昼食後、私たちが護衛騎士の宿営場所に行ってみると、騎士さんたちが数人モメていた。なんだか険悪なムードが漂っているのだけど……。
そのうちド突き合いが始まり、まもなく掴み合いのケンカに発展してしまった。
ここは王子様のレオン君が仲裁に入る場面よね。
「これじゃあ相談できないわねえ、レオン君なんとかして」
「あわわ……なんとかやってみるね、遥香さん」
「がんばって! 王子様!」
「う、うん!」
レオン君は、すーっと深呼吸して彼らの前に歩み出ると、大声で一喝。
「静まれ、お前たち!」
とりあえずケンカしてた連中はピタっと動きを止めたの。
すると、モメ事を見物していた騎士の一人が彼に話しかけてきたの。
様子から察するに、レオン君の護衛騎士のようだわ。
「ああ、殿下」
「何事か」
「いつものアレですよ。どうぞお気になさらず」
「いつもの……? そ、そうか」
あーあ。
お気になさらず、なんて台詞で王子様の仲裁も無効化されてしまい、ケンカが再開されちゃった。
いつものアレ、なんて言われても、レオン君じゃわかんないわよね。
ここは私が聞いてあげなくちゃ。
私はレオン君に話しかけてきた騎士に訊ねてみた。
「ねえ、騎士様、いつものアレってなんですの?」
「これはヴィクトリア嬢。お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。じつは我々レオン殿下の護衛騎士と、カルロ殿下の護衛騎士とで、こうしていざこざが絶えないのであります。なにせ隣同士ですから、顔を見ればケンカになるわけでして」
彼は宿営用のテントを指差して、こちらがレオン殿下の騎士用、そしてあちらがカルロ殿下の騎士用、と教えてくれた。
第二と第三の護衛同士が隣り合わせにいるなんて、情報が筒抜けね。
セキュリティー上のリスクになってしまうけれど、学園指定の場所なのでしょうし、仕方ないのかも……。
騎士たちの様子を見るに、脳筋バカばかりのようなので一旦考えないことにするわ。
「そんなにレオン殿下とカルロ殿下って仲がお悪いんですの?」
「王子同士が……というよりも」
彼はいったん言葉を区切り、周囲を見回してから、私に耳打ちしたの。
「ご存じかもしれませんが、お家騒動でレオン殿下はカルロ殿下の取り巻きに常にお命を狙われてまして……。つい先日もございましたでしょう」
「ああ……」
「それゆえ、我々もこのように敵対しておるというわけです」
「なるほど。貴方たちも大変ね」
「お嬢様も他人事じゃあございませんよ。どうぞ身辺にはお気を配られますよう……」
「そう、そのことなんだけどね」
私はレオン君に目配せをして、騎士たちに声をかけてもらうことにした。
「お前たち、いい加減にしないか! 今日は我が騎士に用事があって参った。兄の騎士共は下がるがよい!」
「「「「はッ!」」」」
さすがに王子様に命令されてはケンカをやめるしかないわよね。
向こうの騎士たちは、ぞろぞろと向こう側のテントへと帰っていった。
この場に残った騎士は四人。
ということは。
「この四人がレオン殿下の護衛騎士様というわけかしら?」
「その通りでございます。ヴィクトリア嬢」
「さて……と。向こうにあまり聞かれたくないことなのでな、どこで話そうか」
「ではこちらへ、殿下」
レオン君が言うと、さっきの騎士さんが前に出た。
他の騎士より年上みたいだから、おそらくこのチームの隊長さんね。
