翌朝。
大食堂で、私・レオン君・アルト君の三人で揃って朝定食を食べていると、寝坊をしたユノス君がやってきた。
ユノス君たら、朝から重いものはイヤだと言って、日替わりプロテインを飲んでいるんだけど、どこかのプログラマーみたいだわ。
今日のプロテインは、マルチビタミン入りだし栄養豊富なのは分かるけど、ほっといたら三食プロテインで済ませてしまいそうでユノス君の栄養状態が不安。
あっ、レオン君が定食食べた後にプロテイン飲むって言ってる!
授業中に気持ち悪くならないか心配だわ。頼むからリセットボタンの世話にならないでもらいたいわね。
「それで、いつのまに君たち仲良くなったんだい?」
微妙に不貞腐れながら、ユノス君がレオン君とアルト君に尋ねている。
お友達を取られた気分なのかしら? も~、かわいいわね!
「昨日仲良くなったばかりなんだ。放課後に剣術を教えてもらおうと思って」
「え~、僕とお城の図書館に行く話は?」
「昨日、僕の暗殺未遂事件が起こったばっかなんだぞ、しばらく顔出せないよ」
うわ~、とドン引きしてるユノス君に、手短に私が状況を説明してあげた。
横で聞いていたアルト君が、ひどく気の毒そうな顔でレオン君を見てたわ。
しょんぼり顔のユノス君が、
「大変だったんだね……。
それじゃあしょうがない。
行けるようになるまで待ってるよレオン君」
「ごめんねユノス君。
なるべく早く行けるように護衛騎士の人にたのんでみるから、
もうちょっと時間ちょうだいね」
「うん。わかった」
なんとかユノス君のご機嫌が回復したところで、昨日暗殺未遂があったなんて話をアルト君が聞いたものだから、さあ大変。
「君の身の安全がここまで脅かされているというのに、
王国の警備体制は一体どうなってるんだ、
けしからん!」
アルト君がプリプリ怒り始めてしまった。
正義漢の強い真っ直ぐなタイプ、嫌いじゃないけど。
プレイ中はただの食いしん坊体育会系キャラとしか見てなかったから、キャラの深掘りが見られて新鮮……って、私なに考えてんだろ。
「僕より上の連中がけしかけてくるから、
なかなか防ぐのが難しいんだ……」
「――上?」
「君たち二人には、
もう言っておいた方が良さそうだね」
レオン君はテーブルの上に身を乗り出すと、アルト君とユノス君においでおいでをし、顔を近づけて小声で話し始めた。
「ユノス君はもう察しがついていそうだけど……
僕の命を狙っているのは、第二王子とその取り巻きなんだ。
ついでに言えば、あいつらは第一王子の命も狙っているはず。
目的は王位の継承だ」
二人の顔がいっそう険しくなった。
そりゃそうよね。
朝っぱらから寮の食堂で、国家の陰謀について当事者から聞かされるなんて。
厨二的にはおいしいシチュエーションではあるけれど。
「じゃあなんで第三王子の君が狙われるんだ?
第一王子だけで済むじゃないか」
「アルト君がそう考えるのも無理ないよね……。
じつは、うちのパパは次男がアホだから、
絶対に継がせないって言ってるんだよ。
つまり長男を消しても、次は僕に回ってくるから、
僕を消しにきてるわけ」
うわあ……と二人がドン引きしている。
「僕だけじゃなく、
婚約者のヴィクトリアさんも同じく狙われている。
だから、僕らはまず学園内の敵を排除している最中なんだ」
「校則で従者は連れて歩けないからな……。
護衛も付けずにそんな危険なこと、
よく今まで無事だったな、レオン」
「ま、まあね。だから君に剣術を教わりたくって」
「既にヤバイ状況になってるのに、
今から教わっても焼け石に水だろうが、ったく」
「あはは……。
それは分かってるんだけど、少しでもと思って」
はー………………、と長いため息をついたアルト君は、
「わかった。俺がお前の護衛についててやる」
「ホントに!?」
「素人にこれから教えるよりマシだ」
「ありがとう。
実は……ユノス君にも話したけど、本当はね、
アルト君には僕らの敵にならないでねって
お願いをしたかったんだよ」
「ま、何か裏があるとは思っていたがな」
腕組みをしながら不敵な笑みで返すアルト君。
「僕やヴィクトリアさんの悪い噂を聞いたことあるでしょ。
あれをバラ撒いてる奴の当たりはついてるんだけど、
味方が少ないから払拭するのが難しくて。
だから、味方にならなくてもいいから、
せめてあれを信用しないで欲しい、って」
「なるほどな。ただのイジメだと思っていたが……。
ま、安心しろ。俺はヤシマの男だ。
筋は通すし約束は違えない」
「心強い味方が増えて、本当にうれしいよ!
