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第28話 お花の育て方

レオン君との作戦会議が終わった私は、食堂内を見回して妹・ミーアを探した。

ミーアのやつ、クラリッサや令嬢の取り巻きと一緒にいるわね。

こちらに気づくと、連中はさっさと出て行った。


「あちらも準備に入ったようね」

「動き出した?」

「ええ。気づかれてるとも知らずに呑気なものね」

「いやあ、さすがに未来を知ってると思う人はいないでしょ」

「それもそうね。それじゃあアルト君を召喚しましょうか」

「アルト君? どうして」


「保険よ。向こうだって人生かかってるんだもの、

何をやらかすか分からないでしょうに」


「さすが遥香さん。思慮が深すぎる」

「褒め過ぎよ、レオン君」

「はーい」


私は少し離れた席に座っているアルト君を手招きした。ユノス君も混ざりたそうにしてたけど、ゴメンってお祈りしちゃった。


残念そうな顔をしてたけど、私がアルト君だけ呼んだことで、このあと危険が待っていると察してくれた。かしこい子は好きよ。


「……と。荒事かい?」

アルト君が不敵な笑みを浮かべながら、私たちのテーブルにやってきた。


「ええ。これから、ベルフォート令嬢殺人事件を潰しに行くのよ」

「自分が狙われているのに、随分と余裕だな」

「ヴィクトリア嬢の肝っ玉を甘く見てもらっては困るよ、カンザキ殿」

「これは失敬。俺は何を」

「一緒にいてくれればいいわ。あとは任せます」

「了解っと。いつでもいいぜ」



     ◇



ミーアたちが去ってから少し間を置いて、私たちは食堂を出た。


普段どおり、このまま中庭に向かえば、植木鉢が私の脳天直撃コースは避けられない。そんなのまっぴらごめんだわ!


私たちは中庭方面には行かず、別の出口を使って、妹たちのいる校舎の最上階に昇った。

あの時、開いてた窓が最上階だったんだけど、威力を最大にするためだったんでしょうね。ムカつくわ~。

とりあえず保険として、護衛にアルト君も連れてきているから、万一の場合にも安心よ。


「さてと……。二人はここで待機。まずは様子を見るわね」


レオン君とアルト君がうなづく。


私は階段のところで二人を待たせると、廊下の手前からそっとコンパクトの鏡を差し出した。


「おお、探偵っぽいですね!」レオン君が、なんかうれしそう。

「お嬢は間諜か」とアルト君

「似たようなものよ」


「ヤシマに亡命したら俺の部下にしてやるよ。

使える人材は有効活用しないとバチが当たるからな」


「うふふ、高く買っていただいて光栄だわ。その時にはよろしくね」

「僕は~~?」

「レオンは……、人質かな?」

「ひどいよ~~~~」

「二人とも静かに」


レオン君とアルト君がうなづいた。


鏡を覗くと、先の方に、植木鉢を抱える妹のミーアと、それを見守るクラリッサがいた。二人のいる位置の窓は開け放たれている。


令嬢フローラや、普段から纏わりついている取り巻きのお嬢様方の姿が見えない。

さすがにけが人の出るイジメに、令嬢を加担させる気はなかったのだろう。

まったくもって、汚い女だわ。


「オーケー。じゃ、二人とも行くわよ」


私はコンパクトをポケットにねじ込むと、軽く身なりを整えて、廊下へと足を踏み出した。

レオン君は自然に私の隣に、アルト君は私たちの後ろで三角形のフォーメーション。


イケメンを二人も従えて鬼退治に。

ちょっといい気分だわ。


私は足早にミーアとクラリッサに接近し、先手を打った。


「あらあら、ミーア。そしてクラリッサさん。

こんなところで何をしているのかしら?」


「お、お姉さま! お兄さままで……」


ミーアは植木鉢を抱えたまま慌て散らかしている。

動揺がダダ漏れてますわよ。このクソメスガキめ。


「殿下はまだお兄様ではなくてよ」


「あら、レオン殿下とヴィクトリアさん、ごきげんよう。私はいまミーアさんにお花の育て方を指南していたのですわ」


「そうですの? こんな高い階で、わざわざ窓まで開けて」


ギクリとするミーア。

まあ、これから姉を自分の手で亡き者にしようとしてたんですもの、焦らないわけがないわ。子どもなら尚のことね。


「ええ。高い階だと風も通って気分がよいですから」


不敵な笑みを浮かべるクラリッサ。

だけどその笑顔の下に焦りが潜んでいるのを私は見逃さない。


「貴女、ずいぶんうちの妹と仲がよろしいのね。先日も、下級生の教室にまで会いに来てくださるなんて」


クラリッサの顔を見ながら、オロオロするミーア。

だけど相手も大したタマだわ。


「ええ。私と彼女のメイド同士、仲が良かったので紹介してもらったのですわ」

「あらそうなの。よかったわねミーアちゃん?」

「は、はい……」


挙動不審なミーア。

目がうろうろと泳ぎまくっている。


クラリッサのターゲットが今だ不明なので、少し揺さぶりをかけてみよう。

私はレオン王子と仲良さそうに腕を組んだ。


「そういえば殿下もお花がお好きでしたわよね?」


口裏を合わせるよう、つま先で彼の靴を小突いた。


「ああ、そうだね。僕も花は大好きだよ。ミーアちゃん、これは何ていうお花なんだい?」


「わたくしにも良く見せてちょうだい」


私は、植木鉢を覗き込むレオン王子に、わざとらしく頬を寄せた。

しかし、クラリッサの表情には全く変化がなかった。


私はクラリッサの、わずかな表情や動きを見逃すまいと凝視していた。

しかし、彼女は落ち着いた様子で私たちを眺めていた……。


――ターゲットはレオン王子ではないの?


「こ、この、お花の名前は……えっと……」


そんなもの、興味がないのは最初から分かっている。名も知らず、捨てても惜しくないような花をメイドに持って来させたのだろう。


妹はすがるような眼差しでクラリッサを見上げた。


「マーガレットですわ。わたくしがミーアさんに差し上げたの。初めて見るお花だから、名前を知らなくても不思議ではないわよね」


「は、はい。そうなんですの」


ひんやりと冷たい笑みを浮かべたクラリッサが、ミーアに助け船を出した。

この魔女は、おそらく妹を取り込もうとしているのだろう。


「そう。せいぜい上手に育てるのよ、ミーア。

間違っても、窓から落としたりしないよう注意なさい」


何をしようとしたかバレたのが恐ろしくて、ミーアはヒッと息をのんだ。

クラリッサは、ふうん、とでも言いたそうな、ちょっと意外そうな顔をしていた。


「そうだよ。開け放った窓のそばで植木鉢を抱えていたら、下に落とそうとしていると疑われても仕方ないと思うな、ミーアちゃん」


「お、お兄さままで……わたくし、そんなこと致しませんわ!」


「通りかかったのが僕らで良かったよ。

先生に見られてたら、きっとお父上に報告されていたかもしれないね。

ちゃんと窓は閉めてから教室に戻るんだよ、ミーアちゃん」


「はい、お兄さま……」

ミーアの顔はすっかり青ざめていた。


「じゃあ私たちはこれで。

殿下、参りましょう。午後の授業に遅れてしまいますわ」


「うん、そうだねヴィクトリア。

それでは僕らは、失礼するよ」


「ごきげんよう、殿下。そしてヴィクトリアさん」


優雅にお辞儀をするクラリッサの表情は、般若のように怒りに満ちていた。


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