寮の大食堂での夕食後、僕らはそのまま席でお茶を飲んでいた。
まあ、ユノス君とゆっくり話がしたかったから。
遥香さんはさっきから、スイーツを口に放り込むのに忙しそうだ。
おいしそうに食べている遥香さん、すごく可愛い。
普段はちょっとキツい風に見えるんだけど、ふと油断してる時にこういう顔されると、キュンとしてしまう。
「ところで殿下、さっきボコボコにされてたけど大丈夫ですか?」
思い出したようにユノス君が僕に尋ねた。
昼間、第二王子の取り巻きに袋叩きにされた件だな。
まったくヒドイ目に遭った。
以前の僕なら骨折くらいしていただろう。
だけど。
「ぜんぜん平気だよ。僕は丈夫だからね」
そうなんだ。
服が傷んだくらいで、体には何一つ傷がついていない。
「すごい……丈夫な体にあこがれます……」
目をキラキラさせて僕を見るユノス君。
「ユノスくん華奢だもんね」
と、遥香さんが言う。
ユノス君の、あの線が細いキャラクターは、生前の僕と、顔の良さ以外は結構キャラが近い。やせぎすで、神経質そうで、メガネで……。
僕は貧弱だったからこそ、転生先では強くなりたかったんだ。
「でも魔法が使えるのって、憧れるよ。一対多で戦えるじゃない」
「殿下、無いものねだりですよ」
ふふ、とユノス君が笑う。
前の自分に似てるせいか、彼のことがあまり他人に思えない。
もっと彼と仲良くなりたい。
でも、焦っちゃだめだ。
分かってる。
距離を詰められる怖さを。
「王族って家族でもあんなことするんだな……恐ろしいです」
僕は苦笑するしかなかった。
「あーあ。権力争いなんかと無縁な遠くの村で静かに暮らしたいな」
「え? 勇者になって剣を振るって冒険したいんじゃなかったけ?」
茶々を入れる遥香さん。
「えーっと、それはそれとして……」
僕が間違ってこの世界に来てなかったら、遥香さんとも出会えてなかったわけで、それはそれで良かったような気になっている。
それに、何故かわからないけど、彼女を護らなくちゃっていう強い使命感が、どこからか沸いてくるんだ。
僕、そんな人間だったっけ? そんな度胸、一体どこから……。
「冒険かあ……いいなあ。もし行くなら僕も連れてってください、殿下!」
「ユノス君なら大歓迎だよ。 むしろ僕より有能なのでは」
「えー、私なにも出来ないんだけど」
遥香さんはただのお嬢様だから冒険のパーティにはちょっと……。
「じゃあヴィクトリアさんは荷物持ちで」
「ひどい、せめてマッパーと言って」
そんな遥香さんに、ユノス君が助け船? を出した。
「まあ、何かありますよ、きっと」
「だといいんだけど!」
なんかいいな、こういうの。
友達と語らう夜なんて、経験したことなかった。
経験しないまま、死んじゃった。
死んじゃったけど、でも、良かった気がしてる。
好きな人も、友達も出来たから。
あとは、どうやって生き残るか、だな。
◇
長居をしすぎた僕らは、大食堂から追い出されてしまった。
それから、僕はユノス君の部屋に行くことになった。
というのも、あの膨らむ恐竜の遊び方をレクチャーするためだ。
レクチャーといっても、ただお湯に放り込むだけの話だけど。
「さあ、どうぞ殿下」
「あ、ありがとう、ユノス君」
「そ、それで、あの小さい竜はどうやって遊ぶんですか?!」
部屋に入るなり、いきなり遊び方を尋ねてきた。
よほど気になってたんだな。
「お、落ち着いて、ユノス君。まずはバスタブにお湯を張るんだよ」
「わかりました、殿下!」
なんかメチャクチャうれしそうなユノス君。
「人のいないとこではレオンでいいよ。友達でしょ」
「はい、レオン様」
「様いらない」
「じゃ、じゃあ……レオン、くん」
お!
とうとう!
「うん」
「で、では風呂を入れてきますので」
「了解。待ってるね」
ユノス君は照れくさそうに下を向くと、小走りに浴室へと入って行った。
さっそく、水音が聞こえてきたので、給湯設備があるんだなと思った。
湯舟にお湯が溜まったので、僕らは服を脱いで浴室に入った。
僕はユノス君から恐竜を預かると、
「じゃあ、さっきの恐竜を、お湯の中に入れまーす」
「えええ、濡らして大丈夫なの?」
「これは濡らして遊ぶものです」
「ホントに?」
「えーい」
ボチャン!
