「私が行くまで、必ずレオン殿下を護って」
「了解した」
私は、午後の授業が始まる前、アルト君にレオン君の護衛を頼んだ。
この二周目で、必ず敵を仕留めてみせるわ。
レオン君を死なせはしない。
◇◇◇
そろそろ授業が終わり、レオン君が居残り練習を命じられた。
そのあとの、レオン君とアルト君の会話が、イヤリング型通信機から流れてくる。
アルト君の困惑している様子が、声音から伝わる。
<居残り練習のあいだ、君は隠れて監視してて>
<え?……わかった>
<それから、呼んだらすぐに来て>
<あ、ああ……>
『まさか……』って、
嫌な想像が、彼の頭の中を駆けまわっていることでしょうね。
教師がレオン君を練習場うらの倉庫に連れて行くのが聞こえる。
初心者用の道具があるから、と騙して。
倉庫内にいる、教師とレオン君の会話が聞こえる。
<殿下、私は近衛騎士団の団長として長年王家にお仕えしておりました>
<ご高齢のため、しばらく前に引退された、と聞いています>
<平和な国では私のような老いた剣士の勤め先は多くなく、今は安月給の教師をしております>
<そうなんですね>
<殿下、許して下さいとは申しません。すぐに私も参ります故……>
鞘鳴りの音が聞こえたと思うと、ガキッと金属の打ち合う音が響いた。
そして次の瞬間、
「アルトーッ!!」
レオン君の叫び声が響いた。
倉庫の近くに潜んでいたアルト君が、倉庫のドアを蹴破って中に飛び込んでいった。
だけど、あの状況で彼が倉庫内で動ける可能性は五分五分。
それでもレオン君の命を護るには十分。
私も続けて叫んだ。
「突撃ーッ!」
レオン君の執事さん、護衛騎士が二名、私と共に倉庫の中に駆け込んだ。
雪崩れ込んだ私たちを見て、驚きを隠せないアルト君。
そして。
カシャン――!
「私の負け、ですな」
教師、いや老剣士は、潔くその場で剣を捨てた。
レオン君は、斬られた際に床に倒れたみたいだけど、服の裂け目からは血じゃなくて胴に巻いた金属板が覗いていた。
鎖かたびらを着せたかったけど、相手はプロの剣士。音でバレてしまうだろうから、金属板を体に巻き、部分的に防御力を上げる作戦をとったの。
最初の斬撃を防げても、二撃目で致命傷を防げればレオン君の勝ち。
レオン君が防具を身に付けていたことで、狼狽した先生はスキを作ってしまった。
そして飛び込んできたアルト君と護衛騎士を前に、自分の暗殺が失敗したことを悟った、ということね。
「貴方ほどの達人が、何故?」
信じていた人を前に、アルト君が声を絞り出す。
老剣士は温和な眼差しでアルト君を見ながら、
「戦争のない国では、剣士の食い扶持は少ない。
重い病気の妻に良い治療を受けさせるには、これしかなかった。
はるか遠国から私に師事しに来てくれたこと、誇りに思う。
だがこのような結果になり、申し訳ない。
君は既に、素晴らしい剣士だ。アルト・カンザキ。
もっと早く出会いたかったよ……」
つらそうなアルト君。
老剣士は護衛騎士たちに連れられて、練習場を後にした。
◇
このあと寮に戻った私たちは、執事さんの計らいで、レオン君の部屋で休んでいた。
レオン君は物理的に怖い目に遭ったし、アルト君は尊敬する先生の殺人未遂現場に遭遇したしで、二人ともショックだったと思う。
どちらがより精神的なケアが必要なのか、正直私には分からない。
だけど、どちらがより大切なのかと言えば、レオン君なのは明白ね。
お茶のカップに手も付けず、ずっと項垂れているアルト君がぽつり。
「あの先生があんなことをするなんて……信じられない」
「これからどうするの、アルト君」
「どうもこうも。来ちまったんだから、卒業までいるよ」
「そっか。ふふ、僕はいつまでいられるかな……」
自嘲気味にレオン君が言う。
いつまで生きられるのか。
あるいは、いつまで学生でいられるのか。
状況次第では、王位を継ぐかもしれないし、どこか辺境の領地を治めるために旅立つのかもしれない。
先のことは、全く分からない。
お先真っ暗とはこのことね。
「レオンよ、もしこの国にいられなくなったら、
俺んち来いよ。なんとかしてやるから」
「ありがとう」ぐすっと涙ぐむレオン君。「いろんな意味でうれしいよ。ヤシマ料理いつでも食べられるんだろうし」
「ははは、そこかよ。でもまあ、そういうこった」
「でも、あの先生、可愛そうだね……」
「だが、王族の暗殺は重罪だ。極刑を逃れる術はなかろう……」
「どうにかしてあげられないのかな……」
しゅんと落ち込む二人を前に、私は閃いた。
ピコーン!!
