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第12話 学生寮で晩ご飯

ユノス君のおかげで寮にたどり着いた私たち。

今日の寝床にありついて、ほっと一安心。


身の回りの荷物や使用人なんかは、とっくに到着しているだろうから、あとは自分の部屋に行けばミッションコンプリート。

たぶんね。

しらんけど。



「ありがとう! ユノス君がいなかったら、僕たち露頭に迷うところだったよ!」


「そんな大げさな。野良王子なんて笑い話にもなりませんよ……。というか、その辺の学生や職員を捕まえて尋ねれば済むじゃないですか」


「学園内のどこに敵がいるか分からないのよ。そう易々と道を訊ける状況ではないわ」


「ああ……確かに。その点に思い至らず、失礼しました殿下」

「一応僕たち友達だから……そういうの、よさない?」


「ううむ……では、タメ口開始には、せめて一か月のインターバルを開けませんか?」


「わかった。それでユノス君の気が済むのなら、そうしよう」

「我儘を言って申し訳ありません、殿下」



なかなか硬い男のようね、ユノス君。

ゲーム中は、このインテリクソメガネをデレさせるのに苦労してたから、目上にはこんな態度を取るなんて知らなかった。意外だわね……。



「みなさん、日が暮れたら夕食が始まりますので、このロビーで一時間後に待ち合わせしましょう。大食堂にご案内します」


「助かるよ、ユノス君! じゃあ、またあとで」

「ありがとう、ユノス君」



ユノス君は軽く会釈をすると、くるりと向きを変えて自分の部屋へと去って行った。



「クールな人だね、ユノス君」

「人見知りなだけよ。デレるとすごいわよ」

「うわあ……。なんかその言い方、ヤだな」

「そ、そう? プレイ時の経験なんだけど、気に障ったなら謝るわ」

「いや……べつに……あやまらなくても……」



その先はボソボソとした小声で聞き取れなかった。

レオン君なりに、何か引っかかるものがあったのだろう。

わかんないけど。


――まさか、ヤキモチ、とかじゃないわよね。



     ◇



自室で一息ついていると、通信機からレオン君の歓声がひっきりなしに聞こえてきた。きっと王族仕様のすごいお部屋なんでしょうね。あとで見に行かなくちゃ。


私の部屋はというと、実家の自室ほどではないものの、それなりに高級ホテルばりの仕様で、令嬢の品格を損なわずに過ごせそう。


実家から派遣されてきたメイドたちには隣の部屋が用意されていて、主人である私をサポートするためのバックヤードも兼ねているとのこと。

メイドたちが過ごしやすい部屋であることを願っているわ。




「あら、お出迎え?」



そろそろ待ち合わせ場所のロビーに向かおう、と部屋を出ると、ドアの前でレオン君が待ち構えていた。初めての場所だから、心配して来てくれたのだろう。



「あ、うん。……出待ちみたいで、イヤだった?」


彼は少し不安そうに言うと、斜め下に目を泳がせた。

私も視線を下げると、彼は両手のひらの指を合わせて、もにょもにょ動かしている。



うーん……。

やっぱり色々不安なのね。

あとで元気づけてあげないとかしら。



ガチなイケメン王子が私の一挙手一投足で表情をコロコロ変える。

それが私に、多幸感とも優越感とも何とも言えないような不思議な感情を起こさせる。



ゲームの中で、さんざんやってきたことなのに、やっぱりゲームとリアルは違うわね、と当たり前のことを思う。



そういえば、ゲームキャラの第三王子は、翔くんと同じように、ちょっと気弱な青年だったかな。声は違うけど。



――声?



あれは、彼の地声?

にしては、素人らしからぬ美声なのだけど。

特に芝居がかった語りをした時なんてまるで……。



「あの……遥香さんごめんなさい。キモいですよね……」



あ、今は考え事をしてる場合じゃなかったわ!

こんな可哀想な子みたいなセリフ、言わせてちゃいけない!



