彼の部屋で初めて迎えた朝。
私はベッドで横になりながら、首のチェーンを手繰り寄せ、ペンダントのふたを開けた。
そして、ぽちり。ぽちり。
これが毎朝のルーティーン。
セーブポイントは、ちゃんと今朝に設定しなおしたわ。
二人の夜を、無かったことになんてしない。
にしても……。
「ううう……つつつ……」
うかつだったわ……。
そういえば、私も初めてだった。
痛いに決まってるじゃないの。
「おはよう遥香さん」
「おはよ、レオン君。起こしてごめんね」
寝ぐせ頭でぼーっとしてるレオン君。
昨夜の情熱がウソのように、スッキリというか毒気が抜けたというか、そんな顔してる。
「大丈夫? 遥香さん。痛い?」
「痛い……けど大丈夫」
「ごめんね……初めてだって思わなかったんだ」
そりゃあ、あんな大人ムーブかましてたら、誰だって経験者だって思うわよね。
「私もうっかりしてたわ。この体、処女だったわ。でも二度目からは余裕よ」
「ううう……。僕は二度目でも全く余裕持てる気がしないんですが……」
レオン君が枕に顔を埋めちゃった。
朝チュンどこ行った。
「ねえ、何か忘れてない?」
「え?」
彼が頭を起こしたタイミングで、こっちからキスをしてやったわ。
「あっ……んん……」レオン君が吐息を漏らす。
不意打ちを喰らった彼が、遠慮がちに私の腰へと腕を回してくる。
それがなんとも初々しくて、たまんない。
「レオン君……すき」
「えっ、えっ、あ、ああ、ありがとう……僕も好きです」
しってる。っていおうとして言葉を飲み込んだ。
またやっちゃうとこだったわ。
「ありがとう」
「いや……そんな。ぼ、僕の方こそ」
これは無限ループになるやつだわ。阻止しないと。
私はベッドサイドに置かれた革製の小箱を手に取り、中身を確かめてみた。
「そういえば……あ、ほんとだ。補充されてる」
レオン君も例の小箱を覗き込んで、
「え? あ、ホントだ。っていうか、よくそんなの調べる余裕ありますね。ったく……僕なんかぜんぜん余裕ないのに……」
またしょんぼりしちゃった。
自己評価が低すぎるのが問題ね。
「そうやってすぐいじけるの禁止よ。多少の経験値なんて誤差だから」
「ほんとに?」
私は彼の目を見つめて、
「ええ、そうよ。これからずっと何十年も続けるんでしょ?」
「まあ……僕でよかったら……。
それで昨日は……その……」
「ん? どうしたの?」
「大丈夫だったかな……ちゃんと出来た、かな……僕」
私は彼の頬を撫でながら、
「大丈夫よ。ちゃんと出来たから安心して」
「むふん……。よかった……」
「レオン君は、気持ちよかった?」
彼は急に真っ赤になって、
「あ、う、も、もも、もちろんです!
死んで良かった!
あ、何言ってんだろ僕、ご、ごめんなさい!」
とりあえず良かったみたい。
「ううん。貴方の今が充実してるなら、私は嬉しいわ」
「そ、そっか……。ありがとう、遥香さん」
「どういたしまして」
「つ、次はがんばるから……」
「焦らなくていいわ」
私は気負う彼の頭をナデナデしてあげた。
「むふん……。ずるいや……」
条件反射でうっとりしちゃうから、ずるいってことね。
でも、かわいいから、ついナデナデしちゃうのよ。
「私たち、心から、この世界に来て良かった、娯楽神にスカウトされて良かった、って思いながら、寿命で死ねたらいいわね」
「僕なんかもう、今の時点でもお腹いっぱいなのに」
「せっかくスカウトされたんだから、存分に楽しまなくちゃ。でしょ?」
「はい! やっぱ死んでよかった!」
レオン君、言い方~~!