「もしこれが可能なら、なんとか出来るかもしれないわね」
私は執事さんを手招きすると、二人でコソコソ話を始めた。
そして私のプランに驚く執事さん。
「なるほど……。その手がございましたか」
「アルト君にも手伝ってもらうことになるかも~~」
「教官を救えるのなら何だってする。俺は何をすればいい」
「実現できそうになったら声かけるわね~」
「了解した。よろしく頼む」
私に深々と礼をしたアルト君の顔からは、すっかり無力感が消えていた。
◇
その数日後、私とレオン君、そしてアルト君は王宮に出かけた。
国王様にいろいろ報告するためなんだけど、ここである作戦を実行するつもり。
私たちは全員正装で、なんとアルト君はヤシマ国軍の礼装だった。
ゲームには出てこないから、キャラデザ職人さんが慌ててデザインしたのかもしれないわね。ご苦労様です。
王宮の控え室で国王との謁見を待っていると、レオン君が一生懸命台本を暗記している。昨日のうちに覚えておいてって言ったけど、まだ自信がないのかもしれない。
アルト君も不安そうに、私に言う。
「俺まで謁見していいのか……。
せめて領事とかなんとかじゃないのかよ」
「お国の方は手配済だから安心してって、
執事さんが言ってたじゃない」
「そうなんだが……。
外交なんてやったことねえぞ」
「どれだけ先生を推してるのか、
王様に熱く語ればいいのよ。
ヤバくなったら私もフォローするから」
「頼む、ヴィクトリアさん」
私はにっこり笑ってアルト君に頷いた。
待っているあいだ、執事さんから今回の事件の顛末を聞かされる。
犯行依頼者は王宮の文官。
第二王子の一派で、昨日の首謀者の仲間。
先だっての暗殺が失敗して、次の犯行に及んだとのこと。
これじゃあまるで、悪の組織の怪人ね。
いくら怪人や幹部を捕まえても、首領が野放しじゃあ……。
国王は一体なにをしているのかしら。
まだまだ終わらないのね。第二王子との戦いは。
◇◇◇
いよいよ王様との謁見が始まった。
今回の謁見は、直近の王子暗殺犯への処罰に関するもの。
謁見の間の正面の玉座には、国王陛下と王妃様。そして、大臣たちと、近衛騎士団の騎士たちが脇に並んでいる。
玉座から伸びている赤い絨毯の先には、後ろ手に縛られた老剣士が座らされている。
レオン君は謁見の間の入口から、まっすぐ赤い絨毯の上を歩き、老剣士の脇を進んで国王の前まで来て跪いた。
「レオンよ、この罪人の件で何か用があるそうだな、申してみよ」
レオン君は立ち上がり、一礼した。
そして挨拶の口上をすると、彼の演説が始まった。
「今回の実行犯であるエバンズ卿は、長年我が王家に忠誠を尽くした近衛騎士団の団長でした。高齢のため職を辞し、現在は私も通う学園で剣術の講師として働いておられます。しかし、講師の薄給では、病床に臥せっておられる奥方に満足のいく治療を受けさせることが出来ませんでした。今回の犯行の動機は、ご家族の医療費だったのです」
「しかし、だからといって――」
レオン君は、口を挟む大臣を遮り話を続けた。
「なぜ、エバンズ卿はお金に困らなければならなかったのでしょうか。彼が凶行に及んだのは、我々王家が彼の働きに見合った報奨を与えなかったことが原因なのではないのでしょうか!」
そこここから、唸り声が聞こえてくる。
「私の友人で命の恩人、ヤシマ国のアルト・カンザキ氏をこちらに」
入口近くで待機していたアルト君は、一礼すると前に進み出て、レオン君の後ろで跪いた。
「国王陛下、お初にお目にかかります。私は、素晴らしい剣豪であらせられるエバンズ卿に師事するため、はるかヤシマ国より参りました士官候補生、アルト・カンザキと申します。学園にて、レオン殿下とお近づきになり、親しくさせて頂いております」
国王陛下は、小さく頷いた。
あまり息子やその交友関係に興味が無さそうな素振りね。
「私は、母国で剣の腕を磨いて参りましたが、数々の剣の使い手の口より伝え聞く、
結果、学園の生徒としてであれば、ご教授頂けることを知り、留学生としてやって参りました。私は、まだまだエバンス卿に稽古をつけて頂きたい、もしそれが叶うのであれば、私に出来る限りのことをしたい、そう考えております。
ご無礼を承知で申し上げます。どうか、国王様の大いなる温情を賜り、卿の命だけでもお救いいただけないでしょうか……」
「父上。はるか東国までその名が届くほどの剣豪を、使い捨てた挙句に困窮させ、その剣豪を求めてはるばるやって来た外国の軍人を送り返すとなれば、我が国の名誉に傷が付きましょう」
「それで」
国王は、さっさと話を終わらせたいようね。
もうどーでもいいやって顔をしてる。
「私に刃を向けた罪は確かに重い。しかし、軍事大国たるヤシマ国の不興を買うのも賢い選択とは言えますまい。そこで私は、国王陛下にお願い申し上げる。――エバンス卿を国外追放の刑に処すことを」
一番驚いたのは多分この人ね。
エバンス卿はガバッと顔を上げ、レオン君を見た。
周囲の大臣たちも一斉にざわざわしだした。
ここでエバンス卿に死んでもらわないと困る連中もいるのでしょうね。
それとは逆に、近衛の騎士たちは、安堵の表情を浮かべている。
自分たちの大先輩ですもの、助かってもらいたいわよね。
アルト君が付け加える。
「追放されたエバンス卿は、我がヤシマ国にて客人として丁重にお迎えをしたく存じます」
アルト君は振り返ってエバンス卿を見ると、エバンス卿は後ろ手に縛られたまま腰を折って、深くお辞儀をしていた。
国王陛下は、やれやれ終わったか、という風情で、
「お前がそれでよいのなら、余はかまわん。好きにするがいい」
よっしゃ!! 国王の言質取りました!!
やったね!!
全ては私の筋書き通り!!
私えらい!!
そして、レオン君、アルト君、よくやった!!