翌朝、いつもの面子で朝ごはん。
……なんだけど、やっぱりレオン君が気になる。
昨日の今日じゃ、回復できなくても当たり前よね。
カフェテリアで日替わり朝定食を取った私は、レオン君の隣に座って彼の様子を伺った。
「レオン君、大丈夫?」
「何がだい? 僕はぜんぜん大丈夫だよ」
わざとらしい空元気と麗しいスマイル。
はー……。なんという2・5次元顔なのかしら。
これが神の御業というやつなのね。
「おう、調子悪かったらヤシマ伝来の秘薬でも飲めよ」とアルト君。
「あ、ありがとう。でも薬はいいよ」
ああ~。レオン君が縮み上がってる。
まあ、何を飲まされるか分かったもんじゃないですし。
というか、最近めっきり口に入れるものに神経質になってる彼。
可哀想としか言えないわ。はあ~。
◇
朝食を済ませ、空元気が少し気になるレオン君と、その他二名と一緒に登校した私は、中庭で歓談するクラリッサと、クラリッサの操り人形である伯爵令嬢フローラを発見した。
どうせ授業に出るつもりはないんでしょ。
何の悪だくみしてるのやら。
いや、彼女にしてみれば、立身出世のためのプランを粛々と進めているのでしょうけど、巻き込まれて死ぬのはたくさんよ。
私とレオン君で返り討ちにしてやるわ!
プンプン!!
「あれかい? 君らの敵は」アルト君が言う。
「察しがいいわね。さすがヤシマの侍」
「そんだけ殺気を出して睨んでいれば、誰でも分かるだろ、お嬢」
「彼女らが君たちの悪口を言いふらしてるんだね。気を付けとくよ」と、ユノス君がメガネのフレームをついつい、と上げながらクラリッサとフローラを観察している。
「バカ、そんなにジロジロ見たら気づかれちゃうでしょ、やめてユノス君」
「あ、すいません……」
私に怒られたユノス君は、カバンで顔の下半分を隠した。
お茶目な子ね。こういうのツボに入るひと多そう。
ってまた私、他人をゲーム脳で見てたわ。やあねえ。
◇
それから私たちは、中庭を囲む廊下を進み、教室に向かった。
アルト君は私たちのすぐ後ろから付いてくる。
これは多分、暗殺を警戒してるのかしらね。
仮に前から敵が来ても、一瞬で飛び出して倒してくれる、そんな安心感と鋭利さがある。
やっぱり中の人が……いや、今は別のことを考えなくては。
「それにしても……、う~ん」
「ヴィクトリア、どうしたの?」
レオン君が考え事をしている私に声をかけた。
「クラリッサの周囲って妙に男の影がない、なさすぎるのよ」
「表立って会えない人がお相手、ってことなんじゃないの?」
「想定されるターゲットの中で、学園にいないのが第一王子。
彼は……、まず攻略不可能だわ。
そして表だって会えないのは教官。
不倫だからクラリッサは選ばないわね。
次に、田舎貴族の息子。学園にいることはいるけど、
スローライフ要員だから、この人もクラリッサは選ばない。
そもそもこの三人が攻略対象なら、
わざわざウチの妹にクラリッサが近づく理由がない。
だから可能性はかなり低いと思うのよ」
「そして、僕、アルト君、ユノス君は対象外。あとは……、第二王子か」
「一番有力なのは、やっぱり第二王子なんだけど、一緒にいるところを見たことがないのよね」
「僕思うんだけど、あんなごろつきと一緒に歩きたい女子っているのかな?」
「確かに……。そうよねえ。ゲームでは、第二王子のそばにモブがいた程度で、あんなDQNだとは気づかなかったわ」
とはいえ、見えないところで親睦を深められても困るのよね。
そうこうしてるうちに、私たちは教室に到着した。
日本の学校のようにHRが存在するのは、ゲームならではのご都合ってこと。
先生が出席を取り始めたけど、やっぱりクラリッサはいない。
まあ、主人公様だから単位がどうのこうのなんて、関係ないんでしょうね……。