◇
服を着て、さあ自分の部屋に戻ろうと思ったところで――
「遥香さん~~、いかないでぇ~」
レオン君が私にしがみついて離してくれない。
「さすがに二日も延期できないわよ。レオン君も準備しちゃいなさいよ」
「く~ん……。数日会えないんだよ? さみしいよう~~」
ほんと、レオン君ったらすっかり甘えんぼさんになっちゃって。
……って、彼は最初から甘えんぼだったわね。
「みんな終わったら、たくさん甘えさせてあげるから」
「約束だよお~~」
恋人との初めての朝を、悠長に味わっている場合じゃないのよレオン君。
私は、名残惜しそうに引き留めるレオン君を振り切って、部屋に戻り支度をした。
毎度のごとくメイドたちによるオート着替えのおかげで、あっという間に完了してしまったのだけど。
◇
それから、敵に気取られぬよう、私とレオン君は別行動で学園の外へ出たの。
私はセバスチャンと馬車で。レオン君は護衛騎士の人たちと馬でね。
その後、学園から馬車で十分ほど離れた、ひと気のない場所で合流したの。
「殿下、おまたせ! さすがに馬だと早いわね」
私は、先に到着していたレオン君に声を掛けた。
「そんな車引いてるんだもん、比べたら馬が可愛そうだよヴィクトリア」
「それもそうね」
レオン君の後ろから一人の騎士さんが出てきて、私の前で跪いた。
「ヨハネス・クラインと申します。本日よりヴィクトリア様の身辺警護を仰せつかりました。この身に代えましても、ヴィクトリア様をお護り致します」
「よろしくたのみます。クラインさん」
「ハンスとお呼びください、ヴィクトリア様」
「わかったわ。私のことはお嬢様とお呼びになって」
「かしこまりました、お嬢様」
私たちと行動を共にする護衛騎士のハンスさんには、ここで一般人の服に着替えてもらったのよ。
新しい使用人として私の屋敷に潜入してもらうためにね。
着替えを見ていて気が付いたんだけど、彼ってガチムチマッチョの多い騎士にしては、ずいぶんとスリムなタイプね。
顔はよくも悪くもなく、人の印象に残らない絶妙な普通フェイス。
きっと使用人として目立たないよう、あえてこういう人を連れて来たということかしら……。
彼の体つきや容姿を気にしていると、セバスチャンが一瞬ドヤ顔してるのが目に入ったわ。これはきっとセバスの注文なのね。やるじゃない。
「いい仕事ね、セバスチャン」
「お褒めに預かり光栄に存じます、お嬢様」
フフン、いいわねいいわねこういうの!
阿吽の呼吸ってカンジ? ああ使える老執事、サイコーよ!
なーんて、一人で悦に入っていると、レオン君が私の腕を引っ張って、物陰に連れ込むの。
「なによ、レオン君、もうすぐ出発するのよ?」
「だからなの」
そう言って彼は、私を抱きしめて激しくキスをしはじめたの。
付き合いはじめたばかりだし、パートナーを求めたくなるのも分かるけど……。
でも私は、他のみんなに見られないかと気が気じゃなくて、レオン君には悪いけど、早く終わってって思ってた。
そしたら案の定、数分後に私たちを呼ぶ声が聞こえてきたわ。
「んー、ん~~~っ」
私は彼の背中をばんばん叩いてキスを止めたの。
「ごめん……苦しかった?」
「そうじゃないわよ。聞こえないの?」
「何が」
「みんなが私たちを呼んでるわ」
「……あ。ホントだ」
「戻りましょ」
「もう少しだけ……」
「わがまま言わないの。遊びで来てるんじゃないのよ」
「うう……。わかった」
物足りなさげな王子様を引っ張って、みんなの所に連れて行ったら、なーんか微妙な空気になってたけど、これってレオン君の責任よね。
◇
合流地点から実家までは、馬車でおよそ一時間ほど。そこから馬で5分ほどの位置に、最寄りの街があるの。街道筋で、まあまあ栄えているらしいわ。
レオン君と残りの護衛騎士さんたちには、そこで宿をとって待機してもらうことになったわ。この距離なら、いざという時でも馬ですぐ屋敷に駆け付けられるしね。
「遥香さん、僕ここに居残りなの?」
「打ち合わせしたとおり、貴方には連絡係をやってもらうって事になってるでしょ」
「でもぉ……。イアリングを他の人に渡すんじゃダメなの?」
「何考えてるのよ! ダメに決まってるでしょ?」
「そっか……。ごめんなさい」
「いい子でお留守番しててちょうだいね。時間のある時は通信してあげるから」
「絶対だよ? 遥香さん」
「約束するわ」
「うう……。じゃ、行ってらっしゃい」
渋々私を送り出すと、宿屋の二階の窓からレオン君が寂しそうに見てるの。
軽く手を振ってあげたら、全力でブンブン手を振ってる……。
なんというか、もうちょっと危機感を持ってもらいたいわね。
連絡手段を持っているのが私と彼しかいないから、こういう組み合わせにしかならないのよね。だから駄々をこねられちゃったんだけど。
でも遊びで来たんじゃないのだから、仕事してもらわなくっちゃ。
最近のレオン君、ちょっとたるんでるわよ。