レオン君との作戦会議が終わった私は、食堂内を見回して妹・ミーアを探した。
ミーアのやつ、クラリッサや令嬢の取り巻きと一緒にいるわね。
こちらに気づくと、連中はさっさと出て行った。
「あちらも準備に入ったようね」
「動き出した?」
「ええ。気づかれてるとも知らずに呑気なものね」
「いやあ、さすがに未来を知ってると思う人はいないでしょ」
「それもそうね。それじゃあアルト君を召喚しましょうか」
「アルト君? どうして」
「保険よ。向こうだって人生かかってるんだもの、
何をやらかすか分からないでしょうに」
「さすが遥香さん。思慮が深すぎる」
「褒め過ぎよ、レオン君」
「はーい」
私は少し離れた席に座っているアルト君を手招きした。ユノス君も混ざりたそうにしてたけど、ゴメンってお祈りしちゃった。
残念そうな顔をしてたけど、私がアルト君だけ呼んだことで、このあと危険が待っていると察してくれた。かしこい子は好きよ。
「……と。荒事かい?」
アルト君が不敵な笑みを浮かべながら、私たちのテーブルにやってきた。
「ええ。これから、ベルフォート令嬢殺人事件を潰しに行くのよ」
「自分が狙われているのに、随分と余裕だな」
「ヴィクトリア嬢の肝っ玉を甘く見てもらっては困るよ、カンザキ殿」
「これは失敬。俺は何を」
「一緒にいてくれればいいわ。あとは任せます」
「了解っと。いつでもいいぜ」
◇
ミーアたちが去ってから少し間を置いて、私たちは食堂を出た。
普段どおり、このまま中庭に向かえば、植木鉢が私の脳天直撃コースは避けられない。そんなのまっぴらごめんだわ!
私たちは中庭方面には行かず、別の出口を使って、妹たちのいる校舎の最上階に昇った。
あの時、開いてた窓が最上階だったんだけど、威力を最大にするためだったんでしょうね。ムカつくわ~。
とりあえず保険として、護衛にアルト君も連れてきているから、万一の場合にも安心よ。
「さてと……。二人はここで待機。まずは様子を見るわね」
レオン君とアルト君がうなづく。
私は階段のところで二人を待たせると、廊下の手前からそっとコンパクトの鏡を差し出した。
「おお、探偵っぽいですね!」レオン君が、なんかうれしそう。
「お嬢は間諜か」とアルト君
「似たようなものよ」
「ヤシマに亡命したら俺の部下にしてやるよ。
使える人材は有効活用しないとバチが当たるからな」
「うふふ、高く買っていただいて光栄だわ。その時にはよろしくね」
「僕は~~?」
「レオンは……、人質かな?」
「ひどいよ~~~~」
「二人とも静かに」
レオン君とアルト君がうなづいた。
鏡を覗くと、先の方に、植木鉢を抱える妹のミーアと、それを見守るクラリッサがいた。二人のいる位置の窓は開け放たれている。
令嬢フローラや、普段から纏わりついている取り巻きのお嬢様方の姿が見えない。
さすがにけが人の出るイジメに、令嬢を加担させる気はなかったのだろう。
まったくもって、汚い女だわ。
「オーケー。じゃ、二人とも行くわよ」
私はコンパクトをポケットにねじ込むと、軽く身なりを整えて、廊下へと足を踏み出した。
レオン君は自然に私の隣に、アルト君は私たちの後ろで三角形のフォーメーション。
イケメンを二人も従えて鬼退治に。
ちょっといい気分だわ。
私は足早にミーアとクラリッサに接近し、先手を打った。
「あらあら、ミーア。そしてクラリッサさん。
こんなところで何をしているのかしら?」
「お、お姉さま! お兄さままで……」
ミーアは植木鉢を抱えたまま慌て散らかしている。
動揺がダダ漏れてますわよ。このクソメスガキめ。
「殿下はまだお兄様ではなくてよ」
「あら、レオン殿下とヴィクトリアさん、ごきげんよう。私はいまミーアさんにお花の育て方を指南していたのですわ」
「そうですの? こんな高い階で、わざわざ窓まで開けて」
ギクリとするミーア。
まあ、これから姉を自分の手で亡き者にしようとしてたんですもの、焦らないわけがないわ。子どもなら尚のことね。
「ええ。高い階だと風も通って気分がよいですから」
不敵な笑みを浮かべるクラリッサ。
だけどその笑顔の下に焦りが潜んでいるのを私は見逃さない。
「貴女、ずいぶんうちの妹と仲がよろしいのね。先日も、下級生の教室にまで会いに来てくださるなんて」
クラリッサの顔を見ながら、オロオロするミーア。
だけど相手も大したタマだわ。
「ええ。私と彼女のメイド同士、仲が良かったので紹介してもらったのですわ」
「あらそうなの。よかったわねミーアちゃん?」
「は、はい……」
挙動不審なミーア。
目がうろうろと泳ぎまくっている。
クラリッサのターゲットが今だ不明なので、少し揺さぶりをかけてみよう。
私はレオン王子と仲良さそうに腕を組んだ。
「そういえば殿下もお花がお好きでしたわよね?」
口裏を合わせるよう、つま先で彼の靴を小突いた。
「ああ、そうだね。僕も花は大好きだよ。ミーアちゃん、これは何ていうお花なんだい?」
「わたくしにも良く見せてちょうだい」
私は、植木鉢を覗き込むレオン王子に、わざとらしく頬を寄せた。
しかし、クラリッサの表情には全く変化がなかった。
私はクラリッサの、わずかな表情や動きを見逃すまいと凝視していた。
しかし、彼女は落ち着いた様子で私たちを眺めていた……。
――ターゲットはレオン王子ではないの?
「こ、この、お花の名前は……えっと……」
そんなもの、興味がないのは最初から分かっている。名も知らず、捨てても惜しくないような花をメイドに持って来させたのだろう。
妹はすがるような眼差しでクラリッサを見上げた。
「マーガレットですわ。わたくしがミーアさんに差し上げたの。初めて見るお花だから、名前を知らなくても不思議ではないわよね」
「は、はい。そうなんですの」
ひんやりと冷たい笑みを浮かべたクラリッサが、ミーアに助け船を出した。
この魔女は、おそらく妹を取り込もうとしているのだろう。
「そう。せいぜい上手に育てるのよ、ミーア。
間違っても、窓から落としたりしないよう注意なさい」
何をしようとしたかバレたのが恐ろしくて、ミーアはヒッと息をのんだ。
クラリッサは、ふうん、とでも言いたそうな、ちょっと意外そうな顔をしていた。
「そうだよ。開け放った窓のそばで植木鉢を抱えていたら、下に落とそうとしていると疑われても仕方ないと思うな、ミーアちゃん」
「お、お兄さままで……わたくし、そんなこと致しませんわ!」
「通りかかったのが僕らで良かったよ。
先生に見られてたら、きっとお父上に報告されていたかもしれないね。
ちゃんと窓は閉めてから教室に戻るんだよ、ミーアちゃん」
「はい、お兄さま……」
ミーアの顔はすっかり青ざめていた。
「じゃあ私たちはこれで。
殿下、参りましょう。午後の授業に遅れてしまいますわ」
「うん、そうだねヴィクトリア。
それでは僕らは、失礼するよ」
「ごきげんよう、殿下。そしてヴィクトリアさん」
優雅にお辞儀をするクラリッサの表情は、般若のように怒りに満ちていた。