◇
HRが終わって一時間目の授業が始まった。
正直、チンプンカンプンな内容だから聴いてもしょうがない。
授業受けてるフリでもしながら、今後のことでも考えておこうっと……。
未だにクラリッサのお相手が分からないので困ってる。
てっきりカップルになったら学園内でイチャつくものだと思ってたのに。
だってゲームの時は、スキあらばデートしたりベタベタしたりして親密度を上げてたんだもの。すぐ目につくって思って疑わなかったわ。
は~~~……。
まあ。
見えないもんは見えないんだから、しょうがないわよね。
勝負は、そのとき手にした武器で戦うしかないんだもの。
というわけで。
現状で考え得る選択肢は、というと、こんなカンジかしら。
仮にクラリッサの思惑どおり、レオン君とミーアをくっつけたとして、その時点での彼女のターゲットは二択。
第二王子と第三王子ね。
予想どおりクラリッサは第二王子とくっついて、レオン君は適当な頃合いを見てミーア共々始末する。そして第一王子をどうにか排除して王位継承を狙う。――これはこれで修羅の道っぽいのだけど。
あるいは、私を排除し、ミーアとくっつけると見せかけて、自分が横取りする。ここから王権を狙うのは難しいから、適当な領地をもらってスローライフとか。――私ならともかく、あの強欲なクラリッサが満足するのかしら?
やっぱり、強欲なクラリッサの性格からすれば、彼女がレオン君と結婚するってルートは考えにくいのよね~~~~~!!
◇
いろいろ考え事をしていたら、いつの間にかランチタイムに。
少し出遅れたせいか教室内は閑散としているけど、レオン君たちが私を待っていてくれた。多少遅れても食堂の席が無くなることはないのはいいことね。
私たちは一階まで降り、校舎の中庭を突っ切って最短距離で食堂に到着した。
大人しく中庭を囲む回廊を歩いていた生徒たちからは怪訝な目で見られたけど、モブにどう思われたってかまわないわ。
さて、今日のメニューは何かしら? 季節のコース? それって実質シェフのおまかせランチってことね。
学園の食堂には日替わり定食がないのが、ちょっと残念だけど、それなりに豪勢な食事が出てくるから、まあ許すわ。
(遥香さん、あそこ)
テーブルに着いて早々、レオン君がコソコソ話をはじめた。
彼の指差す方を見ると……。
(クラリッサとフローラ、そして……ミーアね)
(朝はいなかったけど、お昼は一緒なんだ。へえ)
(周囲に男子生徒は……いないわね)
(あくまでも別行動か)
(取り巻きがあれじゃあ、仕方ないわよ)
(DQNご一行様だね)
食事が運ばれてきたので、私たちはコソコソ話をやめて、監視を始めた。
ちょっと距離があるから、こちらには気づいてなさそうね。
まもなくクラリッサたちは食事を終えて、先に食堂から出て行った。
お茶も飲まずに行くなんて、何か用事があるのかしらね。
お昼休みをどう使おうと、本来は知ったことじゃないんだけど。
ランチの後、アルト君とユノス君はそれぞれ用事があるからということで、現地解散となった。
私とレオン君は、もうちょっとだけお茶を飲んでから、食堂を後にした。
「ふ~。今日もおいしかったわね!」
「おいしかったけど、やっぱ寮の日替わりの方がいいなあ」
食堂前の廊下からショートカットしようと、中庭に足を踏み出した瞬間――
「あぶない!!」
誰かが叫んだ瞬間、私は背中から突き飛ばされて、中庭の芝生に突っ込んだ。
それと同時に、背後では何かが割れる音と、物がぶつかる鈍い音。
「大丈夫!?」
多分、声の主――の女子生徒が私に駆け寄って、手を差し伸べた。
「あ、ありがとう」
私は彼女の手に捕まって起き上がった。
そして、後ろを振り返ると――そこには凄惨な光景が広がっていた。