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第31話 想いが溢れすぎて

「それじゃあ、部屋に戻るね。また後で迎えに来るから」

「ええ。待ってるわ」


私はレオン君を見送ったあと、朝の支度を終えて(とはいってもメイドさんたちによるオート着替えなのだけど)、出入り口近くに置いてあるスツールに腰かけた。


このスツールは、ピアノの椅子みたいに横長で、紅色のビロードで覆われている。私はいつもこのスツールに腰かけて、毎朝レオン君が迎えに来るのを待っていた。


いつのまにかそれが毎日のルーティーンになっていて、意識しなくてもこのスツールに腰かけて彼を待っていたわ。


でもそれはただの待ち合わせのようなもので、私の頭の中はいつだって、クラリッサ打倒しかなかった。


もちろんそれが悪いわけではないし、考えるのは私の役目だと理解している。


特に朝一番のこの静寂の中で、私の頭脳は最も研ぎ澄まされる。

この座り心地のいいスツールに腰かけ、見え隠れする運命の糸を手繰り寄せたりまとめてみたり。

だって二人分の命が掛かってるのだから当然よね。


今日だって本当なら、どうやってミーアたちの悪事を暴いてやろうか、勝手が全くわからない実家で、どう立ち回ろうか等々、考えなければならないことは山のようにある。


だけど。


今朝だけは。


今朝の私は、恋人のことを想って、このスツールに腰かけている。

恋人が迎えに来るのを待ち焦がれている。



前世の私に恋人がいたのは、遠い昔の話。

死んだ時点だって、好きな男性なんかいなかった。

リアルの男なんてどうでもいいや、そう思っていたのに。


でも死んだら。

告白されちゃった。

婚約指輪までもらっちゃって。

もう、ビックリよ。


人生なんて何が起こるかわからないものね。

私を愛し、私のために命を掛けてくれる男性が現れるなんて。


あの神、手違いで彼を寄越したなんて、ウソだわ。

バディ物が見たかったのよ。絶対。


後は……。


この幸せを確実に己のものにするために。

幸せなトゥルーエンドを迎えるために。

私たちは命を掛ける。



     ◇



「ヴィクトリア、僕だ。レオンだよ♪」


あ、レオン君が来たわ。

なんだかウキウキしてるわね。

って、人のこと言えなかったわ。


早速ドアを開けた私は、

「おはようございます、殿下。いま支度いたしますわ」


「あ、入ってもいいかな」

「どうぞこちらへ」


レオン君は部屋に入るなり、ドアの鍵を閉めた。

いきなりイチャつくのかと思ったら、


「遥香さんの実家に行くの、明日にしてもらえないかな」

「どうして?」


理由を尋ねると、レオン君は少しモジモジして、


「……せめてもう一日、貴女とゆっくり過ごしたいから。

学校もサボろう。ね、いいでしょ?」


と、あざと可愛い顔でおねだりされてしまった。


あのレオン君にしては随分と積極的になったわね、と彼の成長を喜ぶ私。

お母さんじゃないわよ? せめてお姉さんよね。


「悪い王子様ね」

「君だって」


君だって、だーって。


長らく私を見上げていた彼が、少しづつ対等の目線になろうとしてる。

あ~、若人の成長ってすばらしい。

だからコンテンツになるのね!


そして、これは私にとっても喜ぶべきことよね。

どんどん成長して、立派な伴侶になってもらわないと。

天下統一は成し遂げられないわよ!


「たしかに、私自分が悪役令嬢だったの忘れてたわ。

ま、一日休んで段取りに余裕を持たせるのは悪くない話ね」


「段取りか。そちらは君に任せるよ」


「OK! じゃあ、朝ごはんを食べに行きましょ。

アルト君たちにも事情を説明しないといけないし」


「その前に」

「あ……」


急に彼が私を強く抱きしめたの。

やっぱりそれが、私が目的だったのね。


「はる、かさ……」

かすれた声で私を呼び、そして貪るように口づけをする彼。


覚えたばかりの不器用なディープキスで、私を激しく求めるの。

でも、悪い気はしない。

むしろ……嬉しい。


制服のシャツ越しに、彼の激しい鼓動が伝わってくる。

多分それは、私も同じなのでしょうけれど。


ああ、余裕ないのが彼にバレてしまうわ。

いつも澄ましてるくせにって、思われるのが恥ずかしい……。


ふいに彼が、すっと唇を離した。

二人の唾液がつぅっと細く糸を引いて、ぷつりと切れた。


彼の濡れた赤い唇が、さくらんぼのように光っている。

やっぱりそれは、私も同じ、なのでしょうね。


彼は息苦しそうに短く呼吸を繰り返し、欲情しきった顔で私を見つめる。

切なさでどうにかなりそうなのを、救ってほしいといわんがばかりに。


「こんなんじゃ、足りない……もっと、遥香さんが、欲しい」


あのレオン君が、こんなに蕩けてしまってるなんて……。


「もちろんよ。私でよければ、いくらでもあげるわ」


――こんなものでは贖えないほど、貴方は血を流してきたのだから――


「ありがとう遥香さん……好きです……」

「私もよ」


「好きです! 好き……好きぃ……あ……は、遥香さん……好きなんです……うぅ……あぁ、ごめんなさい、好きでごめん……遥香、さん」


感極まったレオン君が、私を掻き抱き、背中をまさぐったり、頬ずりをしている。


そして、半ば押し潰されるように、私はスツールの上に座り込んだ。

覆いかぶさった彼に、閉じ込められた格好の私。


彼は私の制服の上から、ぎこちなく愛撫しながら、私の口を荒々しく貪る。

そして、猛る彼の熱がスカート越しに伝わる。


仕方ないわよね、タガが外れちゃったんだもの。

でも今は、そんなことしてる場合じゃないの……。


彼が唇を離したとき、


「レオン君。そろそろ行かなくちゃ……」


彼はものすごく辛そうな顔で、私の上から離れると、

「ごめんなさい……好きって気持ち……止められなくて……」


「ううん、いいのよ」

私は思わず彼の頬を撫でたの。


こんなにも私を愛したいっていう、貴方の強い想いを引き剥がしたんだもの。

むしろ私の方こそ、ごめんなさい、だわ。


「遥香さん……ごめんなさい……」


う~ん、そんなにしょんぼりされると、困っちゃうな……。


「じゃあ、あと5分だけね」

「ありがと遥香さん……大好き!」


再び押し倒された私は、もうなされるがままね。

少しでも時間が惜しいのか、彼は私の口の中を夢中で犯してる。



――そろそろ5分かしら。

私はレオン君の背中をぽんぽん、と叩いた。

彼はのそりと身を起こした。

まだ全然おなかいっぱいになってないよ、って顔してる。


「ん……もう時間?」

「そろそろ……ね?」

「ううう……」


「用事が終わったら、ちゃんとご馳走してあげるのに……。

そのために今日はお休みにしたんじゃなかったの?」


「そうだけど。我慢できなかった」

「いい子だから我慢して」

「うん……」


こんなに私のこと求めてくれるなんて、やっぱりうれしい。

熱烈すぎて、受け止めるの大変だけど。


でも彼は私のために命を掛けてるんだもの。

絶対、受け止めてあげる。


そして、クラリッサや第二王子に勝利して、貴方との未来を手に入れてみせる。



だから今は、これから何度も残酷な仕打ちをする私を、どうか許して……翔くん。

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