翌日の朝。
私とレオン君とユノス君は連れ立って寮を出た。
すると、門の前にメッチャ豪華な馬車とロイヤルガード的な人らが並んでた。
「なんだあれー。真ん前に停めててジャマだなあ」呑気なレオン君。
「王家の馬車みたいですね。王族でも来たのかな」
メガネのフレームをつい、と持ち上げてユノス君が言う。
「貴方の隣の少年も王族なんですが」つい突っ込んでしまう私。
「そういえば」
ユノス君とレオン君が顔を見合わせていると、貴族の従者っぽいおじさんがこっちに近づいてきた。
その従者っぽい人が、レオン君の前にひざまずくと、
「レオン殿下、ご機嫌麗しゅうございます。
王城からの使いで参じました」
「え? 僕?」
つい自分の顔を指差してしまうレオン君。
「国王陛下より急ぎの用があるとのことで、
お迎えに参った次第です」
「急ぎ? どんな?」
「わたくしは内容までは存じ上げません。
とにかく急いでおります故、
馬車にお乗りください、殿下」
焦ってるぽい様子のおっさん従者が、レオン君を馬車に誘う。
「しょうがないな……。じゃあ、行ってくるよ」
レオン君が通学カバンを私に手渡した。
「気をつけてね。あとコレ」
私は自分の耳をツンツンして、通信機のスイッチを入れるよう彼にジェスチャーで伝える。
おっさん従者は、不安そうなレオン君を馬車に押し込んで、そそくさと御者の隣に座ると、護衛の人らを引き連れて、寮の前から去って行った。
「行っちゃいましたね、殿下」
「ええ……。何もないといいのだけど。心配だわ」
「とりあえず、僕が彼のぶんノート取っておいてあげますよ」
「助かるわ」
ヘンなところ日本の学校みたいね。
まあ制作者は何も考えてないんだろうけど。
でも……。
本当に心配だわ。
◇
<はる……ごめ、しんじゃ、いそ……リセットお、ねが……ぐふッ>
「ちょっ!」
眠くなりかけた午後の授業中、とんでもない声が聞こえて、私は大声をあげそうになった。
思わず両手で口をふさいだから止められたけど、これはどう考えても緊急事態!
「――あ、ぐ、具合悪いので、医務室に行ってきます!」
私は教師が返事をするのを待たず、ダッシュでトイレに駆け込んだ。
<レオン君! レオン君! 聞こえる? 何があったの?>
<リセット……して。まにあわ……>
ぜいぜいと苦しそうに息をするレオン君。
言葉も切れ切れで、本当に死んでしまいそうだ。
<レオン君! ねえ! 何があったの!>
<ぐぼッ…………>
<レオン君!>
苦しそうな呼吸音が途絶え、二度と返事は来なかった。
「うそ……。ほんとに死んじゃったの……? うそ……」
生き返ると分かっていても、死を目の前にすると涙があふれてくる。
それが近しい人の死なら、なおのこと。
やっぱり罠だったんだ……。
一人で行かせるんじゃなかった。
レオン君……。
私は襟元からペンダントを取り出し、リセットボタンを押した。
◇
私はいつも、起床と同時にリセットボタンの解除と保存を同時に行い、セーブポイントの更新をしている。
だから、今私がいるのは、レオン君が連れ去られる前の早朝の自室だ。
プライバシーもあるので、夜間などはほとんど通信機のスイッチを入れていない。まあ、聞かれたくないこともあるし。
というわけで、私は急いで着替えると、レオン君の部屋に走っていった。
◇
「あけて!」
数度ドアをノックすると、パジャマ姿のレオン君が現れた。
「入って……」
「ひどい顔。
まあ、殺されたばっかりだし、仕方ないわよね」
私が室内に入ると同時に彼が後ろから抱き着いてきた。
レオン君が私の髪に顔をうずめる。
「遥香さん……ごめん。失敗しちゃった……」
彼の声が震えている。
よほど恐ろしい目に遭ったのだろう。
「次は頑張るから」
「頑張るって」
「犯人見つけないと、でしょ。
だから、また行ってくる」
ぜんぜん頑張れてないレオン君。
声が震えまくってて、正直すごく怖いんだと思う。
「超回復でなんとかなると思ったのに、
致命傷ってやつだったのかな……
ちっとも血が止まらなくって……
回復が間に合わなくて……
それで……ごめん」
レオン君が、ぐすっと鼻をすすってる。
泣くほど怖かったのに、また行くなんて言ってる。
でも、私には、彼に行くなとは言えない。
全ての敵をせん滅するまで、彼には体を張ってもらう必要があるのだから。
――鬼畜なのは、クラリッサも私も同じということか。
正に、悪役令嬢、だわね。
「今度はちゃんと犯人見つけるからさ。
失敗したら、またリセットよろしくね!」
明るく言う口調と裏腹に、私を抱く腕に力がこもる。
「ええ。うまく、やってね」
「まかせて。次は大丈夫だから」
◇
