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第35話 いざ実家へ

彼の部屋で初めて迎えた朝。


私はベッドで横になりながら、首のチェーンを手繰り寄せ、ペンダントのふたを開けた。

そして、ぽちり。ぽちり。

これが毎朝のルーティーン。


セーブポイントは、ちゃんと今朝に設定しなおしたわ。

二人の夜を、無かったことになんてしない。


にしても……。


「ううう……つつつ……」


うかつだったわ……。

そういえば、私も初めてだった。

痛いに決まってるじゃないの。


「おはよう遥香さん」

「おはよ、レオン君。起こしてごめんね」


寝ぐせ頭でぼーっとしてるレオン君。

昨夜の情熱がウソのように、スッキリというか毒気が抜けたというか、そんな顔してる。


「大丈夫? 遥香さん。痛い?」

「痛い……けど大丈夫」

「ごめんね……初めてだって思わなかったんだ」


そりゃあ、あんな大人ムーブかましてたら、誰だって経験者だって思うわよね。


「私もうっかりしてたわ。この体、処女だったわ。でも二度目からは余裕よ」

「ううう……。僕は二度目でも全く余裕持てる気がしないんですが……」


レオン君が枕に顔を埋めちゃった。

朝チュンどこ行った。


「ねえ、何か忘れてない?」

「え?」


彼が頭を起こしたタイミングで、こっちからキスをしてやったわ。


「あっ……んん……」レオン君が吐息を漏らす。


不意打ちを喰らった彼が、遠慮がちに私の腰へと腕を回してくる。

それがなんとも初々しくて、たまんない。


「レオン君……すき」

「えっ、えっ、あ、ああ、ありがとう……僕も好きです」


しってる。っていおうとして言葉を飲み込んだ。

またやっちゃうとこだったわ。


「ありがとう」

「いや……そんな。ぼ、僕の方こそ」


これは無限ループになるやつだわ。阻止しないと。

私はベッドサイドに置かれた革製の小箱を手に取り、中身を確かめてみた。


「そういえば……あ、ほんとだ。補充されてる」


レオン君も例の小箱を覗き込んで、

「え? あ、ホントだ。っていうか、よくそんなの調べる余裕ありますね。ったく……僕なんかぜんぜん余裕ないのに……」


またしょんぼりしちゃった。

自己評価が低すぎるのが問題ね。


「そうやってすぐいじけるの禁止よ。多少の経験値なんて誤差だから」

「ほんとに?」


私は彼の目を見つめて、

「ええ、そうよ。これからずっと何十年も続けるんでしょ?」


「まあ……僕でよかったら……。

それで昨日は……その……」


「ん? どうしたの?」

「大丈夫だったかな……ちゃんと出来た、かな……僕」


私は彼の頬を撫でながら、

「大丈夫よ。ちゃんと出来たから安心して」


「むふん……。よかった……」

「レオン君は、気持ちよかった?」


彼は急に真っ赤になって、

「あ、う、も、もも、もちろんです!

死んで良かった!

あ、何言ってんだろ僕、ご、ごめんなさい!」


とりあえず良かったみたい。


「ううん。貴方の今が充実してるなら、私は嬉しいわ」

「そ、そっか……。ありがとう、遥香さん」

「どういたしまして」

「つ、次はがんばるから……」


「焦らなくていいわ」

私は気負う彼の頭をナデナデしてあげた。


「むふん……。ずるいや……」


条件反射でうっとりしちゃうから、ずるいってことね。

でも、かわいいから、ついナデナデしちゃうのよ。


「私たち、心から、この世界に来て良かった、娯楽神にスカウトされて良かった、って思いながら、寿命で死ねたらいいわね」


「僕なんかもう、今の時点でもお腹いっぱいなのに」

「せっかくスカウトされたんだから、存分に楽しまなくちゃ。でしょ?」

「はい! やっぱ死んでよかった!」


レオン君、言い方~~!



