<戻ってらっしゃい。お茶にしましょ>
任務終了を告げる、遥香さんの声。
僕は余所行きの顔を壊さないよう注意しながら、彼女の元へと歩いていく。
疲れた。
ただただ疲れた。
頭が割れるように痛い。
今すぐベッドにダイブしたい。
眠れば痛みは消えるから。
この頭痛が超回復でも治らないところを見ると、ストレス性のものなのかもしれない。
「大丈夫? レオン君。どこか痛い?」
「あた、ま……」
痛みでひくつく僕の顔を見て、こりゃマズいと呟いた遥香さんは、僕の手を引いて寮まで連れていってくれた。
◇
どこをどう歩いたか、記憶にないのだけど、気づいたら遥香さんの部屋の中にいた。
「ごめん、遥香さん……」
「なにが?」
「迷惑かけて」
「なにもかけてないわよ。ほら、座って」
ぎゅむ、とソファに押し込まれる僕。
「少し横になるといいわ」
遥香さんは僕の隣に腰かけると、ひざの上にクッションを置いて、僕をそこに横たわらせた。
「まだ痛む?」
「だいぶ楽になりました」
それはホント。
眼をつむって彼女に寄りかかると、胸のつかえが薄くなって、頭の痛みもなくなっていった。
「このまま寝てもいいのよ」
「でも……それじゃ……」
それじゃ遥香さんが動けないじゃないか、と言いかけて、意識がすうっと飛んでいった。
昨日はあんなショックなことがあったから、一睡も出来なかったし、今日も一日中ムリをしてしまって、正直ボロボロだった。
そのせいか、遥香さんに癒されて、気持ちよく眠ってしまった。
気づいたら日が暮れていて、隣で遥香さんも寝息を立てていた。
「ごめん……遥香さん。寝ちゃった」
「ん、起きた? 具合は?」
「すっかり良くなりました。ありがとう」
「良かった」
僕は体を起こすと、遥香さんの肩を抱き寄せたい気持ちをぐっと押し殺して、少し離れて座りなおした。
「別に気にするような仲でもないでしょ? ……どうかしたの?」
「なんでもないです」
じり、と体を寄せて僕の顔を覗き込む遥香さん。
そんな顔で見つめるのは、やめてください。
キスしたくなるから。
「ほんとにい~~?」
「ホントですってば! 年下をからかうのやめてください……」
彼女の顔を正視できなくて、僕は下を向いた。
これ以上、好きになってしまったら……。
もう、好きになっちゃダメなんだ。
「ごめんね。そんなつもりじゃなかったんだけど……もしかして、女性、苦手、とか?」
「苦手、というんじゃないんですが……ガリヒョロのゲームオタクですから、女性経験なんて……その……」
ファーストキスだって、貴女だったんだから。
「そっか。ごめんね、配慮が足りなかったわ。人前では結構毅然とした態度を取っているから、人付き合いとか大丈夫な方かと思ってた」
「あれは……お芝居、ですから。そういうの、ちょっと得意ですし……レオン王子という役の。だから大丈夫なわけで……」
そうさ。
僕は、ただのレオン王子というキャラクター。
僕が消えたら、NPCに戻るだけだよね。
それで、いいんだ。
「お芝居得意なの? すごいわ!」
「まあ……」
「どんな?」
「お芝居というか、アテレコ? というか、
僕は、中の人になりたかった」
「な、中の人!! やっぱりイケボでセリフが上手なのは伊達じゃなかったのね!」
遥香さんテンション高いよ……。
そこに食いついちゃうのか……。
「見た目が地味だからダメだって言われちゃった。
だからVtuberになろうと思ってたのに。
何もかもダメになって……」
「そっか……」
死んでも消されて、何もなかったことになるんだ。
だったら生き返らせなければよかったのに。
なんの嫌がらせだよ。
「気分害したら、ごめんなさいレオン君」
「いえ、そんなことないです……」
今の僕は、きっとすんごいやさぐれた顔してるんだろうな。
ごめんなさい、遥香さんが悪いんじゃないんだ。
だから、謝らないで。
「そっか。だから、中と外にこだわっていたのね」
「……まあ」
やっぱり、未だ貴女をヴィクトリアと呼ぶのに抵抗はあるんだ。
「でもこれだけは言わせて。
私だけは、ホントの貴方を見ているわ。中も外も関係ない」
くッ……。
そんなの僕だって。
「こんな借り物のアバターなのに、
中身なんて分かるわけないでしょ」
つい、吐き捨てるように言ってしまった。
ただの八つ当たりなのに。
「だとしても、いつも私を気遣ってくれて、
身を挺して護ってくれているのは、
君自身でしょう? ――多島翔くん」
「うっ…………うう……」
反則だよ、遥香さん。
そんなこと言われたら、もう。
涙で霞んで遥香さんがよく見えないよ……。
「それに、そのアバターだって、
ギフトの一つだと思えばいいじゃない。
イケメンになってラッキーだって。ね?
私だって元の自分はこんなに美人じゃないもの。
ラッキーだって思ってるわ」
「だけど……ぼく……うっ……ぐす……」
遥香さんは、泣きべそをかいてる僕の頭を、ぎゅっと胸に抱いた。
「つらかったのね……私がいつもそばにいるから」
きっと貴女は勘違いしてる。
だけど、それでも僕は……。
好きになるのをやめるなんて、やっぱり無理だ。
「遥香さん……遥香さんッ……ううう……ぼく……ぼくは」
彼女の腰にぎゅっと手を回して泣いた。
好きだと言えないまま。
離れたくないよ……遥香さん……。
いつまで一緒にいられるんだろう……。
冥府から貴女を想う日が来るまでは、僕は貴女を護ります。