ありがとう、アルト君!」
「私からもお礼を申し上げるわ」
「じゃあさ、とりあえずメシ終わらせないか?」
「わすれてた!」
というわけで、朝食を再開したのでした。
ちなみにレオン君とアルト君は、食後のプロテインを飲んでいました。
ホントに後で吐かないでよね。
◇
午後の授業は選択科目。
レオン君は剣術の授業、私は裁縫の授業なので別行動になった。
教室で移動の準備をしていると、アルト君とレオン君の話声が聞こえてきた。
「レオン、君も剣術の授業を取っているのか、一緒に行くか」
「うん、場所わからないから助かるよ!」
「今日が初めてなのかい?」
「まあ」
「そうか。俺は、この剣術の教官に稽古をつけてもらうため、
留学してきたようなもんだ」
「ええっ、そうなの?」
「この学園に入らないと稽古してくれないっていうから仕方なく、な。
まあ他にも留学の理由はあるが、一番大きいのはそれかな」
「へえ~~。すごいんだなあ」
「ああ。外国にまで名が轟くほどの剣豪だ。
そりゃすごいに決まってる」
「いやそうじゃなくて。
留学してまで剣を習いに来るアルト君がすごいって話」
「え? よ、よせやい」
昭和の好青年がめちゃくちゃ照れてる。
なんというか……ご馳走様。
そんな二人を見送ってから、私も他の女子生徒にくっついて被服室へと移動を開始した。
ゲーム内での移動は全てメニュー選択での瞬間移動だったから、自分の足で校内を移動していると、なんだか3DのMMOにでも移植されたような気分だわ。
って、自分のこのゲーム脳が少々イヤになるけど、生き残るには大事なスキルのような気もしてる。
きっと偶然じゃない。
この私だからこそ、この世界に送り込まれた。
娯楽神の腹の内をいつか暴いてやるわ。覚えておきなさい。
◇
なんだか遠くまで歩かされた末に、ようやく被服室に到着。
手縫いしんどい……と思っていたら、なんと足踏みミシンが実装されていたわ。
とはいえ裁縫ねえ……。
どうせお嬢様はドレスなんて作らない。
せいぜい刺繍を作るのが関の山だと思うのだけど。
それにしたってメンドクサイわね。
あーめんどくさい。
レオン君もいきなり剣術の稽古なんて、大丈夫なのかしら。
生前は全くやったことないって言ってたけど。
手にマメ作る程度で済めばいいわね……って、マメなんかすぐ治っちゃうの忘れてたわ。超回復があれば、修行し放題? オトクね!
私たちはお互いの安全のため、別行動のときは極力通信機を使うようにしてるのだけど、レオン君が、今日はオフにするって言ってたわ。剣術の授業で集中力を乱すのも危ないからって。
まあ、アルト君もいるから、大事にはならない……いや、油断は禁物。
連中はどんな手を使って彼を狙ってくるか分からないのだから。
もちろん、私もそうだけど。
そういえば、どうして被服室にユノス君がいるのかしら?
ちょっと聞いてみよう。
「ねえねえ、ユノス君はどうして裁縫の授業を取ってるの?」
すると、彼はドヤ顔でこう答えたわ。
「それはですね、ヴィクトリア嬢。
僕は自分の魔導ローブを仕立てるという崇高な目標があるからです。
金糸銀糸で緻密な魔法陣を刺繍して、
魔力を極限まで高めたい。
そのためには、部位ごとに刺繍する図案が異なるので、
まずパターンの状態からですね、
属性と魔力係数を計算して配置を――」
「そのお話、長いのかしら?
