目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第15話 最初の暗殺

私は、レオン君に大きく頷くと、イヤリング型通信機のスイッチを入れてね、とジェスチャーして、教師とレオン君の二人を見送った。



教室の隅で私たちの様子を伺っていたユノス君が心配そうに、

「殿下は……大丈夫でしょうか」


「多分ね。貴方は先に寮に戻っていて」

「わかりました……」


しょんぼりしながら教室を後にしたユノス君を見送ると、私は通信機の音声に聞き耳を立てながら、こっそり二人を追いかけた。



     ◇



私が温室に到着すると、レオン君と教師がお茶を飲んで談笑している。

といっても、レオン君が話を合わせているだけなんだけど。


校舎裏の温室はひと気もなく、何か起こっても夕方ちかくで目撃者はまずいなさそう。暗殺者が犯行場所に選ぶのも理解できる。


それにしても、暗殺の危険があるのに、出されたものに口をつけるなんて、不注意もいいところ。


だけど、これは確実に犯人を捕まえるため。

超回復のギフトを持っているレオン君なら、そうそう死ぬことはないはず。



数分後――。



『パリン!』



陶器が割れる音とともに、レオン君の激しいうめき声が。

椅子から床に倒れ落ちて、苦しそうに転げ回っている。


私は叫び出しそうになるけど、必死に口を押さえた。

大丈夫、レオン君は死んだりしない、そう自分に言い聞かせた。



「殿下に恨みはありませんが、金には代えられません」


「ぐ……ッそおおお!」

腹から声を絞り出すレオン君。



いくら大丈夫だと思っていても、あんなに苦しそうにしている彼を見ていたら、涙があふれてしまう……。



「では、また深夜にお迎えに上がりますよ、殿下。

その頃にはもう、亡くなっているでしょうがね」


捨て台詞を吐いて、教師は温室を出ていった。



私は教師の姿が見えなくなったのを確かめると、急いで温室に入った。


「レオン君! しっかり!」

「うう……遥香さん……ぐるじい……」


彼が泣きながら私を呼ぶ。

少しでも早く回復させてあげなければ。

私は温室の水道から水を汲んできた。


「お水よ、これ飲んで毒を吐いて!」


レオン君にコップを渡したけど、苦しすぎて、まだ自力で飲めないようだ。


私はレオン君の口元に少し水を垂らして毒をすすぐと、次に自分の口に水を含んで、彼に口移しで水を飲ませた。


コップ2杯も飲ませると、彼はようやく体を起こして、毒入りのお茶を吐き出した。


毒を吐いたことと、超回復のおかげで、少し調子を取り戻したレオン君が、いきなり私を怒鳴った。



「何してるんだ、遥香さん! 

君まで毒にやられるところだったんだぞ!」


「ちゃんと水で流したし、あとで自分の口もゆすいだわよ」

「まったくもう! 君に何かあったら僕は」

「リセットすればいいじゃない。そんなに怒らないでよ」


「そういう問題じゃないよ! 

それこそ僕はほっといて、

回復出来ずに死んだらリセットすればいいだろ!」



マジギレしているレオン君を始めて見たわ。

ちょっと驚いた。



「いやよ! 目の前で相棒がのたうち回ってるのを、

黙って見てられないわよ!」



そこまで言うと、レオン君が急におとなしくなった。



「……ごめん。言い過ぎた。

助けてくれてありがとう、遥香さん……」


「いいのよ。それより、治ったのなら、犯人を追いかけましょう」

「うん、行こう」



私は、座り込んでいるレオン君に手を差し伸べると、彼をぐいっと引っ張り上げた。


レオン君は立ち上がりざまに私に抱き着いて、

「怖かった……」

と私の耳元で呟いた。


「がんばったね、よしよし」

私はレオン君の背中をナデナデしてあげた。だって頭に手が届かないから。


「がんばったよ、俺」

レオン君は、私を抱いた腕にぎゅっと力を入れた。



レオン君の仇、きっと私が討ってあげるから。




     ◇◇◇




死ぬほどの苦しみでメンタルにダメージを負った彼を慰める間もなく、私たちは殺人犯を追いかけた。


後で死体を片付けるつもりのようだから、きっと寮で夕食を取ってから戻る予定なのだろう。人を殺しておいて、よく食事が……いや、それはあくまで私の想像だけど。


でも、昨夜、寮の大食堂には若干数の職員や、その家族が散見されたので、犯人はあの中にいて、私たちを監視していたのかもしれない。


――まだまだ、私たちは油断が過ぎる!




