「レ、レオン君!!」
後ろを振り返った私の目の前で、頭から血を流したレオン君が倒れていた。
慌てて駆け寄ると、血染めのイケメンが痛みで呻いている。
「大丈夫……なの?」
「痛いけど、大丈夫だ」
「良かった」
「君は無事か? どこもケガをしてないか?」
「ええ、貴方のおかげで」
致命傷でもなく、意識もある。
大丈夫。
レオン君は回復できるわ。
「うう~ん……痛い。うわ、血、やば」
早速キャラが崩れてるわよ、レオン君。
あ、まずい。
衆目の前で、ついうっかりレオン君なんて言ってしまったわ。
それに騒ぎを聞きつけて他の生徒たちが集まって来た。
現場を荒らされる前に確認しなければ。
彼の周囲には、割れた瀬戸物の破片と土、そして花の苗のようなものが散乱していた。つまりこれは植木鉢で、上の階から落ちて来たと。
上を見上げると、中庭に接した校舎の上層階の窓がひとつ開け放たれている。
急いで校舎から離れて、その窓を見たけど、人影はなかった。
まあ、犯人がいつまでも下を覗いてるわけないか。
私はレオン君の所に戻り、彼の傍に片膝を着くと、ゆっくりと彼の上半身を抱き起こした。彼の制服は、彼自身の血液と、土で汚れていた。
「あいたたた……。ありがとう」
「起きられる?」
「もちろん」
そう言ってレオン君は私の肩に手をかけて立ち上がった。
「よいしょ、んんん~~~?」
レオン君は立ち上がるとすぐ、ふらりと体が揺れて、
バッタリ倒れ、そのまま意識を失ってしまった。
「や、やだ、脳震盪起こしてるじゃない! 医務室に彼を運ぶの、誰か手伝って!」
私がやじうま連中に声をかけると、数人の男子生徒が名乗りを上げてくれた。
「僕でよければ」
「私もお手伝いしよう」
「僕も手伝うよ」
アウェイな私たちに手を貸してくれるなんて、義に篤い子たちね!
顔と名前を覚えておかなくちゃ!
「みんなありがとう。殿下は頭を強く打ってるから気をつけて」
てきぱきとレオン君を起こしたり担いだりするメンズたち。
なんか手馴れてる気もするけど、まあいいわ。
そういえば、さっき危険を知らせてくれた女子、どこいっちゃったのかしら。
まさか、動画職人さんじゃないわよね?
配信を盛り上げるために?
いや、そんなこと。
でも、有り得ない話じゃあ……。
レオン君を介抱している最中、やじうまの中に見知った顔があった。
フローラ、そして宿敵クラリッサ。
こんな時だけ姿を見せるなんて。
何かを確認しに来たのか……。
私は親切な男子生徒の手を借りて、レオン君を医務室に運び込んだ。
これで午後の授業はサボリ決定ね。
◇
医務室に運び込まれたレオン君は、一時間ほどすると意識を取り戻した。
さっきは慌てて医務室なんかに担ぎ込んでしまったけど、リセットすれば良かったって、後になって気が付いた。
私もまだまだ冷静さが足りないわね。
頭の治療をしていた養護教諭(?)が傷の治りが異常に早いのに気づきそうになったから、王族はナントカカントカとか言って誤魔化したわ。
「うう……、ここは?」
「学園の医務室よ、殿下」
「僕はいったい……」
「立ち上がろうとした時に脳震盪で倒れて、そのまま意識を失ったのよ」
「そっか。面目ないです。それであの時――」
レオン君が事件について話そうとしたので、慌てて彼の唇を指で押さえた。
「先生、ちょっと外して頂いてもよろしくて?」
「はい。いいですよヴィクトリアさん」
先生が部屋を出ていったのを確認して、レオン君は話の続きをしはじめた。
「遥香さんを突き飛ばして、頭に何かがぶつかって倒れて。
その時、上の階を見たら……」
「何が、見えたの?」
「君の妹に似た子が一瞬見えた」
「ミーアが……」
「ひどく狼狽えていて、何かを叫んで、すぐ引っ込んじゃった」
「そう……」
ターゲットは私で、実行犯はミーア、かもしれないと。
もし本当にミーアが犯人で、誤ってレオン君を傷つけてしまって悲鳴を上げたのなら、それは自然な流れだわ。
「やっぱり妹ちゃんは、君をなんとしてでも退けて、僕を奪いたいんだな」
「それを焚きつけたのは、クラリッサでしょうね」
「いつも僕らが中庭をショートカットすることを、知っててやったんだ。
なんて奴らだ」
「うかつだったわ……。貴方に痛い思いをさせてしまってごめんなさい」
「それは僕の役目だから、気にしないで」
気にするなと言われても……。
「やっぱり落馬の件も、同じだったのかしら」
「信じたくないけど、ここまで悪質なことをやる相手だし、考えられないこともないよね」
「貴方もそう思うのね」
レオン君はうなづいた。
「とにかく、まずはリセットしてミーアを締めあげましょう」
「うん」
「そして、一旦実家に戻って落馬事故のことを調べましょう。きっとどこかに証拠があるはずよ」
「そうだね」
私は胸元から神アイテムのペンダントを取り出した。
じんわりと人肌のぬくもりが伝わる。
「じゃ、戻るわよ」
「うん。一緒に朝に帰ろう、遥香さん」
「ええ、レオン君」
私たちは、二人いっしょにリセットボタンを押した。
◇◇◇
そして今日の早朝。
「ただいま、そしておはよう、私」
お昼までは事が起こらないのは分かってるので、普段どおり落ち着いて登校の準備を始める。
きっと彼もそうだろう。
こんな生活、慣れたくはなかったんだけど。
やじうまに紛れて私たちを見てた、フローラ、そしてクラリッサ。
ミーアの犯行の成功を見届けるつもりだったなら、ご愁傷様。
お前たち、まとめて始末してやるんだから。
首洗って待ってることね。