     ◇



服を着て、さあ自分の部屋に戻ろうと思ったところで――


「遥香さん~~、いかないでぇ~」

レオン君が私にしがみついて離してくれない。


「さすがに二日も延期できないわよ。レオン君も準備しちゃいなさいよ」

「く~ん……。数日会えないんだよ? さみしいよう~~」


ほんと、レオン君ったらすっかり甘えんぼさんになっちゃって。

……って、彼は最初から甘えんぼだったわね。


「みんな終わったら、たくさん甘えさせてあげるから」

「約束だよお~~」


恋人との初めての朝を、悠長に味わっている場合じゃないのよレオン君。


私は、名残惜しそうに引き留めるレオン君を振り切って、部屋に戻り支度をした。

毎度のごとくメイドたちによるオート着替えのおかげで、あっという間に完了してしまったのだけど。



     ◇



それから、敵に気取られぬよう、私とレオン君は別行動で学園の外へ出たの。

私はセバスチャンと馬車で。レオン君は護衛騎士の人たちと馬でね。


その後、学園から馬車で十分ほど離れた、ひと気のない場所で合流したの。


「殿下、おまたせ! さすがに馬だと早いわね」

私は、先に到着していたレオン君に声を掛けた。


「そんな車引いてるんだもん、比べたら馬が可愛そうだよヴィクトリア」

「それもそうね」


レオン君の後ろから一人の騎士さんが出てきて、私の前で跪いた。


「ヨハネス・クラインと申します。本日よりヴィクトリア様の身辺警護を仰せつかりました。この身に代えましても、ヴィクトリア様をお護り致します」


「よろしくたのみます。クラインさん」

「ハンスとお呼びください、ヴィクトリア様」

「わかったわ。私のことはお嬢様とお呼びになって」

「かしこまりました、お嬢様」


私たちと行動を共にする護衛騎士のハンスさんには、ここで一般人の服に着替えてもらったのよ。

新しい使用人として私の屋敷に潜入してもらうためにね。


着替えを見ていて気が付いたんだけど、彼ってガチムチマッチョの多い騎士にしては、ずいぶんとスリムなタイプね。


顔はよくも悪くもなく、人の印象に残らない絶妙な普通フェイス。

きっと使用人として目立たないよう、あえてこういう人を連れて来たということかしら……。


彼の体つきや容姿を気にしていると、セバスチャンが一瞬ドヤ顔してるのが目に入ったわ。これはきっとセバスの注文なのね。やるじゃない。


「いい仕事ね、セバスチャン」

「お褒めに預かり光栄に存じます、お嬢様」


フフン、いいわねいいわねこういうの!

阿吽の呼吸ってカンジ? ああ使える老執事、サイコーよ!


なーんて、一人で悦に入っていると、レオン君が私の腕を引っ張って、物陰に連れ込むの。


「なによ、レオン君、もうすぐ出発するのよ?」

「だからなの」


そう言って彼は、私を抱きしめて激しくキスをしはじめたの。

付き合いはじめたばかりだし、パートナーを求めたくなるのも分かるけど……。


でも私は、他のみんなに見られないかと気が気じゃなくて、レオン君には悪いけど、早く終わってって思ってた。

そしたら案の定、数分後に私たちを呼ぶ声が聞こえてきたわ。


「んー、ん~~~っ」

私は彼の背中をばんばん叩いてキスを止めたの。


「ごめん……苦しかった?」

「そうじゃないわよ。聞こえないの?」

「何が」

「みんなが私たちを呼んでるわ」

「……あ。ホントだ」

「戻りましょ」

「もう少しだけ……」

「わがまま言わないの。遊びで来てるんじゃないのよ」

「うう……。わかった」


物足りなさげな王子様を引っ張って、みんなの所に連れて行ったら、なーんか微妙な空気になってたけど、これってレオン君の責任よね。



     ◇



合流地点から実家までは、馬車でおよそ一時間ほど。そこから馬で5分ほどの位置に、最寄りの街があるの。街道筋で、まあまあ栄えているらしいわ。


レオン君と残りの護衛騎士さんたちには、そこで宿をとって待機してもらうことになったわ。この距離なら、いざという時でも馬ですぐ屋敷に駆け付けられるしね。


「遥香さん、僕ここに居残りなの?」

「打ち合わせしたとおり、貴方には連絡係をやってもらうって事になってるでしょ」

「でもぉ……。イアリングを他の人に渡すんじゃダメなの?」

「何考えてるのよ! ダメに決まってるでしょ?」

「そっか……。ごめんなさい」

「いい子でお留守番しててちょうだいね。時間のある時は通信してあげるから」

「絶対だよ? 遥香さん」

「約束するわ」

「うう……。じゃ、行ってらっしゃい」


渋々私を送り出すと、宿屋の二階の窓からレオン君が寂しそうに見てるの。

軽く手を振ってあげたら、全力でブンブン手を振ってる……。

なんというか、もうちょっと危機感を持ってもらいたいわね。


連絡手段を持っているのが私と彼しかいないから、こういう組み合わせにしかならないのよね。だから駄々をこねられちゃったんだけど。


でも遊びで来たんじゃないのだから、仕事してもらわなくっちゃ。

最近のレオン君、ちょっとたるんでるわよ。

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