     ◇




「いたわ」



例の教師が職員室から出てきた。

私たちは見つからないよう、急いで物陰に隠れた。

今ここで犯人に騒がれたくはない。



「捕まえる?」

「いえ、もうちょっと、ひと気のない場所でやりましょう」

「了解」



職員室に別の教師や職員がいたら、うまく誤魔化されてしまうかもしれないし、敵が増えたらもっと酷いことになるだろうから。


リセットボタンが脳裏をよぎるけど、レオン君にあんなつらい思いを何度もさせたくはないから、ここで奴を仕留める。


教師を追っていくと、誰もいない、一階の廊下を進んでいった。

このままエントランスに向かい、校舎を出るつもりだろう。


夕刻のため、ほとんどの生徒は下校しており、私とヤツの二人だけが、長い影を石床に落としていた。



私は、このタイミングを待っていた。

ヤツを挟み撃ちにするために、レオン君には、廊下の反対側で待機してもらっている。場合によっては、二人でフルボッコにする覚悟だ。



私は一人で背後から教師に呼びかけた。

重厚な石造りの校舎が、凛とした私の声を響かせる。



「ごきげんよう、先生」


教師は私の声にぎょっとすると、


「ご、ごきげんよう。何か私にご用かな?」

と、平静を装って作り笑いをした。


「お伺いしたいことがるのですが。

わたくしの婚約者、レオン殿下について」


「殿下が、どうかなされたのかな?」


「わたくし、殿下と放課後にお茶の約束をしていましたの。

ですが、どこにも見当たらないのです。

先生なら、殿下がどちらにいらっしゃるか、

ご存じかと思いまして」


「さあ、私は知らないが……」

涼しい顔でしらばっくれる犯人。


「先生が、放課後に殿下を温室に連れていかれたのを、

複数の生徒が目撃しています。

その後、殿下はどうされましたか」


「知らないものは知らない。さあ、帰りたまえ」


「殿下は温室の床の上で、

喉を掻きむしりながら、もだえ苦しんでいました。

近くには二つのカップと、王家の花の鉢が。

状況から見て、殿下は何者かに温室に誘い込まれ、

飲料物に毒を盛られたと推測されます。

――つまり、レオン殿下は毒殺された」


「そこをどきたまえ。私は忙しいんだ」


彼が一歩、後ずさろうとしたとき、私は彼の顔を指差しながら叫んだ。


「犯人は貴方よ!」


「何の話だ、気分が悪い。失礼させてもらう」

教師は、やや緊張した面持ちながら、臆せずに答えた。


(いい度胸してるわね! クソッタレ!)