「そんなことないわよ、ありがとう。さ、行きましょうか」

手を差し出すと、レオン君は、



「はい! 行きましょう、ヴィクトリアさん!」

そう言って、嬉しそうに私の手を取ってくれた。



空元気も元気のうち。

そうね。

彼にもがんばってもらわないと、なのだから。




私たちが予定時刻の十分ほど前に寮のロビーに到着すると、ユノス君が既に到着していた。



「ごめんなさい。待たせてしまったかしら、ユノス君」

と、私が声を掛けると、



「お気になさらず。自室にいてもやることありませんし。それにお二人をお待たせして迷子にでもなられたら困りますので」


オシャレな装飾入りのメガネをくいっと指先で持ち上げながら、ユノス君が言った。



まったく、このインテリクソメガネめ。

ちょっとカッコイイじゃない。


「あはは……たしかに」

苦笑するレオン君。


君はもうちょっとがんばれ。




ユノス君に連れられて寮の大食堂にやってくると、私たちに気づいた寮生たちが、見ない振りしてチラチラとこちらを伺っている。



例のウワサを真に受けた連中なのでしょうが、モブごときが私たちに出来ることなどありはしない。



私とユノス君は華麗にスルーしたけど、とうふメンタルなレオン君が微妙にビビって固まっている。



「ほら、行きましょ」

「はーい」



私はレオン君の腕に自分の腕を絡ませると、彼を牽引しつつユノス君の後ろにくっついて歩いた。



ちらとレオン君の顔を伺うと、あー、助かった、みたいな顔をしている。

もうちょっと根性を鍛えないと、この先が厳しいことになるかもしれないわね。




ユノス君に誘われて食堂内を進むと、壁際にずらりと生徒が並んでいる。



これはもしかして……。

そう、ゲーム内で見覚えがある。

たしか、寮はカフェテリア方式だったわ。

学園はレストラン方式なのに、何故かしら。

まあ、あの開発陣のことだから、きっとこだわりもなかったんでしょう……。



「お二人とも、ここでトレーを1枚取ってください。

壁際が配膳カウンターになっているので、食べたい料理をトレーに乗せてください。デザートは先の方にあります。

カウンターの最後の方に、スープや飲み物のコーナーがありますが、お好みでどうぞ」



事細かくシステムを教えてくれるユノス君。

きっと私たちが初めて利用するのだと、ちゃんと理解してくれている。


少し考えると不自然なのだけど、きっと王族とのカップルだから、これまで寮を利用していなかったのだろう、と想像力を働かせてくれたのかな。


料理を取ろうと配膳カウンターのレーンに入ると、並んでいるのはファミレスのような料理ばかり。開発会社のこだわりの無さが爆発している。


さすがのレオン君も軽く引いている。



「ざ、雑ですね……」


「そうね。まあ、一瞬しか出て来ないシーンに労力を割く気もなかったのでしょう……。とりあえず食べられるだけマシと思いましょ」


「ですね。まあ、普通においしそうですし」


ぶつくさと不満を垂れる私たちに気づいたユノス君が振り返って、

「どうかされましたか? やはり高貴な方々には寮の食事は粗末でしたか」


「いえ、そういうことではないのですが」

慌ててフォローする、歯切れの悪い私。


「僕こういうの好きだよ! 寮の食事を楽しみにしてたんだ~」

「そうですか。ならよかったです」

安堵の表情を浮かべながら、再び前に進んでいくユノス君。



私は通信機で相棒に声をかけた。


<ナイスフォローよ! レオン君>

<あざーっす! 遥香さん!>

<結構ユノス君に気を遣わせちゃってるわね……。>

<ですねえ。でも、ファミレスごはんが嬉しいってのは本当ですよ>

<そうなの?>

<ええ。最後に家族で食事した思い出がファミレスだから>



えっ……。



<つらいこと言わせてしまってごめんなさい>

<気にしないでください。もう何年も前のことですから>



何か踏み込んではいけなさそうな話題だったけど、私が言葉を返そうとした時、列の終点あたりからユノス君の呼ぶ声が聞こえた。



「待たせちゃまずいわね。早くいきましょ」

「はい、ヴィクトリア嬢」

レオン君は静かに頷くと、何かを我慢しているような笑顔で応えた。




学園の食堂と同じく、周囲の視線を遮るように、すみっこの席に着いた私たち。

配膳カウンターから少し遠いけど、ここが私たちの指定席になりそう。



「「いただきます」」



私とレオン君が手を合わせて食事を始めると、ユノス君がきょとんとしている。



「それは、何かの宗教的な儀式でしょうか?」



しまった。

お昼は周りに気を取られていたから、いただきますをやらなかったけど、うっかりやってしまった。しかも二人揃って。



「ええ、これは……日々の食事に携わった全ての人への感謝をする儀式よ。王家の一部で受け継がれている美しい風習ね」



「そうなんですか。すばらしい風習ですね。僕もマネしていいですか?」

「ああ、もちろんだよ、ユノス君。君もやってくれるなんて、嬉しいよ」



レオン君が、王子スマイルでユノス君を無自覚に射抜く。

相手が女子だったら、ヤバかった。



というわけで、三人でファミレス飯に舌鼓を打っていると、急にユノス君が泣きだした。



「えっ、ど、どうしたの? ユノス君。どこか具合でも悪いのかしら?」

「ち、違うんです」

「ホントに平気?」気遣わしげにユノス君の顔を覗き込むレオン君。

「僕、いつも一人で食べてたから、今日はなんだか楽しくて……すみません」



ううう……(泣)

なんて可哀想な子なの……ユノス君。



そうか。

それで。



お弁当を作ってあげたら、あんなに喜んでいたのね。

もうちょっと優しくしてあげればよかった。

なんせ、トロフィー狙いの消化試合だったから。



あらら、レオン君まで、もらい泣きを始めてしまった。



「これからは、僕らと一緒に毎日ごはん食べよう」

「そうね、それがいいわ。ユノス君が迷惑でなければ」


「迷惑だなんて……。もちろん、ご一緒させてください。

……ところで、どうしてお二人がそんな切ない顔してるのですか」


「「だって……ねえ?」」


私たちは、おもわず互いの顔を見合わせてしまいました。



それはともかく。

絶対に。

ユノス君を手放さないようにしなくちゃ。

大事な大事な味方なんだから。

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