんな人物だったのか、少しは分かるかな。


「常に暗殺の危険の中に御身を置かれていたせいか、ご心労で暗いお顔をなさっておいででした。そして臣下を労うどころかお声をかけられることも少なく」


隊長さんの言葉に協調するように、ほかの護衛騎士たちも、うなづいている。


「皆には気苦労をかけて済まない……」

「いいえ。勿体なきお言葉。殿下をお支えするのが我らの使命にございます」

「うん。ではまたあとで」


僕は彼らの部屋を出て自分の部屋に戻り、小腹が空いたので神からもらったシリアルバーを食べることにした。


思えば、昔の世界では携行食というのも作るのが大変だったんだろうな。こんな保存性の高い丈夫な袋に入っていて、栄養価も高くて美味しいものなんて、ずっと未来の存在なんだな。


そうか。そういう不便があって、昔の人々の願いが積み重なって出来たのが、現代の技術で作られた食品なんだな。過去があって今がある。

つまり、今というのは、過去と切り離されたものではなく、ずっと繋がっているんだな。だから、昔のことも学ばないといけないんだな。



学ばなければいけなかったんだな……僕は。

もっとちゃんと大学に通っておけばよかったな。



     ◇



チョコバーを食べ終わって5分ほどしてから、ドアがノックされた。騎士かな?


「はーい、今開けます」


すると外から、

「殿下、いきなり扉を開けてはなりませぬ。不用心ですぞ。まず相手が名乗ってから注意して開けるようになさいませ」


怒られちゃった。

ついつい、こういう所に素が出ちゃうな。

気をつけないと。


「あ、そうだな。うっかりしていた。そなたの名を名乗れ」


「第三王子レオン殿下直属親衛隊が隊長、アインハード・ベルガーが、レオン殿下のお迎えに参りました。お目通り願います」


もう、開けてもいいかな……

『ガチャ』


「ご苦労。では参るぞ」

「御意」



     ◇



というわけで、宿を出たのは僕と隊長のベルガーさん。

彼も僕とおなじく平民の服に着替えていた。

人数が多いとかえって目立つから、他の二人は留守番だそうな。


「それでお前はどこに行きたい?」


うお、いきなりタメ口だ。

これは事前に申し合わせたことだから無礼でもないんだ。一応僕らは親子って設定らしい。もうちょっと若かったら兄弟にしたって言ってた。


「初めて来た街だから、お店のあるあたりを一通り見てみたいな」

「分かった。欲しいものがあれば何でも買ってやるぞ」

「わ~い、ありがとうお父さん」

「お、おう。お前にはいつも世話をかけてるからな。気にするな」

「うん!」


あまりにナチュラルな僕の演技に、ベルガー隊長が動揺してる。

相手が王子様だと思えば多少は驚くかな。

だけど彼のアドリブもなかなか。

普段から潜入調査とか危ないことしてるのかな。


急な話だけど、優しいお父さんが出来て、ちょっと嬉しいな。

僕の実の父は、ちっとも優しくなかった。僕だけじゃなく、家族全員に。

あの男は家族を愛せないのに、なんで結婚したんだろう。

遥香さんとの間に子供が出来たら、あんな父親にはなりたくないな……。


「そういえば、こないだ一緒に買いに行った指輪、彼女にはもう渡したのか?」

「え? ……あ、ああ、うん。昨日、やっと渡せた」


あの指輪は、第三王子と隊長さんがお忍びで買って来たものなんだな。

ちゃんと渡せたか心配してくれてたんだね。

でも……。貴方と一緒に買いに行った彼は、もういないんだ。ごめんね。


「よろこんで、くれたかい?」

「うん。とても」

「そうか……」


本当のお父さんみたいに、優しい目で僕を見てくれる。

そんな風に第三王子を見守ってきたんだね。貴方たちは……。


いつ消されるかも分からない第三王子の親衛隊なんて、貧乏くじもいいところじゃないか。なのにこの人たちは、志願して護ってくれている。

親衛隊とはそういうものなんだと王城で聞いた。


遥香さんは、僕たち転生者以外は全てNPC、それに近い生物だって言う。けれども、僕にはやっぱり彼らもちゃんと生きている人たちだって思うんだ。どうしても、彼女みたいには割り切れない。人生経験の差、なのかな……。



     ◇



しばらく歩いているうちに、僕はあることを思いついた。


「ねえ父さん、この街には宝飾店ってあるかなあ」

「あるぞ。また新しいプレゼントでも彼女に贈るのかい?」

「うん! 今度は指輪じゃないのをね」

「そうか。いい品物が置いてあるといいんだけどな」

「置いてないかもしれないの?」


「一番良い品物は首都の店に置かれるものだからな。ここは近隣の中では比較的大きい街ではあるが、首都に比べると見劣りはしてしまうだろう」


「そっか……。でもいいんだ。自分で選んだものを贈りたいから」

「前もそうだっただろう?」

「次はいつ買い物が出来るか分からないから……」


そう言うと、隊長さんの顔が一瞬ゆがんだ。

きっと、いつ『殺される』かもしれない、って意味だと思われちゃったんだな。

なんかつらい思いさせちゃって、悪かったな。


でも、安心して。

僕はあの第三王子なんかより、ずっと丈夫で、絶対に死なない。死んでも生き返る。だから安心して。……って本当のこと言えたらいいのにね。

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