「逃がさないで!」



ローブを翻して立ち去ろうとする教師の腕を、柱の影から現れたレオン君が掴んだ。

その拍子に、小さな薬瓶が、教師のローブのポケットから転げ落ちた。


しまった、と慌てる教師の腕をひねり上げ、拘束するレオン君。



「な! お、王子……どうして生きてるんだ!」

真っ青になる教師。


「まあ、普通なら死んじゃってますよね。

この瓶の中身、猛毒なんでしょう?」

金髪碧眼の美男子は、いたずらっぽく教師に尋ねた。


「この王国の第三王子である僕、レオンは、

令嬢ヴィクトリアの婚約者であり、

王位継承に関わるお家騒動の真っただ中にいて、

常日頃から暗殺の危機に見舞われていた。

……なんてひどい話ですよね。

こんな日常で、よく正気を保っていられたものだ」


と、設定の説明をするレオン君。

視聴者に優しいわね。


「レオン王子暗殺未遂の犯人は貴方でしょ」

私は再度、教師に問う。


「いや、ち、違う!」


教師はレオン君の手を振り払おうとするけど、ビクともしない。彼の腕は大人の男でも解けないほどの強さで掴まれている。


華奢な見た目とは裏腹に、レオン君の力は驚くほど強かった。こう見えて、彼は戦士系キャラだからね。


「そろそろ悪あがきはやめにしない?」

「ぐぅ……」


抵抗は無意味だと悟ったのか、教師はおとなしくなった。


レオン王子はニヤリと笑う。


「結構苦しみましたよ。死なない程度には」

「何故――あ、」

「何故でしょう。ふふふ」


なぞなぞを話す子どものように、レオン君が暗殺の実行犯に問いかける。



確かにあり得ない。

致死量の毒を飲ませた。ちゃんと飲み干すまで見届けた。

それなのに。


きっとそんなことを考えながら、教師は目の前の事象が理解できずに、混乱していた。



「これ、中身は毒よね?」

「ち、ちがう! ただのポーションだ!」


「そう……。

毒じゃないなら飲んでみて。

毒じゃないんでしょう?」



 私は教師のローブから転げ落ちた小瓶を拾い上げ、彼の顔に近づけた。

 二三度、中身の液体を振ってみせると、彼は短く悲鳴を上げて身をよじった。



「や、やめてくれ! 猛毒なんだぞ!」

「フン、やっぱり毒じゃないか」とレオン君。

「誰の命令なの?」

「それは……」


「黒幕を教えてくれないなら、貴方も飲んでみる?」

私は小瓶の蓋を取った。


「や、やめろ!」首を左右に振って抵抗する教師。


「本気で嫌がってるわね。ということは……すごい毒なのね」

私が小瓶に鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、


「やめなよ、危ないだろ」とレオン君が止める。

「あんがい匂いしないのね」

「だから食品に混ぜやすいんだろうさ」



レオン君は、さっきまで猛烈な腹痛に襲われ、床を転げまわっていたことを思い出したのか、ひどく渋い顔になった。


神からのギフトがなければ、レオン君は回復出来ず、あのまま死んでいた。

――これは私だけが知るコトだけど。



「ちょっとだけ舐めてみませんか? 

そうすれば僕の気持ちも少しは理解できると思うんだけど……」


「死ぬ! ちょっとでも死ぬ! 

死ぬから無理! 無理無理無理!」



首を全力でブンブン振って抵抗する教師。

恐ろしさのあまり、半ベソをかいて鼻水をたらしている。



「先生、そろそろ白状してくれない? 私達忙しいんだけど」

「そうですよ。まだまだ僕らの敵はたくさんいるんだから……ね?」


とうとう観念したのか、教師は依頼者の名前を白状した。



     ◇



「なるほど……それは仲介者ですね。黒幕じゃあない」

落胆するレオン君。


「序盤の雑魚キャラが、そうそう大物と繋がってるなんてないわよ」

「それもそうだね、ヴィクトリア」


「あの……雇い主を教えたんだから、逃がしてくれないか?」


「「は?」」


ありえない!


私とレオン君は、思いっきり教師の足を踏んづけた。

静まり返った校内に、教師の絶叫が響く。




叫び声を聞きつけてやってきた警備兵に、レオン君が事情を説明して教師を引き渡した。王族の暗殺未遂など、ただで済むとは思えないが。



「まずは一人……」

「そう、だね」



黒幕からはほど遠いものの、最初の敵を葬ることに成功した私たち。

だけど、 自分たちの敵の多さと、勝利への道のりに気が遠くなったのは、レオン君もきっと同じだろう。



     ◇



「はあ~~~~~~~っ」



警備兵たちを見送ると、レオン君が床にどっとへたりこんだ。

犯人を引き渡して、疲れがいっぺんに出てきてしまったのだろう。



「おつかれさま、レオン君」



私も床に座り込み、彼に膝枕をして休ませた。

超回復の能力がどの程度のものなのか分からないけど、死ぬような苦しみを味わったのだから、きっとどこかにダメージが、そう精神とかに残ってるんじゃないかと。



「むふん~。遥香さんの膝枕……うれしい~」

「それは光栄です、レオン殿下」



見下ろすと、蒼い瞳が私を見つめる。

心なしか頬を染めているような?

ちょっと恥ずかしいのかしらね。



「ねえ遥香さん、二人の時は元の名前で呼んじゃだめなの?」

「ここ外でしょ」

「だってえ……なんか、ヤなんだ。ガワで呼び合うのって」

「ガワ、ねえ」

「ガワの名前で呼ばれても、自分のことじゃないって気がして」

「中と外の区別に、こだわりがあるのね、翔君」

「まあ、ね……」



あまり触れられたくない話題だったのか、レオン君はごろりと横向きになってしまった。ちょっとスネてるレオン君もかわいい。


夕方の少し赤い日差しの中、亜麻色の髪が白い頬にかかって、ああやっぱレオン君は美しいなあ、と見とれてしまった。スマホがあったら絶対写してるのに。



「それにしても……」

レオン君がボソリとつぶやく。


「ん?」


「敵の排除のためとはいえ、ホイホイついていくのもキツイものがあるな」

「ほんとにおつかれさま。いっぱい労ってあげるわね」 


私はレオン君をいっぱいなでなでしてあげた。 


「むふん~」

すっかりご機嫌が治ったレオン君だった。チョロいな。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?