そろそろ先生が授業を始めたがっておられるのだけど」
教壇の方に視線を投げると、被服のおばさん教師がこちらを睨んでいる。
「す、すみません、先生」
ユノス君は教師にペコペコと頭を下げた。
◇◇◇
そして事件は起こってしまった。
<はる、か……助けて……>
うわ、まただわ。
昨日の今日で。
いや、昨日の今日だからなのか。
昨日、【失敗】したから。
遠くの被服室からやっと自分の教室に戻ってきたと思ったら、いきなりレオン君のSOS。
リセット要請じゃないということは、まだ何とかなるのかどうなのか。
何事かとユノス君が私を見たけど、巻き込みたくないから放置。
とうに戻ってきている男子に練習場の場所を聞くと、私はダッシュで駆け付けた。
◇
私が練習場に近づくと、アルト君が突っ立っていた。
「ヴィクトリアさん、レオンを迎えに……む、何があった」
息を切らせてやってきた私を見て、緊急事態を察知した彼に、
「アルト君、一緒に来て」
「了解」
学院の生徒の中でも、数少ない帯刀を許可されたアルト君。
その彼を連れ、私は慎重に練習場へと入っていった。
<レオン君、着いたわよ。今どこ>
<う……ら>
「誰と話をしてるんだ」
通信機を知らないアルト君が怪訝な顔をしている。
「王家に伝わる魔導具で、レオン殿下と話をしているのよ」
「そ、そうなのか。すげえな」
「これで彼に呼び出されたんだけど……
まだ生きてるかしら……」
生死不明と聞いた途端、アルト君は腰のサーベルの封印を解き、すらりと抜いた。
状況に対して躊躇のない行動を取れる彼は、間違いなく軍人だわ。
抜刀したアルト君を先頭に、私たちは練習場の裏にある倉庫にやってきた。
「おそらく彼はここに……」
アルト君は頷くと、ドアに耳を当てて中の物音を探った。そして、一気にドアを蹴破って倉庫に突入した。
「レオン!」
「レオン殿下!」
剣術の練習道具が詰まった、カビ臭い倉庫の床に、レオン君が血を流して転がっていた。
これはどうにも虫の息だわ。
ああ、またなの? も~~~~!
貴方、また倉庫でやられちゃったの?
このゲームの開発者は、倉庫が大好きね! まったく!
「誰にやられた!」
アルト君がレオン君を抱き上げながら叫ぶ。
ここまで来ると、救命よりも敵討ちの構えね。
「せん……せ」
そこまで言うと、ごふっと血を吐いて、レオン君が絶命してしまった。
「アルト君、あなたどうして外にいたの?」
「それは……」
冷ややかに彼を見下ろすと、アルト君は沈痛な面持ちで私を見た。
「まさか、あの方がこんな暴挙に出るとは……思いもしなかったんだ……」
あの方。
アルト君が遠くヤシマ国から師事しに来た、あの方。
音に聞こえし剣豪の、あの方。
年を取り、王家の近衛騎士団団長を引退した、あの方。
アルト君は、屍となったレオン君を抱き、肩を震わせ、涙を流している。
「だから、レオン殿下を一人で行かせたのね」
「俺の責任だ……。居残り練習をさせられて……」
「マンツーマンで、ですか」
「せめて見える場所にいれば……
だが、あの方が……殿下の気が散るからと……」
「ありがとう。じゃ、レオン殿下を助けにいきましょ」
「……え?」
不思議そうに私を見上げるアルト君に微笑むと、私はリセットボタンを押した。
◇◇◇
午後の選択授業が始まる前、私はアルト君を捕まえた。
「アルト君、ちょっといいかしら」
「何だい、ヴィクトリアさん」
「今日これから、何があっても決してレオン殿下から目を離さないで。
そして、私とレオン殿下以外、誰も信じないで」
真剣な私の様子にアルト君は、
「この後、何か起こるのか」
「ええ。それを止められるのは、貴方だけなの、アルト君」
「分かった。一秒たりとも、レオンから目を離しはしない」
「授業が終わっても、誰と一緒でも、絶対によ」
「ああ」
「私が行くまで、必ずレオン殿下を護って」
「了解した」
私は、レオン君とアルト君を見送ると、『体調が悪いから裁縫の授業を休む』と先生への伝言をユノス君に頼んで、教室を後にした。
――レオン君、今度こそ君を死なせない。