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第21話 レオンside せめて愛しい彼女だけは

遥香さん、遥香さん、遥香さん!


う、腕組んで歩くなんてまだ早いですうう!

そそそ、そんなラブラブごっごを急に始められたら、ぼ、ぼぼ、僕はあああ……


そりゃあ僕は貴女のこと大好きですが、人前でそんなにくっつかれると困るでしょうに! 絶対顔真っ赤だったよもう、恥ずかしい!


もう、僕の心臓が、もた、ない!




     ◇




遥香さんの自室に入ってすぐ、僕は遥香さんの腕を解いた。


「どうかした?」

「いや、その……仲良しアピールは室内なら必要ないかなと」


と言いつつ、これ以上イチャついてたら心臓破裂しそうなんだってば。



僕はヒロインか。まあ、そうかもしれないな。

遥香さんは僕よりずっと男前だもんな。

僕はマジで頼りない。

すぐ死ぬし。



胸のドキドキを隠しつつ、椅子で休んでいるとメイドさんがお茶をいれてくれた。

ウチのメイドさんのお茶とは違う、なんだかすごく香りのいいお茶だ。

やっぱ主人が女性だからなのかな……。



お茶を飲んで一服すると、とりあえず落ち着いてきた。

そんな僕の様子を見て、そろそろいいかとばかりに遥香さんが話し始めた。



「妹をいじめている、なんていうストーリー展開は聞いたことがないのよね。

一体、何が起こっているのかしら。

そもそもヴィクトリアは脇役だから、細かい描写などないから手がかりも少ないし、困ったわね」


「そうだね……」

「こんなこと吹聴してるのは、多分妹たちなんだろうけど」

「妹ちゃん、どういうつもりなのか、僕には全然わかんないですよ」

「レオン王子と私の婚約を解消するため、かもね」



あの小娘のイヤな声が脳内によみがえる。

ねっとりと気色の悪い声……。



「アホらしい……。でも、ゲームならあり得るのかな……」

「面倒なことになる前に、あの子を捕まえてシメた方がいいかしら」

「うーむ、悩ましいですねえ」



とはいえ、正直言ってシメてもらいたいのは僕も同じ。

あんな気持ち悪い子と結婚するなんて、絶対にイヤだ。


僕は、遥香さんじゃないとイヤなんだ。

他の人なんて考えられない。


第二の人生、添い遂げるのは、目の前の遥香さんだけ。

遥香さんの入ってる『ヴィクトリア』とだけ。


その為には、全ての敵をせん滅しなければ。


二人の未来のために。

もっと力が欲しい。


力、もらったはずなのに。

僕の力、いったいどこに行ってしまったのだろう。


遥香さんがいないと何もできない、

ポンコツな自分が本当にイヤだ。


UIが完成したら、その謎は解けるのだろうか。



「レオン君? どうかした? まだ疲れてる?」

「あ、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてた……」

「甘いものが足りないのかしら」

「いや、大丈夫だから。お菓子はいらないよ」


というか最近ちょっとお菓子が怖い。



自室でも間食は、メイドの持ってくるお茶菓子はほとんど口にしないで、神様からもらったチョコバーと水ばっかだ。

昔の人はいつもこんな心配してたんだろうか。イヤな話だな。



でも、遥香さんが食べてるのを見るのは好きだ。

なんかほっこりする。

お嬢様アバターでモリモリ食べるギャップがたまらない。

食堂でどんぶり飯を掻き込む様は、さながら昼食時のサラリーマンのようだ。

生前、どんな過酷な環境で生活していたのかと思うと、気の毒にならなくもないけど。



そういえば。

いろんな意味で胸が苦しくなるようなことを思い出した。


あの口で。

あの唇で、僕に、口移しで水を飲ませてくれた。


嬉しいけど、それ以前に危ないだろって本気で怒った。

毒が水溶性じゃなかったらどうする気だったのか。


すこしでも触れたら危ない毒だってあるんだ。

なのに、あんな無茶するなんて、どうかしてる。


リセットで死に戻りするのは、僕だけでいいんだ。

彼女に死ぬような苦しみを味合わせるなんて、冗談じゃない。

そんなの、僕だけでいいのに。

お願いだから、そんなことしないで。


貴女は強い人だけど、でも僕は護りたいんだ。

弱いくせに生意気だって貴女は言うんだろうけどね。



「おいで、れおきゅん」

遥香さんが、ソファの隣をぽんぽんして僕を呼ぶ。



実年齢、アラサーって言ってたから、僕のちょっと上だけど、やっぱ僕はずっと子どもに見えるんだろうな。それとも子犬かな。

ちぇっ。



「うん……」

「よーしよーし」



ぼすっとフカフカのソファに腰を下ろすと、遥香さんが僕の頭を胸に抱いてナデナデしてくれる。



「むふん~」



気持ちよくて、ついヘンな声が出ちゃう。

遥香さんはズルい。


僕だけこんな、弄ばれて、一人だけドキドキして、だけど遥香さんを独り占めしてて、なんというかもう、いろいろグチャグチャだ。


このまま何も考えられなくなって、何もしなくても、ナデナデしてもらえる生物になって、ずっと遥香さんを独り占めしたい。



「そういや、こないだの暗殺未遂解決のご褒美、ぼくまだ神様からもらってなかった。けっこう活躍したと思ったんだけど」


「ん? 私もまだよ?」

「遥香さんは、すぐ何か来るでしょ」

「だといいけどね」

「僕も活躍すれば何か神グッズがもらえて、遥香さんの役に立てると思ったのに」

「うふふ。今でも十分お役に立ってもらってるわよ」

「でも……」



だから何度も死んだり、知恵熱まで出して、あんなにがんばったのに。

僕には何もナシなのかなあ……。




     ◇




夕食後、遥香さんやアルト君、そしてユノス君と他愛のないおしゃべりをしたあと、僕は自室に向かった。



(ん? こんなところに人が……)



