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第13話 レオンside おふろであそぼ

寮の大食堂での夕食後、僕らはそのまま席でお茶を飲んでいた。

まあ、ユノス君とゆっくり話がしたかったから。


遥香さんはさっきから、スイーツを口に放り込むのに忙しそうだ。

おいしそうに食べている遥香さん、すごく可愛い。


普段はちょっとキツい風に見えるんだけど、ふと油断してる時にこういう顔されると、キュンとしてしまう。



「ところで殿下、さっきボコボコにされてたけど大丈夫ですか?」

思い出したようにユノス君が僕に尋ねた。


昼間、第二王子の取り巻きに袋叩きにされた件だな。

まったくヒドイ目に遭った。

以前の僕なら骨折くらいしていただろう。

だけど。


「ぜんぜん平気だよ。僕は丈夫だからね」

そうなんだ。

服が傷んだくらいで、体には何一つ傷がついていない。


「すごい……丈夫な体にあこがれます……」

目をキラキラさせて僕を見るユノス君。


「ユノスくん華奢だもんね」

と、遥香さんが言う。



ユノス君の、あの線が細いキャラクターは、生前の僕と、顔の良さ以外は結構キャラが近い。やせぎすで、神経質そうで、メガネで……。


僕は貧弱だったからこそ、転生先では強くなりたかったんだ。



「でも魔法が使えるのって、憧れるよ。一対多で戦えるじゃない」

「殿下、無いものねだりですよ」

ふふ、とユノス君が笑う。



前の自分に似てるせいか、彼のことがあまり他人に思えない。

もっと彼と仲良くなりたい。

でも、焦っちゃだめだ。

分かってる。

距離を詰められる怖さを。



「王族って家族でもあんなことするんだな……恐ろしいです」

僕は苦笑するしかなかった。

「あーあ。権力争いなんかと無縁な遠くの村で静かに暮らしたいな」

「え? 勇者になって剣を振るって冒険したいんじゃなかったけ?」

茶々を入れる遥香さん。

「えーっと、それはそれとして……」



僕が間違ってこの世界に来てなかったら、遥香さんとも出会えてなかったわけで、それはそれで良かったような気になっている。


それに、何故かわからないけど、彼女を護らなくちゃっていう強い使命感が、どこからか沸いてくるんだ。


僕、そんな人間だったっけ? そんな度胸、一体どこから……。



「冒険かあ……いいなあ。もし行くなら僕も連れてってください、殿下!」

「ユノス君なら大歓迎だよ。 むしろ僕より有能なのでは」

「えー、私なにも出来ないんだけど」


遥香さんはただのお嬢様だから冒険のパーティにはちょっと……。


「じゃあヴィクトリアさんは荷物持ちで」

「ひどい、せめてマッパーと言って」


そんな遥香さんに、ユノス君が助け船? を出した。


「まあ、何かありますよ、きっと」

「だといいんだけど!」



なんかいいな、こういうの。


友達と語らう夜なんて、経験したことなかった。

経験しないまま、死んじゃった。


死んじゃったけど、でも、良かった気がしてる。

好きな人も、友達も出来たから。


あとは、どうやって生き残るか、だな。



     ◇



長居をしすぎた僕らは、大食堂から追い出されてしまった。

それから、僕はユノス君の部屋に行くことになった。


というのも、あの膨らむ恐竜の遊び方をレクチャーするためだ。

レクチャーといっても、ただお湯に放り込むだけの話だけど。



「さあ、どうぞ殿下」

「あ、ありがとう、ユノス君」

「そ、それで、あの小さい竜はどうやって遊ぶんですか?!」


部屋に入るなり、いきなり遊び方を尋ねてきた。

よほど気になってたんだな。


「お、落ち着いて、ユノス君。まずはバスタブにお湯を張るんだよ」

「わかりました、殿下!」


なんかメチャクチャうれしそうなユノス君。


「人のいないとこではレオンでいいよ。友達でしょ」

「はい、レオン様」

「様いらない」

「じゃ、じゃあ……レオン、くん」


お!

とうとう!


「うん」

「で、では風呂を入れてきますので」

「了解。待ってるね」


ユノス君は照れくさそうに下を向くと、小走りに浴室へと入って行った。

さっそく、水音が聞こえてきたので、給湯設備があるんだなと思った。



湯舟にお湯が溜まったので、僕らは服を脱いで浴室に入った。

僕はユノス君から恐竜を預かると、

「じゃあ、さっきの恐竜を、お湯の中に入れまーす」


「えええ、濡らして大丈夫なの?」

「これは濡らして遊ぶものです」

「ホントに?」

「えーい」


ボチャン!