「ああ。ヴィクトリアも一緒に」
王子様らしく、私に手を差し伸べるレオン君。
そして彼の手を取る私。
「ええ」
2・5次元の王子様はやっぱりかっこいいわ。
ちょっと惚れ直してしまうわね。
◇
「なるほど……。学園内でそのようなことが」と、隊長さん。
私たちはテントの中で騎士たちに事情を説明し、明日からの作戦に同行してもらえるようにお願いしているところ。
まあ、多分大丈夫でしょうけれど。
「僕の方はともかく、ヴィクトリアの身も危ない。だから何とかしたいんだ」
「御意。それにしても、学園の中にまで賊がいるとなると、やはり騎士の子弟から若いものを送り込んだ方が良いかもしれませんな……」
「それについては、先日王宮でエバンズ卿の身元引受をしたヤシマ国の軍人、アルト・カンザキが護衛を引き受けてくれた。ゆえに人数を増やす必要はなかろう」
「左様でございますか、しかし殿下……」
「案ずるな」
「分かりました。我々は常にお傍に控えております故、いつでもお呼びください。殿下を害する者は全て、この剣で切り刻んでご覧にいれましょう」
「その時は頼む」
「はッ」
なんとか王子様の演技を上手に続けているレオン君。
だいぶ慣れてきたのかしら。
◇
打ち合わせを終え、テントを出た私は自室に戻り、あるものを使用人に用意させた。
「遥香さん、ホントにこれ持っていくの?」
バスケットの中身をしげしげと眺めながらレオン君が訊ねる。
「ええ、なるべく情報は多いに越したことはないわ。
それにこういうのは女の方が適任だしね」
「それはそうなんだけど……。ちょっと心配だな」
「途中まで一緒に来て、遠くから見ていればいいじゃない」
「うーん……。じゃあ、そうする」
「ヤバくなったら呼ぶし、念のためにこれも渡しておくから」
私は己の首からリセットボタンのペンダントを外して、レオン君に手渡した。
「えええ……。やだなあ。こんなの使う事態にならないようにね」
「わかってるって。任せなさい!」
「うー……」
◇
私は、渋るレオン君と、自分のメイドを引き連れて、さきほどの護衛騎士の宿営テントまでやってきた。
目的はレオン側ではなく、第二王子のカルロ側の護衛騎士の方。
「じゃ、レオン君は自分ちのテントの中に隠れててね」
「わかった……。気をつけてね」
「ええ。じゃ、行ってくるわ」
ぐずるレオン君を残し、私とメイドは意気揚々とお隣の宿営エリアに足を踏み入れた。
「ごめんあそばせ。どなたかいらっしゃるかしら?」
私が声を掛けると、テントの中から面倒腐そうな顔をした騎士が一人出て来た。
「何か御用ですかい、レオン殿下のフィアンセ殿」
「わたくし、レオン殿下の婚約者のヴィクトリア・デ・ベルフォートと申します。先ほどお騒がせしたお詫びに、こちらをお持ちしましたの」
私は腕から下げたバスケットの中から、ワインの瓶を取り出して見せた。
「おお……、これは」
ふふ。食いついた。
酒好きな騎士さんなら、きっと喜んでくれるってセバスチャンが太鼓判を押してくれた、上質なワインなのよ。
もう一押しね。
「よろしければ中に入れていただけますか?」
「中、ってテントの中ですかい?」
一発で態度が軟化しちゃったわね。お酒ってすごい。
「ええ。こちらに、お酒に合う軽食もご用意しておりますの」
メイドに合図を送ると、彼女はバスケットを覆った布をぺらりとめくった。
そこには、美味しそうなおつまみが数種類入っているの。
さあ、食いついておくれ!