<ごめん……失敗しちゃった……もう少しだったのに……ぐふ……リセット……おね……が…………>
レオン君、また死んじゃった。
仕方ないのでリセットボタンを押す。
二度目は、少し泣いた。
セーブポイントに戻った私は、着替えるのも面倒なのでコートだけ羽織って、レオン君の部屋へと急いだ。
「もう少しで犯人の顔が見えそうだったんだよ。
次こそは捕まえるから」
「ホントに大丈夫?」
「大丈夫じゃなくても大丈夫。
やらかしたらリセットよろしくね」
力なく言うレオン君だったけど、多少は恐怖を払拭できたように見える。
「他になにか気づいたことはない? 変わったこととか」
「えーっと……
なにせ普段の王城の様子もよく知らないからなあ……。
変わったことなんて言われても、僕には分からないよ」
「そっか……。じゃあ、今回もがんばって」
「うん。じゃあ、着替えるから」
何かの未練を切り捨てるように、私を廊下に追い出したレオン君。
本当にがんばってとしか言えない自分がもどかしい。
何度も何度も相棒に、死の苦しみを与える奴が憎い。
◇
<よし! 首謀者を見つけたぞ!>
<よくやったわレオン君! 気をつけてね>
<うん。あれ……え? そんな。うそ>
<ちょっと、どうしたの?>
<あ……また……ドジっちゃったみたい……ごめ……リ……セ…………>
「おかえり」
「あ、うん」
リセット後、すかさずレオン君の部屋に駆け込む私。
レオン君は非常に気まずそうな顔をしている。
「それでどういう状況だったの?」
「えーっと……ですね」
彼曰く、ウソの呼び出しでレオン君を連れ出した連中は、全く面識のない人物で、王城の倉庫に連れ込まれて殺害されたとのことだった。
殺される間際、処刑を確認するために身なりの良い男性がやって来たが、顔を見る前にこと切れてしまったと。おそらくそれが首謀者の可能性が高いと彼は言っていた。
二度目は、倉庫に入る前に逃げ出し、首謀者を遠くに見つけた際、近寄ろうとして敵の手下に見つかって即座に斬り殺されてしまった。
三度目は、倉庫に入る前に逃げ出して、物陰に隠れて追手をやり過ごし、馬車で到着した首謀者を殴り倒そうとして、後ろから剣で串刺しに……。
――というのが顛末のようだ。
「ごめん! マジごめん!
僕に探偵の才能なさすぎ! あううう!」
両手を合わせて拝むレオン君。
もうなんと言ってあげればいいのやら……。
無いのは探偵の才能、だけじゃないかもね。
運もなさそう。
「しょうがないわね……
次は一緒に行ってあげる。
君一人じゃ埒が明かない」
「でも危ないよ」
「私に任せなさい!」
◇
「じゃあ、行ってくるね」
「お気をつけて、殿下」
不安そうに馬車に乗り込むレオン君を見送ると、私は全力で駆け出した。
目指すは、寮の厩舎。そこに、レオン君の従者が用意した馬車がある。
メイドさんが手を振って私に合図している。
ドアは開け放たれており、私が乗車するのを待っている。
「お待たせしました! お願いします!」
「御意!」
車内にはレオン君の執事さんが既に乗って、私を待ち構えていた。
どれだけ信用できるか未知数だったけど、今回はやむなく協力してもらった。
私一人に出来ることなんて、たかが知れているのだから。
<レオン君、こちらの準備は完了したわ>
<了解。待ってるから>
<信じて>
<もちろん>
◇
通信機から、レオン君の周囲の音が聞こえてくる。
乗っている馬車の騒音が邪魔をしないように、私はクッションを両耳に当てた。
<誰からの命で迎えに来たんだ?>
<ですから国王陛下のご命令で>
<直接お前に命令したわけじゃないだろ? 誰を経由した?>
<それは……侍従の方からで……>
レオン君ががんばって尋問してる。
でも、素直に本当のことを言うとは思えない。
馬車が停まった。――いよいよね。
◇
レオン君の乗った馬車に先回りして、少し先に現場に到着した私たち。
先に得た情報どおり、王城の外れにある倉庫の一つに間違いはなかった。
現代の倉庫ほど大きくはなく、せいぜい体育館程度の大きさだ。
私は協力者たちと共に、レオン君が馬車から降りてくるのを物陰から見守った。
レオン君はおっさん従者に連れられて、倉庫の中へと入っていく。
続いて、随行していた兵士二名も馬から降りて、一人はレオン君に続いて倉庫の中へ、もう一人は入口に待機している。
通信機でモニターしている内部の音声は、事態が切迫していることを伝えていた。
私は現場指揮官として、レオン君を想う気持ちを噛み殺した。
そんな私の心を察したかのように、レオン君の執事が『大丈夫ですよ』と微笑んでくれた。
それから数分後、もう一台の馬車が到着した。
降りて来たのは一人の貴族の男。