すーっと風呂桶の底に沈んでいく恐竜をじっと見つめるユノス君。


「じゃあ、ふくらむまで少し時間かかるから、体でも洗って待ちます」

「はい、レオン、くん」

僕はにっこり笑って頷いた。



浴室の備品には、大きい天然の海綿があって、これで体を洗えということなのだろう。お湯を染み込ませてから石鹸をこすりつけて泡を立てた。正直、ちょっと使いづらいなあと思った。


近くに何かの小瓶があったけど、多分これがシャンプーなのかな。あとでユノス君に聞いてみよう。彼は髪が長くて洗うのが大変そうだな。逆に僕は生前よりも髪が短くなったから、洗うのがラクになった。


そして僕らは無言で体を洗い始めた。

まあ、野郎同士が風呂に入ってキャッキャウフフもないものだし。


しかし、改めてユノス君の貧相な裸を見ると、自分もこんな風に見えていたんだろうな、と生前の己が身を少し忌々しく思うと同時に、少し寂しくもあった。


今の僕は、白い肌に細マッチョな位の筋肉、そして高身長。

生前、Vtuberになったら作ってもらおうと思っていたアバターとは方向性が異なるものの、これはこれで十二分に2・5次元な容姿だなと感じる。


資金を貯め始めたときに死んでしまったけど、今にして思えば作る前に死んで良かったのかどうなのか。


今のこの身がアバターであるなら、この世界はさしずめフルダイブ型のVRMMO……ということになるが、そんなものは空想の世界にしかない。


その空想の世界に存在している自分とは、一体何なのだろう。

幽霊、なのかな。



「殿下、お背中流しましょうか?」

物思いに耽っていた僕に、ユノス君が素敵な提案をしてきた。


「ありがとう! じゃあ僕も君の背中を流すよ」

「そんな滅相もない」

「友達と洗いっこするのは普通でしょ?」

「わ、わかりました」


やっぱり、いきなりタメ口は難しいのだろうな。

気持ちは分かるよ。


お互いの背中を洗って、髪も洗って全身さっぱりした頃に、僕はユノス君に声をかけた。


「ユノス君、見てごらん?」

僕は湯舟の中を指差した。そこにあったものは――。


「う、うわあああああ!」

ユノス君は大声を上げると、湯舟の縁を両手で掴んで、お湯の中を凝視した。

湯舟の底には、カラフルで可愛らしい恐竜が三匹いた。



赤い恐竜はティラノサウルス? のような形。ちょっと頭が大きい。

青い恐竜はブロントサウルス? のような形。ちょっと首と尻尾が長い。

黄色い恐竜はステゴサウルス? のような形。背中には、あの特徴的な平たいヒレを模した何かが生えている。



ユノス君からは、チビッコのような素直なリアクションを期待してたのだけど、まあ驚いてくれたのならそれでいいや。


「くっくっく。面白いでしょ」

「す、すごい! どんな魔法なの!」興奮気味に尋ねるユノス君。

「これは魔法じゃなくて、えーっと……錬金術、かな」

「錬金術……」



多分錬金術で間違ってはいないと思う。

現代科学における化学(バケガク)は、中世の中東で発達した錬金術の成れの果て。

この世界の錬金術がどのようなものかは知らないが、現代の日本人が作ったワールドなのだから、多分現実の錬金術とそう遠くはなかろう。



「殿下、これ触っても平気ですか?」

「大丈夫だよ」


レオンだよ、といちいち訂正するのも面倒になってきた。



ユノス君は恐る恐るお湯の中に手を突っ込むと、指先でちょこんと恐竜の背に触れた。

彼は、あっ! と子供のように驚いて顔をほころばせた。

僕も一緒に恐竜を突っついた。懐かしい感触が指先に伝わる。



「ぷにゅっとしてる! やわらか~い」

「あはは、懐かしいな~ 子どもの頃よくやったなあ」

「そんな昔からあるんですか……王家ならでは、なのかな……」


ユノス君は、目をキラキラさせながら、恐竜をそっと掴んだ。

――が。


「うわ! ぶよぶよ! 気持ち悪い!」


驚いて、すぐに手を離してしまった。


「はは、水吸って大きくなってるだけだから、ぶよぶよになっちゃうねえ」

「そうなんですか……これ、元に戻る?」


「えーっと、新聞紙……じゃなくて、えーっと、なにか布を敷いて天日干しすれば小さくなるかも。乾かし方を間違えると腐っちゃうから気をつけてね」


「く、腐るんですか……」

「水吸ってるだけだからね。雑巾とかもちゃんと乾かさないと臭いでしょ?」

「まあ……って、王子様が雑巾触るんですか。王宮の使用人はどうなってるんですか」

「いやあ、家庭の方針で、自分で出来ることは多少はやるようにって……」


「なるほど。すばらしい教育方針ですね。……でも、お兄さんはあんなこと……ん、そういえばアザも傷もないですね。血も出てたはずなのに……すごい……」


「僕すぐケガとか治るから」とかなんとか誤魔化した。

「王族はすごいんですねえ……」

「う、うん。だから大丈夫。安心した?」

「はい! 丈夫な体、やっぱり憧れるなあ……」

「あはは……」


そう、だよね。

生前の僕は……君みたいにひ弱で……。



――そういえば、どうして僕は死んだんだっけ。

――あれ。思い出せない……。



どうして。僕は。

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