「うお、すごい……。こんなに……」
「ぜひ皆さんとお近づきになりたいと思いまして。いかがかしら」
「ちょ、ちょっと待っててくださいよ。今、隊長に聞いてくるので」
騎士さんが慌てて上司に聞きに行こうとしたその時――
「聞こえてるよ。布一枚しかないんだから」
と言いながら、第二王子側の隊長さんがテントから出て来た。
「で。ベルフォート家の御令嬢が、私共のような下賤の者に酒と肴を振舞おうなんて、一体どういう風の吹き回しなんですかな」
口では胡散臭そうに言いながらも、目はしっかりとバスケットの中身を物色してる。
「うふ。別に怪しい物なんて入っておりませんわよ。なんでしたら、私が全て毒見をして差し上げてもよろしくてよ」
隊長さんは、顎に手を当てて『ふうむ……』としばし思案すると、
「分かりました。じゃあ、こちらにどうぞ。まあ汚い所ですが、それでもよければ」
「もちろんですわ」
私はメイドを伴って、テントの中に入った。
汚い、と言われるほど汚れてはいない。
むしろ、よく整理整頓されていると思うけど。
というか、ぶっちゃけレオン側と全く同じ配置ね。
兵隊のテントの中身なんて、正直製作側のがんばるところじゃないから、調度品や小物もこんなもんなのかなとも思う。
仮に設えられた組み立て式のテーブルに案内された私たちは、食べ物を並べ、木製のマグカップにお酒を注いだ。
「ではお毒見を」
「結構だ。ちょっとあんたを試しただけだよ」
「左様で。それでは皆様どうぞお召し上がりください」
「ふん。じゃ、有難く頂こう」
隊長が酒に口をつけると、続いて他の騎士たちも飲食し始めた。
よほど質のいいものを用意してくれたのか、酒も肴も美味い美味い、と喜んでいる。
席に着いている騎士は全部で四人。レオン側と同じだわ。
これは、学園に駐屯できる人数が決まっているのかしらね。
「で、用件はなんですかな」
美味そうにワインをちびちび飲みながら、隊長が私に訊ねた。
「騎士同士がいがみ合う今の状況を、レオン殿下は胸を痛めておいでです。
他のお城の方々はどうか分かりませんが、同じ王国の騎士なのですから、せめて殿下が学園におられる間だけでも、静かにして頂ければ……と、僭越ながら私の独断で、こうしてお願いに参った次第でございます」
「難しい話だな」
「左様でございますか……」
隊長さんは、ぐいとジョッキを煽ると、
「で、そろそろ本題に入ってくれませんかな。こちとらもヒマじゃあないんで」
「お酒が足りませんか? でしたら――」
「ご馳走になっていて悪いんだが、こんな美味い酒と肴を、こんな場所で飲食するのは勿体ないって思ってな。だから、話を進めてもらえないか」
「……そこまで言われるのでしたら」
私は本題を切り出した。
「カルロ殿下とお付き合いしている女性について、なにかお心当たりがあれば、お伺いしたいと思いまして」
「何故、レオン殿下の婚約者の貴女がそのようなことを?」
「詳しくは申し上げられませんが、事と次第によっては、身内を断罪せねばならない事態に発展する、とだけ」
「はあ……そういうことなら」
隊長さんは、テントの天井を見上げてしばらく思案してから、
「殿下には今のところ決まった婚約者はいません。昔はいたんですがね」
「それって……断られたとか」
隊長さんは苦笑しながら、
「嫁ぎ先も決まっている伯爵令嬢とその腰ぎんちゃくが、殿下の近くをチョロついてるのなら、何度か見たことがありますがね。その御令嬢が、わざわざ婚約破棄してまで、あのバカ殿下に乗り換えるなんてぇことはない、と思いたいですな」
ここまでしゃべってから、おっと口が滑ったなんて言って、再び酒を飲み始めたわ。
「その御令嬢の腰ぎんちゃくについて、何かご存じのことがおありでしたら、ぜひお聞かせ願いたいのですが……」
隊長さんはしばらく、う~んと唸ったあと、おい誰か知ってるか? って他の騎士さんにも訊ねてくれたけど、みんなよくわからないらしい。
「あー……、なんかお役に立てずに申し訳ないですな。正直、あまり印象に残るような子でもなかったんで。お詫びと言っちゃあなんだが、こちらで何か調べておくことはありますかな」
「その腰ぎんちゃくの方の名はクラリッサ。フローラ嬢の親類の家に養女として引き取られた元平民の子です」
「ワケアリ……と」
「殿下の周りには、十分にご注意下さいましね」
「承知した。その女、こちらでも気をつけておこう」
「殿下の御身に何かあってからでは遅いですからね。ではこれにて。ご機嫌よう」
私はメイドを連れて、カルロ殿下の護衛騎士のテントを後にした。