入口で待機していた兵士と一緒に、倉庫の中に入っていった。
レオン君の話のとおりであれば、処刑までもう時間はないはず……。
「現場を押さえます。ギリギリまで気づかれないよう、ついてきて下さい」
私は後続にハンドサインを送ると、敵に見つからないよう死角を選んで接近していった。
倉庫内に入ると、手前は広い空間になっていて、壁で奥の方と仕切られている。倉庫なのに荷物はほとんど置かれてはいない。
奥の壁にある唯一のドアは開け放たれていて、中を覗き込むと一本の廊下があり、左右にいくつかのドアがあった。
そして、さっきの貴族の男が一番奥の扉に入っていった。
<ぎゃああああああーッ>
通信機を通さなくても聞こえるほど、大きな悲鳴。
レオン君の叫び声だ。
そして私も叫ぶ。
「突入!」
執事さんの連絡で、王城から駆けつけてくれたレオン君の護衛騎士が、ドアを蹴破って入っていった。私と執事さんも続いて部屋に入った。
「一人も逃がすな!」
「「「了解!」」」
騎士たちに指示を出すと、私は床に倒れたレオン君に駆け寄った。
「レオン殿下! 大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫だよ」
むくりと起き上がったレオン君を見て、彼を傷つけた連中と首謀者がどよめいた。
敵の一味は騎士たちが全員拘束していて、あとは王城の牢屋にでもブチ込まれるのを待つだけとなっている。
「お嬢様の作戦勝ちですな」
「いいえ、執事さんが手伝ってくれなければ成功しませんでしたわ」
「「ほっほっほ」」
連行されていく犯人たちを横目に、私たちは高笑いしていた。
◇
さて、今回の仕込みだけど。
レオン君がいくら超回復のギフトを持っていたからといって、即死級の攻撃は防げないし、防げるとしても痛い目に遭わせたくはない。
というわけで、レオン君を送り出す前に、執事さんに鎖かたびらと血のりを用意してもらったの。
胴体だけでも防御できれば、ある程度の即死攻撃は防げるし、攻撃を受けてしまっても私たちが到着するまでは、彼の超回復でなんとか持ちこたえることが出来ると踏んだのよ。
攻撃が効いてないとバレると、確実に死ぬ場所を刺されてしまうから、それを防ぐために血のりを胸に仕込んでもらったの。
血のりの中身は本物の彼の血だから、なかなかリアルな仕上がりになったわね。血を抜くときはナイフでざくっとやったけど、すぐに傷口がふさがったから、こういう時は超回復って便利ね。
◇
「それにしてもヴィクトリアさん、
なんか機動隊か自衛隊の指揮官みたいでしたよ」
「おほほ、それほどでもなくてよ」
王城の中にあるレオン君の部屋で、私たちはお昼ご飯をご馳走になることに。
ちょうどランチタイムにもなったことだし。
「ところで執事さん、
なぜ殿下の護衛騎士が学園から出払っていたのかしら」
私は、レオン君のそばで給仕をしている執事さんに尋ねた。
「彼らもまた、偽の命令を受けていたのでございます。
出元がそれなりに上のようで、誰も疑いもせず……。
面目次第もございません」
「お家騒動……」
「さようで」
「それでも、私の言葉を信用してくれなかったら、
こうは上手くはいかなかった。
感謝していますわ、執事さん」
「殿下とお嬢様が真剣にお話しされているのに、
私が信じないわけには参りません。
私は殿下をお守りするのが使命でございます故。
それでは、どうぞごゆっくり」
執事さんは隣室へと下がっていった。
「ごめんね……。
遥香さんにあんな危ないこと、
させたくなかったのに、
僕が不甲斐ないせいで……」
「何言ってるのよ。こないだまで、
ただの大学生だったんでしょ。
対応できる方が異常よ。
貴方はじゅうぶんがんばったわ」
「逆に対応できてる遥香さんがコワイよ。
……あ、だから神にスカウトされたのか。
ああ……。なるほど……」
「そうなのかしら?
よくわかんないけど。
ねえ、これおかわりしてもいいのかな。
すごいおいしいんだけど」
「いくらでも、言えば出てくるんじゃない? ここお城だし」
「やったあ。大立ち回りの後だから、おなかすいちゃって」
「好きなだけ食べればいいよ。大手柄上げたんだから」
「そうね! うふふふ」
ふと、レオン君の表情がすっと暗くなった。
「ところで、
遥香さんは元の世界で自分が死んだときのこと、
覚えてるんだよね」
「ええ。覚えてるけど」
「僕は、まだ思い出せないんだ……」
「翔君……」
「あ、食事時にこんな話をしてごめんね。気にしないで」
「私は平気よ。いつか、思い出せるといいわね」
「うん」
思い出せなくたっていいじゃない、って私は思うんだけど。
彼は違うのかな。