セレブ用の区画なせいか、通りかかる生徒はほとんどいない。

暗殺者かと思って、物陰に隠れると話し声が聞こえてきた。



「ワールド……消去の前に……」


(あれは……動画職人さん? しかし、ワールド消去って?)


「ユニット整理……消去作業を……はい、わかりました」



――ユニット整理……だと?



誰かとの会話が終了したのか、動画職人さんは、すっと姿を消した。


どういうこと?


まさか……自分が削除されてしまうのか?


そんな……いや、あり得る。


こんな出来損ないのユニット、消して新しく作り直した方がいいに決まってる。


そうか……。

だから報奨がないのか。


削除予定のキャラにアイテムを渡すバカはいない。

僕はそのうち、消されるんだ……。

そっか……。


間違って来たんだもんな。

普通は即消しするよな。

そっか……。そっか…………。



僕は【また】死んじゃうんだ――――。



僕は急いで自分の部屋に駆け込むと、ドアに寄りかかって泣いた。

泣き声が廊下に漏れないように、使用人室に漏れないように、両手のひらで口を押さえた。目から涙があふれて止まらない。止まらない。止まらない。


自分が消えるのがイヤなんじゃなくて、

遥香さんと一緒にいられなくなるのがつらいから。

初めて好きになった人なのに。




     ◇




そういえば、いつごろから貴女のことを好きになったんだっけ。

今までのことが走馬灯のように脳裏に浮かんできた。



僕がこの世界に初めてやって来て、ヴィクトリアの実家で貴女と初めて会ったとき、僕はこの人と結婚する役なんだと知った。


やっと自分の死を受け入れたばかりの僕には、実感も何もなく、ああそうなんだ。まあ死んでるからな。べつにいいですよ。くらいの感想しかなくて。


貴女が天下統一なんてブチ上げたとき、僕は本気で天下統一なんて考えてたわけじゃないけど、何でもいいから気力を出せればいいかなと、すこし無理してた。

空元気? とか。


だけど貴女は僕を元気付け、一緒に盛り上げてくれた。

この人は僕の味方なんだと思えた。

貴女も同じ気持ちだったのかな、と今ならそう思う。



学園に戻った後、ものすごいアウェイで怖かった。

でも貴女は少しも怯むことなく、周囲を蹴散らしていった。

そして僕を優しくフォローし、悪意から護ってくれた。


今にして思えば、あの頃から貴女に惹かれ始めていたんだと思う。

強く凛々しく逞しい貴女に。

まるでその名、ヴィクトリア=勝利の女神のように気高い貴女に。


悪役令嬢の名前だけど、貴女には似合いの名前だとは思ってるんだ。

だけど、やっぱり僕はガワの名で呼ぶことに抵抗があって。

だから、遥香さんと呼ぶことを、どうか許してほしい。



そうそう、遥香さん。

僕が「ちょっとはモテたかったのに」ってボヤいたことあったよね。あれ本気じゃなかったんだよ。ゲーム世界のヒーローだから、そういう体験も出来たのかなって思っただけ。別にハーレム作りたいとか、そういうのじゃなかったんだ。


でも、貴女がすぐに、

「じゃあ私にモテればいいんじゃない?」

って言ってくれたよね。


僕は正直驚いたんだ。


まあ、色々考えれば、婚約者なのだから当たり前の発想だったし、深く考えてたんじゃないのかもしれないけど。

でも、こんなにあからさまに、自分に恋をしてもよい、と許可を出されるなんて、僕にしてみれば一生有り得ない許可だったんだ。


多分これがスイッチになったんだと思う。

ふわふわ漂っていた貴女への気持ちが、明確に、真っ直ぐ、強い絆へと生まれ変わった瞬間なのだと。


これって、ずっと続く過酷な日々を乗り越えるために、必要な儀式だったのかな。

貴女のためなら、死ぬような苦しみにも耐えられる。

そう思えるように。


でも、それももう、終わりかな。


初めて動画職人さんと会った時、一瞬だけど不吉な雰囲気を感じたんだ。

ずっと忘れてたけど。


気のせいだと思っていたけど、そうじゃなかったんだな。

どうして不吉だと感じたのかは分からないけど、


こういうことだったんだな。


あの人は、僕ら転生者にとっての、死神、みたいなもの、だから。




     ◇




生き返らなければよかった。


そのまま死んでいれば。

正しい世界に送られてさえいれば。


こんなつらい気持ちにならずに済んだのに。





神様、もしも僕らを消すのなら、どうか遥香さんだけでも助けてください。

この世界ごと消すのなら、せめて遥香さんだけでも他の世界に移してください。



自分はこのまま消えてしまってもいいから。

冥府に送り付けられても構わないから。



お願いします。


愛しい彼女だけは。


どうか、助けて。

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