【ヴィクトリアside】
流れ星の雨のあと、号泣するレオン君をなだめていたら、すっかり時間が経ってしまって、これじゃあ二人揃って遅刻ね。
でもこのまま実家に帰っちゃってもいいのかもしれない。
ソファで彼をなぐさめるのって、何度目かしら。
「翔君、落ち着いた?」
レオン君は、こくりとうなづいた。
涙で顔がぐしゃぐしゃだわ。
「遥香さん……」
「なあに?」
「ぼく……遥香さんが好きです……」
そっか。
まあ、なんとなくそうかな、とは思ってたんだよね。
でも彼から言い出すまで、放っておいた。
今は非常時だから。
レオン君。
泣きながら告白するのってどうかと思う。
けど彼らしい気もする。
「私も好きよ。翔くん」
「遥香さあああんっ」
さらに泣くレオン君。もうどうすれば。ほっとくか。
私の好きは、弟みたいな感情に毛が生えたようなもの。
だけど、何度も体を張っている彼に好意を持つのは、わりと自然な感情ではないかなと思う。
ひとしきり泣いて落ち着いたレオン君が、
「ごめんなさい……制服……汚しちゃって」
「大丈夫よ。替えはあるから」
「はい……すみません」
あらら?
レオン君が急に口を手で押さえて、辛そうな顔をしている。
「どうしたの? 具合でも悪い?」
「いや、その……どさくさ紛れに告ってしまって……恥ずかしいというか」
「大丈夫よ。何も恥ずかしくないから」
レオン君がキョトンとして私を見る。
「そうですか……?」
「ええ! これからもよろしくね!」
レオン君の表情がパっと明るくなった。
やっぱりイケメンは笑顔よ! 笑顔!
「よ、よろしくお願いします!!」
「そして、二人でこのデスゲームを生き残って、
第二の人生を謳歌しましょう! レオン王子!!」
「そうですね! はい!
生き残りましょう! ヴィクトリアさん!!」
私たちは、ぎゅっと手を握り合った。
そして見つめ合うと、レオン君がそっと顔を近づけてきた。
思わず私は目を閉じた。
――レオン君から、キスなんて。
え? ちがう?
レオン君は、すっと私の胸元に手をやると、首のチェーンに指をかけ、ペンダントを引きずり出した。
「ごめん」
レオン君がぽつりとつぶやくと、私の意識が飛んだ。
この感覚は…………リセット。
◇◇◇
【レオンside】
<なにやってるの!?>
遥香さんから無線が入る。
ぶっちゃけ怒号だ。
あいかわらず気性の激しい人だなあ。
僕がキスするフリしてリセットボタンを押したから、めっちゃ怒ってる。
だってぇ……。
あんな告白、やり直せるならやり直すでしょ、普通。
「ごめん……ちゃんと告白したかったんで」
<……許す>
「ありがと。じゃあ、今から行くね」
<了解。待ってるわ>
僕は急いで支度をすると、遥香さんの部屋に走って戻った。
「僕です、開けて」
遥香さんの部屋のドアをノックしようとした瞬間、もうドアが開いた。
僕が来るのを待ち構えてたみたいだ。
遥香さんは僕の顔を見るなり、はー……っと大きくため息をついて、でも、優しそうな笑顔で、
「おかえり」
とだけ言って、僕の手を引いて部屋に入れた。
カーテンの隙間から朝日が真っ直ぐ差し込んでくる。
ホントに早朝なんだな、と思った。
「ごめん、怒鳴って」と遥香さん。少しバツが悪そうだ。
「僕の方こそ……ごめんなさい」
「いいわよ別に。朝だったし、戻った時間は僅かだわ」
「そう、だね」
遥香さんが何かを待っているような顔をしてるので、僕は慌ててズボンのポケットをまさぐった。
僕は、さっき机の引き出しから持ってきた、例のブツをポケットから取り出して、深呼吸をした。
僕が心を落ち着かせようと努力してるのが伝わったのか、遥香さんはカーテンを開けたり、上着を羽織ったりして時間を作ってくれた。
そろそろいい? って顔で僕を見る遥香さんは、いつものキリっとしたクールビューティじゃなくて、ちょっと乙女な雰囲気に見えた。
僕の願望がそう思わせてただけかもしれないけど、でも、乙女な遥香さんは、僕にはとても可愛く見えた。
僕は彼女の手を引いて、明るくて、綺麗な花が活けてある場所を選んで連れていった。そして、彼女の前で片膝をついた。
「ヴィクトリアさん、好きです。僕とこのデスゲームを生き残って、結婚して、死ぬまで一緒にいてください」
僕は、さっき持ってきたブツ――指輪の入った小箱の蓋を開け、彼女に差し出した。
この指輪は僕が買ったものじゃないんだけど、なぜか机の中に入っていた。
きっと第三王子が前から用意してたものなんだろう。
王子と令嬢の婚約は既に決まっていて、とっくにそういうやり取りは済んでいたはずなのに、こっそり指輪を用意していたなんて、本当に令嬢のことが好きだったんだ。
そう思うと、何度も令嬢と死別した第三王子が不憫でならないし、僕が生き残ってこの指輪を令嬢に渡さなければ、って使命感も自然と生まれた。
でも、僕が彼女に指輪を贈るのは、僕自身が決めたタイミングでなければならない。
それが今なんだ。
遥香さんは、白い頬を赤く染めて、うなづいてくれた。
こんな茶番に本気で向き合ってくれた。
それが本当に、本当に心底うれしい。
死んでよかった。
「はい。よろこんで。
レオン殿下、私もお慕い申し上げております」
僕は下を向いて小さくガッツポーズをしてから、彼女の指に婚約指輪をはめた。
思いのほか緊張しなかったのは、何故だろう。
これが二度目だからなのかな。
それとも、彼女が僕を受け入れてくれた喜びが、緊張に勝ったのか。
僕は今度こそ、彼女に口づけをした。
もうフェイントなんてしないよ、と心の中で謝りながら。
◇
しばらく抱き合って、朝日が昇るのを二人で見てたけど、こんな幸せな気分は初めてだ。これ以上幸せになったら、僕の心臓がパンクしてしまうかもしれない。
そんなことを考えていたら、使用人室で物音がした。そろそろメイドさんたちが起きてしまう。
僕は名残惜しいのを我慢して、彼女を腕の中から解放した。
「それじゃあ、部屋に戻るね。また後で迎えに来るから」
「ええ。待ってるわ」
満面の笑みで僕を送り出す遥香さん。マジかわいい。
こんな顔が見られるの、僕だけだよね? 遥香さん。
ふにゃふにゃとニヤけながら自室に戻ると、机の上にプレゼントが置いてあった。
出かける時にはなかったんだけど……。
まさか……。
プレゼントに添えられたメッセージカードを開くと、とんでもないことが書かれていて、僕は目が点になってしまった。
………………
神です。
レオン君だけ見てね。
お待たせしました。
神アイテムのプレゼントです。
有効活用してね!
アイテム名【無限ス〇ン】
備考:普通の避妊具です。使っただけ補充されます。
………………
「くッ……。確かに! 有難いけども! けども! ッく! 神ぃぃぃぃ!!」
まだまだ、僕には使う度胸はなかった。