すーっと風呂桶の底に沈んでいく恐竜をじっと見つめるユノス君。
「じゃあ、ふくらむまで少し時間かかるから、体でも洗って待ちます」
「はい、レオン、くん」
僕はにっこり笑って頷いた。
浴室の備品には、大きい天然の海綿があって、これで体を洗えということなのだろう。お湯を染み込ませてから石鹸をこすりつけて泡を立てた。正直、ちょっと使いづらいなあと思った。
近くに何かの小瓶があったけど、多分これがシャンプーなのかな。あとでユノス君に聞いてみよう。彼は髪が長くて洗うのが大変そうだな。逆に僕は生前よりも髪が短くなったから、洗うのがラクになった。
そして僕らは無言で体を洗い始めた。
まあ、野郎同士が風呂に入ってキャッキャウフフもないものだし。
しかし、改めてユノス君の貧相な裸を見ると、自分もこんな風に見えていたんだろうな、と生前の己が身を少し忌々しく思うと同時に、少し寂しくもあった。
今の僕は、白い肌に細マッチョな位の筋肉、そして高身長。
生前、Vtuberになったら作ってもらおうと思っていたアバターとは方向性が異なるものの、これはこれで十二分に2・5次元な容姿だなと感じる。
資金を貯め始めたときに死んでしまったけど、今にして思えば作る前に死んで良かったのかどうなのか。
今のこの身がアバターであるなら、この世界はさしずめフルダイブ型のVRMMO……ということになるが、そんなものは空想の世界にしかない。
その空想の世界に存在している自分とは、一体何なのだろう。
幽霊、なのかな。
「殿下、お背中流しましょうか?」
物思いに耽っていた僕に、ユノス君が素敵な提案をしてきた。
「ありがとう! じゃあ僕も君の背中を流すよ」
「そんな滅相もない」
「友達と洗いっこするのは普通でしょ?」
「わ、わかりました」
やっぱり、いきなりタメ口は難しいのだろうな。
気持ちは分かるよ。
お互いの背中を洗って、髪も洗って全身さっぱりした頃に、僕はユノス君に声をかけた。
「ユノス君、見てごらん?」
僕は湯舟の中を指差した。そこにあったものは――。
「う、うわあああああ!」
ユノス君は大声を上げると、湯舟の縁を両手で掴んで、お湯の中を凝視した。
湯舟の底には、カラフルで可愛らしい恐竜が三匹いた。
赤い恐竜はティラノサウルス? のような形。ちょっと頭が大きい。
青い恐竜はブロントサウルス? のような形。ちょっと首と尻尾が長い。
黄色い恐竜はステゴサウルス? のような形。背中には、あの特徴的な平たいヒレを模した何かが生えている。
ユノス君からは、チビッコのような素直なリアクションを期待してたのだけど、まあ驚いてくれたのならそれでいいや。
「くっくっく。面白いでしょ」
「す、すごい! どんな魔法なの!」興奮気味に尋ねるユノス君。
「これは魔法じゃなくて、えーっと……錬金術、かな」
「錬金術……」
多分錬金術で間違ってはいないと思う。
現代科学における化学(バケガク)は、中世の中東で発達した錬金術の成れの果て。
この世界の錬金術がどのようなものかは知らないが、現代の日本人が作ったワールドなのだから、多分現実の錬金術とそう遠くはなかろう。
「殿下、これ触っても平気ですか?」
「大丈夫だよ」
レオンだよ、といちいち訂正するのも面倒になってきた。
ユノス君は恐る恐るお湯の中に手を突っ込むと、指先でちょこんと恐竜の背に触れた。
彼は、あっ! と子供のように驚いて顔をほころばせた。
僕も一緒に恐竜を突っついた。懐かしい感触が指先に伝わる。
「ぷにゅっとしてる! やわらか~い」
「あはは、懐かしいな~ 子どもの頃よくやったなあ」
「そんな昔からあるんですか……王家ならでは、なのかな……」
ユノス君は、目をキラキラさせながら、恐竜をそっと掴んだ。
――が。
「うわ! ぶよぶよ! 気持ち悪い!」
驚いて、すぐに手を離してしまった。
「はは、水吸って大きくなってるだけだから、ぶよぶよになっちゃうねえ」
「そうなんですか……これ、元に戻る?」
「えーっと、新聞紙……じゃなくて、えーっと、なにか布を敷いて天日干しすれば小さくなるかも。乾かし方を間違えると腐っちゃうから気をつけてね」
「く、腐るんですか……」
「水吸ってるだけだからね。雑巾とかもちゃんと乾かさないと臭いでしょ?」
「まあ……って、王子様が雑巾触るんですか。王宮の使用人はどうなってるんですか」
「いやあ、家庭の方針で、自分で出来ることは多少はやるようにって……」
「なるほど。すばらしい教育方針ですね。……でも、お兄さんはあんなこと……ん、そういえばアザも傷もないですね。血も出てたはずなのに……すごい……」
「僕すぐケガとか治るから」とかなんとか誤魔化した。
「王族はすごいんですねえ……」
「う、うん。だから大丈夫。安心した?」
「はい! 丈夫な体、やっぱり憧れるなあ……」
「あはは……」
そう、だよね。
生前の僕は……君みたいにひ弱で……。
――そういえば、どうして僕は死んだんだっけ。
――あれ。思い出せない……。
どうして。僕は。